京に着く
5月になった。
旧暦の5月は梅雨の時期になる。
なんとか京の手前の草津宿という所に来た。
梅雨に入る前に京に到着することが出来そうだ。
後は、草津宿から大津宿を通り過ぎればもう京だ。
今日は草津宿で一泊することになった。
草津宿に着くと、原田さんたちが他の隊士を連れていた。
「近藤さんにそろそろ着くだろうからって言われて、3日前ぐらいからここで待ってたんだ」
原田さんが私たちの姿を見るとかけよってきてそう言った。
「そりゃご苦労だったな」
土方さんがそう言った。
この日は、原田さんたちが私たちを待っていた宿に泊まることになった。
「原田さんも待ちくたびれたんじゃないですか?」
私は、原田さんに聞いた。
電話があれば、いつ来るかとかわかるから待つと言う事が無かったんだろうけど、この時代は電話というものがない。
こういう時に不便を感じるなぁ。
「いや、いつ蒼良が帰ってくるか楽しみにして待っていた」
原田さんはこちらに笑顔を向けてくれたけど、なんか陰りがあるように見えるのは気のせいか?
「原田さん、何かありましたか?」
私たちが留守にしている間に何かあったのか?
重要なことは何もなかったと思うのだけど。
「特に何もなかったぞ。蒼良がいた時とそんなに変わらない隊務があっただけだ」
そう言う原田さん、見かけは元気なんだけど、やっぱりなんか影があるように見えるのだけど……気のせいか?
「それにしても、蒼良は元気そうだな」
「はい、おかげさまで」
「あ、左之さん」
藤堂さんも原田さんの姿を見て顔出してきた。
「平助、元気だったか?」
原田さんの問いに藤堂さんはうなずいただけだった。
「そうか。近藤さんたちと一緒に帰ってくるかと思っていたら、平助は江戸にいるって近藤さんが言うからさ。何してたんだよ」
原田さんが、藤堂さんの肩をポンポンと叩きながら言った。
「剣の腕をみがいてたんだ」
「私が江戸に行った時も、藤堂さんは道場にいたのですよ」
私がそう言うと、
「珍しいな。何か考え事でもしていたのか?」
と、原田さんが鋭いことを聞いてきた。
藤堂さんなりに色々なことを考えていたのだと思う。
人を斬りたくないと思ったり、新選組を変えたいと思ったり。
藤堂さんは、原田さんの問いに答えづらそうにしていた。
それを察した原田さんは、
「ま、いい。元気そうでよかった」
と言って、藤堂さんの背中をたたいたのだった。
「今日は、無事にここまで帰ってきたと言う事で、宴会だな」
原田さんが宴会の準備をしようとしていたら、
「いや、まだ京に着いたわけじゃねぇから、宴会はいい」
と、土方さんが言った。
ええ、そんなっ。
それじゃあつまらないじゃないかっ!
私の考えていることがばれたのか、ギロッと私をにらんできた。
わ、私何かしたか?
「今、隊士たちが二日酔いになったら、明日近藤さんに会わせる顔がねぇだろう」
それはわかりますが、なんで私の顔を見ながら言うんだ?
「蒼良、何かしたのか?」
原田さんんも何か察したらしく、私に聞いてきた。
いや、何も。
そう思いながら首を振った。
「嘘つけっ! 京へ向かう旅の途中で、斎藤と飲み比べしやがって。それに合わせて飲んでいた隊士たちが全員二日酔いになったんだぞ」
土方さんの話を聞き、原田さんが笑いながら、
「蒼良らしいや」
と言った。
「隊士全員って、土方さんは二日酔いにならなかったじゃないですか」
土方さんはお酒を飲まなかったし。
「俺とお前以外は全員二日酔いだっただろうがっ! 全員歩けなかったらどうするかとか、本気で考えてたんだぞ」
そ、そうだったのか?
「あはは。で、飲み比べはどちらが勝ったんだ?」
原田さんが笑いながら聞いてきた。
「もちろん、私ですよ」
私はガッツポーズをしたら、土方さんのげんこつが落ちてきた。
「そんなことで自慢すんじゃねぇよ。ったく、大変だったんだからな」
はい、すみません。
でも、勝負を挑んできたのは斎藤さんですからね。
受ける方も悪いという説もあるけど……。
というわけで、この日の宴会はお預けとなったのだった。
ま、京に着けば旅の心配をしないで宴会が出来るからね。
朝、いつも通りに宿を出た。
いつもと違うのはこれが最後の宿と言う事だ。
「これで旅が終わりますね」
私が言うと、
「終わると寂しいものだな」
と、土方さんが言った。
「ところで、中山道の山道はどうなりました?」
「ああ? お前、喧嘩売ってんのか?」
土方さんが私をにらんでいると、その声が聞こえたみたいで、
「なんだ、中山道の山道って」
と、原田さんが聞いてきた。
「中山道って、山道だろう。他に何かあるのか?」
原田さん、この話にこれ以上つっこまない方がいいですよ。
土方さんの視線がものすごく怖いのですが……。
「な、何もないですよ。ね、土方さん」
「ああ、山道だけだった」
「なんだ、二人ともおかしいなぁ」
原田さんは、怪訝な顔をしていた。
土方さんも、せっかく旅に出たのだから、俳句集作ればよかったのに。
チラッとそう思いながら見ると、土方さんがまだにらんでいたのだった。
「おお、やっと来たな」
京に入る直前に、永倉さんたちがいた。
「近藤さんに言われて毎日ここに来ていたんだ。いつ来るか、いつ来るかと待っていたぞ」
永倉さんも待っていてくれたんだ。
「おお、またずいぶんと隊士を集めてきたな」
永倉さんは、私たちの後ろからついてきている隊士たちを見て言った。
「ああ、組織も新しくしねぇといけねぇからな。近藤さんと話をしてから、新しい組織を発表するからな」
土方さんがそう言うと、永倉さんが驚いていた。
「なんだ、旅をしながら組織を作っていたのか? 俳句集じゃなくて」
永倉さんの俳句集というところで、私のことをじろっとにらんできた。
いや、今は私は関係ないだろう。
手を顔の前に持ってきてブンブンと振ったけど、効果なしだ。
「あ、もしかして、さっきの中山道の山道って、土方さんの俳句集の名前か?」
原田さんまでそんなことを言い出してきた。
だから、私はなんにも言ってませんから。
「まず、なんでお前らが俺が俳句作っていることを知ってんだ?」
だから、私をにらんでいるけど、私は何もしていないし、言ってませんからっ!
「あ、総司が言ってた」
永倉さんがそう言った。
「総司の奴、土方さんがいない間に、部屋あさってたぞ。俳句集を探しているとか。豊玉発句集っていうらしいんだが、まさか、そんな俳句集なんてないよな」
原田さんがそう言ったので、私ではなく、沖田さんのせいでみんな知っていることが分かった。
ほら、私じゃないって言っているじゃないですか。
でも、俳句の話は禁句だから、原田さんの着物の袖を引っ張った。
「どうした、蒼良」
原田さんが、土方さんに気付かれないように私に聞いてきた。
「俳句の話は、あまりしない方がいいですよ」
「なんでだ? まさか、本当に作っているのか?」
私がうなずくと、原田さんがクスッと笑った。
「蒼良は、見たことあるのか?」
そう聞かれて、またうなずいた。
「正直どうなんだ? うまいのか?」
「いや、あまり人に見せるようなものではないと……」
「何が人に見せるものではないんだ?」
突然、土方さんの声が後ろから聞こえてびっくりした。
「ぎゃあっ!」
驚きすぎで悲鳴を上げてしまった。
「な、なんだ?」
「土方さん、急に声をかけるから蒼良が驚いているだろう」
原田さんがそう言ってくれた。
「人に見せるもんじゃないっていうから、何がだと思って声かけたんだろう」
どうやら、俳句の話をしていたことはばれていないらしい。
「ああ、新八のふんどしは人に見せるもんじゃないって話をしてたんだ」
原田さんはごまかしてくれた。
「なんだ、そりゃ、誰のふんどしも見たかねぇよ」
土方さんはそう言って前を向いてくれた。
「原田さん、ありがとうございます」
小さい声でお礼を言うと、笑顔で返してくれた。
「誰のふんどしを見たくないって?」
今度は永倉さんかっ!
「いや、何でもないですよ」
「蒼良のふんどしなら見たいような気もするがな」
な、何言ってんだっ!この人はっ!
「冗談はここまでとして、左之を見て、何か感じなかったか?」
小さい声で永倉さんが聞いてきた。
「何かあったのですか? なんか、表情に影があるというか……」
「やっぱ、鈍感な蒼良でも感じるか」
いや、鈍感は余計だろう。
「ここ数日、なんか左之が悩んでいるみたいでさ」
そうなんだ。
「何かあったのですか?」
「心当たりがないから、どうしたんだかと思っているんだが」
なにがあったんだろう。
原田さんの後姿を見ると、いつもと変わらない姿だった。
屯所に着いた。
いつもの癖で、壬生の方へ行きそうになったけど、
「西本願寺だろ」
と、土方さんに言われ、そうだ、引っ越したんだったと思った。
引っ越してすぐに言ったから、西本願寺と言われてもピンとこないんだよね。
西本願寺の屯所に着くと、近藤さんが待っていた。
「おお、たくさん連れてきたな。待っていたぞ」
近藤さんは私たちを歓迎してくれた。
「新しく来た隊士たちを部屋に案内しろ。帰ってきた隊士はゆっくり休め」
近藤さんは、手早く隊士たちに指示を出す。
「俺は近藤さんと話があるから、これを総司に渡してくれ」
土方さんが紙で作った袋を出してきた。
「何ですか?」
「おみつさんから預かってきた。総司の薬だ」
えっ、沖田さんの薬を沖田さんのお姉さんが渡してきたと言う事は……
「お姉さんに沖田さんのことを話したのですか?」
「遅かれ早かればれる事だろう。だから話してきた。そしたらこの薬をくれた。これを飲ましておけ」
飲ましておけと言う事は、労咳に効く薬なのだろう。
この時代薬はないと聞いたけど、効果がありそうなものを沖田さんのお姉さんは探してきたのだろう。
「わかりました」
早速、沖田さんを探しに行った。
沖田さんは、壬生の八木さんの家にいると言う事なので、壬生まで行ってみた。
そこには、沖田さん以外の隊士も何人かいた。
ここに屯所があった時とあまり変わらなかった。
「あんたら、西本願寺に引っ越したんやろう? これじゃあ何も変わらんわっ!」
八木さんがそう言っていたけど、なんか嬉しそうに見えるのは気のせいかな。
八木さんのところにいた沖田さんは元気そうだった。
「あれ、蒼良帰ってきたの?」
「はい、今帰って来ました」
「なんか持っているけど、また姉さんからなんか預かったの?」
沖田さんが嫌だなぁという顔をして聞いてきた。
「あ、わかりました?」
「わかるよ。その紙袋何?」
沖田さんは嫌な顔をして紙袋を指さした。
「私じゃなくて、土方さんが沖田さんのお姉さんから預かったみたいで、薬みたいです。土方さんが飲ませておけと言ったので」
私は袋の中から薬を出した。
「また変な色の薬だね。蒼良の毒薬も変な色だったけど」
あれは毒薬じゃないから。
沖田さんが薬をてのひらにのせた。
その色は、赤黒くて、血の塊のような色をしていた。
「血の薬ですかね」
血の色をしているから、血の薬かなぁと思ったのだけど。
「そんなの知らないよ。八木さん、水ある?」
「それぐらい、自分で持って来いやっ!」
八木さんの言う通りだ。
でも、沖田さんは立ちそうにもなかったので、私が湯呑みに水を入れて持ってきた。
「これを飲むのか」
沖田さんは薬を見てため息をついていた。
「一気に飲みましょうっ! 鼻をつまんで流し込めば味はわからないですよ」
「これって、何なの?」
そんなこと私に聞かれても知らんよ。
「薬ですよ、薬」
「そりゃ薬だろう。原料を聞いているんだよ」
なんだろう……。
「とにかく飲みましょうっ!」
私は湯呑を差し出した。
沖田さんが薬を口に入れて、水を飲もうとしたら、八木さんが来た。
「なんや、人胆丸か?」
八木さんが落ちていた袋を見て言った。
「八木さん知っているのですか?」
私が聞いたら、
「知っとるよ。高価な薬や」
そうなんだ。
おみつさんは沖田さんのことを本当に心配しているのだなぁ。
「ほら、よく斬首刑があるやろ? その死体の内臓を乾燥させて作った薬や」
えっ?もしかして、原料は……人間……。
驚いている私に、沖田さんはその薬を吹き出したのだった。
「沖田さんっ! 薬が私にかかったのですがっ!」
もろにかかったぞっ!
「蒼良、また変なものを飲ませようとして」
いや、私じゃないからっ!
「私は、土方さんに頼まれただけですよ」
その薬だって、おみつさんが調達してきたものであって、私は全然関与していないから。
「ひどいや。人間の……ひどいや」
沖田さんの目が涙目になっていた。
確かに、人間の臓器が労咳に効くとは思えない。
これが、そうなんだぁ。
沖田さんが吐き出した薬を手に取って眺めていたら、
「なんや、あんた飲むんか? うちはごめんやな。労咳になったって、死刑になった人間を原料に使った薬なんて、飲みとうないわ」
と、八木さんが言っていた。
「いや、飲みませんから」
「蒼良も飲めばいいよ」
沖田さんにそう言われた。
「沖田さん、今回は私は関係ないですからね」
「飲ませようとしたじゃないか」
「それは、土方さんに言われたのです」
「土方さんもひどいや。薬売ってたんだから、この原料がわかっているはずなのに」
そうだよなぁ。
こんなもの効くわけねぇだろうっていいそうなんだけどなぁ。
屯所に帰ってから聞いてみると、
「人胆丸だったのか。知らなかった」
と言っていた。
「知らないで飲ませようとしていたのですか?」
思わず聞いてしまった。
「おみつさんが渡してきたものだから、いちいち改めるのもなぁ」
そりゃそうだけど。
「沖田さん、怒っていましたよ」
「そりゃ怒るだろうなぁ」
土方さんは、他人事のように言っているけど、原因はあんたなんだからねっ!
「お前、総司をなだめておけ」
わ、私がかっ!
「かなりへそ曲げていたので今回は難しいですよ」
「頼んだぞ」
私の言葉が聞こえたか?
聞いてなかっただろう。
「後は頼んだ」
そう言って、土方さんは行ってしまった。
後は頼んだって、何をすればいいんだっ!