京まであと一息
下諏訪宿も無事に通過し、温泉にも無事に入ることが出来た。
京へ少しずつ近づいてきている。
京に帰ったら、今まで通りの隊務が待っているのだろう。
そのことに気が付いたのは、ある宿場町にある宿に着いたときのこと。
土方さんが文机に向かって何かを書いていた。
旅先で何かを書いているなんて珍しい。
あ、もしかして……
「いい句が浮かびましたか?」
私が聞いたら、筆が止まった。
「お前、俺が何か書き物をしていると、俳句を作っていると思ってんだろ」
「いや、そんなことはないですよ。ただ、旅先だから、俳句でも作っているのかなぁと思ったのですよ」
旅先で筆を持つと言ったらそれしかないだろう。
「ほら、松尾 芭蕉も奥の細道なんて言って、旅しながら俳句集を作っていたじゃないですか」
もちろん、そっちの方が土方さんの俳句より数倍うまいと思うけど。
「土方さんも、中山道の山道なんて言う俳句集出したらどうですか?」
多分、そんなに有名ならないともうけど……
そんなことを言っていたら、げんこつが飛んできたのだった。
もちろん、素早くよけた。
「なにが中山道の山道だっ! そのまんまじゃねぇかっ!」
確かに、そのまんまですよ。
「何かいい題名がありますか?」
「題名か。そうだなぁ……。っておいっ! そんなこと考えているんじゃねぇんだっ!」
なんだ、そのまんまとか文句言っていたじゃないか。
俳句じゃないと言う事は、何を書いていたんだ?
ちらっとのぞいてみたけど、土方さんの独特な字は読めない。
「これか?」
私がのぞいていたのに気が付いたのか、土方さんがかいていた紙を指さして聞いてきた。
「何ですか?」
「組織図みたいなものだな。隊士が増えたからな。今まで通りの組織じゃなくて少し変えてみた」
どう変えたんだ?もしかして……
「小隊制にしてみた」
やっぱり。
一番隊から十番隊まであったはずだ。
「なんだ、驚かないのか?」
そうか、ここは驚くところなんだな。
「あ、あまりの驚きに声が出なかったです。ああ、驚いた」
「なんかわざとらしいな」
そ、そうか?
「で、お前なんだが、本来なら四番隊とかまかせたかったが、いつも通り、お前が女だとばれたときの逃げ道を作っときたいから、どこの組織にも入っていない」
「私はいいのですよ」
組織の中で一番になることが目的でここにいるわけじゃないから。
「でも身分は副長助勤だからな。あと、補助でどこかの隊に入ってもらう。それは各隊の組長と相談して決める」
「わかりました」
話が終わると、改めて土方さんが私を見てきた。
「お前は、何が目的でここにいるんだ?」
な、何をいきなり聞いてきたんだ?もしかして、ばれたか?
何もばれるようなことはしてないぞ。
「武田なんかは、上を狙っているんだろう。近藤さんに一生懸命売り込んでいる。後の人間は武士になりたくているわけだが、上を目指しているわけでもねぇし、なんでここにいるんだ? と、思うときがあるのだが」
なんだ、ばれたわけではなさそうだ。
「武士になりたいって、私が女だとわかった時にお師匠様と言ったじゃないですか」
江戸時代に来たばかりの時に、一番最初に土方さんにばれてしまい、お師匠様がそう言って土方さんに渡しを売り込んだのだった。
「そう言えば、そうだったなぁ。でもお前から武士になりたいって気迫が伝わってこねぇぞ」
き、気迫ですか?
そんなものはない。
だって、武士になりたいわけじゃないから。
新選組を助けるためにここにいるのだけど、それは土方さんにまだばれちゃいけないことだ。
「ああ、私の気迫が見せれるものなら、見せてあげたいですよ。こんなにも気迫がみなぎっているのにっ!」
私が力説すると、
「ああ、わかった、わかった」
と、土方さんから気のない返事が返ってきたのだった。
いや、わかってないだろう。
ちょっと関わりたくないとかって思っていただろう。
あまり突っ込むと、私がつっこまれるので、この話はここで終わりにしておこう。
「馬頭観音って何ですか?」
中山道を歩いていると、ところどころに馬頭観音と書かれた小さいお墓みたいな感じの石碑から、大きな石碑まで見かけた。
「お前、今気が付いたのか?」
歩きながら土方さんが驚いて、私を見て言った。
「まさか、だいぶ前から気がついて、何だろうなぁって悩んでいたのですよ」
「本当に知らんのか?」
知らないから聞いているんだろう。
「ま、お前のことだから知らなくてもおかしくねぇよな」
いや、そりゃどういう意味だ?
そんなことを言いつつも、土方さんは説明してくれた。
馬頭観音とは、荷物を運んだりして働いてくれた馬に対する供養の意味も込めて建てられたものらしい。
だから、馬頭観音がたくさんあるところは馬にとっても難所で、たくさん亡くなった馬がいると言う事だろう。
「そうですか。供養の為なのですね」
「本当に知らなかったらしいな」
だから聞いたんだが……。
「心配するな。お前がここで亡くなっても、ちゃんと石碑ぐらいは建ててやるさ」
斎藤さんが、会話を聞いていたのか、そう言ってきた。
そう言えば土方さんも、現代にあっちこっちに石碑があるよなぁ。
私の石碑が出来たなら、現代もそのままあるってことだよなぁ。
現代に帰ったら、私の石碑があるのか。
なんか変な感じだなぁ。
「じゃあ、お願いします」
私は斎藤さんに頼んだ。
まさか頼まれると思っていなかったみたいで、斎藤さんは驚いた顔をしていたけど、すぐににやりと笑った。
「死んだら作ってやる」
えっ、今すぐじゃないのか?
「亡くなったらと言ったはずだが」
そ、そうなのか?確かに言っていたような気もするが……。
「やっぱりいいです」
生きて現代に帰りたいもん。
こんなところで死にたくないわっ!
そんな様子を見て斎藤さんはクックックと笑っていたのだった。
御嶽宿というところに着いた。
「ちょっとでないか?」
宿に着いたら土方さんに誘われたので、一緒に町を散策することになった。
「お前、その根付けじゃなくて他のねぇのか?」
いきなり根付けの話か?
「せっかく藤堂さんから頂いた抱いたものなので」
「気に食わん」
いや、土方さんが気に食わなくても、根付けを付けているのは私なので。
「新しいの買ってやるぞ」
「いや、いいですよ。そんなにたくさん持つものでもないでしょう」
「根付けはいくつあってもいいんだぞ」
そ、そうなのか?
後で調べたのだけど、この時代の根付けは、おしゃれの楽しみもあったみたいで、たくさん持っている人もいたらしい。
着物と一緒に根付けも変えて楽しんでいたらしい。
でも、私はそんなおしゃれを楽しむ余裕がないから、いくつもいらないんだけど。
「もったいないから、いいですよ」
私は断ったけど、しばらく根付けの話をしていたのだった。
ついたところは、愚渓寺というお寺だった。
「ここに何があるのですか?」
見た感じ、普通のお寺なのですが。
「京に竜安寺ってあるだろう」
ありますよ。
石庭で有名なお寺ですよ。
「その石庭の原型になったと言われているのが、この寺らしいぞ」
そうなのか?
というわけで、土方さんと石庭をながめていたのだった。
「やっぱり根付け買ってやる」
たまたま行商か何かで来た人を捕まえて、私のそう言った。
「いいですよ」
そんな会話をしている間にも、行商の人は、お客さんを逃さないと思ったみたいで、色々な値付けを出してきた。
「これなんかいいですよ」
なんて言いながら進めてくる。
いや、いらないから。
「女性への贈り物ですか?」
行商の人が土方さんに聞いてきた。
土方さんは、チラッと私を見て、
「そうだ」
と言った。
「それなら、根付けより、この帯留めの方がいいですよ」
かわいいトンボ玉のついた帯留めを出してきた。
「芸者の間ではやっているから、きっとその女性も喜ぶよ」
そうなのか?
土方さんはチラッと私を見た。
なんで私を見るんだ?
そう思っていると、
「わかった、一つくれ」
と言って買った。
チラッと私を見ていたけど、私は使わないしなぁ。
女性へのプレゼントとして、私に助言を求めたのかな。
どんな女性にプレゼントするのだろう。
色々と考えてしまった。
よく考えたら、土方さんがどんな女性に何をプレゼントしようが、私に関係ないだろう。
そう思うのだけど、すぐにその女性のことを考えてしまった。
何考えてんだか、私。
会計を済ませると、
「行くぞ」
と言って歩き始めた。
どんな女性にプレゼントするのですか?
後姿に向かって、思ってみた。
すると、突然振り返ったので、ものすごくびっくりした。
「根付けはいいのが無かった」
そう言って、さっき買った帯留めを渡してきた。
「えっ?」
驚いて、土方さんを見返してしまった。
「根付けは買えなかったが、帯留めがよかったから、受け取れ」
「女性への贈り物じゃないのですか?」
私がそう言うと、土方さんは笑いながら、
「お前も女性だろう」
と言った。
そうだ、自分が女性であることを忘れていた。
「でも、女性の着物なんてあまり着ないし、使わないですよ」
「とっといても害にならんだろう」
確かに、害になりませんが。
「着物来たときに使え」
そう言ってポンッと帯留めを渡してきた。
「あ、ありがとうございます」
私は、お礼を言って受け取った。
御嶽宿を無事に出発することが出来た。
「あの……」
歩いている土方さんに向かって恐る恐る聞いてみた。
「なんだ」
「首塚って何ですか?」
何でも、鬼の首塚なんて物騒なものがあるのですが。
「まさか知らんとか?」
「いや、知ってますよ。首が埋まっているのでしょう?」
「なんだ、わかっているんじゃねぇか」
でも、鬼の首塚って書いてあると言う事は……
「鬼がいたのですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「はあ?」
聞き返されてしまった。
「だって、鬼の首塚ってことは、鬼の首が埋まっていると言う事でしょう?」
鬼って、本当にいたのか?
「鬼を退治したらしいのだが、検分のために首を運んでいたが、首おけが急に重くなって首が落ちたのだ」
斎藤さんが説明してくれた。
首が落ちたって……ひいっ!
「その首も運ぼうとしたらしいがな、重くて運べなかったから、ここに首塚を作ったのだろう」
そ、そうなのか?
「さ、斎藤さんはなんで知っているのですか?」
「ここを通ったのは、今回が最初じゃないからな」
私なんか、もう5回ぐらい通っているが、知らなかったぞ。
自慢じゃないけど。
「鬼って、いるのですか?」
「首塚があるんだから、いるんだろ」
土方さんはそんなことどうでもいいという感じだった。
「掘ってみれば、首が出てくるぞ」
斎藤さんはそう言ってきた。
「いや、いいです」
そんな恐ろしくて気味悪いことしたくないわっ!
「やっぱり面白いな」
斎藤さんはニヤリと笑っていた。
またからかわれたのか?
「もしかして、嘘だとか……」
嘘だといいなぁと思いながら聞いたら、
「首塚があるんだから、本当にいるんだろう」
と、言ってきた。
「試しに、お前がここにいれば鬼が来るかもしれんぞ」
な、なんで私がここにいないといけないのですかっ!
斎藤さんがいればいいじゃないですかっ!
そんな私の思いがわかったのか、楽しそうに斎藤さんが笑っていた。
いや、全然楽しくないからねっ!