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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年・慶応元年4月
180/506

江戸を立つ

 近いうちにと土方さんが言っていた。

 その近いうちにが来た。

 江戸を出て京に戻る旅をする日が来たと言う事だ。

「お世話になりました」

 近藤さんの奥さんのおつねさんと、見送りに来た佐藤さんに挨拶をした。

「元気でな」

 佐藤さんが、ポンッと肩をたたいてきた。

「はいっ!」

「歳を頼むぞ」

「わかりました」

「義兄さん、こいつに俺のことを頼むなよ。お前も、わかりましたなんて言うなよ。俺がお前の世話をしてやってんだろうが」

 そうでしたか?

「いや、歳も蒼良がいるから救われている日があると思うぞ」

 そうなのか?

「俺はそうは思わねぇがな。思ったこともねぇよ」

 私もないです。

「今はわからないだろうが、そのうちわかる」

 佐藤さんは、一人でわかったような顔をしていた。

 本当にそのうちわかる日が来るのかなぁ。

「そら、そら」

 おたまちゃんが、私の名前を呼んでしがみついてきた。

「おたまちゃん、またね」

 私は、座っておたまちゃんと同じ目線の高さになって言った。

「蒼良さんになついていたから、おたまも寂しいんでしょう」

 おつねさんが言った。

「なにか、近藤さんに伝言ありますか?」

 私はおつねさんに聞いた。

 私としては、近藤さんがまた別な女と暮らしている知らせて、おつねさんも別な人と幸せになった方がと言ってやりたいが、それは余計なお世話になってしまう。

 でも、こうやって江戸で旦那さんである近藤さんを健気に待っているおつねさんを見ると、やっぱり別な人と……と、言いたくなってしまう。

「病気せずに健康に気を使って、お勤めを果たしてくださいとお伝えください」

 なんて健気な人なんだ、おつねさんは。

 自分の幸せを考えた方が……。

 と、言おうとしたら、土方さんが何かを察したらしく、私の口を手で押さえてきた。

「ふがふがふがっ!」

 そうとしか言えなくなってしまった。

「お前、何か言おうとしただろう? 近藤さんのこと」

 小さな声で土方さんが言ってきた。

 言って何が悪いんだっ!おつねさんがかわいそうじゃないか。

「ふがふがーっ!」

 文句を言いたいけど、そうとしか言えない。

「いいか、これは夫婦の問題だから、他人が口出すことじゃねぇんだ。わかったか?」

 夫婦の問題なのか。

 その夫婦の問題と言うものがよくわからないから、やっぱり言わない方がいいのかな。

 大人しくなった私を察したみたいで、土方さんがやっと手を離してくれた。

「世話になりました」

 珍しく支度に手間取っていた斎藤さんが奥から出てきた。

「忘れ物はないか?」

 土方さんが私たちに聞いてきた。

「これ」

 斎藤さんがそう言って出してきたものは、かわいい女の子のやじろべえだった。

 真ん中に女の子がいて、女の子の両腕が長く伸びていて、その先におもりでかわいい木でできた毬がついていた。

 やじろべえとは、真ん中の女の子を指の上に載せて、ブラブラとバランスを取りながら揺らして遊ぶおもちゃだ。

 斎藤さんは、それをおたまちゃんに渡していた。

「ありがと」

 おたまちゃんは笑顔で受け取った。

 私も、何かおもちゃを用意すればよかったなぁ。

「お前もほしいのか?」

 斎藤さんに突然言われた。

「なんでですかっ!」

 いきなりなんなのよ。

「ほしそうな顔していたぞ」

 そ、そうなのか?

「私も、おたまちゃんに何か用意してあげればよかったと思っていたのですよ」

「お前は、お前にしかあげられないものをもう渡してあるだろう」

 斎藤さんにそう言われたけど、覚えがない。

「近藤さんの絵だ」

 斎藤さんに言われて思い出した。

 そうだ、確かにあげたわ。

「俺は絵が描けなかったからな」

 斎藤さんはおたまちゃんを見下ろして言った。

 おたまちゃんは嬉しそうにやじろべえで遊んでいた。

「おい、そろそろ行くぞ」

 土方さんにそう言われ、私たちは、

「お世話になりました」

 と挨拶をして近藤さんの道場を後にした。


 途中で伊東さんと藤堂さんと待ち合わせた。

「妻とも別れたし、これで江戸に心残りはない」

 伊東さんはさっぱりした顔で言った。

「本当に別れちゃったのですか?」

 思わず聞いてしまった。

「おい、夫婦のことに他人が口出すんじゃねぇって言ってんだろう」

 土方さんに言われてしまった。

 そう言われても、気になるものは仕方ないじゃないですか。

「ええっ、別れたのですか? 奥さんと」

「あれ? 平助知らなかったの?」

 ほら、ここにも夫婦の問題に口を出している人間がいるじゃないか。

「うちの母が病気だから帰って来いと妻が言うから帰ってきたら、嘘だったのだ。あんな嘘をつく女は、武士の妻としてふさわしくない」

 伊東さんは、胸をはって言っていた。

 本当に離婚しちゃったんだ。

「知らなかったです」

 藤堂さんも驚いていた。

「これで身一つで京に行けるぞ」

 伊東さんはさっぱりとした感じで言っていた。


 それから、別な場所に待たせていた新しく新選組に入る隊士たちと一緒になった。

 総勢50人以上。

「ずいぶんと集まりましたね」

 土方さんが一生懸命隊士を集めていたから、その成果が出たのだろう。

「京に帰ったら、隊編成をしないとな」

 そう言う土方さんの頭の中にはきっと新しい隊編成が出来ているのだろう。

「京に帰ったら忙しくなりますね」

 私がそう言うと、土方さんは嬉しそうな顔をしていた。

 きっと、近藤さんにこれだけ隊士が集まったって報告するのが楽しみなんだろうなぁ。

 新しい隊士たちを見ながら私はそんなことを思っていた。

 あれ?今、一瞬知った顔がいたような気がしたが……

 もう一回、新しい隊士たちを見回す。

 やっぱりいたぞ。

 その隊士の前に私は行った。

「捨助さんじゃないですか。なんでここにいるのですか?」

 そこにいたのは、松本 捨助さんと言って、土方さんの実家の近所の人で、新選組に入りたくてあらゆる方法でアプローチをしてくるのだけど、長男という理由で土方さんや近藤さんに入れてもらえないという人だ。

 同じ長男でも、自分の甥の源之助さんを入れようとしていたのに。

「なんでって、新選組に入るためだよ」

 捨助さんはそう言った。

 そりゃそうだよね、どう見ても、見送りに来たようには見えない。

「土方さんにだめって言われたじゃないですか」

「だから、こうして新しい隊士に交じってきたんじゃないか。京に着くまで内緒にしていてよ。京まで来たら、帰れとは言われないだろう」

 いや、以前京まで来て帰れって言われたことあるだろう。

「無理ですよ。絶対にばれますよ。見つかって怒られる前に帰った方がいいですよ」

「蒼良さんさえ黙っていてもらえたら大丈夫です」

 いや、無理だろう。

 京について隊編成したらもうばれるぞ。

 いや、その前に宿に着いたらばれるだろう。

 人数が違うんだから。

「お願いします。黙っていてください」

 いや、そう言われてもなぁ。

「もうばれてんだよっ!」

 必死で頼んでくる捨助さんの頭に、土方さんのげんこつが落ちたのだった。

 捨助さん、私が言わなくてもばれましたが……。

「なにが黙っててくれだっ! とっとと帰りやがれっ! 今なら多摩まで今日のうちに帰れるぞ」

「なんで新選組に入れてくれないんだっ!」

「なんでって、何回も言ってんだろ。お前は長男だからだ」

「同じ長男でも、源之助は新選組に誘ったじゃないか」

 な、なんでこの話を知っているんだ?

 土方さんは私の顔をちらっと見た。

 わ、私じゃないって。

「噂になってるよ。土方さんが新選組に誘ったら、おのぶさんがものすごい勢いで怒ったって」

 そうか、田舎だから、噂も広まるのが早いのだ。

「なんでだめなんだよっ!」

 捨助さんが半分泣きながら言った。

「蒼良」

 土方さんが珍しく私の名前を呼んだ。

「何ですか?」

「捨助を説得しろ。次の宿に着くまでに頼んだぞ」

 ええっ!丸投げですか?

 無理ですっ!って言おうとしたら、すでに土方さんは前の方へ行ってしまった。

「蒼良さん、だめですか?」

 捨助さんと目があった。

「だめですっ!」

 どうやってこの人を説得しろと?

「色々とやって、剣の腕も磨いたから、自信はある」

 それだけじゃだめなんだってば。

「剣の腕だけじゃだめですよ。心も強くならないと」

 思わず口に出していた。

「心も?」

「捨助さんは、仲が良かった人が切腹を命じられて切腹する事を耐えられますか?」

 山南さんのことを話していた。

 新選組に入るなら、そんなことしょっちゅうあるだろう。

 山南さん以外にも切腹した人は何人かいる。

 隊内粛清で殺された人だっているんだ。

 それに耐えられる心がないと、やっていけない。

 私だって、何回落ち込んだことか。

「そ、そんなことがあるのか?」

 捨助さんは、私の話に驚いたみたいで、聞き返してきた。

「現に、私が色々とお世話になった山南さんは、切腹しました。私はそれを最後まで見届けました。介錯は、やっぱり仲が良かった沖田さんがしましたよ」

「そ、そうなの?」

 捨助さんは、ショックを受けたようすだった。

「そんなことがしょっちゅうあるのか?」

 捨助さんは、驚きながら私に聞いてきた。

「しょっちゅうですよ」

 本当は、そんなしょっちゅうないけど、ここでこう言っとかないと、この人、あきらめないから。

「そうなんだ。そうか、心か」

 しばらく捨助さんは考え事をしていたみたいで、無言だった。

「わかった。出直してくる」

 えっ、出直してくる?

「もうちょっと心も磨いてくるよ」

 まだあきらめられないらしい。

 そう言えば、歴史ではなかなかあきらめなくて、慶応3年ぐらいに隊士になるんだよな、この人。

「そうですね。磨いてきてください。そしたら、そのうち隊士になれますよ」

 ちょうどそのころに隊士にしてもらえるだろう。

「わかった。蒼良さん、ありがとう」

 捨助さんはそう言って多摩の方へ去っていった。


「捨助は帰ったか?」

 最初の宿へ向かって歩いているときに、土方さんに聞かれた。

 帰ったからここにいるんでしょうがっ!丸投げしやがってっ!

「帰りましたよ」

 色々と言いたいことはあったけど、とりあえず報告した。

「あいつもしつこいなぁ。なんて言って返したんだ?」

「新選組では、隊内で切腹をしょっちゅうやっているって話したら帰りました」

「お、お前なぁ。ここにいる新人に言うなよ。でも、そんなしょっちゅうはやってねぇだろう」

「そこまで言わないと、捨助さん帰りそうになかったので」

「あいつも本当にしつこいなぁ。ま、次に来たら考えてやってもいいか」

 もしかして、次に来た時が慶応3年で、それが理由で捨助さんは隊士になるのか?

 それなら今なっても同じような感じがするけど……。

 ま、いいか。

 というわけで、何とか無事に最初の宿に着くことが出来たのだった。

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