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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年・慶応元年4月
178/506

おたまちゃんの子守

 あれから数日泊まって多摩から近藤さんの道場へ帰ってきた。

 帰って来てから土方さんは隊士募集の仕事で忙しいみたいで、ほとんどいなかった。

 藤堂さんも、自分まで近藤さんの道場にきたら手狭になるだろうから、江戸を出るギリギリまで長屋にいると言っていたので、藤堂さんもいない。

 伊東さんは、自分の家があるのでそっちに行っていてほとんど会わない。

 いつもよりたくさんの人間がいるはずの近藤さんの道場は、シーンとして静かだった。

 誰もいないのかなぁ?

 そう思って家の中を歩いていた。

 近藤さんの奥さんのおつねさんはどこかに買い物に行っているみたいでいなかった。

 近藤さんのお父さんの周斎先生がいるだろうけど、周斎先生は中風と言って脳梗塞かなにかわからないけど、そう言うのが原因の麻痺になっていて、体が自由に動かない状態だ。

 本当に誰もいないのか?

 そう思って道場の方に近づいたら、

「ちちうえじゃない」

 というおたまちゃんの声が聞こえてきた。

 近藤さんの長女、おたまちゃんがいるようだ。

 おたまちゃんに近づこうとしたけど、斎藤さんと何かやり取りをしているようだったので、しばらく様子を見ることにした。

 斎藤さんとおたまちゃんのやり取りを見てみたいという思いもあり、隠れて見ることにした。

 おたまちゃんは、紙を斎藤さんに投げていた。

「父上じゃないと言われてもだな、俺に絵は描けない」

「ちちうえ、かく」

 おたまちゃんは私が前に書いた近藤さんの絵を出して言った。

 あ、ボロボロになっていたから、新しく書いてあげると約束したのだった。

「俺は絵が描けないのだが……」

 そう言いながらも、新しい紙を出された斎藤さんはまた絵を描き始めた。

「今度はどうだ?」

 描けないと言いつつも、何とか絵を描いた斎藤さん。

 おたまちゃんに見せるけど、

「ちちうえじゃない」

 と言われていた。

 おたまちゃん、あまりそういうことをすると、斎藤さんに怒られちゃうよ。

 斎藤さんも、小さい子相手に怒るのでは?と思ったけど、

「また違うか。俺には描けない。蒼良そらなら描けるのだろう。あいつはどこに行ったんだ?」

 斎藤さんがキョロキョロと周りを見回したので、見つからないように隠れた。

 もうちょっとおたまちゃんとのやり取りを聞いていたいなぁ。

「仕方ないな」

 そう言いながら、また斎藤さんは絵を描き始めた。

 斎藤さんが怒らないぞ。

 たまにおたまちゃんを見る斎藤さん。

 おたまちゃんは、筆を止めた斎藤さんを不思議そうな顔をしてみる。

 目があったのか、斎藤さんは困ったような顔の笑顔をしておたまちゃんを見ていた。

 そんな顔をする斎藤さんがとっても珍しいのですが。

 貴重なものを見せてもらったわ。

 そろそろ姿を現した方がいいかもしれない。

「なにをしているのですか?」

 今、ここに来ましたという感じで、私は斎藤さんとおたまちゃんの近くに行った。

「お前、絵がうまかったよな。近藤さんの顔を書いてほしいのだが」

 斎藤さんが、筆と紙を私の方に出してきた。

「ちちうえ」

 おたまちゃんがボロボロの紙に書いてある近藤さんを出してきた。

「そうだね。約束したんだったよね。新しく書いてあげるって」

 私は、近藤さんの顔を書き始めた。

 書き終わった絵を見せると、おたまちゃんは満足したみたいで、

「ちちうえ、ちちうえ」

 と、嬉しそうに言った。

「お前は本当に絵だけはうまいなぁ」

 斎藤さんが、感心したような感じで言った。

 絵だけってなんですか、だけってっ!

 確かに、字は下手ですよ。

 筆で字を書くのがいまだに苦手だ。

 字を書くなら、絵を描いたほうがましだ。

「おつねさんは帰ってきたか?」

 斎藤さんは玄関の方を見ながら言った。

「まだ帰ってきていないみたいですよ」

「そうか」

 そう言うと、大きなため息をついた斎藤さん。

「どうかしたのですか?」

 大きなため息までついて。

「おつねさんに子供の面倒を頼むと言われたのだが……」

 斎藤さんは困ったような顔をしながら言った。

 こんな顔をする斎藤さんも初めて見たなぁ。

「あ、そうなのですか。じゃあ、頑張ってください」

 そう言って、私が去ろうとしたら、

「ちょっと待て」

 と、斎藤さんが言って私の腕を引っ張ってきた。

 やっぱりそう来たか。

 本当に去ろうとしたわけじゃない。

 斎藤さんの初めて見る表情が楽しかったので、ちょっと困らせてみただけだ。

 でも、そんな気配を感じ取られないように、

「何ですか?」

 と、無表情を装って振り返ったのだけど、

「お前、顔が笑っているぞ」

 と言われてしまった。

「さては、面白がって影で見ていたな」

「そんなことはしないですよ」

 思いっきりそんなことをしていたのだけど。

「本当に困っているんだ。お前も一緒に面倒を見てくれ。お前ならこいつと年が近いから、話も合うだろう」

「おたまちゃんより、斎藤さんとの年の方が近いのですが……」

 おたまちゃんは4歳。

 ちなみに斎藤さんは22歳。

 私が20歳だから、斎藤さんとの年の差の方が断然小さいぞ。

「頭の年齢が近いだろう」

 そ、そりゃあんた失礼だろう。

「あ、急に用事を思い出しました」

 斎藤さんが失礼なことを言ったから、去ろうとしたら、

「冗談だ。頼むから一緒に面倒を見てくれ」

 と、言われてしまった。

 そんな真剣な顔をして人に頼む斎藤さんも初めて見たなぁ。

 よし、一緒に面倒を見てあげよう。


「おたまちゃん、ナムナムしましょうね」

「おい、なむなむは寺で仏様だろう。ここは神社だぞ」

 斎藤さん、意外と細かいなぁ。

「なむなむ」

 おたまちゃんは手を合わせてそう言った。

「お前が変なことを教えるから、覚えてしまっただろう。どうするんだ?」

「大人になったら自然と間違いに気が付きますよ」

 意外と心配性だなぁ。

 私と斎藤さんの会話をよそに、おたまちゃんは神様に向かってなむなむと言っていた。

 私たちが来たのは、花園神社と言うところだ。

 現代も新宿駅の近くにある神社だ。

 近藤さんの道場も、現代で言う新宿にある。

 ここまで少し距離があったけど、おたまちゃんは文句言わずに歩いていた。

 現代の子なら、疲れたとか文句言うだろうなぁ。

 そんなことを思っていたら、目の前でなむなむと言いながら神様にお参りしているおたまちゃんがとってもかわいく見えた。

「お前が外に連れて行こうと言ったから、外に連れてきたが、いったい外で何をすればいいんだ?」

 斎藤さんが困った顔でおたまちゃんを見ていた。

「子供は外で遊ぶものですよ」

 外で遊んで疲れると、夜はよく寝てくれるというじゃないか。

 現におたまちゃんは神社の敷地の中を走り回ってくれている。

「おい、走り回っているぞ。転んだらどうするんだ?」

「転んだって死にませんよ。大丈夫です」

「怪我するだろう」

「そりゃ怪我するでしょう」

「痛いだろう、怪我したら。かわいそうだ」

 そう言った斎藤さんは、おたまちゃんを追いかけた。

 おたまちゃんは鬼ごっこだと思っているみたいで、逃げていた。

「あ、逃げるなっ! そう走ると転ぶぞっ!」

 斎藤さん、子供出来たらどうやって育てるんだろう?

 すごいかわいがっちゃいそうだよな。

 かわいがりすぎて、家から出さないかも。

「おい、お前も追いかけろ」

 斎藤さんが、おたまちゃんを追いかけながら言った。

「おたまちゃん、鬼さんが追いかけてきますよ」

「キャー」

 おたまちゃんは斎藤さんが追いかけると喜んで走って逃げて行った。

「おい、走らせてどうすんだっ!」

「斎藤さん鬼ですよ」

 私も一緒に逃げると、斎藤さんは仕方ないという感じで追いかけてきたのだった。


 帰り道も、疲れたの一言も言わず、一生懸命あるくおたまちゃん。

 本当にえらいなぁ。

「少し休むか?」

 いつもはそんなことを言わない斎藤さんだけど、おたまちゃんに気を使ったのだろう。

 途中の空地のようなところで休むことにした。

 その空地には、クローバーとシロツメクサが生えていた。

「おたまちゃん、四葉のクローバー探そう」

 私はおたまちゃんを誘った。

「くろおばあ?」

 斎藤さんが怪訝そうな顔をして聞き返してきた。

 この時代はそう言う名前じゃなかったのか?

「これですよ」

 私はクローバーを指さした。

「それは、しゃじく草だ」

 クローバーの方が覚えやすくて言いやすいぞ。

「おたまちゃん、これは葉っぱが3枚だけど、4枚のを探すといいことがあるんだよ。探してみよう」

「うん」

 私がそう言うと、おたまちゃんが探し始めた。

「4枚だな」

 そして、斎藤さんも真剣な顔をして探し始めた。

 その真剣さがおたまちゃんと同じに見えるのは、気のせいか?

 私は、おたまちゃんにシロツメクサで冠を作ってあげていた。

「おい、4枚なんてないぞ」

 しばらくすると、斎藤さんがそう文句を言ってきた。

「そんな簡単に見つかりませんよ。幸福を呼ぶ四つ葉のクローバーですから」

「なんかよくわからんが、珍しいものなのだな」

 そう言うと、また探し始めた。

「お前は何を編んでいるんだ?」

 しばらくすると、また斎藤さんがやってきた。

 四つ葉のクローバー探しは苦戦しているらしい。

「編んでいるというか、作っているというか。おたまちゃんの頭にのせてあげようと思って作っているのです」

「そんな草を頭に乗せたら、汚れるだろう」

 草ぐらいで何言ってるんだっ!

 斎藤さんの子供に生まれた子供は、きっと大変だぞ。

「何言っているのですか。白くて綺麗じゃないですか。きっと喜びますよ」

「本当か? 喜ばなかったらどうするんだ?」

 そこまで考えてたら、なんも出来んだろうがっ!

「斎藤さん、四つ葉は見つかりましたか?」

「いや、見つからん」

「おたまちゃんが見つけることが出来なくて、斎藤さんもだめだったら、それこそおたまちゃん泣きますよ」

「それは大変だ」

 斎藤さんは、人が変わったかのように探し始めた。

 シロツメクサの冠が出来るころには、斎藤さんも、おたまちゃんも四つ葉のクローバーを見つけることが出来た。

「それは、本にはさんでおくといいよ」

 私が教えたら、

「うん」

 と言って笑った。

 笑顔のおたまちゃんの頭にシロツメクサの冠をのせたら、もっと喜んでくれた。


 それからの帰り道は、おたまちゃんは寝てしまい、斎藤さんの背中にいた。

「子供の世話っていうのも疲れるな」

 斎藤さんが、おたまちゃんを背負いなおしながら言った。

「斎藤さんが色々考えすぎなんですよ。一緒に遊んじゃえば楽しいじゃないですか」

「怪我でもしたらかわいそうじゃないか」

 斎藤さんの口からその言葉が出るとは思わなかった。

「疲れるものだが、かわいいものでもあるな」

 そう言った斎藤さんの顔が、今まで見たことがないぐらいの優しい顔をしていた。

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