江戸に到着
蕨宿というところを出た。
もう少しで江戸に入る。
今回の旅も色々あったけど、何とか江戸に来ることが出来た。
みんなの足並みも自然に軽くなって行った。
近藤さんの道場も近くなってきたとき、伊東さんと別れた。
お母さんが病気で寝込んでしまっていると言う事で、自分の家に帰るらしい。
そこで何かが引っ掛かるのだけど、何だろう?
ま、いいか。
近藤さんの道場に着くと、前もって文が行っていたみたいで、近藤さんの奥さんのおつねさんと娘さんのおたまちゃんが出迎えてくれた。
おたまちゃんが少し見ない間に大きくなっていた。
「おたまちゃん、いくつになった?」
私が聞いたら、指を4本出してきた。
4歳かぁ。
現代に直すと3歳ぐらいか。
前回来た時は、歌舞伎俳優の浮世絵を出して
「ちちうえ」
と言っていたけど、今回はどうなんだろう?
もうわかっているよね。
「ちちうえは?」
試しに私が聞いてみたら、奥へ走って行った。
しばらくすると、ボロボロの紙を出してきた。
見てみると、前回江戸に来た時に私が書いてあげた近藤さんの絵だった。
「わぁ、すっかりボロボロだね。また書き直してあげるね」
おたまちゃんの頭をなでながら言うと、
「ありがと」
と、おたまちゃんが笑顔で言ってくれた。
「なんだ、あれは」
私とおたまちゃんのやり取りを見て不思議に思ったみたいで、土方さんに聞かれた。
前回おこった出来事を話すと、土方さんだけでなく斎藤さんも吹き出して笑っていた。
「いくら近藤さんでも、歌舞伎俳優には負けるな」
土方さんは笑いながら言った。
「それにしても、誰が近藤さんを歌舞伎俳優にしたんだ?」
斎藤さんがそう言うと、土方さんと一緒に私を見た。
「わ、私じゃありませんよ。私がおたまちゃんの父親を歌舞伎俳優から近藤さんに戻したのですよ」
むしろ貢献者だろう。
「誰も、お前だとは言ってないだろう」
土方さんの目がそう言っている。
「やっぱりお前なのか?」
斎藤さんは笑いながらそう言ってきた。
だから、私は貢献者だってばっ!
次の日になると、近藤さんの代わりに道場を守っている佐藤さんがやってきた。
佐藤さんの奥さんが、土方さんのお姉さんだ。
「なんだ、意外と来るのが早かったな」
佐藤さんはそう言いながら入ってきた。
今回は、歩くペースが今までになく速かったからなぁ。
よくついてこれたよ、自分。
「せっかちな歳について行くのは大変だっただろう?」
佐藤さんが私を見ながら言った。
「いえ、大丈夫です」
何事もなかったかのように笑顔で言ったが、心の中は全然大丈夫じゃない。
ぜえぜえ言っている。
「それなら、帰りはもう少し早く歩くぞ」
土方さんは、私の顔を見て言った。
「いや、それだけはご勘弁をっ!」
「なんだ、全然大丈夫じゃないじゃないか」
佐藤さんは笑いながら言った。
「蒼良は、前回来た時は精悍になったと思ったが、今回は綺麗になったような感じがするぞ。男に対して綺麗っていうのもどうだと思うがな」
そ、そうかな?なんか嬉しいなぁ。
照れていると、
「照れている場合じゃないぞ。ばれたらどうするんだ?」
斎藤さんに小さい声で言われてしまった。
それもそうだな。
「蒼良は、何にも変わらねぇよ」
土方さんが一言そう言って、その話題は終わった。
「ところで、今回も隊士募集で江戸に来たのか?」
佐藤さんは土方さんに聞いた。
「ああ、やっぱり隊士は江戸の人間がいいな」
土方さんの頭の中は、今年の1月に起きたぜんざい屋事件のことが頭にあるのだろう。
大坂版池田屋事件なんて言われているけど、土方さんたちに言わせれば、そんなものは池田屋事件のいの字のも当てはまらないという。
というのも、大勢で襲撃したのに、斬ったのは一人だけというお粗末な結果だったからだ。
それを見た近藤さんは、
「隊士は江戸の人間がいいな」」
と言ったので、なるべく江戸から募集すると言う事になったのだろう。
「それならいい人間がいるぞ」
佐藤さんは嬉しそうに言った。
「うちの源之助はどうだ?」
誰だろう、その人は?
「源之助かぁ。何歳になる?」
土方さんが佐藤さんに聞いた。
「もう16だ」
「ちょうどいいな。義兄さんがよければ俺は全然かまわないが」
「俺は全然かまわんよ。むしろ、新選組で鍛えてほしいぐらいだ」
「後日多摩に行くから、その時に会わせてくれ」
「わかった」
で、源之助さんって誰だ?
斎藤さんの顔を見ると、斎藤さんが首を振った。
斎藤さんも知らないらしい。
「すみません、源之助さんって誰ですか?」
気になるので、思い切って聞いてみた。
「ああ、うちの長男坊だ」
佐藤さんは普通にそう言った。
ええっ、長男なのに、新選組に入れて大丈夫なのか?
この時代の長男は、家を継ぐものだろう。
しかし、後日このことが元でちょっとした事が起こるのだった。
「多摩にはいつ来る?」
佐藤さんは土方さんに聞いた。
「数日後に行くつもりだ」
「その時は、蒼良も連れて来い。みんな待っているから」
佐藤さんは優しい顔で私を見ながら言った。
「特に、為次郎さんが待っているから」
為次郎さんとは、土方さんの一番上のお兄さんだ。
「為次郎兄さんが? お前、何かしたのか?」
土方さんが私を見ながら言った。
「何もしていませんが」
何かしたか?覚えがないぞ。
前回多摩に行ったときに会ったのだよなぁ。
その時のことを色々思い出した。
「ああっ!」
思わず声を出してしまった。
「なんだ、お前っ! 突然声出しやがって」
土方さんは私を見て言った。
ちょっと驚いたらしい。
いや、それどころじゃないって。
為次郎さんに何もしていないって言ったけど、思いっきりやっていたことを思い出した。
「まさか、為次郎兄さんに何かしたのか?」
私の反応でわかってしまったみたいで、土方さんに聞かれた。
しました。
ええ、しましたよ。
「なにをした?」
私はチラッと佐藤さんを見た。
ここでは言えないよなぁ。
為次郎さんに気に入られて、土方さんの許嫁になっているなんて。
だって、為次郎さん、女だってばらすって脅してくるんだもん。
「し、してませんよ」
これは黙っていた方がいいのかもしれない。
どこまでこれが通用するかわからないけど。
「したな。お前の反応を見てすぐわかる」
うっ、それよく言われます。
「ま、いいだろう。そのぐらいにしてやれ」
佐藤さんが助けてくれた。
ありがとうございます、佐藤さん。
土方さんは納得いかないような顔をしていたけど、佐藤さんが別な話題の話をし始めたので、そっちに意識が言ったらしい。
その後何も言われることはなかった。
佐藤さんも帰った後、土方さんに呼び止められた。
さっきのことを言われるのかと思ったら、全然違っていた。
「お前、平助がどこにいるか知っているのだろ?」
藤堂さんとは、数回文のやり取りをしているから、どこの長屋にいるか、なんとなくわかっていた。
「はい」
「平助の奴、俺たちが来たことを知らんのだろう。呼んでこい」
藤堂さんのことを気になっていたので、土方さんの申し出はありがたかった。
「わかりました」
藤堂さんに会って、山南さんのことを謝らなければ。
それをずうっと考えていたのだった。
私は、近藤さんの道場を後にして、藤堂さんの長屋に向かった。
はずだった……。
そう、確かに向っていた。
なんとなく長屋の場所はわかっていた。
そのなんとなくがだめだった。
現代の東京なら地理がわかるが、江戸となると全然わからない。
京なら巡察とかしているし、現代とあまり建物の場所が変わっていないので、よくわかる。
しかし、江戸は全く無知の世界だ。
というわけで、迷子になったのだった。
藤堂さんの長屋より、藤堂さんの通っている道場に行った方が早いかもしれない。
なんせ、江戸三大道場の一つ玄武館だから、人に聞くにしても、そっちの方がわかりやすいだろう。
と言う事で、玄武館を目指して行った。
玄武館はすぐにわかった。
人に聞きながら間もなく到着した。
近藤さんの道場やうちの道場と比べ物にならないぐらい大きい道場だった。
さすが、日本三大道場の一つだ。
さぞかし、熱気のある稽古をしているのだろうと思って中をのぞいたら……。
稽古ではなく、議論を交わしていたのだった。
な、何なの?ここ。
この玄武館のある場所は、学者の町みたいで、門生が学問に接しやすくて、政治にも興味を持ち始めたのと、今は攘夷だとか盛んになっているから、こうやって議論を交わすことも多くなったらしい。
っていうか、道場なら稽古をしろって感じなんだけど。
それより、藤堂さんいるかな?
キョロキョロ中を見回してみるが、ここにはいそうにないなぁ。
「あんた、なんか用か?」
突然、道場にいた人に話しかけられたから、びっくりした。
そりゃ、道場の中をのぞき込んでキョロキョロしていたら、そう言われるよな。
「あの、藤堂さんに用があったのですが」
玄武館って人も多そうだから、藤堂さんでわかってくれるとありがたいのだけど。
「ああ、あいつならもう帰ったぞ」
ええっ、そうなのか?
「藤堂さんの長屋なんてわからないですよね」
そこまでは知らないよね。
「知っているよ」
ありがたいっ! よかったぁ。
その人に長屋の場所を教えてもらい、さっそく向かった。
長屋に着いた。
着いたはいい。
長屋って、一軒の建物に数件の家族が住めるようになっている。
だから、長屋に着いたはいいけど、ここのどこに藤堂さんがいるのかわからない。
一軒一軒、戸を開けて確かめるか?
そんなことして怒られないかなぁ。
最初の一軒目で聞けばいいのか。
よし、行くぞっ!
自分に気合を入れた時、
「蒼良?」
という声が聞こえた。
振り向くと、驚いた顔をして藤堂さんが立っていた。
「藤堂さん、よかったぁ。この長屋のどこに藤堂さんがいるかわからなかったので、一軒一軒回ろうと思っていたのですよ」
私がそう言い終わるか終らないかのうちに、藤堂さんに抱きしめられてしまった。
「蒼良、ごめん」
いや、謝らなければいけないのは、私の方だ。
「藤堂さん、山南さんを助けることが出来なくて、ごめんなさい。約束したのに、果たせませんでした」
私がそう言うと、さらに強く抱きしめられた。
「私の方こそ、京に帰ることが出来なくて、すまなかった。蒼良にすべて押し付けてしまって、本当にすまない」
「そんなことはいいのですよ。帰ってこないとわかっていましたから」
「本当に、すまない」
藤堂さんは何回もそう言っていた。
それから藤堂さんと今まであったことを話しした。
「土方さんに呼んで来いと言われたのですが、藤堂さんの準備は大丈夫ですか?」
京に帰れなかったのも、それなりに理由があったからだろう。
だから、聞いてみた。
「大丈夫だよ。実は、天野先生が来て教えてくれた。明日の昼間に行くよ」
お師匠様が来てたのか。
私の伝言も伝えてくれたらしい。
お師匠様、ありがとうございます。
「で、お師匠様は?」
「旅立ったよ」
また温泉巡りの旅に出かけたか。
「ところで、天野先生が言っていたけど、蒼良は酒が相当強いって本当なの?」
お師匠様、なんでよけいなことを言うかなぁ。
藤堂さんと話をして近藤さんの道場に帰ってきたら、伊東さんがいた。
伊東さんは珍しく怒っていた。
「嘘だったのか?」
土方さんが驚いて伊東さんに聞いていた。
何が嘘だったんだ?
「伊東さんは、母上の様子が悪いから江戸に帰ってきたが、それは伊東さんの奥さんが伊東さんに会いたくて文に書いて送った嘘だったらしい」
斎藤さんが説明してくれた。
そうだ、これだっ!
これが思い出せなくて、ずうっと引っかかっていたのだ。
「だから、離縁を言い渡してきた」
伊東さんはそうとう怒っているみたいで、そう言った。
「離縁はちょっとやりすぎじゃねぇか? 母上は元気だったんだろ?」
土方さんがそう言ったけど、
「武士の嫁にふさわしくない」
と、伊東さんが言って聞き入れなかった。
「私は、しばらく実家にいるから、何かあった時は呼んでもらいたい」
伊東さんは最後にそう言い残して行った。
「あ、帰ってきたか。どうだった? 平助に会えたか?」
私に気が付いたらしく、土方さんに聞かれた。
「明日の昼間に来るそうです」
「わかった」
「それにしても伊東さん、本当に離縁するのですか?」
「伊東さんが離縁するって言ってるんだから、するんだろ?」
そうだよなぁ。
「奥さんも伊東さんに会いたくて嘘ついちゃったんだから、許してあげればいいのに」
私がそうつぶやくと、
「人の家庭のことはよくわからん。これは伊東さんの問題だからな」
と、土方さんに言われてしまった。
「武士の妻としては失格だな」
斎藤さんはなかなか厳しいことを言っていた。
武士の妻がどういうものかわからないが……。
「ま、伊東さんは結婚していたと言う事は、それなりに女性に認められたと言う事になりますね」
「お前、何が言いたいんだ?」
私が言った後、土方さんににらまれた。
な、何か悪いことを言ったか?
「逆に言えば、女を一人に選べないということもあるがな」
斎藤さんは、なぜか余裕で私の言ったことをかわしていた。
斎藤さん、そんなにもてているのか?