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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年3月
175/506

一方江戸では?

 まだ京に戻れないでいた。

 そろそろ新選組にも戻らなければと思っていた。

 その一方で、人斬り集団に戻るのは嫌だった。

 戻りたい理由は、蒼良そらと山南さんだ。

 蒼良は未来からやってきたと言った。

 信じられない話だが、蒼良の話だから信じることが出来た。

 蒼良の話だと、山南さんが脱隊をして切腹すると言った。

 山南さんが、切腹?

 すぐには信じられなかったが、蒼良の真剣に話す姿を見て本当の事なんだと思った。

 できれば、早めに帰ってきてほしいと言われたが、同時に、私は帰ってこないだろうとも言った。

 春になったら土方さんたちが隊士募集で江戸に来る。

 その時に一緒に帰ることになると言った。

 言われた時は、そんなことはない、蒼良の頼みだからなるべく早く帰りたいと思った。

 しかし、実際はどうだ?春になったのに私はまだ江戸にいる。

 そろそろ土方さんたちもやってくるだろう。

 山南さんはどうなったのだ?蒼良は?

 こんなにも京のことが気になっているのに、京に足が向かないまま春はやってきたのだった。


 この日もいつも通り道場に行った。

 いつも通り一通り稽古をして長屋に帰ってきた。

 自分の長屋の前に旅姿の老人がいた。

 しかも、今にも戸を開けて中に入りそうだ。

「何か用ですか?」

 私の用があるから、私の長屋の戸を開けて入ろうとしているのだろう。

「おっ、帰ってきたか」

 老人が振り向いた。

「天野先生」

 その老人は、蒼良の師匠である天野先生だった。


 昼間から飲むのもどうかと思ったが、天野先生が、

「酒なしじゃ話せない話があるんじゃ」

 と言ったから、昼間から居酒屋に入った。

 昼間だから、人は数人しかいない。

 逆に言えば、昼間から飲んでいる人間が数人いると言う事だ。

「藤堂も飲め」

 天野先生がお銚子を出してきたが、

「昼間から飲むのはちょっと……」

 と言って断った。

「仕方ないなぁ」

 私が天野先生にお酌をした。

 天野先生はあっという間に飲み干した。

 お酒を飲む速さが早い。

 あっという間に空のお銚子がたまる。

 そして全然酔っているようには見えないから、相当強そうだ。

「まず、蒼良から伝言じゃ」

 蒼良から?

「なんて言っていましたか?」

 蒼良の話になると、自然と前のめりになる。

「まぁ、そう落ち着け」

 私は落ち着いているつもりだが。

「山南さんを切腹させてしまって申し訳ないといっとった。藤堂と約束したのにと言っておったぞ」

 蒼良は悪くない。

 こうなることをわかっていながら、いつまでも京に帰らなかった私にも責任はある。

「と言う事は、山南さんは……」

 私が聞くと、くいっと杯を傾けて中身をすべて口に中に流してから、

「だめじゃった。最後まで色々手をつくしたんじゃ。わしは一度途中であきらめたが、蒼良は最後の瞬間まであきらめなかった」

 蒼良らしい。そう思った。

 蒼良のことだから、最後の最後までどうしたらいいか考えて突っ走っていたのだろう。

 ひたすら、前だけを見て。

「最後は、山南と付き合っていた女性まで出したのだが、それでも山南の意思の方が強かったんじゃ」

「じゃあ、山南さんは……」

「切腹した。蒼良も、最後まで見届けると言ってみたようだぞ」

 切腹なんてって嫌がっていた蒼良なのに、山南さんを見届けてくれたのか。

 本当に、役に立てなくて申し訳ない。

「藤堂」

 突然、天野先生に呼ばれた。

 私は自分を責めていたから、顔が下を向いていたようだ。

 顔をあげて天野先生を見た。

「あまり自分を責めるな。山南の切腹は誰のせいでもないんじゃ。藤堂のせいでもない。もちろん蒼良のせいでもない。歴史が決めたことなのかもしれんな」

 天野先生はそう言うと、また酒を飲んだ。

「歴史を変えるためにわしらはここにいるが、歴史を変えると言う事は簡単なことじゃないのだ。わしらのやっていることは、歴史という大きな川の流れの中で小さく動き回る物じゃ」

 蒼良も、歴史を変えたいと言っていた。

 でも、こんなにも難しいことなのか。

「でもな、これだけは言える。わしは新選組が好きでお前らが好きじゃ。山南を死なせてしまったが、後は誰も死なせとうない。だから藤堂、どんなことがあっても死ぬな。わかったな」

 天野先生に会うたびに死ぬなと言われる。

 私は、伊東さんたちと一緒に新選組を出て、それから伊東さんが殺された後、油小路と言うことろで新選組の隊士たちに殺されるらしい。

 これは天野先生から聞いた。

「蒼良は、新選組を出るなとか言うだろう。わしは藤堂が新選組を出てもかまわないと思っとる。ただ、死ぬのはだめだ。自分がどうやって死ぬかわかっているだろ?」

 天野先生に聞かれたから、うなずいた。

「それを避けろ。わしらもそうならないように手を貸すから、なんとしてでも避けろ。わかったな」

「わかりました」

 私の返事を聞いてほっとしたのか、天野先生は再び酒を飲み始めた。

 天野先生は本当に酒が強い。

 まだ昼間だというのに、もう数本の空のお銚子が転がっている。

「言っておくがな、蒼良も酒は強いぞ」

 まさか……。

 

 天野先生は、しばらく私の長屋にとどまることになった。

 次の日、いつも通り道場へ行く。

「藤堂、いつも頑張っているな」

 道場での稽古でいつも一緒になる知り合いに話しかけられた。

「もしよかったら、うちに来ないか?」

 突然誘われた。

 道場でも顔を合わすだけでさほど親しくもなかった。

「今はうちに客がいるから、また今度」

 これは口実で、親しくないのにわざわざ気を使いながら家に行くのもいやだなぁ。というのが本音だ。

「その客人も一緒に来てもらえばいいだろう」

 さりげなく断っているのがわからないらしい。

「それは客に聞かなければわからないから、何とも言えないが」

「それなら、藤堂と一緒に行くから、そこで客に聞いてくれ」

 ずいぶんと強引な奴だな。

 天野先生に断ってもらうか。

 自分の長屋にその知り合いも連れて行き、天野先生に聞いた。

 さりげなく断ってほしいなぁという思いも伝えたつもりだったが。

「お前の家で飲ましてくれるのか?」

「もしよろしければ、藤堂と一緒にどうぞ」

「嬉しいなぁ。行くぞ、藤堂」

 天野先生は行く気満々になってしまった。

 断ってほしかったのだけどなぁ。

 私も一緒にその知り合いの家に行くことになった。


 知り合いは、大店の息子のようで、立派な屋敷に案内された。

 知り合いの妹とか言う女性に、奥の部屋に通された。

 この女性、どこかで見たことあるなぁと思っていたら、知り合いのところにしょっちゅう来ていた女性だ。

 彼女か何かだと思っていたら、妹だったのか。

「ごゆっくりどうぞ」

 そう言って、知り合いの妹は下がって行った。

「妹だったんだ」

 私が言うと、

「そうだ。お前のことが好きらしいぞ」

 と言われた。

 一言も話をしていないのに、好きと言われてもなぁ。

「藤堂、もてるなぁ。この、このっ!」

 天野先生がひじで突っついてきた。

 一言私の代わりに言ってくれてもいいじゃないか。

 私の好きな人を知っているくせに。

「私は、好きな人がいるから」

「今、京にいるから、江戸で少しぐらい手を出してもばれやしない。ましてや、あいつなら鈍感だから大丈夫だ」

 天野先生は、一言言ってくれるどころか、手を出せと言ってきた。

「それに、蒼良が藤堂を好きかどうかもわからんじゃろう。本人も誰が好きとかわかっとらんようだしな」

 確かに、問題はそこだったりするのだ。

「なんだ、藤堂の片思いか」

 知り合いは安心したように言った。

「片思いだろうが何だろうが、好きな女性がいるから、君の妹の気持ちにこたえることはできない」

「藤堂は真面目じゃなぁ。男なら、女の二人や三人、どうってことないだろう」

 天野先生、それは最低だと思うのですが……。

 蒼良にも嫌われると思うし。

「この客人の言う通りだ。話が分かる人だなぁ」

 知り合いもすっかり天野先生と同じ意見になっている。

 そんな話をしているうちに、さっき案内してくれた知り合いの妹がお銚子数本をお盆に入れて持ってきた。

「とりあえず、一杯やろう」

 知り合いがお銚子を出してきた。

「おお、いいなぁ」

 天野先生が杯を出してきた。

 知り合いが杯の中に酒を入れる。

「藤堂もどうだ?」

 今度は私の方を見て言った。

「まだ昼間だから……」

 そう言って断ったが、

「稽古も終わったし、一杯ぐらいいいだろう? 付き合え」

 知り合いがお銚子を出してきた。

 一杯ぐらいなら、付き合ってもいいかな。

 そう思い、杯を出した。

 私が一杯飲む間に天野先生は、4杯ぐらい飲んでいた。

 天野先生は、やっぱり酒が強いらしい。

 しかし、突然天野先生が倒れた。

「天野先生っ!」

 私は天野先生に近寄ろうとした。

 立ち上がろうとした途端、強烈なめまいに襲われた。

 なんだ、これは……。

 そう思った時は、もう意識がなくなっていた。


 気がついたら、周りがうす暗くなっていた。

 夕方だろうか?

 私はいったい何をしていたんだ?

 そうだ、知り合いの家に来ていたのだ。

 酒を一杯だけいただいて……

 あっ、

「天野先生っ!」

 私は飛び起きた。

 天野先生が倒れたのだ。

 それを助けようとしたら私も倒れてしまったのだ。

 飛び起きた時、隣に女性がいた。

 えっ、この女性は確か、知り合いの妹じゃないか。

 なんでこんなところにいるんだ?

「ご一緒だったお客様は、別な部屋で兄が介抱しています」

 そうか、それはよかった。

「私は、あなたが介抱してくれたのですね。ありがとうございます」

 私はお礼を言った。

「覚えていないのですか?」

 知り合いの妹は、そう言った。

 覚えていない?

「私は何かしたのですか?」

 そう言うと、知り合いの妹は泣き始めた。

「好きだと言って接吻をしてくれました」

「わ、私がですか?」

 驚いて聞き返すとうなずいた。

 好きだと言って接吻を?全然覚えがない。

 しかし、知り合いの妹は泣いているから本当の事なんだろう。

「なにがあった?」

 妹の泣き声が聞こえたせいか、知り合いが顔を出してきた。

「あ、兄上っ! なんでもございません」

 妹の方が泣きながら言った。

 こんな泣きながら言ったら、何かあったと思うのが当たり前だろう。

 知り合いの方も、

「なにがあった? 話してみろ」

 と言ってきた。

 最初は妹の方に聞いていたが、そのうち私の方に視線を移してきた。

「妹に何をした?」

 その視線に怒りがこもっていた。

「私は記憶がないのだが、好きだと言って接吻をしたようだ」

「お前がか?」

 藤堂という呼び名から、お前と言う呼び名に変わっていた。

「すまない、記憶がないんだ」

 私は謝った。

 記憶がないのだから、何とも言えない。

「お前、好きな人がいると言っただろう?」

「言った」

「なのに、なんでそういうことをしたんだ?」

 それは、私が自分に聞きたい。

 いったいどうしたのだ?蒼良が心の中にいるのに、他の女性に接吻なんてありえない。

「その女性をあきらめて、妹と付き合うか? そうじゃなければ、妹だってお前のことをあきらめきれんだろう。接吻までしておいて」

 そうしなければいけないのか?

「藤堂、お前は悪くないぞ」

 蒼良をあきらめなければならないのか?そう思っていた時、天野先生が現れた。

「お前ら、酒に薬を入れたな」

 酒に、薬を?

「何を根拠にそういうことを言うんだ?」

 知り合いが天野先生を睨みつけながら言った。

「証拠は、これだっ!」

 天野先生は先ほど使っていた杯を持ってきた。

「酒は全部消えてなくなっているが、薬は残っているじゃろう? 普通、酒を飲んでからになった器の底に、白い粉がたまっていると言う事はないじゃろう」

 その杯を見せながら天野先生は言った。

 確かに、白い粉が残っている。

「どうなんじゃ?」

 天野先生が知り合いをにらみつけた。

「すまなかった」

 知り合いが頭を下げた。

 やっぱり薬が入っていたと言う事か?

「妹の恋を成就させてやりたいと思い、酒で酔って手を出したことにしたら、藤堂も付き合うだろうと思ったのだ。妹は悪くない。全部俺がやったことだ」

 そうだったのか。

「お前はそう言うじゃろう。でも、その妹も一緒になってやったのだろ? だから一緒にここにいるのじゃろう」

 天野先生は、知り合いの妹の方に近寄っていき、その前に立った。

「藤堂の心がほしいのなら、卑怯な手を使ってはならん。お前は兄がこの計画を出してきたときに止めるべきだったのじゃ。そして、この計画が露見したことにより、藤堂の心はもう取り返しもつかないぐらいお前から離れておるぞ。むしろ恨んどるかもしれんぞ」

 知り合いの妹は、また泣き出した。

「申し訳ござません」

 そして、私に謝ってきた。

「私は好きな人がいます。だから、あなたを想うことはないでしょう」

 正直に私は言った。

 こういうことは正直に言った方がいい。

 知り合いの妹は泣き崩れた。

「そして、お前。お前もこんなことをやるのは妹のためにならんぞ。妹に好きな人ができ、その相手が振り向かないからってこんなことばかりやっとったら、妹のためにもならんし、妹が相手に嫌われるだけじゃ」

 今度は知り合いにむかって天野先生は言った。

 知り合いは、うなだれていた。

「藤堂、帰るぞ」

 最後に私に一言そう言った。

 私は天野先生と一緒に知り合いの家を出た。


「天野先生はなぜ薬が入っていたとわかったのですか?」

 どうしてもそれが不思議だった。

 何故わかったのだろう。

「簡単なことじゃ。あれぐらいの量で酔いつぶれるほどわしは酒に弱くはないっ!」

 本当に、簡単なことだった。

「それだけで分かったのですか?」

「当たり前じゃ。わしを甘く見てもらっては困るな」

 確かに、天野先生は酒が強い。

「藤堂、わしは明日江戸を出る」

「ずいぶんと急ですね。もうちょっとゆっくりして行っても」

「わしはやることがあるからな」

 蒼良が温泉を巡って歩いていると言っていたなぁ。

「あ、そうそう。もうすぐ土方達も来るじゃろう。確か、4月のはじめあたりにはもう来るぞ。それまでお前も心の中を整理しておけ」

 そうか、もうすぐ来るか。

「わかりました」

「蒼良も多分一緒だと思うぞ。よかったな」

 天野先生は私の方を見て笑った。

「何言っているのですか」

 私も照れてそう言いつつも、蒼良も江戸に来るかもしれないと言う事が嬉しかった。

  

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