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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年3月
173/506

妻籠宿

 京を出てから数日が過ぎた。

 だんだんと山の中に入ってきた。

 中山道も真ん中あたりに来たかな?

「山ばかりですね」

 山ばかりなので、ひたすら歩くしかない。

 最初の方は、わぁ、山だぁとはしゃいでいたけど、ずいぶんと山に囲まれたところを歩いているので、いい加減あきてきたのだった。

「蒼良、もう少し早く歩けないか?」

 斎藤さんに言われてしまった。

「日が暮れる前にここを抜けて妻籠宿つまごしゅくまで行きたい」

 土方さんがそう言いながら相変わらず速足で歩いていた。

「日が暮れるまでって、何かあるのですか?」

 確か、急ぐ旅ではないと言っていたが……

「ここら辺は出るからね」

 伊東さんがそう言った。

 な、何が出るというんだ?

 も、もしかして……

「これが出るのですか?」

 私は、両手を自分の前にブラブラとぶら下げ、幽霊のポーズをした。

「旅の途中で亡くなった奴か?」

 斎藤さんがそう言った。

 そうそう、それ。

 旅の途中で志半ばで亡くなってしまい、以後夜この道を通る旅人を脅かすとか……。

 ああ、考えているだけでも怖くなってきたわ。

「そんなんじゃねぇ。もっと怖い奴だ」

 土方さんが歩きながら言った。

 もっと怖い奴って何?

「山の中だと、たいていいるからね」

 伊東さんも言った。

 山の中にいる怖い奴って……何なのよっ!

「なにが出るのですか?」

 恐る恐る聞いてみた。

「山の中にたいていいる怖い奴って、あれしかないだろう」

 斎藤さんがニヤッと笑いながら言った。

 斎藤さん、知っていてわざと教えてくれないだろ?

「熊だ、熊っ!」

 ええっ!

 確かに、山の中にいる怖い奴だ。

 でも、出ると言われても実感がない。

「本当に出るのですか?」

「なんなら、お前をここにおいて行くから、熊が出るか確かめてみるか?」

 前を歩いていた土方さんが、チラッと私を振り返って言った。

 そ、そんな確かめ方があるのか?

 いや、そこまでして確かめたくないぞ。

蒼良そら君、みんな冗談で言っていると思うから、本気になって悩まなくても大丈夫だと思うが」

 伊東さんがそう言ってきた。

 冗談じゃないと困るから。

 本気でおいて行かれて熊の餌にされた日には、一生恨むぞ。

「誰が冗談だって言った」

 土方さんがそう言ってきた。

「本気なのですか?」

 恐る恐る聞くと、

「冗談だ」

 と言って笑った。

 いや、笑いごとじゃないから。

「お前、ちょっと歩くのが速くなったぞ」

 斎藤さんが笑いながら言った。

「夕方までにつかないと、熊に会うじゃないですか。急ぎましょう」

「怖いのか?」

「斎藤さんは怖くないのですか?」

「別に、熊に会った時は、会った時だろう」

 斎藤さんのことだから、熊相手に刀で戦って勝ちそうだよなぁ。

 いや、それはないか。

「冗談はそれぐらいにして、急ぐぞ」

 土方さんが歩くスピードを少し上げた。

 熊に襲われたくない私は、必死について行ったのだった。


 明るいうちに妻籠宿に着いた。

 熊に襲われなくてよかった。

 とりあえず一安心だ。

 それと、今までで一番速いペースで歩いたので、足もかなり疲れた。

 だから、宿について座り込んだまま立てなくなってしまった。

 お尻から根が生えたみたいだ。

「おい、なに座り込んでんだ?」

 土方さんに声かけられた。

「疲れたか?」

「はい。でも、熊に会いたくなかったので」

 私がそう言ったら、土方さんが笑った。

「誰だって会いたくないさ」

 そりゃそうだ。

 熊に会いたいと思うのは、猟師ぐらいだろう。

「少し休んだらいい」

 土方さんは、私の肩をポンポンと叩いて言った。

「ありがとうございます。今日は優しいですね」

「今日もだろうが」

 そうなのか?初めて知ったが。

「今日は日暮れまでにどうしてもここに着きたかったから、いつもより速く歩いた。お前だけでなく、斎藤や伊東さんも疲れているだろう」

 そうなんだ。

 いつもより速いなぁとは思っていたけど。

「休め。俺も休む」

 土方さんはごろんと横になった。

 周りを見ると、伊東さんも斎藤さんも休んでいた。

 みんな疲れているんだなぁ。

 そんなことを思いながら、私も横になったのだった。


 私の横を誰かが歩いている気配で目が覚めた。

 誰なんだろう?

 うっすらと目を開けたけど、夕日が差し込んできていたので、まぶしかった。

 着いたのが夕方の少し前だから、少しの間寝ていたんだなぁ。

 で、誰が歩いているのだろう?

 よく目を凝らしてみてみると、斎藤さんだった。

「起こしたか? まだ寝てろ」

 私と目があった斎藤さんはそう言って部屋を出た。

 どこに行くのだろう?

 まだ寝てろって言っていたけど、一度目が覚めたらなかなか眠れないし、斎藤さんがどこ行くのかも気になるし、思い切って起き上がって斎藤さんの後をついて行った。

 宿の玄関で斎藤さんに追いついてしまった。

「なんだ、つけてきたのか?」

「つけてきたのではなく、ついてきたのです」

「どちらもそう変わりないだろう」

 ま、そうですけど。

「一緒に来るか?」

 ついてくるなと言われるかなぁと思っていたので、意外だなぁと思いつつうなずいた。

 だって、どこに行くのか気になるじゃないか。


 斎藤さんは、どこに行くと言う事もなく、町の中を歩いていた。

 枡形と呼ばれる、戦国時代にでき、敵が侵入しにくいようにわざと曲げて作った道も歩いて行った。

 夕方に歩いていたので、夕日が差し込んですごく情緒的な雰囲気になったいた。

 建物も現代と比べると木造だし、和風な感じがまたいいのよ。

 そんな中を斎藤さんは無言で歩いていく。

 本当にどこに行くのだろう?

 ただの散歩で、気がつけば宿に戻っていたりして。

 それってありなのか?

 斎藤さんならありえるぞ。

 しかし、ちゃんと目的地があったみたいで、到着したらしい。

 立ち止まったんだから、到着したのだろう。

 そこは、木にピンク色の花が満開になって咲いていた。

 桜ではない。

 桜よりもっと濃いピンク色。

 この花は、なんだ?

「みつばつつじだ」

 ミツバツツジ?初めて聞いた名前だ。

 後で調べてみたところ、この花が咲いた後に三つ葉の葉がつくからこの名前になったらしい。

「綺麗ですね」

 私が言ったら、斎藤さんは無言でうなずいていた。

「もしかして、知っていたのですか?」

「京に行くときに、通った。その時はこの季節じゃなかったが、この時期に来ると綺麗だという話を聞いていたからな」

 斎藤さんは、私たちと一緒に京に来たわけじゃない。

 江戸で旗本を斬ってしまい、京で姿を隠していたのだ。

 だから、ここに来たのも、一人だったと思う。

「綺麗な時に来れてよかったですね」

「ああ」

 再び無言になって、ミツバツツジをながめていた。

 桜もいいけど、ツツジもいいわ。

 しかも、このツツジは普通のツツジと比べると背丈が高いので、桜の木と同じように下から眺めるような感じになる。

「お前は何も言わないんだな」

 斎藤さんが、ツツジを見上げながら言った。

 何も言わないって?何がだ?

「山南さんが伊東さんと仲良くやっていた時は、色々うるさく言っていたらしいが、俺だと言わないのだな」

 ああ、そのことか。

 私、そんなにうるさく言っていたか?

「だって、斎藤さんは伊東さんと本当の仲良しではないじゃないですか」

 私がそう言うと、斎藤さんは驚いた顔をしていた。

「なんでそんなことがわかるんだ?」

 あっ、この話は内緒だったか?

 いや、内緒と言うか、まだ言ってはいけなかったというか……。

 斎藤さんが伊東さんと仲がいいのは、斎藤さんが土方さんの間者だから。

 斎藤さんが伊東さんと仲良くすることで、伊東さんの情報が土方さんに行くようになっているのだ。

 だけど、私がまだ知っていたらいけない情報なのだ。

 だから、

「勘です」

 と言ってごまかした。

「たまに鋭くなる勘だな」

「よく言われます」

 何とかごまかせたぞ。

「お前に見破られるとは、俺もまだまだだな」

「見破られると言う事は、本当に仲が良くないのですか?」

 仲良しなふりをしているのだろう。

 それはわかっているけど、ちょっととぼけてみた。

「どうかな」

 斎藤さんはツツジを見ながらニヤリと笑った。

 仲良くないとわかっていて見る斎藤さんの反応が、なんか楽しかった。

 なるほど、斎藤さんはズバリ的中なことを言われると、そう言う反応をするんだ。

 覚えておこう。

 多分忘れちゃうと思うけど。

 でも、これだけは言っておきたい。

「斎藤さん」

 私が呼ぶと、

「なんだ?」

 と言ってツツジから私の方に目線をうつした。

「斎藤さんは、隊の中で白い目で見られることもあるかもしれませんが、私は斎藤さんになにがあっても斎藤さんの味方ですから」

 この後、斎藤さんは間者として、伊東さんが新選組を抜けて御陵衛士を作った時も一緒に行ってしまう。

 その後新選組に帰ってくるのだけど、それを見て武士としての義の心がないとかっていう人がいるかもしれない。

 いや、いるだろう。

 新選組は武士を目指す集団だから。

「俺は、別に白い目で見られていないが」

 今は見られていませんよ。

 これからの話ですよ。

 って、ここで私だけが知っているこれからの話をするのって、おかしいかな。

 そう思っていると、斎藤さんの手が私の頭の上に乗ってきた。

「ありがとう」

 斎藤さんがそう言った。

 信じられなくて、思わず斎藤さんを見上げてしまった。

「帰るぞ」

 目があったらそう言われてしまった。

 さっき、確かに、斎藤さんの口からありがとうの言葉が出たよな。

 確かに出たよな。

 それがなぜか嬉しかった。


 宿に帰ると、土方さんと伊東さんが大騒ぎしていた。

「どうしたのですか?」

「あっ! お前っ! どこ行ってた?」

 あっ、土方さんに黙って出かけちゃった。

 でも、土方さんも寝ていたしなぁ。

「すみません。ツツジを見に行っていました」

 私が言うと、

「謝ることはないさ。こうやって無事に帰ってきてくれたしね」

 伊東さんがそう言って私たちを宿の中に入れてくれた。

「土方君も心配性だな。目が覚めたらいなかったって大騒ぎだったんだ」

 伊東さんが土方さんの方をチラチラ見ながら言った。

 そうだったんだ。

「ツツジかぁ。綺麗だったか?」

「はい。とても綺麗でした」

「そうか」

「いい俳句が出来そうな感じでしたよ」

 私が最後に一言そう言うと、

「俳句の話はするな」

 と、一言言われてしまった。

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