西本願寺下見
三条通りの甲冑屋という、戦で使う鎧とか売っているお店に押し借りが入ったと言う事で、捕縛しに向かっている。
「甲冑屋と言う事だから、浪人ですかね」
一緒に三条通に向かっている原田さんに聞いた。
「そうだろ。攘夷するのに必要だから、鎧を出せっと言ってんじゃないのか?」
やっぱりそうだよね。
そんなことを話しながら向かっているうちに、例の甲冑屋に着いた。
「新選組です。御用改めさせていただきます」
私がそう言って中に入ると、なんと鎌が飛んできた。
鎌って、人を斬る道具だったか?
そんなこと思いながらよけた。
確か、草とか刈る道具じゃないのか?
「なに、鍬?」
原田さんも驚いていた。
ちなみに鍬とは、土地を耕す道具だ。
この押し借りの人たちはなんかいつもの押し借りと違うぞ。
「百姓一揆ですか?」
歴史で習った百姓一揆って、こういう感じだったか?
そう思いながら原田さんに聞いた。
「いや、一揆ならもっと人数が多いだろう」
そうなのか?そう言えば、教科書に書いてあった百姓一揆はもうちょっと規模が大きかったような感じがする。
今回の場合は、6人ぐらいしかいないので、一揆とは言わないらしい。
「それに、百姓一揆なら、米屋を狙うだろう」
そう言われるとそうだよなぁ。
じゃあやっぱり、ただの押し借りか?
そんなことを思いながら、あっという間に捕縛することが出来た。
「えっ、浪人じゃあないのですか?」
捕縛して色々聞いてみると、彼らは農民であることが分かった。
「またなんで、押し借りなんかしてんだ?」
原田さんも不思議に思ったみたいで聞いていた。
「攘夷をするために決まっているだろう」
という言葉が返ってきた。
「わかった、わかった。どいつもこいつも攘夷、攘夷って、攘夷という名前を出せば、何をしてもいいと思っているから、始末が悪い」
原田さんの言う通りだ。
「で、この人たちはどうしますか? 屯所に連れて帰りますか?」
「長州ともかかわりがなさそうだし、奉行所に連れてくか」
というわけで、農民6人を奉行所へ連れて行ったのだった。
「農民まで押し借りをすることになったか」
原田さんがため息交じりでそう言った。
「農民が押し借りをすると何かあるのですか?」
押し借りに農民も何もあるのか?というのが私の考えだけど、
「農民だぞ。土を耕す人間が押し借りをするのだぞ」
と、原田さんはショックを受けたような感じだった。
歴史で習った士農工商と言う身分制度がこの時代はあり、農民の身分は一応武士の次で、身分的には高いから、農民が押し借りと言う行動に出たのがショックなのかな?
身分制度なんて制度を経験したことがないからよくわからないや。
「蒼良、仕事も無事に終わったし、せっかく屯所から出たんだ。このまま屯所に帰るのももったいないから、ちょっと出かけるか」
春らしく暖かいから、このまま帰るのがちょっともったいなかった。
「いいですよ。せっかく桜も咲いているから、桜を見に行きましょうよ」
「そうだな。今年は花見もなさそうだからな」
というわけで、原田さんと出掛けることになった。
着いたところはなんと、仁和寺だった。
「桜の名所らしいから」
原田さんがそう言った。
桜の名所だ。だから、ついこの前に来たばかりだった。
「蒼良、どうかしたのか?」
せっかく原田さんが連れてきてくれたのに、この前来ましたなんて言えないよね。
「桜がきれいだなぁと思っていたのです」
本当に桜がきれいだった。
仁和寺の桜は御室桜と呼ばれ、他の所の桜と少し違う。
少し遅さきで、背丈も低いから、他の桜よりもよく見える。
「原田さん、わざわざ調べてくれたのですか?」
「調べたというか、聞いたんだ。新八に」
「永倉さんにですか?」
「こういうところをあいつが知っているというのが意外だろう」
いや、それは永倉さんに失礼だけど、そう思ってしまう。
「蒼良、笑ったら失礼だろう」
と言いながらも、原田さんも笑っていた。
「色々あったけど、いよいよ移転だな」
原田さんが、話題を変えてきた。
まだ先の話だと思っていたのに、あっという間に移転が決まって、数日後には西本願寺に移転する。
「そうですね、早いですね。荷物まとめないと」
土方さんに早くしろって急かされているのだった。
「京に来た時は、荷物なんてなかったのにな。2年もいると荷物が出来るものなんだな」
原田さんの言う通りだ。
いつの間にこんなに増えたんだ?という状態だ。
「原田さんは、どれぐらい荷物まとめました?」
「俺は、いつでも移転しても大丈夫だぞ」
そ、そうなのか?早くないか?
「蒼良はまだなのか?」
「まだまだですよ」
土方さんもまとめ終わっているし、私が遅いのか?
「蒼良は女だから、色々まとめるものもあるのだろ? 女は出かけるときの支度も遅いからな」
そ、そうなのか?
「あ、蒼良がそうだとは言ってないぞ」
原田さんは、慌てて否定していた。
「京の中での引っ越しだし、いつでも八木さんの所には帰れるんだから、軽い気持ちで荷造りすればいいさ」
そう言ってもらえると、心の負担が軽くなる。
そうだね。忘れ物しても取りに帰れるしね。
でも、八木さんのことだから、荷物を取りに来た私を見て、
「なにしに来たん?」
とか言われそうだな。
「移転の話が出たついでに、西本願寺にでも行ってみるか?」
「まさか、原田さん初めてとか……」
「巡察でよく前を通っているだろうが。長州と付き合いがある寺だからな」
そうだった。
長州と縁が深いと言う事で、屯所にして監視がてら住んじゃえっ!ってことで新屯所になったのだ。
「通っているだけで、中まで見ていないからな」
それもそうだ。
いつも外から眺めるだけだもんね。
「じゃあ行ってみましょう」
というわけで、次は西本願寺へ行くことになった。
「新選組? まだ移転前やろうが」
西本願寺に行って、新選組が屯所で使うところを見せてほしいと言ったら、そこのお坊さんが、嫌な感じで言ってきた。
「どういうところか見に来たんだが、見るのもだめなのか?」
原田さんが応対に出てきた嫌な感じのお坊さんに聞いた。
「別にあんたらが勝手に屯所にするんやから、勝手に見たらええやろ」
いや、一応許可を取って、西本願寺の人が朝廷に言ったって、土方さん言っていたからね。
「蒼良、行くぞ」
原田さんが私の手を引いて、西本願寺の敷地の中に入って行った。
「ここは、俺たちが屯所に使うことを反対していたらしいからな。俺たちに対する扱いも、こんなもんだろう」
そうみたいね。
敵の敷地に屯所を作るようなものだもんね。
「なんか住みずらいですね」
「そんなこと気にすんな。住めば都って言うだろ。今は住みずらいかもしれんが、そのうち都になるさ」
そうなるといいのだけど。
私たちは、西本願寺の中にある太鼓楼という、新しい屯所になるところへ行った。
太鼓楼は、広い西本願寺の端っこの方にある。
現代でも刀傷が残っているって言っていたよなぁ。
「おお、やっぱり移転するだけあって広いなぁ」
原田さんは周りを見回していた。
「これだけ広ければ、個室がもらえそうですね」
いつも土方さんと一緒だもんなぁ。
私にだって、プライバシーと言うものがほしいぞ。
この時代、そう言う言葉もないんだけど。
「蒼良は女なんだから、個室もらえ」
原田さんもそう言ってくれてるし、個室もらえるかな。
ちょっと期待しよう。
そう言えば……
「西本願寺って、国宝がたくさんあるのですよね。そんなところに私たちが住んじゃっていいのですかね?」
確か、能の舞台とか歴史的な建造物がたくさんあるって聞いたぞ。
「国宝? なにがあるんだ?」
「一番わかりやすいのは、唐門と呼ばれている門ですかね」
太鼓楼の反対側にあるのだけど、門だから、巡察中に見たことがある。
「ああ、あれか。ただの門だろ? 宝でも何でもないだろう」
そう言えば、国宝ってこの時代にはなかったし、まだなってなかったよね。
「はは、そうですよね」
私は笑ってごまかしたのだった。
「そう言えば、島原に近くなりますね」
今の屯所も近いけど、西本願寺の方が島原には近い。
「新八が喜んでいるぞ」
「永倉さんらしいですね」
原田さんと笑いあって、西本願寺を後にしたのだった。
屯所の近くまで来た。
昨年お花見をした桜の木が、もう散り始めていた。
「桜は散るのが早いな」
原田さんが桜の木を見ながら言った。
「そうですね。この前咲いたと思ったら、もう散っていますし」
しばらく二人で桜をながめていると、私の目の前に桜の花びらが舞ってきた。
思わず、両手で捕まえた。
「捕まえました」
「蒼良は、桜の花びらとるのが好きだな」
「いいことあるかもしれないですよ」
「前もそんなこと言っていたぞ。それで、いいことはあったか?」
前も言っていたか?
桜が咲くのは春だから、昨年の春か、京に来た時の春かだね。
その時から比べると、いいことあったかなぁ……。
「いいことは、あったと言えばありましたが、なかったと言えばなかったというか。いいことは、あったりなかったりですね」
「それが普通だよ。いいことがあるから悪いこともあるんだ。そんなもんだよ」
原田さんは、桜の木を見ながら言った。
原田さんの言う通り、そう言うものかもしれないなぁ。
私も桜の木を見て思ったのだった。
「土方さん、お土産です」
私は、さっきとってきた桜の花びらを土方さんに渡した。
「お前、桜見てきたのか?」
「はい。それは綺麗でした」
「今度連れて行ってやるって言っただろうが」
あ、そうだった。
でも、移転前で忙しそうだったから、そんなことも忘れているだろうと思っていた。
「覚えていたのですか?」
「当たり前だろう。自分で言ったことを忘れるぐらいにボケてないぞ」
「それはよかったです」
「よかぁないだろう。どこ行ってきた」
「仁和寺です」
黙っていようかなぁと思っていたけど、ごまかせないだろうとも思ったので、正直に言った。
「仁和寺だと? この前行ったばかりじゃないか」
「あの時は、土方さんの後をつけるので精いっぱいで、桜なんか見ていないですよ」
本当にそうだった。
「俺は後をつけろって頼んでないがな」
確かに。
土方さんは、私からもらった桜の花びらを、句集にはさんでいた。
「桜の花びらが3つほど出てきたぞ」
もしかしたら、毎年花びらを渡していたのかもしれない。
「すみません。毎年渡していましたね、きっと」
「いや、こういうのも悪くないな。3年分の桜か。もう3年になるんだな」
桜の花びらを見ながら土方さんが言った。
「何かいい句が浮かびそうですか?」
と、私が聞いたら、
「うるさい」
と言われてしまった。