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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年2月
168/506

そして桜の季節へ

 山南さんが切腹した次の日、山南さんの葬儀が行われた。

 山南さんは、家紋が同じで親交もあったということで、壬生の光縁寺と言うお寺に埋葬された。

蒼良(そら)が言っていた隊士って、山南さんの事だったのか?」

 葬儀からの帰り道に原田さんがそう言ってきた。

「はい、阻止できませんでした」

 歴史の流れって大きな川みたいで、私の力は、その大きな川の流れに小さく逆らっただけで、結局川の流れは変わらない。

「俺も、気が付かなくて悪かったな」

 原田さんが申し訳なさそうに言った。

「いや、原田さんの助言があったから、最後まであきらめずに色々な手を打てたのです。結局だめでしたが、原田さんの助言が無ければ、今思いっきり後悔していると思います」

 やるだけはやった。

 そう言う思いはあった。

 悲しい結果になってしまったのだけど。

「そうか。山南さん、残念だったな。でもなんで置手紙なんて書いていったんだろうな。黙って出て行けば何ともなかったと思うけどな」

 それは現代でも謎になっている。

 なんでわざわざ脱隊がわかるようなことをしたのだろう。

「山南さんなりのけじめのつけ方だったんだろうな」

 原田さんが歩きながらそう言った。

 山南さんなりのけじめ?

「西本願寺の移転を阻止したかったけど、出来なかったことと、伊東さんの存在も総長である山南さんより大きくなっていたしな。それでけじめをつけようと思ったんじゃないのか? 俺はよくわからないけどな」

 山南さん、そうだったの?でも、いなくなった今、そんなことを聞けない。

「でも、伊東さんは山南さんより下の人間ですよ」

「近藤さんが伊東さんを気に入っているらしい」

 そうなのか?そう言えば、江戸から帰ってくるときも、ずうっと伊東さんと楽しそうに話していたよなぁ。

「いつまでも、亡くなった人間のことを話していると、山南さんも成仏できないぞ。俺たちも頑張らないとな」

 原田さんに背中を軽くたたかれた。

 そうだね、山南さんに胸をはれるように頑張らないと。

「あっ!」

 そう思いながら屯所近くの桜の木を見て声を出した。

「どうした?」

「蕾が大きくなっていますよ」

 私が桜の木を指さしていった。

「もうすぐ咲きそうだな。今年は花見するのかなぁ」

「山南さんが亡くなったばかりだし、それに屯所の移転もあるから今年は無理そうですね」

「そうか、残念だな」

 しばらくの間、原田さんの二人で桜の木を見上げていたのだった。


「蒼良、待っとったぞ」

 屯所に帰ると、お師匠様がいた。

 旅装束でいたので、またどこかに旅に出るのだろう。

「温泉巡りの旅に出るのですか?」

 きっとそうに違いない。

「よくわかったなぁ。この時代の温泉をまだ制覇しとらんからのう。今のうちに制覇せねばな」

 あんたは、温泉に入りに江戸時代に来たのか?

「そんな呆れた顔をするな。ついでに江戸によって藤堂の様子も見に行くからな」

 そうなのか?

「でも、お前らもそろそろ江戸にたつ時期じゃないのか?」

 えっ、そうなの?

「確か、土方が江戸に隊士募集をしに行くと思うぞ。どうせすぐお前たちが来るのなら、藤堂はいいかな」

「いや、お師匠様。藤堂さんの様子も見てください。それと、謝っといてください。山南さんを助けると約束したのに、出来なかったから」

 藤堂さんと約束したのに、果たすことが出来なくて申し訳ない。

「わかった。それなら江戸に寄ってから温泉巡りに行くかな」

 お師匠様はそう言ってくれた。

「よろしくお願いします」

 私は頭を下げた。

「おう、そうじゃ。お前に渡す物があったんじゃ」

 そう言って出してきたのは、薬だった。

 しかもカプセルで、明らかに現代から持ってきたものだった。

「お師匠様は、現代に帰ったのですか?」

 タイムカプセルが壊れるから、行ったり来たりはできないと言っていたが……。

「お前をこの時代に連れてきたときに持ってきたものじゃ」

 だいぶ前の物じゃないか。

「腐ってないですか?」

「大丈夫だと思うぞ。わしは飲んでないがな」

 思うぞじゃ困るんだけど。

 飲んでないと言ったから、やっぱり薬なのか?

「何の薬ですか?」

「結核に効く薬じゃ」

 その言葉に驚いて、固まってしまった。

 沖田さんの病気を治す薬があったじゃないかっ!

「お前を連れてくるときに、知り合いの医者からもらったことをすっかり忘れててな」

 そんな重要なことを忘れないでよっ!

「これを飲ませれば、沖田さんは治るのですか?」

「いや、治らん」

 な、なんでだ?

「その医者に聞いたら、結核になった場合、入院して抗生剤を点滴しなければ治らんらしい。一応薬をもらってきたが、この薬だけでは治らんだろう」

 ああ、今すぐ沖田さんを現代に連れて行って入院させたい。

「ただ、発症を遅らせることはできるかもしれん」

 お師匠様はまだ知らないのか?

「お師匠様、沖田さんはもう結核になっています」

「何じゃとっ!」

 やっぱり知らなかったらしい。

「隊の中で知っているのは、私と土方さんだけです」

「そうか、そうじゃったのか」

 お師匠様もがっかりしていた。

 山南さんも助けることが出来ず、沖田さんも労咳にかかってしまい、私は何しにここに来たんだろう。

「でも、飲ませてみます。少しでも可能性があるなら、それにかけたいので」

「おう、そうじゃな。労咳を治すまではいかないが、症状が進むのを押さえることはできるかもしれん。そうなると、症状がそんなに重くならないうちに現代に連れていけるかもしれんぞ」

 今すぐにでも現代に連れて行って治療を受けさせたいのだけど、出来るだけ自然な形でこの時代から消えるように連れて行かないと、タイムマシンがこわれてしまうみたいな話を聞いたことがある。

 沖田さんを現代に連れて行くのは今じゃない。

 きっともうちょっと先、鳥羽伏見の戦いがあって、甲府に行くことになって、その後ぐらいだろう。

「頼んだぞ」

 お師匠様は、薬を私に渡した。

「お師匠様、この薬はいつ飲ませればいいのですか?」

「朝と夜の一日二回じゃ。一週間分しかないが、一週間しっかりと飲ませてくれ」

「わかりました」

「それじゃあ、わしは行く」

「お気をつけて」

 私は、お師匠様を見送った。


「これを飲めというの?」

 沖田さんはカプセルの薬を見て言った。

「はい。労咳に効く薬です」

「僕には毒薬に見えるけど」

 えっ、そうか?

「この鮮やかな赤色が毒薬っぽい」

「カプセルだから、そう言う色なんですよ」

「かぷせる?」

 しまった、この時代にはなかった。

 確かに、鮮やかな赤色と白のカプセルだから、見慣れない人が見たら、毒薬に見えるのかなぁ。

「でも沖田さん、赤と白の組み合わせですよ。縁起がいいじゃないですか」

「僕にはそう見えないけど」

「大丈夫ですよ。味はないですから」

 私がそう言うと、沖田さんはカプセルの匂いを嗅ぎ始めた。

「確かに、匂いもないけどね」

「そうでしょう。飲みやすいですよ」

「蒼良は、いつも変な物ばかり飲ますからなぁ」

 いつもって、この前のミイラだけだぞ。自他ともに認める変なものは。

「これは大丈夫ですから。お師匠様が持ってきてくれたのですよ」

「天野先生が? ますます怪しいなぁ」

 お師匠様っ!沖田さんに信用されていないようですが。

「とにかく、さっさと飲んでください。水は用意してあります」

「飲めって、どうやって飲むの?」

「水と一緒に飲みこむのです。噛んだりしたらダメですよ」

「噛むとどうなるの?」

 噛んだことがないからよくわからないが……。

「たぶん、苦いものが出てくると思います」

「えっ、そうなの? 嫌だなぁ」

「飲みこんじゃえば大丈夫ですよ」

 私は沖田さんにカプセル1錠と水を渡した。

「飲みこむのかぁ」

 そう言ってカプセルを口に入れてすぐに水も飲んだ。

「飲んだよ。味も匂いもしなかった。これなら飲めそうだよ」

「朝晩の一日2回で、一週間分ありますから、頑張って飲みましょうね。また飲ませに来ますからね」

 私が全部薬を預かっておかないと、沖田さんは捨てるかもしれない。

 必ず全部飲ませてやるっ!


 部屋に帰ったら土方さんがいた。

「西本願寺への移転、正式に決まったぞ」

「そうですか。よかったですね」

 土方さんの話によると、屯所の移転届のようなものを西本願寺に出したところ、西本願寺が了承し、口上書と言うものを朝廷に提出したらしい。

「色々あったが、これで屯所が移転できそうだ。今のところは手狭になったからな」

 隊士も増えて、他の隊士たちは部屋もぎゅうぎゅう状態で使っている。

「移転まで色々忙しくなりそうだな。ところで、お前暇そうだな」

 暇に見えるのか?確かに暇と言えば暇だが。

「ちょっと付き合え」

 土方さんに言われたので、ちょっと付き合うことにした。


 ちょっと付き合うつもりが、嵐山まで来ていた。

「なんでちょっとが嵐山何ですかっ!」

 屯所から歩いてきたので、結構な時間がかかる。

 しかも、距離も遠い。

 ちょっと付き合うという距離ではない。

「今年は花見が出来そうにないからな」

 やっぱり、今年は花見はなしか。

 しかし……

「花見が出来そうにないって言ってますが、まだ桜は咲いていませんからね」

 嵐山にある桜も、屯所の近くにあった桜の木も、まだ蕾だ。

「もうすぐ咲きそうなんだけどなぁ」

 確かに咲きそうにはなっているけど、咲いてないから。

「お前は強くなったな」

 急に土方さんが言ってきた。

「前まで、何かあって連れ出すといつも泣いていたが、今日は泣かないんだな」

 山南さんのことを言っているのだろう。

「泣いたじゃないですか。切腹した日に」

 山南さんが切腹した日に、部屋で土方さんと一緒に泣いたのだった。

「そうだったな」

 そう言った土方さんは、また遠い目をした。

「今回は、俺の方がまいっているかもしれん」

 そうなのか?

「全然そういうふうに見えませんが」

「見せるわけにいかねぇだろうが。俺がそう言う態度を見せたら、他の隊士たちがみんな不安がるだろう」

 それもそうだ。

「まいっているのですか? 切腹を申し渡したくせに」

「お前、そこまで言うか? 俺を恨んでいるのか?」

「恨んでいませんよ。恨んだって、山南さんは戻って来ませんからね」

「そうだよな、戻ってこねぇんだよな」

 土方さんはまた遠い目をしていた。

「土方さん、土方さんが落ち込んでいたら、山南さんが成仏できませんよ」

 私は、土方さんの肩をポンッとたたいた。

「山南さんだって覚悟を決めて切腹したのですよ。土方さんだって覚悟を決めないと、山南さんが怒っていますよ」

 私がそう言うと、土方さんはふっと笑った。

「それもそうだな。俺がお前になぐさめられる日が来るとは思わなかったな」

 私だって、土方さんをなぐさめることになるとは思いませんでしたよ。

「きっと、俺は死んでも極楽には行けねぇな」

「そんなこと、今気が付いたのですか?」

 思わず言ってしまった。

「お前も言うなぁ」

「土方さんは鬼副長だから、極楽に鬼はいませんからね」

 私がそう言うと、

「そう言う意味か」

 と言って面白そうに笑っていた。

 私は、ふと桜の木を見た。

「あっ!」

 思わず指をさした。

「どうした?」

 桜が一輪だけ咲いていたのだ。

「咲いていますよ、桜」

「どこだ? ああ、本当だ。前もこんなことがあったなぁ」

 あれは、梅の時だ。

「一輪咲いても桜は桜ですよ。俳句にしたら字余りになりますが」

「うるせぇっ!」

 土方さんがげんこつを落として来ようとしたけど、素早くよけた。

「少し早いけど咲いているな」

「まだ桜にとっては寒いのに、頑張って咲いているのですよ」

「お前みたいに、ボケたのかもしれんがな」

 私がいつボケたんだっ!

「なにがあっても、季節は巡るもんなんだな」

 桜の花を見て土方さんがそう言った。

 なにがあっても春は来るし、桜は咲く。

 どんなに厳しい冬であっても、春は必ずやってくる。

「屯所の移転とかがあるからな。桜が満開の時は見れねぇかもな」

 土方さんが先のことを考え始めたから、もう大丈夫だろう。

 そう思った。

「桜が見れなければ、藤を見ればいいのですよ」

「藤かぁ。最近見てねぇな。それもいいかもしれねぇな。よし、屯所に帰るぞ」

 土方さんが歩き始めたので、

「はいっ!」

 と返事して、私も歩き始めたのだった。

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