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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年2月
167/506

山南さん切腹

 沖田さんと山南さんと一緒に、大津から屯所の近くまで帰ってきた。

 屯所の近くに来ると、お師匠様がいた。

「お師匠様、どうしたのですか?」

「孫が頑張っているのに、わしが何もしないわけにはいかないだろう」

 そう言ってお師匠様は私に近づいてきた。

「山南をわしらの時代に連れていく。もうそれしかないじゃろう。今から説得するから、待ってろ」

 小さい声でお師匠様が言った。

「お願いします」

 私はお師匠様にたくした。

 お師匠様は山南さんを連れて行った。

「天野先生は、山南さんを説得するつもりなのかい?」

 沖田さんがそう言ってきた。

「はい。だから、話をしに向こうへ連れて行ったのだと思います」

「山南さんの意思が固いよ。説得してもだめだと思う」

 そ、そうなのか?

 でも、お師匠様にたくしたい。

 そう思って、お師匠様と山南さんが言った方向を見ていた。

 しばらくすると、お師匠様と山南さんが帰ってきた。

 お師匠様は、私の方を見て首を振った。

 だめだったんだ。

「山南の意思は固い。切腹を阻止するのはだめだった。役に立てんですまんなぁ」

 お師匠様は、申し訳なさそうに言った。

 そんなお師匠様を初めて見た。

「お師匠様、まだ山南さんは生きています。切腹する直前まで私は阻止してみます」

 そう言った私を見たお師匠様は、

蒼良そら、お前は強くなったなぁ」

 と言った。

 そうか?でも、今はそんなこと言っている場合いじゃないと思う。

「蒼良、頼んだぞ」

 お師匠様は、私の肩を軽くたたいて去って行った。


 屯所に帰った私たちを待っていたのは、隊を脱した山南さんの処分を決めると言う事だった。

「山南君、隊を脱して江戸に帰ろうとした理由を知りたい」

 近藤さんが前に座っている山南さんに聞いた。

「理由などありません。江戸に帰りたくなったから、隊を脱した。それだけだ」

 山南さんはそう言った。

 隊を脱するつもりはなかった、ちょっと気晴らしに出ただけだと言ったら、切腹にならないかもしれない。

 でも、山南さんはそう言わなかった。

 言い訳もしなかった。

「隊を脱したら、どうなるかわかって言っているのか?」

 土方さんは山南さんにそう聞いた。

「切腹だろ。わかってるさ、それぐらい。名前だけだけど、一応総長だからな」

 山南さんは、土方さんの方を見て言った。

「わかった。それなら話は早い」

 土方さんは、チラッと近藤さんを見た。

「隊則で、隊を脱したら切腹と決められている。ここで山南君を許すと、他の隊士に示しがつかなくなる。わかってくれるか、山南君」

 近藤さんは山南さんに言った。

 山南さんは

「覚悟はできている」

 と、近藤さんをまっすぐ見て言った。

「わかった。山南君は、隊を脱した罪で切腹を申しつける」

 近藤さんは、悲しい顔をしていたけど、言うべきことは言わなければならないという感じで、山南さんを見ながらそう言った。

「武士らしい死に場所を与えてくださり、ありがとうございます」

 山南さんはそう言って頭を下げたのだった。


 山南さんは、前川邸に移動した。

 逃げ出さないように数人の隊士がついたけど、山南さんはもう逃げることはないだろう。

 むしろ逃げてほしいと思っているぐらいだ。

 前川邸に入った山南さんを見届けた時、

「蒼良っ!」

 と呼ぶ声がした。

 振り向くと、お師匠様がいた。

 さっき別れたばかりだったのに、どうしたんだ?

明里あけさとって知っているか?」

 お師匠様はそう言ってきた。

 明里さんって聞いたことあるぞ。

 確か……あっ!思い出した。

「山南さんが切腹するときに会いに来た人ですよね」

 本に書いてあった。

 島原の花魁で、山南さんと付き合いのあった人だ。

 切腹が決まった時に出窓ごしでお別れをする人だ。

「その明里に、山南を説得させれば、切腹を思いとどまってくれるかもしれんぞ」

 そうかもしれない。

 愛する人に、愛しているから、一緒に生きていきましょうって言われたら、切腹もやめるかもしれない。

 それで明里さんと逃げるのもありだろう。

「明里さんに会って話をしに行きましょう」

 お師匠様と一緒に、島原に行くことになった。

 

 島原に近づいて来た時、お師匠様は信じられないことを言った。

「明里ってどこの置屋にいるんだ?」

 ええっ!

「お師匠様、知っているんじゃないのですか?」

「知るわけないだろう」

 そんないばっいう事じゃないだろう。

 明里さんの置屋を調べることからやらないと。

 それなら、牡丹ちゃんたちに聞いた方が早いかな。

 と言うわけで、牡丹ちゃんたちが要いる置屋に行くと、なんと、同じ置屋に明里さんがいた。

 なんて運がいいんだ。

 と言うわけで、明里さんを呼んでもらい、思っていたより早く明里さんに会うことが出来た。

 明里さんは、山南さんのことを知っていた。

「永倉はんって言う方から文が来たんどす」

 永倉さん、気がきくなぁ。

「明里さんが一緒に生きましょうと言ってくれれば、山南さんの気持ちも変わると思います。その後のことは、お師匠様が何とかしてくれますから」

「えっ、わしか? 聞いとらんぞ、そんなこと」

 えっ、何とかしてくれるんじゃないのか?

「それぐらい何とかしてくださいよ。明里さんも一緒に現代に連れて行くとか、西の方へ一緒に逃がすとか」

 明里さんに聞こえないように私は言った。

「わかった、わかった。何とかしよう」

「ほら、お師匠様もそう言ってくれています」

 しかし、明里さんは

「うちがそう言っても、山南はん聞いてくれるかわかりません。でも、会いに行くつもりでおります」

 と、まっすぐ私たちを見て言った。

「お願いします」

 私は頭を下げた。

 そして島原を後にした。

 明里さんのことは、お師匠様にたくした。


 屯所に着くと、永倉さんがいた。

「永倉さん、明里さんに文を出していたのですね」

 私が聞くと、永倉さんは前川邸の方を見ながら言った。

「山南さんだって、死ぬ前は好きな女に会いたいだろうからな。でもなんでこんなことになっちまったんだ?」

 それは、私もそう思う。

 どうしてここまでこじれちゃったんだろう。

「ま、仕方ないな。脱隊は切腹だからな。切腹は明日の夕方らしいぞ。お別れするなら、今夜のうちだな」

 そう言って、永倉さんは前川邸に入って行った。

 お別れなんて、悲しいこと言わないほしかった。

 私も前川邸に行った。


 前川邸に行くと、伊東さんがいた。

「山南さん、もう一回脱走をしたらどうだ?」

 伊東さんが山南さんに言っていた。

 いつもは伊東さんに色々な文句を思うのだけど、今回は伊東さんに同調した。

 初めて伊東さんに同調したかも。

「私も手伝いますから」

 私がそう言うと、山南さんは私に苦笑した。

「蒼良、俺の意思はもうわかっているだろう」

 わかっている。

 わかりたくないけど、わかっている。

 でも、その山南さんの思いを変えたい。

 切腹なんてしてほしくないよ。

「伊東さん、そう言うことだ。俺はもう脱走するつもりはない。武士として、潔く死ぬだけだ」

 伊東さんは、あきらめたみたいで、部屋を出て行った。

 それから色々な人が山南さんのところに来た。

 お酒を飲む杯に水を入れ、水杯というものを飲んで、別れを惜しんだ。

 最後の方に沖田さんが来た。

「総司、明日は頼んだぞ」

 山南さんは沖田さんに言った。

「精一杯務めさせていただきます」

 沖田さんは笑顔でそう言って水杯を飲んだ。

 沖田さんも山南さんとたわいのない話をした後、前川邸を後にした。

 私も一緒に出た。

 前川邸を出ると、沖田さんは咳き込んだ。

 そう言えば、馬で大津まで行って山南さんを連れ帰ってきたんだ。

 ストレスもたまっているだろうし、疲労も相当なものだろう。

「沖田さん、大丈夫ですか?」

 私は沖田さんの背中をさすった。

 間もなく咳はおさまった。

 今回は血を吐くことはなかった。

「蒼良、僕の病気を知っているでしょう? あまり近づくと、うつるよ」

 背中をさすっていた私に、沖田さんはそう言った。

「大丈夫ですよ。私は労咳になんてなりませんから」

 小さいときにBCGを接種している。

 労咳は現代で言う結核で、BCGで弱い結核菌を入れて、免疫を作った私は、この時代で一番労咳になりにくい人間かもしれない。

「なんでそんなこと言えるの?」

 そう言われても、BCGの話をするわけにはいかないので、

「気合ですよ、気合」

 と言ってごまかした。

「沖田さんは、気合が足りないから労咳になるのですよ」

「それ、前もそんなこと言っていたよね。気合でならないって」

 そうだったか?

「明日、大丈夫ですか?」

 話をそらすためと、沖田さんの顔色が悪かったので、聞いてみた。

「大丈夫だよ。ちゃんと役目は果たすから」

「無理しないでくださいね」

「多少の無理もしないとねぇ」

 そう言って沖田さんは笑っていた。

「蒼良が代わりに介錯してくれる?」

 そりゃ無理だっ!

 絶対に無理だっ!

「冗談だよ。蒼良からかうと楽しいなぁ」

 こういう時にからかわないでくれ。


 やっぱり朝はきてしまう。

 今日ほど朝が来なければいいと思ったことはない。

 屯所は朝からあわただしかった。

 前川邸では、山南さんの切腹の準備が着々と進んでいた。

 山南さんは儀式に乗っ取り、沐浴をした。

 切腹は夕方に行われることになった。

 普通切腹は夕方から夜にやる物らしい。

 そんなこと、知らなかったわ。

 外に出ると、永倉さんがウロウロしていた。

「永倉さん、どうしたのですか?」

 何をウロウロしているのだろう。

「明里さんは来たか?」

 そうだ、明里さんに山南さんの説得を頼んでいたのだった。

 まだ彼女の姿を見かけない。

「まだ来ていないです」

 まさか、このまま来ないってことないよね。

 いや、来る。絶対に来る。

 歴史ではそうなっているから。

「こなかったらどうするかな」

「来ます。絶対に来ますから、待ちましょう」

「蒼良にそう言われると、来るという自信が持てるよ」

 私は、永倉さんと一緒に明里さんを待った。

 しかし、明里さんはなかなか来なかった。

 もしかして、こういう変な方に歴史が変わったかも……。

 そんなことを思っていた。

 明里さんはもうすぐ夕方になるというときに息を切らせて走ってきた。

 お師匠様と一緒に。

「すまんな、遅れて。山南はまだいるか?」

「お師匠様、ずいぶんと遅かったですね」

「色々と用事があってな。で、山南は?」

「前川邸にいますが……」

 今は、切腹の準備中なので、部外者が簡単に入ることが出来ない。

 だから、明里さんも入ることが出来ない。

「確か、ここから話ができるはずじゃ」

 お師匠様は、前川邸の道に面してついていた出窓をトントンとたたいた。

 すると、中から静かに戸が開いた。

「ほら、話ができるじゃろう」

 お師匠様は、明里さんを窓に近づかせた。

 窓の中にいた山南さんは、すでに切腹の衣装を着ていた。

 それがとても嫌だった。

「あ、明里か?」

 山南さんは驚いていた。

「山南はん」

 明里さんの目から涙があふれていた。

 明里さんが手を伸ばすと、中から山南さんの手が伸びてきて、二人は手を握り合っていた。

「うちと一緒に生きてもらえまへんか?」

 明里さんは山南さんの手を握ってそう言った。

「すまないが、それはできない。明里を幸せにしてやれなくて、すまないと思っている」

 明里さんをもってしても、山南さんの意思は動かせないのか。

 山南さんも涙を流していた。

「わかりました。いつまでも忘れへんさかい、山南はんのこと」

「明里に会えて幸せだった。ありがとう」

 山南さんがそう言うと、明里さんは泣いていて何も言えない様子だった。

 そのうち、中から静かに出窓の窓が閉められた。

 山南さんが閉めたのだ。

「だめだったか」

 お師匠様が言った。

 もう切腹しかないのか。

 やるべきことはすべてやった。

 もう手はない。

「最後に、明里さんとあえてよかった」

 永倉さんは満足そうにそう言っていた。


 その時間はやってきた。

 前川邸にみんな集まった。

 山南さんは浅葱色のかみしもを着ていた。

 切腹の衣装だ。

「お前は見なくてもいいぞ」

 土方さんが私にそう言った。

 でも、

「ちゃんと山南さんをお見送りします」

 と、私は言った。

 そのつもりでいた。

 一通りの切腹の儀式は終わった。

「さらば」

 そう一言言って山南さんは自分のおなかに短刀を突き刺した。

 それを横に動かした。

 その時に沖田さんが山南さんの首をはねた。

 皮一枚残し、見事な介錯だった。

 私は自分が泣き崩れるんじゃないかと思っていたけど、意外と冷静に見ている自分にびっくりしていた。

 山南さんの首を確認した近藤さんと土方さん。

「後は頼んだ」

 他の隊士にそう言って、土方さんは去って行った。

 土方さんはどこに行くのだろう。

 私は後について行った。


 土方さんは、自分の部屋にいた。

「見事な切腹だったな」

 土方さんは、私に背中を向けてそう言った。

 その背中がふるえていた。

「泣いているのですか?」

 私は土方さんに聞いたけど無言だった。

 ただ、背中がふるえていたので泣いているのはわかった。

 その時、私の中にあった冷静なものがぷつんと切れた。

 気がつけば、私も土方さんの背中にしがみついて泣いていた。

 土方さんは声を殺して泣いていたけど、私は声に出して泣いた。

 山南さんが死んでしまった。

 出来ることはすべてやったけど、今回は歴史に負けた。

 この先、こんなことが何回もあるのだろう。

 そう思いながら、ひたすら泣いていたのだった。

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