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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年2月
166/506

山南さんを追う

 恐れていたその日がやってきた。

「副長、総長が……」

 朝、部屋の外で他の隊士が報告する声が聞こえた。

 もしかして……。

 私は急いで山南さんの部屋に行った。

 山南さんの部屋は綺麗に片付いていた。

 そして、文机の上に文が置いてあった。

 それを手に取って広げるが……。

 よ、読めない。

 私も子供たちと一緒に寺小屋に通わないと。冗談ではなく本気で思った。

 でも内容はなんとなくわかる。

 江戸に帰ると書いてあるのだろう。

「何だ、慌てて飛び出して行ったと思ったら、ここにいたのか」

 土方さんがやってきて、私が手にしていた山南さんの文を取った。

 しまった、土方さんが来る前にこの文を隠せばよかった。

 そうしたら、山南さんの脱隊を闇に隠すことが出来たかもしれない。

 そんなことを考えている間にも、土方さんは文を読んでいた。

 一通り読み終わったのか、

「総司っ!」

 と、沖田さんを呼んだ。

「朝からなんですか?」

 沖田さんがひょいと、山南さんの部屋をのぞいてきた。

「山南さんが、脱隊した。お前は山南さんの後を追ってここに連れて来い」

「山南さんをどうするのですか?」

 どうするかなんてわかっているけど、聞いてみた。

「隊を脱することは、隊則で禁じている。それはお前もわかってんだろ。山南さんには一応理由を聞くが、その理由次第では切腹だな」

 やっぱり。

「わかりました。行ってきます」

 土方さんの話を聞いたせいか、沖田さんの顔からさっきまであった笑顔が消えていた。

「総司、馬を使え。そっちの方が早く山南さんに追いつくだろう」

「私も一緒に行きます」

 部屋を出ようとしていた沖田さんを目で追いながら言った。

 土方さんが私を見た。

 お前も行くのか?と、文句言いたそうにしていたけど、

「行きます、一緒に行ってきます。山南さんを探しに」

 と言ったら、

「わかった、とっとと行って来い」

 と土方さんに言われた。


 馬を借りた。

蒼良そらは、馬に乗れないんだよね。また一緒に乗る?」

 沖田さんが馬を引きながらそう言った。

「お願いします」

 沖田さんの運転……じゃなくて、馬は怖いんだけど、そんなこと言っている場合じゃない。

 沖田さんの前に乗った。

 沖田さんは、私の横から両手を出し、手綱を握って馬を走らせた。

 お正月に初日の出見に行ったときは、猛スピードで走っていたけど、今回は速度が遅かった。

「蒼良は、山南さんを捕まえて屯所に連れて帰るためについてきたの?」

 馬を走らせながら、沖田さんが聞いてきた。

「山南さんを助けるためです」

 できれば屯所に連れて帰るのではなく、逃がしたい。

「わかった。蒼良らしいね」

 私の頭の上に沖田さんの顔があったので見上げると、沖田さんは笑っていた。

「沖田さんも、助けたいと思っているから、馬の速度がゆっくりなのですね」

「山南さんに追いつかなければ、見つけられなかったと言い訳ができるでしょ?」

 沖田さんも山南さんを捕まえたくないんだなぁと思った。

「大津に行かなければ大丈夫ですよ」

 山南さんは、確か大津で見つかる。

 だから、大津に行かなければ見つけることもない。

「そう言うわけにはいかないよ」

 なんでだ?

「大津は東海道も中山道も通る重要な宿場町だよ。そこに行かないで帰ってきたら、お前は何やってんだ? と言う話になると思うよ」

 要するに、山南さんを見るけるにあたり、大津は重要な所なので、行かないと言うわけにはいかないのだ。

「大津に行って山南さんがいなければ、そのまま屯所に帰ろう」

 沖田さんはそう言ったけど、そのまま屯所に帰ることはないだろう。

 山南さんは大津にいる。

 沖田さんがゆっくり馬を走らせても、大津宿にはついてしまう。

 

 大津宿に着いた時は、夕方になっていた。

 馬を飛ばしていたら、昼過ぎにはついていたのかもしれない。

 山南さんが見つからなければいい。そう思っていた。

 しかし、山南さんを見つけてしまった。

 街道沿いの目立つお茶屋さんの外に置いてある椅子に座って、のんびりお茶を飲んでいた。

 とてもじゃないけど、新選組から追われている人には見えなかった。

「あ、総司と蒼良じゃないか。一緒に団子を食うか?」

 いつもなら、団子って言われると嬉しかったけど、今回はとっても悲しかった。

 なんで山南さん、こんなところでのんきにお茶飲んでいるの?さっさと大津宿を後にしてくれればよかったのに。

 沖田さんと馬から降りた。

「馬を置いてくる」

 私が馬から降りると、沖田さんは馬をひいて行ってしまった。

「蒼良、団子食べるか?」

 山南さんはそう言いながら、お店の人に団子を頼んだ。

「山南さん、江戸に帰るんじゃなかったのですか?」

 江戸に帰る人が、なんでこんなところでお茶しているんだ?

「ああ、久しぶりに帰るからな、のんびり帰ろうと思ってな。大津についたら、琵琶湖が綺麗だからな、ここで一泊しようかなぁと思っていたところだ」

 一泊しないで、大津から移動してよ。

「あ、蒼良、急に泣き出してどうした?」

 気がつけば、涙が止まらなかった。

「なんでここにいるのですか。せめてもう一つ後の宿に行ってくれればよかったのに」

 そしたら、連れて帰らなくてもよかったのに。

「蒼良、泣かないの。山南さんが困っているじゃん」

 沖田さんが馬を置いて戻ってきた。

 泣いている私の頭をポンポンと軽くたたいてきた。

「だって、だって……」

 山南さんが大津にいるんだもん。

 そう言いたかったけど、泣いていて声が出なかった。

「今日は3人でここに泊まるか?」

 山南さんは何事もなかったかのように言った。

「そうだね。今から屯所に帰ったら、真夜中になってしまう。今日が止まった方がいいね」

 沖田さんも、何事もないようにった。

 なんでこの二人は何事もないように言えるんだ?

「蒼良も、泣き止まないと、一人だけ野宿させるよ」

 沖田さんに脅かされ、何とか泣き止んだ。

 野宿なんて嫌だ。


「知ってたか? 2年前の今日も、俺たちはここにいたんだぞ」

 山南さんは楽しそうに言った。

 あれから宿を取り、居酒屋で夕飯を食べた。

 お酒も少し入った。

「山南さん、誰かと言い合いしていたよね、確か」

「総司、そんなこと覚えていたのか」

 私も覚えている。

 確か、あんたの所の班は行儀が悪いって、山南さんが言われて怒ったんだよなぁ。

「私も覚えていますよ。山南さん、すごい勢いで怒っていましたよね」

 普段温厚な山南さんが怒ったから、びっくりした記憶がある。

「お前たち、どうでもいいことを覚えているな」

 山南さんはそう言いながらお酒を飲んだ。

「山南さんはあまり怒ったことがないから覚えているんだよ」

 沖田さんもお酒を飲みながら言った。

「山南さんは、その時と、政変の時ぐらいですもんね、怒ったの」

「土方さんなんて、しょっちゅう怒っているから、そのうちつのが生えるよ、きっと」

 沖田さんが人差し指を頭の上に出して言った。

「鬼副長だから。きばもはえますよ」

 私がそう言ったら、山南さんは声を出して笑っていた。

「あれは早死にしそうだな」

 山南さんがそう言った。

 いや、早く死んじゃうのは、山南さんだよ。

 そう思ったのは、沖田さんも同じだったみたいで、顔から笑顔が消えていた。

「お前ら、辛気臭い顔してないで、飲め飲め」

 山南さんは私たちにお酒を注いでくれた。


 夜、3人で川の字になって布団を敷いて寝た。

「山南さん、どうして江戸に帰ろうと思ったのですか?」

 聞いてはいけないと思っていた。

 でも、そう思うほど聞いてみたくなって思い切って聞いてみた。

「なんでだろなぁ」

 山南さんは、あおむけになって天井を見ながら言った。

「山南さん、自分で江戸に帰るって文を残しておいたくせに、わからないの?」

 沖田さんが山南さんに言った。

「ああ、そんなもんだろう。あの文を書いた時は、江戸に帰りたかったんだ」

「文なんて残さないで、黙って帰ればよかったのに」

 思わず言ってしまった。

 それだったら、こうやって山南さんを追って大津に来ることはなかったのに。

 そう思うと、また涙が出てきた。

 今回は、みんなに分からないように涙をふいた。

 二人とも天井を見ているから、わからないだろう。

「なんとなく残したくなったのだ。単なる脱走じゃないぞって感じでな」

「総長である山南さんが脱走した時点で、普通じゃないからね」

 沖田さんが山南さんにそう言った。

 そして二人で笑っていた。

 よく笑えるよなぁ。

 私なんて、涙が止まらないのに。


 朝なんて来なければいいのに。

 そう思っていた。

 それでも朝はやってくる。

 今日は、山南さんと一緒に屯所に帰る。

 なんとか返さない方法がないのか?

 宿を出た時、

「山南さん」

 と、沖田さんが山南さんを呼んだ。

 その顔から微笑みが消えていた。

「山南さん、逃げてください」

 沖田さんは、まっすぐ山南さんの目を見て言った。

「僕たちが、山南さんを見つけられなかったと言えばすむ話だから、山南さんはこのまま江戸に向かってください」

 沖田さんが敬語で言っているから、相当真剣に言っているのだと思う。

 しかし、山南さんは、首を静かに振った。

「総司、覚悟はできている。俺は逃げも隠れもしない。武士らしい最後をむかえられればいいと思う」

「そ、そんなこと、言わないでくださいよ」

 私は泣きながら言った。

「蒼良、泣き虫だなぁ」

 そんな私を見て、山南さんは言った。

「それにな、新選組にも俺の居場所はないが、江戸にも居場所はないのだ」

 あははと笑いながら山南さんは言った。

「笑いごとじゃないです。山南さん、お願いだから、逃げてください」

 私は泣きながら頼んだけど、山南さんは首を縦に振らなかった。

「蒼良、もういいよ。もうわかったから」

 沖田さんがそう言って私を止めた。

「山南さん、行きましょう」

「ああ、行こうか」

 沖田さんと山南さんは歩き始めた。

 私も歩き始めた。

「総司、切腹になったら、介錯はお前に頼みたい」

 山南さんは歩きながら言った。

 山南さんは、そこまで考えて脱走をしたのか?

「わかりました」

 沖田さんは、前を向いたままそう言った。

 

 山南さんを逃すことが出来ず、京につかなければいいのにと思っても、足は京に向かって歩いているから、どうしたって京に着く。

 屯所につかなければいいのに。

 山南さんの考えが変わってここからでも逃げてくれればいいのに。

 そんなことを思っているうちに京に着き、屯所にもついたのだった。

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