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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年2月
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笑顔が一番

 山南さんと土方さんが話をすることはあの夜以来なかった。

 あの夜だって、二人で酔いつぶれたのだから、話をしたうちには入らないだろう。

 二人の溝が深まれば深まるほど、山南さんが切腹する確率が高くなるような感じがしていた。

 お師匠様は、そうなっても仕方ないみたいなことを言っていたけど、このまま黙って見ていることも出来ず。

 それなら何をするんだ?と言われると、何もできず……。

 いったいどうすればいいんだ?

 はあっとため息をついてしまった。

「今日何回目のため息だ?」

 一緒に巡察していた原田さんに言われた。

 そんなにため息ついていたか?

「最近なんか悩んでいるみたいだな。何かあったのか?」

 原田さんに聞かれたけど、話せなかった。

 私が悩んでいることは、これから起こるこ未来のことで悩んでいるので、未来を知らない原田さんに話すことはできなかった。

「言えないのか?」

 そう言われて、コクンとうなずいた。

「すみません」

 私が謝ると、

「いや、蒼良そらは悪くない。人い言えない悩みもあるもんだからな」

 と言って原田さんは優しく笑ってくれた。

 本当にごめんなさい。

 そんなことを思っていると、原田さんは突然、

「今日は、巡察をやめよう」

 と言いだした。

「な、なんでですか?」

 巡察をやめたら、怒られるだろう。

「蒼良が元気ないのに、このまま巡察はできないよ」

「私は大丈夫ですよ。元気ですから」

「いや、やめよう。する気なくした」

 ええっ!それで巡察をやめてもいいのか?

「そんな不安そうな顔をするな。巡察一日ぐらい休んだって、何も変わらないさ」

 そりゃ変わらないけど……。

「思い切って休もう。その代わり、俺に付き合ってくれ」

 休もうとかって、勝手に決めてもいいのか?それに原田さんに付き合うって、何をするんだ?

「よし、そうと決まったら行くぞっ!」

 原田さんが私の手を引っ張って歩き始めた。

 行くぞって、どこに行くんだ?


「これ、トラですよ、トラっ!」

 原田さんが連れてきたところは、動物見世物と呼ばれている物だった。

 動物見世物とは、江戸時代風簡易動物園と言うのか?

 異国から来た珍しい動物をみんなに見せてくれる。

 こういう動物を見ると、色々ご利益があると宣伝している。

 本当にご利益があるのなら、現代の動物園に行ったらご利益だらけになるだろう。

 動物園だと、頑丈な檻があってさらに危険な動物だと堀が掘ってあって動物と人が接触しないようになっているのだけど、ここは、竹でできた檻にトラが入っているだけだ。

「トラが檻をこわさないのですかね」

 それがちょっと怖くて、原田さんの着物の袖をずうっと握っていた。

「それを怖がっているのか?」

 原田さんが面白そうに言った。

「怖いじゃないですかっ! なんかすぐに壊れそうな檻だし、トラが檻をこわして出て来たら、私たち絶対に襲われますよ」

「そんなこと気にしていたら、トラなんて見れないぞ」

 いや、気になるから。

 竹でできている檻は、手を入れようと思えば入れられるし、蹴飛ばしたら壊れそうに見える。

「ほら、もっと近くで見ないと、ご利益がなくなるぞ」

 原田さんが、私を軽く押した。

 いや、ご利益なんてないから。

 あ、でも、トラって珍しいんだよね。

 思わず檻に近づいてしまった。

 すると、ガオーッと大きな口をあけて吠えられてしまった。

「きゃあっ!」

 びっくりして飛び上がり、慌てて檻から離れた。

「蒼良は怖がりだなぁ」

 その様子を見て原田さんは笑っていたけど、相手はトラだからね。

 こんなのに襲われたら一発で死んじゃうんだからね。

「芹沢さんはこういうものは偽物だってよく言っていたけど、よくできた偽物だなぁ」

 原田さんは檻に近づいて行った。

 危ないってばっ!

 思わず原田さんの着物を引っ張った。

「そんなに引っ張るなよ。どうせ偽物だよ」

 いや、どう見たって本物だから。

 この時代にこんな完璧な偽物があったら、現代の動物園にいるものが全部偽物に見えるようになってしまう。

「偽物ならファスナーがあるでしょう?」

「ふぁすなあ?」

 ファスナーはまだなかった。

「偽物なら、人が出入りする入り口のようなものがあるでしょう? これはどう考えてもないじゃないですかっ!」

「ああ、それもそうだな。背中にはなさそうだし、腹の方にあるんじゃないのか?」

 そう言いながら、檻の中に原田さんは手を入れようとした。

「危ないですよっ!」

 私は原田さんの手を払った。

「蒼良、そんな涙目にならなくても」

 こ、怖いんですよっ!このトラも怖いし、平気で檻の中に手を入れる原田さんも怖いのですよ。

「わかった、わかった。別な所に行こう」

 原田さんは私の頭をなでながらそう言って檻から離れた。


「わあ、あの人すごいですよ。どうやったらあんなふうにできるのですかね」

 次は曲芸と言うもので、現代で言うサーカスのようなものだ。

 私が見ているのは、綱に足をかけてさかさまになって、手で人を二人ぶら下げているものだ。

「あの高さで落ちたら怪我しますよね」

 現代だったら、怪我をしないようにネットと言うものがはってあるけど、この時代にそんなものはない。

「そんなこと気にしていたら、何もできないだろう。蒼良は面白いことを言うなぁ」

 面白いことって、そう言う事を気にしないのか?

 周りを見ると、みんな楽しそうに見ている。

 私はぶら下がっている人が落ちないか、そわそわしながら見ていた。

 だから、その曲芸が終わった時はほっとしたと同時にすごいと思った。

「俺は蒼良の顔を見ている方が面白かった」

 曲芸が終わると、原田さんに言われてしまった。

 原田さんに話によると、曲芸の最中の私は、顔が青くなったり引きつっていたり、そうと思ったら笑顔になったり、表情が色々変っていたらしい。

 自分の顔は見えないからよくわからないけど、そうなのか?

 それから色々な曲芸を見た。

 私は曲芸に夢中になっているけど、原田さんはそんな私を見るたびに笑っていた。

 そんな笑わなくても……。


「楽しかったか?」

 曲芸が終わった後、甘味処に入り、くず切りを食べた。

 くず切りを食べていると、原田さんに聞かれた。

「楽しかったです。あの曲芸とかって最近やっていたのですか?」

 あの場所は何回か巡察で通ったけど、曲芸をやっていなかった。

「2.3日前から始まったみたいで、この前巡察で通った時に分かったんだ。蒼良を連れてきたいなぁと思っていたから、蒼良に見せることが出来てよかった」

「ありがとうございます。ああいうの見たの初めてなので、びっくりしました」

「初めてだったのか?」

 原田さんに驚かれてしまった。

 この時代の人たちは、しょっちゅう見ている物なのか?

「そうか、初めてだったのか。だからあんなに表情を変えてみていたんだな」

 私の表情を思い出したのか、原田さんは笑っていた。

「そんなに笑わないでくださいよ」

 恥ずかしくなってくるじゃないか。

「いや、やっぱり蒼良と一緒に見て楽しかったよ」

 私の表情が楽しかったんじゃないのか?

 ズルズルズルと、私はくず切りをすすった。

「そう言えば、初めてくず切りを食べたのも一緒だったな」

 原田さんは、優しい顔で私がくず切りを食べているのを見て言った。

 そう言えばそうだったかも。

「本当は八つ橋を食べさせてやろうと思ったのに、先に源さんと食べているし。でも、八つ橋は食べたことがあって、これはなかったんだよな」

 そうだ、そう言うことがあった。

 源さんと珍しいからって八つ橋屋さんに連れて行ってもらって、食べたのだけど、実は八つ橋は修学旅行で京都に来た時に食べてた。

 逆に、このくず切りの方が初めてだった。

 もう2年前の話だ。

「もう2年になるのですね、京に来て」

 2回目の季節が廻ろうとしている。

「そうだな。色々あったな」

 本当に色々あった。

 あんなこともあったし、こんなこともあったなぁ。

 そんなことを思いながら、くず切りを食べたのだった。


「巡察しなかったこと、ばれてないですよね」

 屯所の近くに来ると、それが気になりだした。

「1回ぐらい大丈夫だ」

 原田さんはそう言ったけど、私は不安になってきた。

「そんな不安そうな顔するなって。曲芸とか見て楽しかっただろ」

「はいっ! それは楽しかったですよ」

「それなら、ばれたって楽しんだんだからいいだろう」

 そ、そう言う理屈になるのか?

 ま、楽しめたからいいか。

「おっ、この桜、蕾が大きくなっているぞ」

 原田さんが桜の木を指さして言った。

 2月だけど、現代に直すと3月の下旬あたりになる。

 桜の蕾も大きくなる時期だ。

「最近暖かい日が続いたから、もうすぐ咲きそうですね」

「そう言えば、この木だったよな。屯所に来た時に一緒に花見をした木」

 そうだ。

 あの時は、京に残るの残らないのでバタバタしていた。

 花見をしたかったのだけど、それどころじゃなくて、それで屯所近くのこの桜の木を見たんだ。

「蒼良になにがあったかは知らないが、蒼良は笑顔が一番似合っている」

 原田さんが突然そう言いだした。

「最近、蒼良から笑顔が消えてたから心配していたんだ。今日は笑顔になっていたからよかった」

 原田さんに心配かけちゃったなぁ。

「一番は、蒼良の悩みが消えることだけどな」

 原田さんは、私の顔を見て優しく笑った。

 名前をふせれば大丈夫かな。

「あ、あのですね、ある二人がいて、その二人が喧嘩のような感じになっちゃって、仲直りさせたいのですが、仲直りができないぐらいこじれちゃって。それでどうすれば仲直りしてくれるかなぁって悩んでいるのです」

 思い切って話してみた。

 名前をふせて。

「それはほっとくしかないだろう」

 原田さんはそう言った。

「そのうち仲直りするさ」

 普通の喧嘩ならそうなんだろう。

「でも、相手がそれで切腹するかもしれないのです」

 そう言ったら、原田さんも驚いていた。

「そんな話、聞いていないが……隊内の事か?」

 そう言聞かれてなんといっていいかわからなかった。

「それでも、他人の喧嘩に口を出さない方がいい。ろくなことがないからな」

 私が言えないでいると、原田さんは察してくれたみたいで、そう言った。

「たとえ相手が切腹するようなことになっても、ほっとけ」

「その切腹を阻止することはできないのですか?」

「それは俺が聞きたい。阻止できるものなのか?」

 わからない。

「もし、阻止できるならできる限り阻止した方がいい。切腹なんていいもんじゃないからな。経験者は語る、だ」

 原田さんは一度切腹をしたことがある。

「阻止できなかったらどうしますか?」

「それはそうなったときに考えればいいだろう。まだ切腹なんて話を聞いていないから、そうなっていないのだろ?」

 私はうなずいた。

「なら、あきらめるのはまだ早いだろう」

 そう言われてみると、そうだなぁ。

「まだ何も始まってないし、悩んでいても何も解決しないぞ。やってみればいい」

 やるって何をだ?

「阻止する方法を色々試してみればいい。それでだめだったら、仕方ないだろう。でも、後悔はないと思うぞ」

 今のままだと、絶対後悔してしまうと思う。

 今でさえ、もっと早く対処できていればと言う思いがある。

 だから、もっと色々なことをやらなければ、絶対後悔する。

「わかりました。ありがとうございます」

 私は原田さんにお礼を言った。

 原田さんもいいこと言うなぁ。

「そう、それだよ」

 原田さんが私に言った。

 なんだ?

「蒼良は笑顔が一番だ。いつも笑顔でいてくれ」

 そう言われると照れるなぁ。


 私は山南さんを助けるために色々やってみようと決意した。

 まだ切腹まで行っていないんだから、あきらめるのはまだ早い。

 切腹する直前まで、足掻いてやろう。

 そう思ったのだった。


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