山南さんVS土方さん再び
山南さんの部屋に行くと、沖田さんがいた。
「あ、大福だ。僕好きなんだよね」
いや、沖田さんに持ってきたわけじゃないから。
「山南さんは?」
山南さんは部屋にいなかった。
「いないよ」
そりゃ見ればわかる。
どこかに出かけたのかな。
待っていたら会えるかもしれないから、このまま待っていよう。
「蒼良、大福いただくよ」
沖田さんが、大福をほおばった。
「そう言えば、沖田さん体調はどうですか?」
「蒼良は、僕の顔を見るとすぐに体調は? って聞くね」
そうかなぁ。
「沖田さんが心配なのですよ」
私も自分が持ってきた大福を食べた。
「そんなに心配してもらわなくても、僕は元気だよ」
それならよかった。
大福を食べていたらお茶がほしくなった。
「沖田さん、お茶がほしくないですか?」
「あ、気がきくね。ありがとう」
沖田さんにそう言われ、山南さんの部屋を出ようとして襖に手をかけると、襖はバンッ!と勢いよく開いた。
「うわっ!」
急に開くから、びっくりして声を出してしまった。
襖の向こうには、明らかに怒っているとわかる山南さんが立っていた。
顔も怒りで赤くなっていて、表情も怒りでこわばっていた。
これは絶対に何かあった。
「山南さん、何かあったのですか?」
私が聞くと、
「蒼良は、知っていたのか?」
と、山南さんが聞いてきた。
な、何をだ?
「山南さん、何かあったの?」
大福を持ちながら沖田さんが山南さんに聞いた。
「屯所を西本願寺に移転することを考えていると、土方君に言われた」
その話がもう来たのか?
いや、もうじゃない。
そろそろきてもおかしくないかもしれない。
「やっぱり、蒼良は知っていたのか?」
ここは、知らなかったということにしておいた方がいいのかもしれない。
だって、私は未来から来たからこのことも知っているわけで、土方さんとかに言われて知ったわけじゃない。
「そ、そんな話があったのですか? 知りませんでした」
「なんだ。俺が話をしても驚かなかったから、知っているのかと思っていた」
「あまりの驚きでそう反応していいのかわからなくなってしまって。沖田さんなんて、全然声が出ていないじゃないですか」
沖田さんの方を見ると、大福をほおばっていた。
声が出ないわけだよね。
反応ないなぁとは思っていたけど。
「蒼良、お茶は?」
沖田さん、ちゃんと話を聞いていたか?今はお茶どころの騒ぎではないと思うのだけど。
でも、山南さんを落ち着かせるためにも、お茶は必要か?
「わかりました。山南さんのも持ってきますね」
「ああ、すまないな」
と言うわけで、台所で3人分のお茶を入れて持って行ったのだった。
「西本願寺かぁ。なんか考えが露骨だね」
沖田さんがお茶をすすりながら言った。
露骨と言うのも、西本願寺は長州などの勤皇派と深いつながりがあるので、勤王派の人たちがよく集まっているらしい。
それをけん制するために、幕府派の新選組が監視の意味も込めて西本願寺への移転と言う案を出したのだと思うのだけど。
「露骨も何も、そこましなくてもいいだろう」
山南さんは怒っていた。
「西本願寺以外には場所はあるのですかね」
私は聞いてみた。
西本願寺以外にいい場所を用意して、そこを提案すればいいと思うのだけど。
「西本願寺以外ねぇ。そこ以外に長州とつながりのある寺を探せばいいのかな。そうじゃないと、土方さんも了解しないと思うけど」
沖田さんがのんきに言った。
長州とつながりがあるから移転先が西本願寺なんだろうから、沖田さんの言い分はもっともだなぁ。
「なんでわざわざそう言う寺を探すのだっ! 長州、長州って目の色変えて色々やっているが、そこまでやらなくてもいいと思うのだが」
山南さんは怒りながら言った。
山南さんとしては、長州とつながりがない所に移転したいらしい。
土方さんは、長州の監視のためにつながりがあるところに移転したいらしいし、これって、根本的に二人の意見が違ってないか?
ここまで違っていると、移転先を変えればいいって問題でもないなぁ。
移転問題があるのは知っていたけど、ここまでこじれているとは思わなかった。
「近藤さんと土方さんは、長州を目の敵にしているから長州しか見えなくなっているんだよ、きっと」
沖田さん、今は冗談言っている場合じゃないですから。
これの対応次第で、山南さんの切腹が無くなるかもしれない。
「西本願寺の移転について、総司はどう思うんだ?」
「僕ですか? 僕は、土方さんと近藤さんについて京に出てきたから、土方さんと近藤さんが西本願寺に移転するなら、一緒に移転しますよ」
沖田さんは西本願寺に移転することは、反対ではないらしい。
むしろ、どっちでもいいよ。と言う感じがするのだが。
「蒼良はどう思う?」
ええっ!私?
突然話をふられたのでびっくりした。
「わ、私ですか?」
「蒼良の意見が聞きたい」
うまく話せるかわからないけど……。
「私は、今は長州云々言っている場合ではないと思うのですが……」
「蒼良は、勤王派か? 初めて知った」
沖田さんがちゃちゃを入れてきた。
「いや、尊王派とか幕府派とか、そう言うのは関係なくて、外国の脅威にさらされている今は、日本を一つにしてその脅威に立ち向かうべきだと思うのです。だから、長州がどうのこうの突っついている暇があれば、みんなが仲良くなって外国の脅威に立ち向かった方がいいと思うのですが……」
私の話を聞いて、山南さんがびっくりしていた。
「蒼良っ!」
突然、山南さんに名前を呼ばれた。
な、なんか悪いこと言ったか?
「素晴らしい意見だ。蒼良がこんな素晴らしいことを考えていたとは、気が付かなかった」
山南さんに両手をつかまれて、ブンブンと縦に振られた。
腕が痛いのですが……。
「蒼良も伊東さんの勉強会に出ているのか?」
山南さんに聞かれた。
あれ?山南さんは伊東さんの勉強会に毎日のように出ているから、私が行っていないことはわかるはずなんだけど……。
「山南さんは、もしかして伊東さんの勉強会に行っていないのですか?」
あんなに夢中になって行っていたのに、私が行っていないことを知らないと言う事は、山南さんも行っていないと言う事だ。
「最近は行っていない」
そうなんだ。
「何かあったのですか?」
「いや、何もない。蒼良は気にするな」
山南さんのその言い方が、いかにも何かありましたという感じだった。
なにがあったのだろう?
でも、聞けるような雰囲気じゃなかった。
「伊東さんとも何かあったね」
山南さんの部屋を出たら、沖田さんがそう言った。
「やっぱりそう思いますか?」
「あの反応は、絶対に何かあったよ」
「なにがあったのでしょう?」
「そんなこと知らないよ」
沖田さんは、他人事のようにそう言った。
実際他人事なんだけど、山南さんの切腹が控えているので、他人事になれない自分がいる。
「西本願寺の件でも、山南さんそうとう怒っているみたいだし」
怒っていたよなぁ、山南さん。
「どうすればいいと思いますか?」
私が聞いたら、
「ほっとけば?」
と、沖田さんが言った。
ほっとけないから聞いているんだろうがっ!
「ジタバタしても、屯所は西本願寺に移転するだろうし、移転しちゃえば、山南さんだってあきらめると思うよ」
そう言って沖田さんは行ってしまった。
あきらめないから、私がジタバタしているのだけど。
今回は、沖田さんに協力をしてもらうのは無理そうだ。
藤堂さんがいれば、また違っていたのだろうけど、いない人間のことを言っても仕方ない。
とにかく、ここは何とかしなくては。
「なんだ、もう知ったのか?」
土方さんに西本願寺移転の件を聞いたら、あっさりとそう言われてしまった。
「もう知ったのか? じゃないですよ。山南さんがものすごく怒っていましたよ」
「ああ、その話をした時から怒っていたからな、仕方ねぇよ」
仕方ねぇよって……。
もうちょっと山南さんのことを考えてくれてもいいと思うのだが……。
「あんなに怒った山南さんは初めて見ましたよ」
「以前にもあっただろう」
えっ、あったか?
「浪士組で京に来るとき怒っていただろう」
ああっ!思い出したっ!
「大津でですよね。後、8月の政変の時も怒っていましたよね」
確か、山南だけ鎖帷子とかが無かったのだ。
それで怒っていた記憶がある。
あの時もかなり怒っていたよなぁ。
って……
「そんな話をしている場合じゃないのですよ」
山南さんがいつ怒ったとか、そんなことは関係ない。
「じゃあなんだ?」
「西本願寺の件、別なお寺に移転できない……ですよね……」
できないですか?と聞こうとしたら、ギロッとにらまれてしまったので、言えなかった。
「もう決まったことだ。変更は出来ねぇよ」
「西本願寺のお坊さんたちは、ものすごく反対とかしていませんか?」
「そんなこと関係ねぇ」
「お坊さんが大反対しているところに一緒に住むのですよ。住みずらくないですか?」
「一緒の屋敷に住むわけじゃねぇから、関係ねぇっ! お前も、西本願寺移転に反対なのか?」
い、いや、反対ではない。
移転することは移転の話が出る前からわかっていたから、ああやっぱりなぁという感じだ。
ブンブンと首を横に振った。
「ならいいだろう。ブツブツ言うなっ! 俺も今は機嫌が悪いんだ」
や、やっぱり……
「す、すみません」
ここにいたらとばっちりを受けてしまうと思い、部屋を出ることにした。
「それにしても、山南さんもあんなに反対しなくてもなぁ」
土方さんは、ブツブツと言っていた。
ああ、この移転問題、意外と難しい。
これが山南さんが切腹する原因になってしまうらしいけど、なんか納得できる。
問題の根が深すぎる。
これ以上私にどうしろと言うのだ?
屯所の庭で、お手上げ状態になっていた。
「おお、蒼良。久しぶりじゃな」
落ち込んでいると、聞き慣れた声がした。
そ、その声はっ!
「お師匠様っ!」
顔をあげると、見慣れたお師匠様がいた。
「ずいぶん落ち込んどるようじゃのう」
ずいぶんタイミングよく現れてくれた。
こんなこと、初めてじゃないか?
「何かあったんだな」
お師匠様に言われ、西本願寺移転のことを全部話した。
お師匠様も、もう知っていることなので、ほうほうと言いながら聞いてくれた。
「そうか、もうそんな時期になっていたか。そろそろじゃと思って江戸から帰ってきたんだが、そんな話が出ているのか」
「お師匠様、どうすればいいですか? 今回は、土方さんと山南さんの溝が深すぎます」
「そうじゃなぁ。ところで蒼良は20歳になったんだよな」
「はい、お正月になりました」
それがどうかしたのか?
「こういうことはな、酒の席に二人を呼べば、あっという間に溝も埋まるんじゃ」
そ、そうなのか?
「さっそく、島原じゃっ! 蒼良、山南と土方を誘っとけ。あ、一緒に誘ったら来んかもしれんからな、別々に誘え」
島原って、自分が行きたいからじゃないだろうな?
別々に誘えとか、注文が多いし。
「わかりました」
でも、頼れるのはお師匠様しかいないので、お師匠様の言う通り、山南さんと土方さんを別々に、お師匠様が島原で会いたがっているからと誘った。
「おい、なんで山南さんがいるんだっ!」
「なんで土方君がいる? 俺は帰るぞっ!」
「俺だって帰るっ!」
この二人の溝は相当深そうだ。
お互いの顔見ただけで帰るって言いあうって、相当だよね。
「まあまあ、ここはわしの顔を立てて一緒にわしと飲んでくれな」
お師匠様が二人にそう言って席につかせた。
間もなくお酒をごちそうが運ばれてきた。
お師匠様は二人に酒をそそぎ、
「お前ももう飲めるんじゃな」
と言って、私にもお酒をくれた。
「二人になにがあったかだいたいわかっとるがな、ここは島原じゃ。今はすべて忘れて飲もう」
お師匠様がそう言ってお酒を一気に飲んだので、みんなも飲んだ。
土方さんはすでに顔が赤くなっていた。
「土方さん、あまり飲まない方が……」
「今日は飲みてぇ気分なんだ」
「そうじゃろう。遠慮なく飲め」
お師匠様は遠慮なくお酒をそそぐ。
「いや、土方さんは、本当にお酒が弱いから、あまり飲ませると倒れますよ」
「蒼良、土方君はほっといて、俺に酒を注げ」
山南さんも少し酔っているみたいで、私に杯をよこしてきた。
山南さんは多少飲ませても大丈夫そう。
そう思ったので、杯が空になると注いでいた。
その間に私もお酒をいただいた。
「やいっ! 山南さんは何が気に食わねぇんだっ!」
酔って目がすわっている土方さんが、山南さんを指さして言った。
これって、大丈夫なのか?
止めようとしたら、お師匠様が
「これでお互い全部思いを吐き出せば、少しはわだかまりも取れるじゃろう」
と言って、私を止めた。
「もしかして、わざと酔わせたのですか?」
私が聞くと、にやりとお師匠様が笑った。
「長州が憎いからって、そことつながりがある西本願寺に移転しなくてもいいだろう」
「つながりがあるから移転するんだろうがっ!」
「住みずらくないのか? そんなところに移転して」
「山南さんはそれが気に食わねぇのかっ!」
「それだけじゃないっ! 俺が総長で副長より位が高いはずだ。しかし、実際は全部副長のお前が決めているっ! 俺が総長だろうがっ! 総長を差し置いて何が移転だっ!」
山南さんも、完全に酔っ払っている。
土方さんをおまえ扱いしているし。
「なにが総長だっ! 大事な時は全部寝込んでただろうがっ! そもそも総長は局長の相談役でつけたんだ。だから局長のご機嫌をうかがってればいいんだよっ! よけいなところに首つっこむんじゃねぇっ!」
「余計な所って、移転問題は余計な所じゃないだろうっ! ばかがっ!」
「ばかだとっ! そう言うお前はあほだっ!」
なんか、子供の喧嘩になってないか?
お師匠様を見ると、黙っていろって言われた。
「そんなことやってっから、崇拝していた伊東にも嫌われるんだろう」
「嫌われとらんわっ! あいつが生意気な態度をとってきたから、俺が怒っているんだ」
「あいつの頭の中だと、お前が総長だから懐柔しておけばとでも思ったんだろ? でも、名前ばかりの総長だしな。あいつの計算違いだったな」
そうだったのか。
伊東さんと山南さんとも何かあったと思っていたけど、そう言う事だったのか。
権力を握ろうとした伊東さんは、隊のナンバー2の山南さんに接触した。
しかし、実際は土方さんが権力を握っていたから、そこは計算違いだったのだ。
それで、伊東さんは山南さんを切りにかかったというわけだな。
「うるさいっ! お前に言われたくないわっ! ばか副長がっ!」
「うるせぇ、あほ総長」
また子供の喧嘩になってきたぞ。
「何だとっ!」
「何だとっ!」
二人が声をそろえてそう言い、杯に入っていたお酒を揃って飲み干した。
そろって飲み干した勢いで、二人一緒に倒れてしまった。
「酔いつぶれたな」
お師匠様がそう言った。
「そんなに飲ませていないと……」
思うのですが……。
と言いたかったが、土方さんの周りにお銚子一本、山南さんの周りは数本転がっていた。
ちなみに私とお師匠様の周りにはかなりの数が転がっていた。
「お前もわしに似て強いなぁ」
お師匠様に似たのか?
「わしに似たのなら、強いのは日本酒だけで後はだめだから、気を付けろよ」
そうなのか?
ワイン3杯で酔いつぶれたのは、そのせいだったのだな。
って、今そんな話をしている場合じゃない。
「この二人、どうしますか?」
酔いつぶれたまま放置しておくわけにもいかないだろう。
「この二人はだめかもしれんぞ」
だめ?
「この二人の溝は、埋まらんぞ。酒で解決するかと思っとったが、この様子だと、今日のことは忘れているぞ」
私もそう思う。
ここまで酔いつぶれたのなら、きっと記憶がないだろう。
「蒼良、山南の切腹は防げん可能性が高い。でも、落ち込むな。お前は悪くないからな」
お師匠様はそう言った。
防げないのか?可能性が高いと言う事は、防げるかもしれないと言う事だろう。
「もう、ここまでこじれたらだめじゃ。もっと早く来るべきだった」
お師匠様は、酔いつぶれた二人を見て言った。
「蒼良、屯所に使いを出して、総長と副長が酔いつぶれているから迎えに来いと伝えてやれ」
お師匠様はそう言って部屋を出ようとした。
「お師匠様、どこに行くのですか?」
「わしは自分の長屋に帰る。後は頼んだぞ」
ええっ!自分が酔わせておいて、帰るのか?
そんなことを思っているうちに、お師匠様は帰ってしまった。
「おまえ、いくら飲めるからって、一人で二人を酔いつぶすのはどうかと思うぞ」
屯所から隊士を連れて斎藤さんが来た。
山南さんと土方さんを他の隊士に背負わせ、その後ろを二人で歩いていた。
「私一人で酔いつぶしたんじゃないですよ」
お師匠様もいたんだってば。
「でも、お前しかいなかったじゃないか」
その前までお師匠様のいたのですってば!
「別に隠すことじゃない。それだけ酒が強いと言う事だろう」
斎藤さんが笑いながら言った。
だから、私一人じゃないんだってばっ!
お師匠様の言う通り、山南さんと土方さんは、飲んだ日の夜の記憶は無くなっていた。
次の日の朝になったら、二人とも頭が痛いと言いながら起きてきたけど、二人が話すことはなかった。