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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年2月
163/506

楓ちゃんの恋

「お前たちには、島原に行ってもらう」

 土方さんに呼ばれた山崎さんと私は、突然そう言われた。

「土方さんが、私たちをもてなしてくれるのですか?」

「俺がなんでお前らにもてなすんだっ! ばかやろう」

 私が聞いたら、土方さんにそう言われた。

 日頃の苦労をねぎらってここは俺がバーンッ!とごちそうしてやるって、そう言うのがないのか?

 ないな。まずないな。

「島原になにがあるのですか?」

 山崎さんが土方さんに聞いた。

「実はな、長州の人間が島原に出入りしているらしい」

 そ、そうなのか?

「京に出入り禁止なのに、なんで島原に出入りできるのですか?」

「それは俺が聞きてぇよ。俺もその情報を聞いて何回か島原に行ったが、向こうも警戒しているのか、会うことはなかった」

 だから、最近島原に行っていたんだ。

「なんだ、私はてっきり……」

「てっきり……何だ?」

 お気に入りの女の人が出来て、通ってんだとばかり思っていた。

 なんだ、そうだったんだ。

 なんかホッとした。

「なに笑ってんだ?」

「いや、別に、意味はないです」

 なんだ、なんだ、なぁんだ。

 ほっとして、顔がにやけてしまった。

 でも、なんでホッとしたんだ?

「それで、我々に潜入して捜査しろってことですね」

 山崎さんがそう言った。

「その通りだ。置屋には話をしてあるから、あとはお前らが行くだけでいい」

「わかりました」

 山崎さんと一緒にそう言って、屯所を後にした。


「蒼良さん……」

 山崎さんがそう言って驚いていた。

「なんですか? おかしいですか?」

 土方さんに言われた置屋に行き、私は花魁になり、山崎さんは番頭さんになっていた。

「花魁に見えないですか?」

 やっぱり、元が違うからだめなのかなぁ。

「い、いや、綺麗です」

 山崎さんは、私の顔を見て真面目に言ったので、なんか照れてしまった。

「あんさんら、照れおうとる場合やないやろ」

 置屋のご主人に言われてしまった。

 そうだ、こんなことしている場合じゃないのだ。

「ここにいる間は、あんさんの名前は葵やから覚えといてや」

 あおいかぁ。

 違う名前を付けられて、大丈夫なのかなぁ、自分。

「ほな、他の妓たちに紹介するさかい」

 私は置屋のご主人に連れられて、他の人たちがいる場所に行った。

 ここからが本番。

 ばれないように頑張らないと。


 新しい人が入ったからよろしくと紹介された。

 紹介されてすぐに牡丹ちゃんと楓ちゃんが私のところにやってきた。

 そうだ、この置屋には牡丹ちゃんと楓ちゃんがいたんだった。

「なんや、また潜入捜査なん? 蒼良はんは女装しても男に見えんなぁ」

 牡丹ちゃんが、私をまじまじと見ながら言った。

「蒼良はんやなくて、葵はんや。でも、本当は男やのうて、女なんちゃうの?」

 楓ちゃんが鋭いことを言ってきた。

「何言うとるの。新選組やで、女がいるわけないやん」

 牡丹ちゃんがそう言った。

「それもそうやな、壬生狼やもんな」

「女がいたら、みんな食われるで」

 牡丹ちゃんがそう言うと、楓ちゃんと二人で、おおこわっ。と言っていた。

 私は食われていないが……。

「ところで、今回はどういう捜査なん?」

 牡丹ちゃんが好奇心を隠し切れないという感じで聞いてきた。

「実は、長州の人が島原に出入りしていると聞いたので、こうやって変装してきたのです」

 私がそう言うと、

「捕まえに来たん?」

 と、楓ちゃんが不安そうな顔で聞いてきた。

 どうしてそんな不安そうな顔をするのだろう。

「長州の人たちは、おととしの政変後に京にいてはいけない人たちだから、見つけたら捕まえないと」

「捕まえんといてっ!」

 ええっ?

「あの人を捕まえんといてっ!」

 楓ちゃんの目には、涙がたまっていた。

 あの人をってどういうことだ?

 牡丹ちゃんを見ると、牡丹ちゃんはため息をついていた。

「だから言うたやないの。あの人は、好きになったらあかん人やって」

 牡丹ちゃんは、楓ちゃんの背中をさすりながら言った。

 好きになった?

「どういうこと?」

 私が牡丹ちゃんに聞いた。

 楓ちゃんは、もう泣いてて話ができない。

「楓はんの好きな人が、長州の人なんや」

 ええっ!

「揚屋にお客さんとしてきたんや。気さくで陽気でしかも男前やったから、楓はん一目惚れや」

 そ、そうだったんだ。

「でも、相手の人はどうも長州のお人らしいから、やめといた方がええって、うちも何回も言うたんよ」

「好きって気持ちは止められんのやっ!」

 楓ちゃんは泣きながら言った。

 確かに、人を好きになる気持ちは止められないって聞いたことがあるけど。

「相手が長州の人やから、不幸になるのは目に見えとるやん」

 牡丹ちゃんは冷静にそう言った。

「好きになった人が、たまたま長州の人やっただけや」

 そう言うセリフもよく聞くよなぁ。

「その長州の人は、何回島原に来ていたのですか?」

 私が聞くと、牡丹ちゃんが指を折って数えながら、

「もう数回来とるなぁ」

 と言った。

 私たちが気が付かない間に、そんなに来ていたのか。

「やっぱ捕まえるん?」

 楓ちゃんは、泣きながら聞いてきた。

「当たり前やないの。それが蒼良はんの仕事や」

 牡丹ちゃんがそう言った。

「いやや、いややっ!」

 また楓ちゃんが泣き出した。

 出来れば捕まえたくないよ。

 なんで同じ日本人なのに、長州の人はだめで他の人はいいなんて、そんなことをやっているんだ?

 今そんなことしている場合じゃないと思うのだけど、これも時代と言うものに流されていることなので、仕方ない。

 今は長州の人たちは小さくなっているけど、数年後にはこの関係が逆転する。

 せめてそれまで我慢してと、楓ちゃんに言いたいけど、それを言えないのがまた辛い。

「ええ加減にしいっ! 蒼良はんは、楓ちゃんに遠慮することないで。見かけたら自分のお仕事をちゃんとやりや」

 牡丹ちゃんはそう言ったけど、すごくやりづらい。

 やっぱり、見つけたら捕まえないといけないよね。

 今回はそれが仕事だもんね。

「ごめんね、楓ちゃん」

 私が謝ると、

「謝ることはないっ! 蒼良はんは、なんも悪いことしとらんからな」

 と、牡丹ちゃんが言った。

 さっきから思っているのだけど……

「牡丹ちゃん、ちょっと厳しすぎない?」

 一言一言が、とっても厳しいのだけど、気のせいか?

「こういう仕事しとると、楓はんみたいなことがあるんよ。でも、それを乗り越えてみんな来とるんよ」

「牡丹ちゃんも、こういうことがあったの?」

「何回かあったよ」

 そうなんだ……。

「楓はん、今が一番耐えどころやっ! これを乗り越えて女を磨くんやっ!」

 そ、そうなのか?やっぱり島原のことはよくわからん。

 楓ちゃんは泣き崩れていたけど、揚屋に行く時間が近づいて、着替えたり準備が始まると、今までの楓ちゃんがどこかへ飛んでいったように、普通の綺麗な花魁に変身していた。

 さすが島原の花魁だと思った。


 揚屋に着いた。

 牡丹ちゃんと楓ちゃんと別れて、私は上の花魁のお姉さんたちと一緒にお座敷に上がることになった。

 座敷に入る前に指をついて挨拶をした。

 そして、お客さんの横に座った。

 このお座敷は4人の男性がいて、花魁は私を入れて4人。

 一人に一人の花魁がつくようになっている。

 私が相手をする男性を見ると……

「あっ!」

 思わず指さしてしまった。

「その名前を口に出すと、お前のこともここで口に出すぞ、女隊士」

 そ、それは困る。

 って、もう口にしていないか?

「俺は逃亡中の身だからな」

 なんで逃亡中の人間が島原で酒飲んでんだっ!

 やっぱり、逃亡中に見えないけど、気のせいか?桂 小五郎っ!

 ここにいる人たちは、みんな長州の人たちなのか?

 キョロキョロ見ていると、

「安心しろ、長州の人間は俺だけだ」

 って、あんたが言うか?あんたの言うことが一番信用できないと思うのだけど。

 山崎さん、どこにいるんだろう?

「仲間探しているのか? 仲間に言ったら、その場でお前のことを言うぞ」

 だから、それは困る。

「葵はん、何しとるの? お酌せんと」

「す、すみませんっ!」

 お姉さん花魁に注意されてしまった。

 そうだ、今は花魁だから、花魁の仕事をしなければ。

 桂 小五郎が杯を出してきたので、お酒をそそいだ。

「葵と言うのか? 今回のお前の名前は」

「今回だけですよ。それにしても、何回島原に来ているのですか?」

 私が聞いたら、桂 小五郎は、指を折って数え始めた。

「けっこう来ているな」

 そ、そんなにかいっ!

 目を光らせてみていたって、こうやってかいくぐって来れるものなの?

「土方も何回か来ていたのを見たぞ」

 見てたんかいっ!

 って言うか、土方さんばれていますが……

 桂 小五郎は、一気に杯を空にすると、また杯を出してきた。

 こいつを何とかして捕まえたいけど、山崎さんにどうやって知らせよう?

 杯に酒をそそぎながら考えていた。

 あっ!いっそのこと、酔いつぶすか?酔いつぶして捕まえれば楽勝じゃないか?

 杯がまた空になったので、急いでお酒をそそいだ。

「気がきくな、お前も飲め。どうせ酔いつぶそうとか考えているのだろう?」

 な、なんでばれたんだ?

 よし、どちらが先に酔いつぶれるか、飲み比べだっ!

 今回は日本酒だから、自信あるぞっ!

 私も、杯を出した。

 しばらく二人で飲み比べをした。

「葵はんっ! あんたが飲んでどうすんのやっ!」

 途中でお姉さん花魁に怒られたけど、これは、新選組の未来がかかった真剣勝負なのよっ!

 どんどん空の銚子が増えていく。

「お前もなかなかやるな」

 あなたも、ここまで飲んで酔いつぶれないとは……。

 それにしても、楓ちゃんの好きな人って誰だろう?

 ここの座敷にいる人は長州人じゃないって言っているけど、この人の言うことはあてにならんしなぁ。

 気さくで陽気で男前な男の人は、ここにはいないが……

 まさか、こいつじゃないよなぁ……

「急に見つめてきたが、どうした?」

 こ、こいつじゃないよね……。

 そう思いながら、勢いよく杯を空にした。


 しばらく飲んでいたけど、なかなか相手も酔いつぶれない。

 からのお銚子ばかりが散らかり、お座敷はお開きになった。

 お開きになっちゃったよ。

 他の人も、私たちと一緒に飲んでいたせいか、みんな酔いつぶれている。

 私は、お姉さん花魁ににらまれているし……。

 怖いんだけど……。

 しかし、この人だけは酔いつぶれなかった。

 一番酔いつぶしたい人だったのに。

「お前もなかなか強いな。次一緒に飲めるのを楽しみにしている」

 いや、次はないから。

 って言うか、私はあんたを追っている人間なんだから、もっと緊張して逃げてよ。

「じゃあな」

 いや、ここで逃がすかっ!

「お見送りします」

 私は、桂 小五郎と一緒にお座敷を出た。

 

 揚屋の玄関で山崎さんに会った。

 やっといたぁ。

 探していたのよ、お酒飲んでいただけだけど。

 気持ちは探していたの。

 山崎さんと目があった。

 話さなくても、山崎さんの目が語っていた。

「長州の人間は、こいつか?」

 山崎さんの目がそう言っている。

 私はコクンとうなずいた。

 玄関を出ると、山崎さんが刀を出して、桂 小五郎に向けた。

「長州の人間だな」

 しかし、桂 小五郎も刀を出してきた。

 二人で刀でやり合っていた。

 桂 小五郎の方が強かった。

 山崎さんが倒れ、桂 小五郎に刀を突き付けられた。

 このままじゃ、山崎さんがやられる。

 私は、着物の中に隠していた刀を出して、桂 小五郎の刀を払った。

「花魁姿で、刀を振り回すとはな。安心しろ、自分は人を傷つけるつもりはない」

「また、逃げるつもりですか?」

「その姿で追いかけられるのか?」

 うっ……。

 この姿で追いかけるのは無理だ。

「また会おう。楽しかったぞ」

 そう言って、桂 小五郎は逃げて行った。

 また逃げられたっ!

「蒼良さん、刀をしまってください。いつの間に持っていたのですか?」

 山崎さんが、立ち上がりながらそう言った。

 私は再び刀をしまった。

「奴は、長州の人間ですね」

 山崎さんに聞かれた。

 あれ?さっき、目で会話したと思ったのだけど……。

「桂 小五郎です」

「なに、桂っ?」

 山崎さんも驚いていた。

 まさか、そんな人がいるとは思わないよね。

「逃がしてしまった……。大物を……」

 山崎さんは、ショックを受けていた。

「山崎さん、落ち込まないでください。あの人は、逃げの小五郎って言って、逃げるのが得意なんですよ。なかなか捕まりませんよ」

「とにかく、副長に報告してくる。同じ座敷にいた者たちは?」

「ああ、酔いつぶれているので、逃げませんよ。大丈夫です」

「まさか、酔いつぶしたとか……」

 いや、私は、桂 小五郎を酔いつぶそうとしただけで、他の人間は知らないぞ。

 勝手に酔いつぶれたんだ。

「蒼良さんは、ここにいてください」

 山崎さんは、屯所へ走って行った。

 私は、ここで待機か。

「あ、蒼良はんっ!」

 中から、牡丹ちゃんの声がした。

「あの、ここでは葵だから」

「ああ、そうやった。告げ口するようで嫌やけど、でも、報告せなあかんと思って」

 なんだろう?

「楓ちゃんの恋の相手が来とるんよ、座敷に」

 それって……

「長州の人ですか?」

 私が聞いたら、牡丹ちゃんはうなずいた。

 今日は大変な夜になりそうだ。


 牡丹ちゃんに案内され、私も楓ちゃんたちが接待している座敷に入った。

 楓ちゃんは私の顔を見たら、表情が固まった。

「あの人や」

 牡丹ちゃんに言われた人を見てみると……。

 ええっ!

「坂本 龍馬っ!」

 な、なんでこんなところに?いや、坂本 龍馬だって男なんだから、島原に来るだろう。

 教科書では何回か見たことがあるけど、実物は初めて見た。

 って、当たり前だよね。

「長州の人やろ?」

 牡丹ちゃんは硬い表情で聞いてきた。

「いや、あの人は土佐の人だと思うけど……」

「そうなん?」

 私と牡丹ちゃんが話をしていると、楓ちゃんが無表情でこちらに来た。

 その顔が怖かった。

「あの人は、捕まえさせへんで」

 楓ちゃんは、この人を長州の人だと思っているんだ。

「楓はん、あのお人は、土佐の人らしいで。長州の人やあらへんで」

「えっ、そうなん?」

 そうなん?って、ふつうわからないか?

 まだ坂本 龍馬って有名じゃなかったのか?

「でも、あの人は結婚していると思うけど……」

 確か、お龍さんと言う人だったと思うけど、相手の女性。

「そんなの関係ないわ」

 そ、そうなのか?

「妾でもかまへんもん。長州の人やあらへんのやな。よかったわ」

 楓ちゃんは笑顔で戻って行った。

 これはこれでよかったのか?


 その後、屯所から土方さんたちが来た。

 お座敷にいた酔いつぶれていた人たちを一応捕縛したけど、桂 小五郎の言う通り、彼らは長州の人でもなければ、まったく無関係な人間だった。

「なんでそんな関係ない人と一緒にお酒が飲めるのですかね」

 思わず口に出してしまった。

「桂が、金は俺が出すからと、そこら辺の人間を誘ったらしいぞ」

 やっぱり、意味不明な行動をする人だなぁ。

 さっきから言っているけど、あんたは追われている人間なんだからねっ!と、言ってやりたい。

「それにしても、ここにいる全員をおまえが酔いつぶしたのか?」

 座敷を見ながら、土方さんが言った。

「いや、この人たちは、勝手に酔いつぶれました」

「お前、また酒を飲んだんじゃないだろうなっ!」

「私は、桂 小五郎を酔いつぶそうと思って……」

「でも、酔いつぶれなかったんだろう」

 うっ、それを言われると……。

「それにしても、飲みすぎだろう」

 座敷を見て土方さんが言った。

 大量の空のお銚子が転がっていた。

「私一人で飲んだんじゃないですよ」

 桂 小五郎だって飲んでいたぞ。

「当たり前だろうがっ! これ全部お前が飲んでいたら、屯所から追い出すぞっ!」

 そ、それは困る。

「ま、しばらくは奴もここには来れねぇだろう」

 そうか?奴はまた来ると思うけど。

 そして、また逃げるんだろうなぁ。

 なんで軽々と逃げれるんだろう。

 お座敷から夜の景色を眺めながらそう思っていたのだった。

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