節分
2月になった。
現代にあてると3月になる。
だんだんと暖かくなって、たまに春を実感するときもある。
明日は立春と言う日の朝のこと。
顔に何かがあたる感触で目が覚めた。
な、なにっ?
「起きたぞ」
そんな声が聞こえてきた。
「お前らっ! 何やってんだっ!」
土方さんも起き上がっていた。
布団を見ると、何かが転がっている。
よく見たら豆だった。
えっ、豆?
「鬼が起きたぞっ!」
永倉さんのそんな声が聞こえ、豆が飛んでくる。
鬼って、土方さんの事か?
「ち、ちょっと待ってくださいよ。私は鬼じゃないのになんで土方さんと一緒に豆あてられないといけないのですか?」
「蒼良、すまない。お前には悪いと思っているが、こういう日じゃないと、日頃のうっぷんも晴らせないしな。ほら、お前らも豆投げろっ!」
えっ、お前ら?
永倉さんだけじゃないのか?よく見てみると、永倉さんの後ろには他の隊士たちが、豆のはいった升を持っていた。
「日頃のうっぷんってどういうことだっ!」
「土方さんが、隊則作って厳しくしているから、こういう時に豆投げられるのですよっ!」
全部土方さんのせいだ。
「そうそう、蒼良の言う通り。さ、お前らも遠慮しないで投げろ」
「なにが遠慮しねぇで投げろだっ!」
土方さんがそう言って怒ると、遠慮なく豆が飛んできた。
そしてその豆の一部が私にあたるわけで、地味に痛い。
「悪いのは土方さんなんだから、土方さんだけ投げればいいじゃないですかっ!」
「お前っ! 自分だけ逃れようって考えているようだどな、そうはいかねぇぞ」
土方さんが近づいてくると、私にも豆があたる。
「こうなったら避難するぞ」
土方さんに手を引っ張られて、勢いよく部屋を出る。
部屋の出入り口にいた永倉さんとその他の隊士を勢いで押しのけ、なんとか静かな部屋にたどり着いた。
「ここは、どこですか?」
土方さんに引っ張られるがままに来たので、どこに来たのかよくわからなかった。
「近藤さんの部屋だ。奴らもここには来られねぇだろう。ここに豆投げてきた日には、局長に歯向かった罪で切腹させてやる」
豆投げられたぐらいで切腹って。
「そんなことばかり言っているから、豆投げられるのですよ。まったく、鬼みたいな人ですね」
「ああっ!」
私が言ったら、土方さんが急に何かに気が付いたみたいで、大きな声でそう言ってきた。
「今日は節分じゃねぇか?」
「そう言えば、明日は立春だから、節分ですね。あっ!」
私も気が付き、土方さんを指さした。
「鬼!」
「うるせぇっ! 人に向かって鬼っ! って失礼だろうがっ!」
今日は節分で、どうやら永倉さんたちが勝手に土方さんを鬼にして豆を投げてきたらしい。
「ったくよ、豆を投げるなとは言わねぇ。がな、寝起きを襲うのはやめろってんだ」
土方さんの一言で気が付いた。
私たち、まだ寝巻代わりの浴衣を着ていた。
「お前、俺の着物も取って来い。俺が行ったら、また豆投げられるだろう」
それもそうだな。
と言うわけで、私が部屋に戻って着物を取りに行くことになった。
「ついでにふんどしも頼む」
ええっ!
「それは嫌ですよ」
「いいだろ、ふんどしの一つぐらい」
「あのですね、私、こう見えても女ですからね。恥ずかしいじゃないですか」
「ふんどしで恥ずかしがることねぇだろうがっ! 早くとって来いっ! それがねぇと、今日は何もなしで過ごさねぇといけなくなるだろう」
えっ、何もなしって……ノーパンってことか?
「今、何もないのですか?」
「なにもないって何がだ?」
ああ、もういいっ!これ以上恥ずかしくて聞けないっ!
「わかりました。ふんどしでも何でも取ってきますよっ!」
私は近藤さんの部屋を後にして、土方さんの部屋に向かった。
土方さんの部屋の前には、まだ永倉さんたちがいた。
「近藤さんの部屋に逃げ込むなんて、卑怯だな」
永倉さんがそう言っていたけど、寝起きを豆で襲うのもかなり卑怯だと思うけど。
「あ、蒼良」
永倉さんが後ろから来た私に気が付いた。
「土方さんはまだ近藤さんの部屋か?」
「まさかっ、近藤さんの部屋に豆投げるつもりじゃないですよね」
投げたら切腹だぞ。
それで切腹って言うのもどうなの?って感じだけど。
「近藤さんの部屋には投げないよ。投げたくても投げれないだろう」
そこら辺は、永倉さんもわかっているらしい。
「ところで蒼良は何しに来たんだ?」
何しに来たんだって……
「永倉さんたちがここで豆もって待機しているから、土方さんが部屋に戻れないんじゃないですかっ! だから、私が着替えを取りに来たのですよ」
ついでにふんどしもっ!
「何だ、土方さん卑怯だなぁ」
どっちが卑怯なんだっ!
私は、着替えを取りに中に入った。
着替えが終わった私たちは、まだ近藤さんの部屋にいた。
「出たらまた豆投げられるな。今日は屯所にいられねぇってことか」
そうなのか?
「それも困りませんか? 本当に永倉さんたちは何考えてんだか」
勝手に鬼を決めて豆投げてきて……。
「豆で日頃のうっぷんが取れれば、それはそれで構わねぇが、その犠牲にはなりたくねぇな」
そりゃ誰だってそうだ。
「出かけるぞ」
えっ?
「ここにいても、豆投げられるだけだろうが。出かけるぞ」
どこに行くのだろう?そう思いながら、土方さんの後について行った。
壬生寺の前を通ったら、賑やかだった。
「ずいぶんにぎやかだな。暇だからちょっと行ってみるか」
と言うわけで、最初は壬生寺に行った。
今日は節分会と言う事で、壬生寺も色々な催しがあるらしい。
近くに住んでいるのに、節分でこんなことをやっているなんて知らなかった。
炮烙と呼ばれている、小さな丸い皿のような瀬戸物に願い事を書いて納めていたので、私たちも願い事を書いた。
書いているときに、土方さんがのぞきこんできたので、慌てて隠した。
「願い事は、内緒にしておかないと、願いがかなわないですよ」
「そんなことは初めて聞いたぞ。なんて書いた?」
「だから内緒だって言っているじゃないですかっ!」
と言ったのに、土方さんはこっそりと私の願い事を見た。
「何だ、俺と一緒じゃねぇか」
えっ?と思って土方さんの炮烙を見ると……
「すみません、字が読めないのですが……」
もっと簡単に優しく書いてくれないかな。
なんで崩して続けて書くのかなぁ。
「お前なぁ……。俺もお前と同じ事を書いた」
私と同じことと言うと……
「沖田さんのことですか?」
私は、沖田さんの病気が治りますようにと書いた。
「そうだ。労咳に効く薬はねぇからな。神頼みしかねぇだろう」
まったく治らない病気ではないらしいけど、治すのが難しい病気だ。
神様に願って治るのなら、いくらでも願ってやるっ!って、土方さんも思っているのかな?
私たちがかいた炮烙は、そのあと行われた壬生狂言の「炮烙割」と言う題目で演じられて、高いところから落とされて割られた。
「せっかくだから、他の所も行くか。お前、四方詣りって知っているか?」
なんだろう?初めて聞いた。
「御所の表鬼門と呼ばれている吉田神社、裏鬼門の壬生寺、南東の八坂神社、北西の北野神社。鬼門と呼ばれている場所は、鬼がよく出るらしいぞ。それで年に1回鬼を払うのだそうだ」
「土方さん詳しいですね。誰に聞いたのですか?」
「誰でもいいだろうが、そんなもん」
ま、確かに誰でもいいのだけど、なんか、隠しているように見えるのは、気のせいか?
「どうせ暇だし、ちょっと行ってみるか?」
「せっかくだから、行ってみましょう」
と言うわけで、四方詣りをすることになった。
八坂神社に行ったら、舞妓さんたちが豆まきをして、舞踊を奉納するために踊っていた。
祇園にあるから、舞妓さんや芸妓さんがいてとっても華があった。
3つ目の吉田神社は、節分でも有名な神社らしい。
前の日に追難式と言って鬼を追い払う儀式があったらしい。
私たちは、厄塚と言うところにお参りをした。
最後の4つ目の北野天満宮は、3つのお寺や神社に逃げていた鬼が、最後にここに来るらしく、重要な神社になっている。
この前ここに来た時は、梅の枝しかなかったけど、今日は梅が満開に咲いていた。
「俺はやっぱり梅の花が好きだな」
土方さんが梅の花を見ながら言った。
「私は、桜も好きですよ。咲くものなら何でも好きです」
「何だそりゃ」
土方さんはあきれていた。
梅の甘いような花の香りがただよっていた。
「いい香りですね」
「ああ」
「これだけ梅の花があると、夏になったらいい梅の実がなりますね」
「お前は、花からいきなり実の話になりやがって。色気がねぇな」
わ、悪かったなっ!
これだけの梅の実がなって、梅酒をつくったらさぞかし美味しいだろうなって思うののどこが悪いんだっ!
四方詣りも無事に終わると、夕方になっていた。
「そろそろ屯所に帰っても大丈夫でしょう」
いくらなんでも、夕方まで豆を片手に待っていないだろう。
「俺は、島原にでも行ってくる。お参りの後に行くと、おひねりをくれるらしいからな」
お前も来るか?とは言ってくれなかったので、
「わかりました」
と言って別れた。
おひねりだけじゃないだろう。
そう言えば、四方詣りも島原の女の人に聞いたのかな?
ああ、なんで気になるんだろう。
そんなことどうでもいいだろう。
そう思っても、胸がチリチリして、少し痛くて、すぐに気になってしまうのだった。
屯所に帰ったら、永倉さんたちもいなかった。
やっぱり、この時間まで豆もって待機はしてないだろうとは思っていた。
「あ、蒼良。探してたんだけど」
そう言いながら沖田さんが来た。
「具合は大丈夫ですか?」
「蒼良は、僕の顔を見るとすぐそう言うね」
だって、体のぐらいが気になるのだから仕方ないだろう。
「蒼良、節分お化けに行こう」
節分お化けとは、普段とは別な格好をして、鬼を驚かして追い出そうと言うものだった。
大体が、男性は女装して女性は男装をするというもので、沖田さんも私も女装をすることになった。
「沖田さん、今年は吉田神社に行きませんか?」
確か昼間言った時、夜になったら火炉祭と言うものをやると言う事を知った。
その火炉祭を見れたらいいなぁと思って提案した。
「いいよ」
女装した沖田さんは、男とは思えないような笑顔でそう言った。
「蒼良は、女装してもおかしくないね」
吉田神社に行く途中、沖田さんに言われた。
私は、銭落としと言って、自分の年の数の小銭を用意し、吉田神社に行く道にそれを落としていた。
それを拾ってもらうと、厄払いになるらしい。
「沖田さんもおかしくないですよ」
節分お化けには、いかにもお前男だろうっ!と言いたくなるような女装をした男性がいるけど、沖田さんは全然そういうふうに見えなかった。
「これって、褒められてもあまりうれしくないね」
確かに、私は嬉しいけど、沖田さんにとっては嬉しくないかも。
吉田神社に着いたら、ちょうど火炉祭と呼ばれるものが始まっていた。
お札とかを燃やしているみたいで、ものすごく高い火柱が上がっていた。
思わず沖田さんと見上げてしまった。
しばらく無言で火柱を見ていた。
「蒼良」
沖田さんが火柱を見ながら名前を呼んできた。
「なんですか?」
「僕は、出来れば畳の上で死にたくないな」
どうしたんだろう?突然。
そう思って沖田さんを見ると、炎で赤く照らされて、ちょっと悲しそうな顔をして沖田さんがいた。
「突然何言うんですか?」
「病気になってからなおさら思うんだ。誰かと真剣に刀でやり合って、それで斬り合いになって死にたい」
それは、剣豪の沖田さんには無理だろう。
強すぎて相手がやられてしまう。
それに、歴史でも沖田さんは畳の上で死ぬことになっている。
でも……
「何言っているんですかっ! 畳の上でも斬り合いになろうとも、私が沖田さんを死なせませんよ、絶対にっ!」
絶対に、死なせない。
「死なせませんからね」
私はもう一回、沖田さんを見て言った。
「蒼良らしいね」
沖田さんはそう言って笑ってけど、
「ありがとう」
と、沖田さんから聞こえた。
沖田さんを見ると、炎に照らされていた顔は、悲しさじゃなく、りりしくなっていた。