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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年1月
160/506

前を向く

 沖田さんが労咳を発症したとわかった日から、私はずうっと後悔していた。

 どうして早く気が付かなかったのだろう。

 今発症していると言う事は、かなり前に菌は体に入っていたと言う事だ。

 ああ、どうして気が付かなかったのだろう。

 自分が鈍感だとは気が付いていた。

 でも、これだけ鈍感だと自分で自分が憎たらしくなってくる。

 そんな日々を過ごしていた。


「お前、今日は暇だろう」

 土方さんが話しかけてきた。

 暇って言われると暇だけど、何だろう?

「ちょっと出かけないか?」

「いいですよ」

 どこに行くのだろう?

 

 着いたところは、北野天満宮だった。

 ここは、京でも有名な梅の名所だ。

 1月だけど、現代に直すと2月にあたるから、梅が咲いていてもおかしくない季節なんだけど……

「咲いていると思ったんだけどな」

 土方さんが、梅の木を見てつぶやいた。

「まだ早かったですね」

 蕾はついているのだけど、来るのが早かったみたいだ。

「せっかく来たんだ。花は咲いていねぇが、ゆっくり見て帰ろう」

 そう言って、梅の木を見ながら土方さんは歩き始めた。

 梅の木を見ているときも、沖田さんのことを考えていた。

 そう言えば、神頼みもだめだったなぁ。

「お前、何ため息ついてんだ?」

 ん?

「ため息なんてついていましたか?」

「ああ。地面を見てため息ついていたぞ」

 わからなかった。

「何かあったのか?」

 そう言われて、土方さんの顔を見た。

 土方さんは、心配そうな顔で私を見ていた。

「ここ数日、お前らしくねぇな。ため息ついたり、笑顔も消えたな。なにがあった?」

 沖田さんに誰にも話すなと言われたから、今回は話せない。

「ここなら誰もいねぇからな。聞いてやるぞ、言ってみろ」

 今までにない優しい顔で土方さんにそう言われると、せき止めていたものが一気にあふれそうになる。

 先に涙があふれた。

「い、いきなり泣くなっ! わ、わかった。泣いて落ち着くなら泣けっ!」

 そう言うと、土方さんは私を自分の胸に抱き寄せた。

 私は遠慮なく泣かせてもらった。

「着物で鼻はかむなよ」

 鼻はかまないけど、泣けば鼻水は出るだろう。

 鼻水も着物にしみているかも。

 涙も一緒になっているから大丈夫かな。

 とにかく泣けるだけ泣いた。

 自然に涙が止まるまで泣いたら少しすっきりした。

 顔をあげたら、土方さんが優しい顔してのぞきこんでいた。

「すっきりしたか」

「はい、ありがとうございます」

 残りの涙を手で拭きながらお礼を言った。

「で、何があった。それだけ泣いたんだ。それなりのことがあったのだろう」

 どうしよう。

 内緒にしてくれって言われたから言えないしなぁ。

 でも、このまま黙っているわけにもいかなそうだしなぁ。

 沖田さんじゃなく、別な人のことと言う事で話したら、大丈夫かな。

 私の話していることが沖田さんのことだとわからなければ大丈夫だろう。

「あのですね、私の……じゃなくてお師匠様の知り合いなのですが……」

 私の知り合いより、お師匠様の知り合いにしておいた方が、沖田さんのことだとばれないだろう。

「誰の知り合いでもいい。で、その知り合いがどうした?」

「労咳になったみたいで、少しですが、血を吐いたところを見てしまったのです」

「そりゃ、労咳になりゃ、血も吐くだろう。そう言う病気だからな」

 それはわかっている。

「労咳にならないように、一生懸命色々やったのに、無駄になっちゃったなぁって」

 話していて、また悲しくなってきた。

 本当に、色々やったのに、何が足りなかったんだ?

「無駄じゃねぇよ」

 土方さんは、梅の木をまっすぐ見て言った。

「無駄じゃねぇ。いいか、生きていて無駄なことって一つもねぇんだ。だから、お前がやったことも無駄じゃねぇ。今は無駄だったと思っているが、絶対にそれが必要だったと思う時が必ず来るからな」

 土方さんが力強く言った。

「土方さんは、そう言うことがあったのですか?」

 あまりに力強く言うから、聞いてみた。

「そりゃ、俺だってあったさ。奉公先から2回も飛び出したり、薬売りあるいたりしてたんだ。その時は無駄なことしてるなって思ったさ。武士になりてぇのに、俺はいったい何してんだって」

 そうだった。

 私が江戸時代に来たばかりの時も、一緒に薬を売り歩いたよなぁ。

「でもな、今思うと、それは無駄じゃなかったって思っている。それが無ければ、今の俺はいねぇからな」

 それは結果論だ。

 私は色々やったけど、沖田さんが病気になってしまった。

「土方さんの場合は、それでよかったのかもしれないです。だから、今振り返ってもよかったと思えるのです。私の場合は、色々やったのに結果が悪い方に行ってしまったのです。だから私がやったことは無駄だったのか、まだ出来たのに足りなかったのか、どちらかです」

 私がそう言うと、梅の木を見ていた土方さんは私を見た。

「お前、色々やったと言ったが、それは中途半端な思いでやっていたのか?」

 それはない。

 沖田さんが病気にならないように、一生懸命やった。

 私は首を振った。

「なら、足りなかったことはない。全力でやったんだ、自信を持て」

「でも、結果がよくないです」

「それでも、お前は全力でやったんだ。それで結果が悪ければ仕方ねえだろう。それに、まだ結果は出てねぇぞ」

 結果は出ていない?

「その知り合いは、お前が色々手を尽くしてやったのに労咳になったのだろ? でも、なっただけで、死んじゃいねぇだろ。まだ生きているなら、いくらでも手が打てるだろう。あきらめるのは早いぞ」

「でも、労咳は不治の病じゃないですか」

 労咳になったら治らないと聞いた。

「不治の病だが、治るぞ」

 えっ、治るのか?

「現に治っている人間もいるぞ。少ねぇがな」

 やっぱり少ないじゃないか。

「その知り合いが治ることだってあるぞ。あきらめるのは早いだろ。そいつが死んでからあきらめろ」

 確かに、労咳になったとはいえ、まだ生きている。

 今から色々手を打てば、長く生きれるかもしれないし、もしかしたら治るかもしれない。

 そうだよ、あきらめるのはまだ早い。

 後悔ばかりしていたけど、ちゃんと前を向かなくちゃ。

「そうですね。土方さんの言う通りです。あきらめるのは早いですね」

「お、元気になったな」

「はいっ! ありがとうございます」

「で、その知り合いは、もしかして、総司か?」

「だぁっ?」

 突然まとをつかれ、驚いたのと、ごまかさないとという思いが働き、わけがわからない言葉を発していた。

「総司だな」

「ち、違いますよ」

「お前のその反応が怪しいんだよ。総司だなっ!」

 な、なんでばれたんだ?沖田さんのおの字も出していないよな。

「いいか、お前の知り合いは、俺の知り合いだ。俺の知らんお前の知り合いがいないからな」

「私じゃなくて、お師匠様の……」

「お前が嘘つきやすいようにそう言ったんだろ」

 ばれてるし。

「なんで、私の知り合いを全部土方さんは知っているのですか?」

「もう2年も一緒に寝起きをしているんだぞ。それぐらいわかるだろう」

 そんなに一緒にいたのか?あっという間だったなぁ。

「で、お前の知り合いで労咳の症状が出ている奴と言えば、総司しかいねぇだろう」

「そ、そんなことはないですよ。永倉さんかもしれないし」

「新八が労咳ってつらしているか?」

 労咳って、つらで決まるのか?

「最近、総司は咳してたしな。総司しかいねぇ」

 うう、沖田さん、ばれてしまいました。

 ごめんなさい。

「沖田さんに内緒にしてくれと言われたので、内緒にしてくださいね」

「やっぱり総司だったのか?」

 やっぱりって……

「すまねぇな、ちょっとお前をだました」

 いや、ちょっとどころじゃないから。

 ああ、本当に、沖田さんごめんなさい。

「そうか、総司か……」

 土方さんもショックを受けたみたいで、遠い目をして梅の木を見ていた。

「おみつさんに総司を頼むって言われたのに、病気にさせちまったなぁ。合わす顔がねぇや」

「土方さんのせいではないですよ。沖田さんは、病気になる運命だったのですよ。これから病気と戦わなければ。まだ負けると決まったわけじゃないんです」

「そうだな。俺がお前にそう言ったんだよな。わかった、俺も協力する。総司は内緒にしておけと言ったらしいからな、表立っては出来ねぇが、なに、いつまでも隠しておける病じゃねぇからな。そのうち表に立って堂々と戦ってやるよ」

 いや、戦うのは沖田さんじゃないかと思ったのですが……。

 ま、いいか。

 土方さんの申し出は、とっても心強かったから。

 そう思って梅の木を見た。

 そう言えば、久々に視線を上に向けたような感じがする。

「ああっ!」

 私は、あるものを見つけて指さした。

「なんだ?」

「咲いていますよ、梅が。一輪だけですが」

「どこだ?」

 土方さんに教えると、

「おお、咲いてるな。一輪でも梅は梅だからな」

 ん?そんな俳句を聞いたことがあるぞ。

「梅の花 一輪咲いても 梅は梅」

 そう言う俳句だったよな。

 歌の印象が強すぎて、頭の中に残っていたんだけど。

「お前っ! その俳句、どこで見たっ!」

 あ、土方さんの俳句だった。

 土方さんが酔いつぶれた時に書いてくれた句だから、本人は覚えていない。

「どこでって、自分で書いたのですよ、土方さんが」

「俺は覚えねぇぞ」

 それはそうだろう。酔っ払っていたのだから。

「どこで見たっ!」

「だから、自分で書いてたじゃないですかっ!」

「嘘つけっ!」

 そんなやり取りをしながら、屯所に帰ったのだった。


 翌日、巡察で屯所を出ると沖田さんがいた。

 今日は沖田さんと巡察だった。

「沖田さん、体調は大丈夫ですか?」

 今日の沖田さんは元気そうに見える。

「最近は調子がいいんだ」

 そう言って楽しそうに沖田さんは歩き始めた。

「蒼良こそ、最近元気なかったけど、大丈夫なの?」

 沖田さんのことで悩んでいたのに、沖田さんに心配されるとは、私もまだまだだな。

「大丈夫ですよ。ご心配おかけしました」

「蒼良も、復活だね」

「はい」

 沖田さんとの巡察が始まった。


「沖田さん」

 巡察も終わり屯所に近づいた時、少し先を歩いていた沖田さんを呼び止めた。

「なに?」

 沖田さんは振り返った。

「あのですね、沖田さんは、一人じゃないですから」

「えっ?」

 沖田さんは、、不思議そうな顔をして私を見ていた。

「一人で、病気を背負い込まないでくださいね。私も一緒に労咳になるわけにはいかないですが、沖田さんを支えることはできます。だから、一人で背負い込まないで、苦しいときや辛いときは、その荷物を私にも背負わせてください」

 沖田さんは驚いた顔をしていた。

 そして、

「ありがとう」

 と、今までにない笑顔で言ってくれた。

「具合悪いときとか、無理しないで言ってくださいね。私にできることなら何でもしますから」

「それなら、蒼良を好きになろうかなぁ」

 え?

「ほら、僕はこういう病気だし、普通の女の人は好きになることが出来ないから、男色にでも走ろうかなぁ。蒼良なら大丈夫な感じがするし」

 男色に走るって言ったから、私のことを男だと思っているんだよね。

「いや、病気でも女の人を好きになるのは大丈夫だと思いますよ」

 できれば、男色ではなく普通でいてほしいのだけど。

「ううん、蒼良を好きになりそう。蒼良が悪いんだよ。惚れそうになるようなことばかり言うから」

 そ、そうなのか?なんか言ったか?

「蒼良、いいでしょ?」

 いいでしょって言われても……。

 だめって言った方がいいのか?

 そんなことを考えているうちに、沖田さんに引き寄せられた。

 そして、沖田さんの顔が近づいてきた。

 もしかして、キスされる?ど、どうすればいいんだっ!

 あせっていると、沖田さんの顔が上に移動し、私のおでこに沖田さんの唇があたる感触がした。

 お、おでこにチュウか?

 私が固まっているうちに、

「じゃあね、蒼良。覚悟しといてね」

 と沖田さんが言って去っていった。

 な、何を覚悟すればいいんだ?

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