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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治2年1月
159/506

沖田さん発症

「これはもう使わんかな」

 土方さんは机で紙を広げて見ていた。

「何ですか?」

 そう言いながらのぞいてみると、行軍録だった。

 確か、年末に長州に行くかもしれないと言う事で、そう言うものを作っていたよなぁ。

 必要ないって私が言うのを無視して。

「だから、使わないって言ったじゃないですか」

「お前の言うことは、あてにならんからな」

 なんだとっ!

「なんで長州に行かねぇって言えるんだっ! って聞いたら、お前ぜってぇに勘ですっ! なんてぬかすだろう」

 な、なんでわかってんだ?

 そうとしか言いようがないだろう。

 未来から来たから、この先何が起きるかわかるのですよって言ったら信じてくれるのか?

「でも、まさか本当に行かなくなるとは思わなかったな」

 土方さんは、行軍録をながめながら言った。

 年末、幕府軍が長州を囲んでそのまま待機してた。

 その様子を見て、当然新選組もお呼びがかかると思っていた土方さんは、長州に行くために行軍録と言う、誰がどの場所について移動するというものを作った。

 しかし歴史通り、薩摩藩の西郷 吉之介が仲介に入り、長州を降伏させ、攻撃することなく幕府軍は撤退した。

「薩摩藩は、長州藩と組んでんじゃねぇか? じゃなければ、あの長州が降伏なんてありえんだろう」

 土方さんと同じことを思っている人は、この事を機に多数出現している。

「そのうち組むと思いますよ」

 来年の今ぐらいには、薩長同盟が成立しているんじゃないかな。

「お前、何を根拠にそう言う? また勘か?」

「勘じゃないですよ」

 勘ですっ!ってごまかせばよかったのに、さっき言われたのが悔しかったので、思わずそう言ってしまった。

「薩摩の西郷 吉之介って人がいるじゃないですか」

「長州征伐の征長軍参謀だろ?」

 そうなのか?そういうことはよくわからないけど。

「その人が、勝 海舟という人に会ったのですよ」

「ああ、勝さんか」

「土方さん知っているのですか?」

「文を出したことがある。象山先生の息子を新選組に入れたと文で報告した。勝さんは象山先生と親戚関係になっているからな」

 そ、そうなんだ。

 それも知らなかった。

「その、西郷 吉之介って人は、勝 海舟……」

「おい、勝さんを呼び捨てにするな。幕府の人間だぞ」

 そ、そうなのか?

「す、すみません。その、勝 海舟……さんと話をして、その内容がすごく良かったって、西郷 吉之介……さんが言ったらしくて……」

「お前、それが長州征伐とどうつながるんだ?」

 うーん、どうつながるんだ?って……

「土方さんが間に色々言うから、何を話しているのかわからなくなってしまいました」

 頭の中、グチャグチャだ。

「わかったから、さっさと話せ」

 少し、頭の中を整理した。

「勝さんは、まず、今の幕府の役人は自分の事しか考えていない人間ばかりだから、政権を行う力はもう幕府にはないって言いました。そして、各藩が同等に話し合い、日本が一つになって戦えば、外国勢力とも同等に対抗できると言い、その言葉に西郷さんは惚れたみたいです」

「で、それと長州を降伏させたこととどうつながるんだ?」

 うーん、どうつながるの?

 もう一回、頭の中を整理する。

「西郷さんは、今は長州と争っている時ではなく、各藩が同等に話し合いをする時期だと思ったのではないですか?」

「なるほど、それで長州を降伏させたと言うわけだな」

 ようやく納得してくれた。

「で、お前に質問だが、なんでお前が薩摩の西郷と、勝さんのやり取りを知っているんだ?」

 しまった。普通の人は、そこまで知らないよね。

「さ、さぁ。なんででしょう?」

「なんででしょうって、お前なぁ、話の出所がわからねぇ話を信じられるかっ!」

 やっぱりそうですよね。あはは……

「ま、お前にしてはちゃんとした話だったがな。いつもは勘でごまかされるからな」

「少しは成長したと言う事ですか?」

「ばかやろうっ! 調子に乗るなっ!」

 成長したおかげで、土方さんのげんこつをよけることが出来た。

 って、ちょっと違うか。

「さ、巡察行かなきゃ」

 げんこつをよけた勢いで、部屋を後にした。

 部屋のふすまを閉めると、部屋の外に伊東さんがいてすごくびっくりした。

「蒼良君っ!」

 なんで部屋の外にこの人がいるんだ?

 伊東さんは、私の両肩に両手をのせた。

「話は聞かせてもらった」

 な、なんの話だ?っていうか、盗み聞きしたのか?

「たまたま土方君に用事があって、部屋に来た時に蒼良君の声が聞こえたので、話を聞かせてもらったのだ」

 私は聞かせた覚えはないのだけど。

「蒼良君は、よく情勢を見ている。今回の幕府の長州征伐についても、よく知っているし、よくわかっている」

 そりゃそうだろう。

 私から見たら、今起きている出来事は全部過去の出来事だから、色々な情報を得ているのだ。

「そ、それがどうかしたのですか?」

 あまりの勢いで伊東さんが言ってくるから、やっとその一言を言えた。

「ぜひ、君の話をみんなに聞かせたい。私の勉強会に参加してもらえないか?」

 いや、それは嫌だなぁ。

「私も、色々と忙しいもので」

「そう言わずに、付き合ってもらえないか? 一度だけでいいから」

 その一度も嫌なのだけど。

「すみません。勉強会に出る余裕がないので」

「いつなら出られるんだい?」

 あんたは、遠回しに断っているのがわからんのかっ!

 そんなやり取りを伊東さんとしていると、部屋のふすまがバンッ!と開いた。

「伊東さん、俺に用があるんじゃなかったのか?」

 襖の向こうには、土方さんがいた。

 助かった、伊東さんから解放されそうだ。

「あ、そうだった」

 そう言いながら、伊東さんは土方さんの部屋に消えて行った。

「おい、お前は巡察だったな」

 土方さんに呼び止められた。

「はい」

「総司が風邪ひいているらしいから、あまり無理をさせるな」

 沖田さんが、風邪をひいてる?

「沖田さんは、体調が悪いのですか?」

「本人は平気だって言っているんだが、咳が止まらねぇみたいだ」

 咳が止まらない?なんかいやな予感がする。

「そんな顔するな。単なる風邪だ」

 単なる風邪ならいいけど。

「じゃあ頼んだぞ」

 土方さんはそう言うと、襖の向こうに消えて行った。

 沖田さん、いつから咳が出ていたんだ?

 全然気が付かなかった。


 巡察に行くため、屯所の門のところに行くと、沖田さんがけだるそうな感じでいた。

「沖田さん、具合が悪いのなら休んでください」

「大丈夫だよ。行こう」

 本当に大丈夫なのか?

「蒼良、置いて行くよ」

 そう言ってほほ笑んだ沖田さんは、具合悪そうに見えなかった。

 さっきは具合悪そうだったのに。


 巡察中も、いつも通りの沖田さんだった。

 土方さんは、沖田さんが咳をしていたと言っていたけど、咳も出る気配を見せない。

「今日の蒼良は、僕のことを探るように見ているね」

 そんな目で見ていたのか?

「巡察に行く前に、沖田さんが咳をしているみたいだから無理させないでくれって言われたので」

「土方さんに?」

 なんでわかったんだろう?

「大丈夫だよ。ちょっと咳が止まらなかっただけだから」

 いや、それは大丈夫じゃないだろう。

「蒼良はすぐ僕を病人にしたがるから」

 したがるで済めばいいけど、本当に病気になってしまうから心配しているのだ。

「咳は、いつからしているのですか?」

「ああ、今回の風邪はたちが悪いみたいで、年末からかな? それより前かな? わからないや」

 わからないやって、自分の体だろうがっ!

「この前、たまたま咳が出て止まらないところを、土方さんに見られちゃったからね。薬出されちゃったよ」

「薬って、石田散薬ですか?」

「あれは、打ち身とねんざの薬だよ。蒼良は、なんでもいいから薬を飲めばなんとかなると思っているでしょ?」

 そんなことは思ったことないぞ。

 そりゃ、ミイラを無理やり飲まそうとしたことはあったけど。

「蒼良、そんな顔しないでよ」

 沖田さんが、私のほっぺをつんつんと突っついてきた。

 どんな顔しているのかわからないけど、沖田さんのその話を聞いて、正常でいられないよ。

「やっぱり、沖田さん休んだ方がいいですよ」

 この時代は労咳は不治の病で、薬もない。

 滋養の良いものを食べて、ゆっくり休むのが一番の薬とされている。

「蒼良まで大げさなんだから」

 沖田さんは、何事もないような感じで巡察している。

 もし、労咳は発症していたら、どうしよう?

 そんなことを思いながら、一緒に巡察をしていた。


 巡察も終盤に近づいた。

 私の前では咳をすることもなく、いつも通りの沖田さんだった。

 この時までは。

 沖田さんは、急に咳き込み始めた。

「だ、大丈夫ですか?」

「だ、ゴホゴホ、大丈、ゴホゴホ」

 沖田さんは咳が出て苦しそうにしていたので、背中をさすった。

 しばらく咳が止まらなかった。

 咳き込みながら、沖田さんは突然手拭いをふところから出して、それで口を押えた。

 しばらくして、咳は止まった。

「ほら、止まった。たまに止まらなくなる時があるんだけど、大丈夫。風邪だから」

 そう言いながら、沖田さんは口に当てていた手拭いを見た。

 私も一緒に見た。

 と言うか、見えてしまった。

 手拭いに血がついているのが……。

「お、沖田さん……」

 沖田さんも初めて見たのか、しばらくその血の付いた手拭いをながめていた。

「か、風邪だよ。ほら、のどが痛いときに血が混じったたんが出る時があるでしょ? それだよ」

 確かに、風邪でも血が混じるたんが出る時はあるけど、今沖田さんの手拭いについている血は、明らかにそれとは違うものだ。

「お医者さんに診てもらった方がいいですよ」

「蒼良は、すぐ大げさにするんだから。大丈夫、単なる風邪だよ」

「どう見ても、風邪じゃないですよ」

「労咳だって言いたいんでしょ?」

 わかっているじゃないか。

「土方さんたちには言わないでね」

 沖田さんは、自分の人差し指を口につけた。

 言わないでねって、この人は、全部わかっているじゃないか。

 沖田さんをこの病気にしたくなかったのに。

 病気にしたくなくて、色々なことをしたのに。

「ごめんなさい。役に立てなくて」

 結局、私のしたことはいったい何だったのだろう。

「蒼良は悪くないでしょ」

 自分の力不足が腹ただしいぐらい悔しい。

「蒼良は、おかしな人だね。病気になったのは僕なのに、蒼良が謝ったり泣いたりしている」

「だって、沖田さんを病気にしたくなかったのですよ」

「それで、色々飲ませたりしてくれたんだね。でも、なってしまったものは仕方ない」

 仕方ないけど、なってほしくなかった。

 私、どうすればいいのだろう。

「蒼良、泣き止んでよ」

 沖田さんはそう言ったけど、悔しくて涙が止まらないよ。

「これじゃあ、屯所に帰れないよ」

 そう言いながら、沖田さんは私を抱き寄せてきた。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

 私は、沖田さんの胸の中で謝りながら泣いていた。

 せめて、もうちょっと早くに気がつけばよかった。

 本当に悔しい。

「いいよ、大丈夫だから」

 沖田さんは、私が謝るたびにそう言って、背中をなでてくれていた。

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