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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年12月
155/506

浪人の内職

「五条坂に不審な浪士がいるらしい」

 土方さんが火鉢にあたりながら言った。

「それがどうかしたのですか?」

 私も、火鉢にあたりながら言った。

 今日は特別寒い気がするのだけど、気のせいか?

 火鉢が手放せない。

「どうかしたのかって、それを捕まえて来るのがお前の仕事だろうがっ!」

「そうでしたっけ?」

 捕まえてこなければならないのかなぁ。

 火鉢から離れたくないなぁ。

「そうでしたっけってなぁ、とにかく火鉢から離れろ」

「土方さんこそ離れてくださいよ」

「俺は、ここで仕事するんだ」

「火鉢の前で仕事ですか?」

「いいだろうが」

 でも、火鉢に手をかざしていたら、絶対に仕事はできない。

「じゃあ、一二の三!で、火鉢から一緒に離れますよ」

 これじゃあこたつから出る時みたいじゃないか。

 そう思いながら言った。

「よし、わかった。一二の三っ!」

 土方さんがそう言ったけど、私たちは相変わらず火鉢のそばにいた。

「なんで離れないのですか?」

「お前こそなんで離れんのだ?」

「土方さんこそ、なんで離れないのですか?」

 火鉢をはさんで、土方さんとにらみ合う。

「おい、蒼良そら。そろそろ行くぞ。五条坂に不審な浪士がいるらしいからな」

 原田さんが私を呼びに入ってきた。

「副長、頼んでいたものはまだですか?」

 山崎さんは、土方さんに何かを頼んだみたいで、部屋に入ってきた。

「今日は、一日火鉢にあたっていたい気分なのです」

 私は、火鉢に手を当てながら言った。

「寒いからな。もうちょっと心の準備をさせてくれ」

 土方さんも、火鉢にあたりながら言った。

「おい、不審な浪士は待ってくれないぞ。行くぞっ!」

 私は、原田さんの肩に担ぎ上げられて、火鉢から離れた。

「副長、急ぎなんで頼みますよ」

 どんどん遠くなっていく部屋を見ると、山崎さんが一生懸命土方さんの着物を引っ張っていた。


「火鉢から離れる時って、ものすごく勇気いりますよね」

 原田さんに外に連れ出されたら、やっと頭が仕事モードになった。

「そうか? 蒼良は寒がりだな」

 暖房がちゃんとしている現代から江戸時代に来れば、誰だって寒いと思うけど。

「寒いなら、俺の羽織も着るか?」

 原田さんが、自分の羽織を脱ごうとしていた。

 ちなみに、隊服ではない。

 隊服を着ている隊士なんて今はいない。

 池田屋事件や、禁門の変で活躍した隊服は、活躍した分ボロボロになった。

 血みたいな赤茶色になったシミがあったり、火事の時についたすすで黒くなったりしていた。

 とてもじゃないけど、着れない。

 大事にして現代に持って帰って高く売……いや、歴史的な貴重な資料を提供しようと思っていたのに。

「蒼良? 着るか?」

 隊服の代わりに、今は黒い羽織と袴を着用している。

 原田さんが、自分の黒い羽織を脱ごうとしたので、止めた。

「大丈夫ですよ。やっと寒いのに慣れましたから。それに、原田さんが風邪ひきますよ」

「俺の心配してくれるのか? 嬉しいなぁ」

 原田さんは喜んでいた。

 仲間なんだから、心配するのは当たり前だろう。


 五条坂と言うところについた。

 清水寺の近くにあるところだった。

 いくつか長屋が建っていた。

「どこにいるのですか? 不審な浪士」

「いるとしか聞かなかったなぁ。どこにいるんだ?」

「聞き込みをしますか?」

「それがいいな」

 清水寺が近いせいか、人通りはけっこうある。

 聞き込みをしたら、長屋が特定できた。

「あの端っこの長屋から、人相の悪いのが数人出入りしとるんや」

 と言う、貴重な情報をいただいた私たち。

「踏み込むか?」

 原田さんが槍をかまえなおしながら言った。

「寒いですしね。早く終わりにしましょう」

 長屋の戸の前で私は刀を出し、原田さんは槍を出した。

「新選組です。御用改めさせていただきますっ!」

 私が勢いよく戸を開けた。

 その戸の向こうには、なぜか大量の唐傘からかさがあった。

 そして、それを作っている数人の人相の悪い男たちがいた。

「あれ?」

 思わず声をあげてしまった。

 確かに、見た目は不審な浪士に見える。

 でも、不審な浪士は唐傘を作るのか?

「蒼良、どうやら間違えたらしいな」

 原田さんが槍をしまいながら言った。

「そうみたいですね」

 私たちに情報をくれた人が、見間違えたのだろう。

「失礼しました」

 そう言って戸を閉めようとしたら、

「待てっ!」

 と、呼び止められた。

 その声にびっくりしていると、一人の浪士が私の腕をつかんでいた。

「頼む、手伝ってくれっ!」

 えっ?どういうことだ?


「あんた、手が不器用だね。ほら、しわになっている。こうやって紙をピンと張って貼らなければ、しわになる。しわになったら使い物にならないからな。やり直し」

 またやり直しか。

 あれから、呼び止められた私たちは、一応事情を聞いた。

 聞いた話によると、この人たちは元々仕える藩があった侍だったらしい。

 しかし、藩が財政難のため人員削減を行った。

 それにより、無職になってしまったらしい。

 無職になっても食べて行かなければならないので、働かなければいけない。

 と言うわけで、唐傘つくりの内職をみんなでしているらしい。

 浪人は傘つくりの内職をしているなんて話を聞くけど、これって、本当なんだと思ってしまった。

 そして、なんで私たちも一緒になって傘を作っているかと言うと、この傘の納期が迫っていて、寝ずにみんなで作り続けたとしても、間に合うか間に合わないかわからなかったらしい。

 そんな絶望感の中で傘つくりの作業をしているときに、私たちが飛び込んできたというわけだ。

「これをちゃんと収めることが出来なくなると、俺たちも生活できなくなる」

 なんて、涙を浮かべながら言われ、

「あんた、京の町を守る新選組だろう? だから、俺たちの生活も守ってくれ」

 と、ずいぶん勝手な理由をつけられ、

 最後には、

「頼む、頼むから、人助けだと思って、手伝ってくれっ!」

 と、みんなから土下座されてしまった。

「こりゃ、断れないな。場が悪いところに踏み込んでしまった俺たちが悪かったのかな」

 原田さんがそう言ったら、みんなが、

「ありがとう、ありがとう」

 と、何回もお礼を言った。

 本当に断れないじゃないかっ!

 と言う事で、とっても場と間が悪いところに踏み込んでしまった私たちは、傘作りの内職を手伝っているのだった。

「あんたは、手が器用だね。いつでも浪人になれるぞ」

 原田さんはそう言われていた。

 いや、浪人にはなりたくないだろう。

 なったとしても、これはやりたくないなぁ。

「あんた、手が休んでるよ」

 そんなことを考えていると、手が止まっていたらしくて、怒られてしまった。

「す、すみません」

 

 ひたすら傘を作っていた。

 数をこなすうちに私もだんだん上手になってきたみたいで、怒られる回数も減ってきた。

「蒼良、これ、いつまでやってりゃいいんだ?」

 原田さんが小さい声で聞いてきた。

 チラッと周りを見ると、これから作るであろう傘の材料が大量にある。

「あれが無くなるまでですかね」

 それまでこの人たちに解放されないと思うのだけど。

「きりがないな。まだ終わりそうにないぞ。逃げよう」

 に、逃げれるのか?

「おい、屯所にここにいるって報告入れないといけないから、ちょっと出るぞ」

 原田さんがそう言うと、みんなの顔色がさっと変わった。

「ま、まさか、逃げるわけじゃないよな」

「逃げたら納期に間に合わなくなる。そうなったら、俺たちはおしまいだ」

 そんなことを涙声で言われてしまった。

「わ、わかった。屯所の報告は後で大丈夫だ」

 原田さんはそう言って、再び傘を作り始めた。

「蒼良、ここから逃げるのは、無理そうだ」

 確かに。

 あんな涙声で言われたら、逃げることはできないだろう。


 ここに着た時は、確かまだ午前中だったと思う。

 ちなみに、今はもう日が暮れている。

 ほぼ一日、傘つくりをやっていた。

 まさか、新選組に入って傘つくりをすることになるとは思わなかった。

 そして、ついにその時がやってきた。

「お、終わったぞっ!」

 浪人の一人が言った。

 終わったっ!

「さっそく納品してくる」

 一人の浪人が、傘をすべてまとめて背中に背負って長屋を出た。

「あんたらのおかげだ」

「ありがとなぁ」

 みんながお礼を言いながら、軽く肩をたたいたりしてきた。

「全部終わってよかったですね」

 私も、全部作り終えたことが嬉しくて、思わず嬉し泣きをしてしまいそうになった。

「よかったよぉ」

 みんなで一緒に喜んだ。

 しかし……

「おい、蒼良。喜んでいる場合じゃないぞ」

 原田さんが小さい声で言ってきた。

「何かあったのですか?」

「俺たちは、五条坂にいる不審な浪士を捕まえに来たのだよな」

 そうだった。

「どう見ても、こいつらじゃないと言う事は、別な所にいると言う事だぞ」

 そりゃ捕まえないと大変だ。

「原田さん、急ぎましょう」

 私たちが立ち上がると、

「どうした?」

 と、浪人の一人に聞かれた。

「五条坂に不審な浪士がいると聞いてここに来たので、そろそろその人たちを捕縛しないと、怖い副長に怒られるので」

 私が言ったら、

「ああ、それなら、ここの2軒先だ」

 と言われた。

 そんなに近かったのね。

 それを、内職やる前に聞きたかったわ。

「あんたら、その怖い副長に新選組を追い出されたら、一緒に内職しよう」

 絶対にそれは嫌だ。


 今度こそ、有力すぎる情報をいただいたから、間違いないだろう。

「今度は大丈夫だぞ」

 原田さんもそう言っていた。

「でも、また戸を開けたら別な内職をしていたらどうします?」

 万が一と言う事もあるだろう。

「そんときゃ断るさ。さ、行くぞ」

 二人で、戸の前でかまえた。

 今度こそ、当たりでありますように。

「新選組です。御用改めさせていただきますっ!」

 私が戸を勢いよく開けてそう言った。

「新選組だぞっ! 逃げろっ!」

 どうやら、今度は本当に当たりだった。


 なんと、狭い長屋に11人もいた。

 こんな狭いところでどうやって寝ていたんだ?

 中に入って、色々と見てしまった。

 一人は押し入れで寝て……あ、二人ぐらい入るか?

 土間に……土間って寝るところか?

「蒼良、何してる?」

 原田さんが入ってきた。

「こんな狭いところに11人って、どうやって生活していたのかなぁって」

「少なくとも、傘の内職はしていないだろう」

 ああ、内職する広さもないしね。

「原田さん、浪士11人はどうしました?」

「ああ、ちょうど夜の巡察に来た隊士がいたから、引き渡してきた。そろそろ帰るぞ。その隊士の話だと、土方さんが火鉢にあたって俺たちのことを待っているらしいぞ」

 土方さん、まだ火鉢にあたっていたのか。

「そう言えば、朝出たっきりでしたね」

「まさか、傘の内職やるなんて思わなかったな。帰るぞ」

 原田さんに言われ、一緒に長屋を後にした。


 冬の夜空は星が綺麗と聞いたことがあるけど、本当に綺麗だ。

 あまりの綺麗さに、屯所への帰り道の足を止めて上を見上げてしまった。

 特にこの時代は、現代のように電燈がないから、本当によく見える。

「オリオン座だ」

 夜空を指さして、私が言った。

 冬の星座の代表だ。

 それに、三つ並んでいる星は見つけやすい。

「おりおんざ?」

 原田さんに聞き返されてしまった。

 この時代にはオリオン座が無かったか?

 いや、今夜空にあるだろう。

 名前を知らないのかもしれない。

「あの、三つ並んでいる星を目印にして、こうやって、星と星をつなぐと、オリオン座になるのです」

「なんだかよくわかんないな。で、それがどうした?」

「綺麗に見えるなぁって、感動していたのです」

「星はいつも見えているのに、蒼良はおかしい奴だ」

 私が知っている夜空と見え方が違うのだ。

 そんなことを思っていると、ふわっと羽織が私にかかってきた。

「寒いだろう。日が暮れると急に寒くなるからな」

 原田さんが、自分の羽織を脱いで私にかぶせてきたらしい。

「私は大丈夫ですよ。原田さん、着てください」

「いや、蒼良が着ろ」

 しばらく、羽織を着るの着ないのとやり取りをした。

「よし、こうしよう」

 原田さんは、自分の羽織に片方の腕を通し、通してない方の腕を私の肩に回してきた。

 一つの羽織を二人で着ている状態だ。

「これなら寒くない」

 そう言った原田さんの顔が近かった。

「お互いの体温で温まるしな」

 恥ずかしくて体が熱いのですが……。

 寒いから、それでちょうどいいか。

 なんて思えないよっ!

 結局、その状態で二人で屯所に帰ったのだった。


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