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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年12月
154/506

からくり値付け

 蒼良そらから文が来た。

「藤堂さん、お元気ですか? 私も元気です」

 文の最初にその言葉が書いてあった。

 蒼良は未来から来たという。

 未来では、話している言葉通りに文を書くのかもしれない。

 話し言葉で書かれている文をもらうのは、初めてだ。

「まず、最初にお知らせしたいことがあります」

 なんだろう?

「伊東さんですが、やっぱり新選組を乗っ取ろうと考えていたようです。江戸から京へ帰るとき、たまたま話を聞いて知りました」

 蒼良にばれてしまったらしい。

 伊東先生が新選組を狙っていたことは、私が入隊を誘った時からわかっていた。

「平助、私は、江戸でこうやって何もしないでいるより、京で活躍したい」

 伊東先生はそう文で書いてきたので、

「それなら、新選組に入りませんか? 局長の近藤さんも歓迎しています」

 と、返事を書いた。

 それから江戸に来て、正式に隊に入ってもらえるようにお願いした。

「平助、私が新選組に入って何か得はあるのか?」

 江戸で二人っきりで会った時に伊東先生に聞かれた。

 得って、伊東先生にとって何が得なんだろう。

 それがわからないまま、

「近藤さんは、伊東先生が新選組にいらっしゃるなら、参謀の地位を用意していると言っていました」

 と、私は言った。

「参謀か。どうせなら局長の地位がほしいな」

 伊東先生は、不敵に笑いながら言った。

 現在は、近藤さんが局長についているから、それは無理だろう。

 でも、伊東先生が局長になったなら、むやみに人を斬らなくなるのかもしれない。

 そうなったら大歓迎だ。

「ま、いい。局長の地位は、私が実力で手に入れないとな」

 私が話す前に伊東先生がそう言った。

 もし、そのことを蒼良が知ったら、私は軽蔑されるのだろうか。

 再び蒼良の文に目を戻す。

「伊東さんは、毎晩のように勉強会と称して隊士を集め、講演のようなことをしています。それはまるで、新興宗教のようです」

 新興宗教って何だろう?

「やっぱり、私は伊東さんが好きになれません」

 伊東先生の事はその言葉でしめられていた。

「それと、藤堂さんが江戸ではやっている詐欺、京でもその詐欺に引っかかりそうになっている人を見つけました」

 そうか、とうとう京にまではやりだしたか。

 奉公に出した息子を装って、奉公先のお金に手を付けてしまったという文を出し、お金を貸してほしいと言ってお金を出される詐欺が江戸であった。

「藤堂さんのおかげで、未然に防げました。ありがとございます。どの時代にも、こういう詐欺はあるものなのですね」

 蒼良がいる未来にも、こういう詐欺があると言う事か。

「寒い日が続きます。藤堂さんも体に気を付けて剣術の修行頑張ってください」

 最後はそう言う言葉で締めくくってあった。


 今日も、玄武館に行き、竹刀を振ってきた。

 自分は何のために剣術を学んだのだろう。

 そして、学んでいるのだろう。

 人を斬るために学んだのか?

 新選組で人を斬っているうちにわからなくなってきた。

 人を斬るためではないとしても、じゃあ何のために?と言う疑問がわいてきた。

 自分が学んだ剣術は、明らかに人を斬ることに使われている。

 玄武館で学んでいたころは、人を斬るために学んでいるとは思わなかった。

 自分は、人を殺すためにここにいるのか?

 新選組で隊務をこなすうちにわからなくなってきた。

 そして、敵に会ったら一番最初に斬らなければ気がすまなくなってきた。

 目の前の敵を早く排除したい。

 その気持ちでいっぱいだった。

 しかし、それがいいことなのかわからなくなってきた。

 現に局長である近藤さんは、そう言う仕事はしない。

 局長に汚れ仕事をさせてはならない。

 土方さんがそう言ってさせない。

 自分がやっている仕事は、汚れ仕事なのか?

 わからなくなってきた。

 そんなときに伊東先生と文をやり取りし、江戸に行くことになった。

 これを機会に新選組と距離を置き、自分なりに考えたいと思い、江戸に残ることにした。

 そのうちみんな京に帰って行った。

 それから私も玄武館に通い始めたが、自分の疑問に答えは出ていない。

 答えが出ないまま、毎日玄武館に行って竹刀を振り回している。

 この竹刀が刀に代わり、人を斬るかもしれない。

 そう思いながら。

 蒼良だったらなんて言うのだろう。

 きっと私が考えもしなかった答えを出して、私を驚かせるのだろう。

 無性に蒼良に会いたくなった。

 蒼良の声が聞きたい。

 蒼良と話がしたい。


                *****


 今日はお餅つきをやるみたいで、朝から屯所の庭がにぎやかだった。

 八木さんが隊士に指示を出す声も聞こえてくる。

「土方さん、お餅つきに行ってきます」

 書き物をしている土方さんに声をかけた。

「行って来い」

「土方さん、つき終わったらつきたてのお餅を持ってきますね。何味のお餅がいいですか?」

「餅に味があるのか?」

「あるじゃないですか。きなことか、大根おろしを付けたりとか、お汁粉にしたりとか。あと、納豆入れてもおいしいですよ」

「納豆か?」

 私が言うと、そんなものありえないだろうという顔をして土方さんが言った。

「意外とおいしいですよ」

 ただ、京で納豆ってあまり売っていないのよね。

 やっぱり関東の食べ物なのかな、納豆って。

「そんなの、醤油でいい」

「じゃあ、お醤油つけてきますね」

「食べ過ぎんなよ」

「はい」

 でも、お餅好きだから、食べすぎちゃうかもなぁ。

 そんなことを思っていると、

「おいっ!」

 と、呼び止められた。

 食べすぎちゃうって、ばれたか?

「鏡餅も作って、近藤さんの部屋に飾ってくれ」

 なんだ、鏡餅の事か。

「わかりました」

 今度こそ、お餅つきに行こうとしたら、

「おい、ちょっと待て」

 と、また呼び止められた。

 今度はなんだ?

「お前、変わった値付けを持っているな。どこで買った?」

 藤堂さんが浅草で買ってくれたねずみの根付をしている。

「江戸で買いました。浅草です」

「ちょっと見せてみろ」

 土方さんは私の根付けに興味あるみたいだけど、何だろう?

 私は、根付けを土方さんに渡した。

「変わった値付けだな」

 変わっているか?普通だと思うのだけど。

「藤堂さんが買ってくれたのです。あ、同じものを藤堂さんも持っていますよ」

「なにっ? 平助が?」

 それが気に食わなかったのかなんだか知らないけど、私の根付けを手でねじるようにいじっていた。

「土方さん、そんなことしたら壊れますよ」

「なんでお前が平助と同じ根付けをしているんだ?」

「藤堂さんが根付けを買いたいから一緒に見てくれって言ったので一緒に見たら、これを買ってくれたのですよ」

 私が話をしている間も、土方さんは根付けをねじるようにしている。

「だから、壊れるじゃないですかっ!」

 そう言っている間に根付けは二つに分かれた。

「ああっ! 壊したっ!」

 何が気に食わなくて、人の根付けを壊したんだ?

「壊してねぇよっ!」

 いや、壊しただろう。

 現に二つに分かれたじゃないかっ!って、あれ?

 私の根付けは確かに二つに分かれたけど、土方さんは違う根付けを持っている。

「あの、その根付けは?」

「この根付けの中に入っていた」

 二つに割れた根付けを土方さんが出してきた。

 それを見てみると、二つに分かれた根付けはの中は空洞になっていた。

「これって、どういうことですか?」

「お前、自分で持っていて知らんかったのか?」

「初めて見ました。根付けの中から根付けが出てくるって、マドリョーシカみたいじゃないですか」

「何だそりゃ」

「あ、こっちのことです」

 あまり細かく言うとつっこまれそうなので、ごまかしておいた。

「で、これが中に入っていたのですか?」

 根付けの中から出てきた根付けを見てみた。

「平助の奴、知っていて買ったのか?」

 その根付けは、つがいの2匹のねずみが寄り添っている物だった。

「さぁ、どうなんでしょう?」

「お前、一緒に買いに行ったんだろうがっ! わからんのか?」

「だって、こんな仕掛けがあるなんてことも知りませんでしたよ」

「これはな、からくり根付けと言うんだ」

 そうなんだ、初めて知った。

「藤堂さんも知っているのかな?」

「それを聞いているのだろうがっ!」

 そうだったのか?

「お前に聞いても無駄だったな」

 そう言って土方さんはため息をついた。

 外がにぎやかになってきたので、餅つきが始まったのだろう。

「餅つきが始まったみたいなので、行きますね」

「ああ。これ、返す」

 土方さんが根付けを返してきた。

 藤堂さんは、この仕掛け知っているのかなぁ。

 今、江戸で何しているのだろう。


               *****


 今日も、玄武館に行ってきた。

 疑問は解決していないが、つい足が向いてしまう。

 長屋にこもって悩んでいるのなら、玄武館で、竹刀振っている方がいい。

 自分が借りた長屋につき、戸を開けた。

 年配の男性がご飯を食べていた。

 長屋を間違えたか?

「失礼」

 私は謝って戸を閉めた。

 しかし、周りを見てみると、やっぱりここは私が借りた長屋だ。

 それでは、中にいる年配の男性はなんだ?

 もう一度戸を開ける。

「おう、藤堂。久しぶりじゃな」

 年配の男性は、蒼良の師匠である天野先生だった。

「遠慮せんと上がって、とりあえずご飯でも食え。あまり大したものではないがの」

 天野先生はそう言っていたが、ここにあるご飯もおかずも、全部私の物だ。

 遠慮するのは、天野先生の方だと思うが……。


 天野先生が作ってくれたご飯をいただいた後、二人で飲みに出た。

「藤堂が心配じゃったから江戸に来たんじゃ。ま、温泉巡りのついでもあるがの」

 私が天野先生にお酌をすると、その酒を勢いよく飲んだ。

 酒が強そうだ。

 温泉巡りって、蒼良も温泉好きだったよな。

 やっぱり血がつながっているから、そう言うところは似ているのだろう。

「そう言えば、江戸に来る途中に蒼良たちに会ったぞ」

「蒼良に会ったのですか?」

「お前のことも話をしていた。お前は未来に来たいらしいな」

 未来に行きたいというか、蒼良がいる世界を見てみたい。

 できれば蒼良とともに行きたい。

 そう思って言った。

「安心しろ。そのうち案内してやる」

「その時は、蒼良も一緒ですか?」

「お前は、蒼良に惚れとるな」

 ズバリ言い当てられてしまった。

「一緒かどうかわからんが、蒼良は未来の人間だからな。いつかそこに行くじゃろう。お前は先に行って待ってればよい」

 そうか、蒼良はいつか帰ってしまう。

 当たり前の事なんだ。

 それが受け入れられずにいる。

 できれば、ずうっと蒼良と一緒にいたい。

「お前はなんで蒼良と京に行かなかったんだ? 蒼良に惚れとるなら、離れるべきじゃないだろう」

 天野先生は、酒を飲むのが速い。

 今も、杯を空にしてから言った。

「疑問に思っていることがあって、それで江戸にいるのです。もう一度、剣術を修業しようと思って」

 そう言いながら、天野先生にお酌した。

「その疑問をわしに話してみろ」

 天野先生は、杯を空にして言った。


 疑問に思っていたこと、全部話した。

 一気に話をしたら、少しすっきりした。

 誰かに聞いもらいたかったのだな、そう思った。

「お前の話はよく分かった」

 天野先生は、杯を空にして机に置いた。

「わしのいる未来はな、人を斬るために剣術をしている人間なんて一人もおらん。もちろん蒼良も、そんなことをするために剣術を身につけたのではないし、わしも、蒼良に人を斬れとは教えとらん」

「それでは、なんのために剣術があり、それを学んでいるのですか?」

「答えは簡単じゃ。好きだからだろう。剣術が好きだから、いろいろ疑問に思っていても道場に通っとるのじゃろう?」

 そんな単純なことになんで気が付かなかったのだろう。

 そうだ、好きだから道場に通った。

 そこで伊東先生にもあったし、近藤さんとも会った。

 そして、今の自分がいる。

「京で、たくさんの人を斬りました。斬っているうちに、わからなくなってきたのです。なんのために剣術を身につけたのか。もう人は斬りたくないです」

 天野先生に話をしていた。

 私もこんな話をするぐらいだから、酔っているのかもしれない。

「斬りたくなきゃ、斬らなければいいだろう」

「それが出来ればいいのですが、新選組に帰ったら、また人を斬らねばなりません」

「なら、帰らなければよい。ずうっとここにいろと言いたいが、それは無理じゃろうなぁ。春になったら、土方達が江戸に来るからな」

 そうだ、天野先生も未来から来たから、この先に何が起きるか知っているんだ。

「藤堂、開き直れ。人を斬らねばお前がやられるのだろう? なら、自分を守るために斬れ。あ、蒼良を守るために斬れって言った方がいいか?」

 天野先生は、にやりと笑った。

 蒼良を守るためか、悪くないな。

「お前がこの先何が起きるか知っているか?」

 私は首を振った。

「蒼良から聞かなかったのか?」

 聞きたいと思ったことはある。

 そして口に出したこともある。

 すると、蒼良が少し悲しい顔をするから、話さなくていいと打ち消していた。

「蒼良も話しづらかったのかも知らんな」

 私は、蒼良が話しづらいような生き方をしたのか?

「よし、わしが話そう。色々あるが、簡単に言うと、この先新選組は二つに割れる」

「それは蒼良が話していました。伊東先生が割ってしまうとか」

「そうじゃ。伊東が数人連れて新選組を出る。表向きには友好的分離だが、裏には色々あるんじゃ。お前は、伊東の方に行く。新選組を抜けると言う事じゃ」

 やっぱりなぁ。

 なんとなくそう思っていた。

 だから、蒼良は私に新選組を抜けない事を約束させたのか。

「お前が新選組を抜けるのは、別にいい。その時になると、新選組は下り坂になるからな」

「下り坂とは、新選組はだめになると言う事ですか?」

「そうじゃな。新選組は今が一番いいときじゃろう。伊東はよく時代を読んでいたと思うぞ。だから、お前が伊東についていくのもわかる。だが問題はその後じゃ。お前、油小路って知っているか?」

 あぶらこうじ?確か巡察で何回か通っていると思う。

「それがどうかしたのですか?」

「お前は、油小路で新選組隊士に斬られて死ぬ」

 そうなのか。

 それで蒼良は話したがらなかったのか。

「まず、伊東が殺される。その伊東の遺体が油小路に放置される。それを回収しに来たお前は斬られるんじゃ」

 伊東先生の遺体が放置される?

 信じられない。

「近藤さんたちがやるのですか?」

 あまりに信じられない事だから、で聞き返してしまった。

「それ以外おらんじゃろう。近藤は、お前を逃すように言ったが、お前を知らない隊士もいたからな。斬られたんじゃ」

 そう話すと、天野先生は私の手を握ってきた。

「わしはな、新選組が好きじゃ。そして、お前も好きじゃ。今の話を聞いて近藤も恨むかもしれんが、わしは近藤も好きじゃ。だから死んでほしくはないんじゃ。だからわしは話した。お前に死んでほしくないんじゃ」

 天野先生の目から涙があふれ出ていた。

「お前が、新選組を抜けてもいい。近藤を恨んでもいい。ただ、死ぬな。頼むから、死なんでくれ」

「わかりました。死にません。蒼良のためにも死ねない」

 蒼良も、私のことを思ってくれたから、新選組を抜けないでくれと約束してきた。

 新選組は抜けるかもしれないが、自分がどうなるかわかった今、それを回避すればいい。

「ありがとう。わしはお前が死なんために全力を尽くす。もちろん蒼良もじゃ」

「私も、死なぬよう全力を尽くします」


 それから長屋に帰ってからも飲み、二人でそのまま寝てしまった。

 そして次の朝、天野先生は長屋を出た。

「しばらく江戸におるから、何かあったらここに来い」

 天野先生は、長屋を出るときに居場所が書いてある紙を置いて行った。

「後、お前のその根付けじゃがな、からくり根付けだぞ。中にまた違う根付けが入っとる。開けて見てみろ」

 去り際に、天野先生はそう言った。

 天野先生を見送ってから、根付けを見てみた。

 真ん中に線があるから、二つに割れるようになっているのだろう。

 ねじったら二つに分かれた。

 中から出てきたのは、つがいの2匹のねずみが寄り添っている物だった。

 蒼良も気が付いたかな。

 いや、蒼良は気が付いていないだろうなぁ。

 私は死なないから、心配しなくていいよ。

 蒼良に言うように、つがいのねずみの根付けにそうつぶやいた。 

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