今年のすす払い
12月と言えば、すす払いだろう。
今年もこの時期がやってきた。
「今日は、何の日かわかっとるやろうなぁ」
昨年は、寝ているところを八木さんに起こされたけど、今年は朝食を食べているときに八木さんがやってきた。
「何の日でしたっけ?」
私がそう言ったら、八木さんがすごい剣幕で私のところに来た。
「あんた、忘れたなんて言わせないえ」
八木さん、怖いのですが……。
「わ、忘れてなんていませんよ、ねぇ、土方さん」
私は土方さんに話をふった。
だって、何の日かわからないんだもの。
「ちゃんとわかってるって。で、お前は何の日かわかっているのか?」
土方さんは、にやりと笑いながら私に聞いてきた。
土方さん、お願いだから私に話をふらないでくれ。
「も、もちろん知っていますよ」
「そりゃそうやろ」
八木さんがうんうんとうなずいている。
「今年も頼んだで。昨年より人数増えたさかい、すぐ終わるやろ」
「これやらなきゃ追い出すんだろ?」
「当たり前やっ! 自分らの住んどるところは自分らでやらなあかん。ほな、頼んだで」
八木さんはそう言って出て行った。
最後まで何の日か言わなかったのだけど、今日はいったい何の日なんだっ!
「仕事が増えちまったなぁ」
土方さんはそう言ってため息をついた。
「でも、やらねぇわけにはいかねぇしなぁ」
何をやるんだ?
「今日は、何の日なのですか?」
思い切って聞いてみた。
わからないままなんて気持ち悪い。
「お前っ! 知っているって言ったじゃねぇか」
「あんな迫力のある八木さんに迫られたら、知らないなんて言えないじゃないですか」
私がそう言うと、土方さんは笑った。
「お前のことだから、そうだろうとは思っていたよ」
「で、今日は何をするのですか?」
「大掃除だ」
ああ、すす払いの日だ。
江戸城の年末の大掃除の日が12月13日と決まっていて、それに伴って一般庶民も、この日にすす払いをやる家が多くなった。
「原田さん、何をしているのですか?」
原田さんが、押入れの前で背伸びして手を伸ばしていた。
「今年は、天袋も外して中と天袋の襖も綺麗にしてほしいって、八木さんから言われたのはいいんだけど、どう考えたって、届かないよな」
天袋とは、簡単に言うと、押入れの上にあるあの小さな押入れだ。
「確かに、届きませんね」
押入れの上にあるので、高いところにある。
大人の男の人が手を伸ばしても、届かないだろう。
そこの戸を外してなんて、どうやって外すんだ?
「梯子は誰か使っているみたいでないんだよな」
梯子という手があったか。
そんなことを思いながら天袋を見上げていると、
「そうだっ! その手があったか」
と、原田さんが私を見て言った。
「いい方法が思いついたのですか?」
「蒼良、手伝ってくれ」
原田さんにそう言われた。
「これで最後です」
私は、天袋に収納してあるものを原田さんに渡した。
私を肩車した原田さんはそれを受け取ると、ちょっとかがんで下に置いた。
原田さんが思いついた方法というものは、私を肩車して天袋を掃除することだった。
その案を聞いた時は、
「誰か他の人に頼んだ方がいいですよ。肩の上に乗る自信がないです」
と、私は断った。
「でも、蒼良の他に頼めそうなやつはいないよ。まさか、新八を持ち上げるわけにもいかないだろう」
そりゃそうだ。
「それに、上に乗っていればいいだけだから、大丈夫だ」
原田さんに言われ、私は肩車されたのだけど、上に乗っていればいいだけではなかった。
バランスもとらなければならないし、その状態で物を取って渡すと言う事が、最初とっても大変だった。
でも、それはやっているうちに慣れてきた。
そして、最後の物を原田さんに渡し、後は天袋の襖を外すだけになった。
外そうと思って、襖に手をかけた時、天袋の中に何かいたのが見えた。
荷物は全部おろしたはずだしなぁ。
そう思ってそれを見ていると、なんと、動いた。
な、何?今動いたけど……。
よく見てみると、それはネズミだった。
しかも、丸々と太っていて大きかった。
「ひぃっ!ネ、ネズミっ!」
ゴキブリと同じぐらいネズミは嫌いだぁ。
ハムスターは好きだけど、このネズミは嫌だぁっ!
私は悲鳴を上げた。
「蒼良、そんなに動かないでくれっ! 危ないっ!」
原田さんにそう言われたけど、ネズミがいるのに、冷静でいられるわけがない。
バタバタと足を動かし暴れていた。
肩車した状態で暴れると、バランスが崩れて倒れる。
この時も、バランスが崩れ、私は原田さんの方の上から落ちた。
私が暴れたのだから、仕方ない。
目をつぶり、落ちた時に体に受ける衝撃を避けるため、体を固くしていた。
体には落ちた衝撃があったのだけど、頭を下に打つことはなかった。
なんでだろう?そう思って恐る恐る目を開けた。
まず見たものは、私の上に乗っている原田さんの胸元だった。
「大丈夫か?」
原田さんの胸からそう言う声がした。
落ちるときに原田さんがかばってくれたみたいで、私の頭の所に原田さんの両手があり、どうやら、頭を抱きかかえられているようだ。
「だ、大丈夫です」
「そうか、よかった。またなんで急に暴れたんだ?」
そのままの体勢で原田さんに聞かれた。
「ネズミがいたのですよ」
「ネズミなんて、そこらへんにたくさんいるだろう」
そ、そうなのか?
「でも、すごく大きかったですよ」
「美味しいものでも食べたんだろう」
そうなのか?
「あの……」
「どうした?」
「助けてくれて、ありがとうございます」
「蒼良に怪我が無くてよかったよ」
……いつまでこの体勢でいるのだろう……
「もう起きれるので……」
大丈夫なので、解放してください。
そう言う意味で言った。
「だめだ。もうちょっとこうしている」
原田さんの手に力が入り、私は強く原田さんに抱かれている状態になった。
ど、どうすりゃいいんだ?
原田さんの匂いを強く感じ、ドキドキしている。
「そ、掃除をしなければ、八木さんに怒られますよ」
「大丈夫だ。八木さんはここまで来やしない」
「なにが来やしないやっ!」
今、八木さんの声が聞こえたのだけど、気のせいか?
そのうち、ほうきで何かをたたく音がした。
「や、八木さん、痛てぇよっ!」
どうやら、八木さんがほうきで原田さんをたたいているらしい。
そのうち原田さんが私の上からどいた。
私は自由になった。
「あんたらっ! 仲がええのは認めるけどな、今掃除中やでっ! ちゃんとやらんと追い出すえ」
自由になった途端に、八木さんからの雷が落ちたのだった。
「ちゃんとやっているだろう。ほら、天袋の中の物全部出したぞ」
原田さんが、天袋に入っていたものを指さしながら言った。
「出せばええもんやない。綺麗にしてしまわんとあかんやろうがっ!」
そう言うと、八木さんはまたほうきを振り回してきた。
「わかった、やるから、ほうきを振り回すのはやめてくれ」
原田さんがそう言うと、八木さんはほうきを振り回すのはやめた。
「ほな、頼んだえ」
そう言って、八木さんは去って行った。
去り際に、
「土方はんに言うて、男色も禁止してもらわんとあかんな」
と言っていた。
天袋の掃除を無事に終え、次は何をやろうかと思って屯所の中を歩いていた。
「蒼良君」
この声は……。
嫌な予感がして振り向くと、伊東さんがいた。
「何ですか?」
嫌な人に会っちゃったなぁと思った。
そんな私の思いを無視して、伊東さんはさわやかな笑顔を浮かべて近づいてきた。
「蒼良君、君の長州征伐の考えを耳にしたよ。君は、長州征伐に新選組が行かないと思っているみたいだね。しかも、年内にけりがつくと思っているとか。その考えを聞かせてもらえないか?」
今、考えを話している場合じゃなく、掃除をしなければならないだろう。
八木さんがまたほうきをもってやってくるぞ。
「今は、その話をしているときじゃないと思うのですが」
私がそう言うと、
「それなら、これが終わった後でもいい。ぜひ聞かせてほしい」
伊東さんが言うと、大げさに聞こえるような感じがするのは、気のせいか?
「聞かせるもののほどではないので」
簡単に言えば、あんたと話をしたくないのよっ!そう思いながら言ったけど、
「そんなもったいぶらないで、教えてほしい」
と言われてしまった。
私の態度を見て、ああ、話したくないんだなって、わからんのかっ!
そう思っていると、後ろから抱き付かれるような衝撃があった。
なんだっ!と思っていると、私の両肩から腕が後ろから現れ、背中に何かばぶつかる感じがした。
「蒼良は、僕と掃除しなければならないから」
私の顔の横に、沖田さんの顔があった。
「ね、蒼良」
そう言った沖田さんの顔はとっても近かった。
「蒼良君、沖田君の言う通りなのか?」
伊東さんに聞かれた。
「そうです。これから土方さんの部屋を一緒に掃除することになっているのです」
伊東さんから離れるためにとっさに嘘をついた。
「だから、蒼良はだめだよ。さ、蒼良、行こうか」
沖田さんは、私の肩に腕を回してきた。
「じゃあね、伊東さん」
沖田さんは伊東さんにそう言って、私と一緒に去った。
「沖田さん、どこに行くのですか?」
沖田さんは、腕を私の肩に回したままだ。
「どこって、蒼良さっき言っていたじゃん。土方さんの部屋だよ。一緒に掃除するんでしょ」
「あれは、嘘ですよ」
「僕は、蒼良を嘘つきにしたくないなぁ」
そ、そうなのか?
「だから、一緒に土方さんの部屋を掃除しよう」
沖田さんと土方さんの部屋に行った。
「蒼良、豊玉発句集はどこにあると思う?」
やっぱり、沖田さんが素直に掃除するとは思えなかった。
「そんなこと、私は知りませんよ」
「蒼良は、いつもここで土方さんを見ているのでしょ。だから、だいたいどこにしまってあるとか、わからないの?」
そんなことまで見てないよ。
沖田さんは、土方さんの文机をあさり始めた。
「そこは、昨年も見たと思うのですが」
いくらなんでも、昨年と同じ場所に隠すほど、土方さんのバカじゃないだろう。
「あったよ」
沖田さんは豊玉発句集を出してきた。
土方さん、バカだったのか?
って言うか、ちょっと隠し場所を変えるとか、勉強しようよ。
沖田さんは、豊玉発句集を開き始めた。
「蒼良は、見ないの?」
見たら怒られるだろうしなぁ。
でも、好奇心には勝てない。
見なければ、絶対に後悔しそうだ。
と言う事で、沖田さんの隣に座って、豊玉発句集を見たけど……
「なんて書いてあるのですか?」
「えっ、蒼良読めないの?」
土方さん独特のミミズのつながり文字が書いてあるので、ほとんど読めない。
「これ、わざわざ丸してあるけど、恋の歌だ」
ええっ!土方さんが恋の歌?
「なんて書いてあるのですか?」
「しれば迷ひしなければ迷はぬ恋の道」
本当に恋の歌だぁ。
「しかも、わざわざ丸してあるのがすごいよね。あ、隣にも似たような歌があるけど」
「どんな歌ですか?」
「掃除中に人の俳句見てんじゃねぇよ」
「掃除中しか見れないじゃないですか」
私はそう言ったけど……土方さんの声じゃなかったか?
突然、沖田さんの頭と私の頭がぶつかった。
土方さんが私たちの頭を押してぶつけたらしい。
「痛いっ!」
沖田さんと二人で、頭を抱えてうずくまってしまった。
そのすきに、豊玉発句集は土方さんの手に。
「なにが、掃除中じゃなければ見れないだ」
「ああ、発句集がっ!」
沖田さんが土方さんの手にある豊玉発句集を指さして言った。
「俺のだっ!」
そんな沖田さんに土方さんが言った。
「お前ら、掃除はどうしたっ! サボってると、ここから追い出すぞっ!」
「ああ、僕は山南さんに頼まれたことがあったんだ」
沖田さんは、そう言って去って行った。
ええっ!絶対に嘘だろう。
部屋には、今にも頭から湯気が出そうな勢いの土方さんと私が残された。
「あ……あの……」
「何だっ!」
「恋の歌があったのですが、土方さんは、恋をしているのですか?」
このタイミングで聞くのはどうなのかなぁと思いつつ、やっぱり疑問に思ったので、聞いてみた。
「うるせぇっ! そんなこと聞く暇があったら、掃除しやがれっ!」
「はいっ!」
土方さんの怒鳴り声に追われるように部屋を出た。
私と一緒に、雑巾が飛んできたんだけど、もしかして、土方さんが投げたのか?
しれば迷ひしなければ迷はぬ恋の道
土方さんの俳句が頭の中で回っていた。
季語がないじゃないか。
いや、そうじゃなくて、恋をしているとしたら、誰に恋しているのだろう。
ああ、でも、そんなこと知ってどうするのだろう?なんで知りたいのだろう?
気にしないっ!そう思っても気になってしまう。
土方さんは、誰が好きなんだ?
「おい」
今、斎藤さんの声がしなかったか?
「そこにいると、ほこりが全部お前に飛んでくるぞ」
気が付くと斎藤さんが、干してある畳をたたいてほこりを出そうとしていた。
「あ、すみません」
私は慌ててどけた。
私がどけるのを待って、斎藤さんは畳をたたき始めた。
「何考えてたんだ?」
斎藤さんが、畳をたたきながら聞いてきた。
「えっ、いやあ、恋の歌について考えてました」
土方さんの俳句のことは言わない方がいいだろう。
「お前、恋でもしているのか?」
「ま、まさか」
斎藤さんに聞かれ、とっさに否定した。
「何だ、恋の歌なんて言うから、しているのかと思った」
「そう言う斎藤さんはどうなんですか?」
「それは、秘密だ」
そう言った斎藤さんはにやりと笑った。
なんだ、その笑いは。
「恋をしているのですか?」
「秘密だと言っているだろう。お前に話す必要もないしな」
でも、にやりと笑っているのですが……。
斎藤さんは、無言で畳をたたいていたけど、その手を突然止めた。
「お前」
斎藤さんはそう言うと、私のあごに手を当てて、私の顔を上に向けた。
「最近綺麗になったよな」
そ、そうなのか?
「変わらないですよ」
「いや、綺麗になった。恋をすればもっと綺麗になるぞ。楽しみだな」
そりゃどういう意味だ?
「こ、恋をしている暇なんてないですから」
「逃げなくてもいいぞ」
逃げているのか?私。
「俺でもいいぞ」
な、何がだ?
「お前の恋する相手だ」
な、な、な、な、
「な、何言っているのですかっ!」
顔が熱い。
きっと赤くなっているんだろう。
「ま、そんなことはいつでもいいからな」
そう言うと、斎藤さんは再び畳をたたき始めた。
でも、顔が笑っていた。
もしかして、からかわれたか?
「さて、今年はどうするんだ?」
永倉さんが言った。
すす払いが無事に終わり、みんな外に出てきた。
「私は、昨年やったので遠慮します」
私はすぐに言った。
また餌食になりそうだったから。
「こ、今年新しく入ってきた隊士の中から選んではどうですか?」
「ああ、伊東さんね」
私が言うと、沖田さんがそう言った。
「いや、私は伊東さんなんて言っていないですよ」
「おう、じゃあ伊東さんで決まりだな」
いや、私は伊東さんなんて一言も言っていないぞ。
「え、私でいいのか? 嬉しいなぁ」
これって嬉しいのことなのか?
私昨年やられたけど、落とされそうで怖かったぞ。
「よし、やるぞっ!」
永倉さんの声で、伊東さんは空に舞った。
この時代、なんでかわからないけど、すす払いが終わったら、胴上げをするらしい。
昨年は私がやられたけど、今年は伊東さんだ。
伊東さんは、とっても楽しそうに胴上げされてた。
誰か落しちゃえばいいのに、なんて、不謹慎なことを思ってしまった。