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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年12月
151/506

山崎さんのストーカー

 行軍録を作って長州征伐に備えていたけど、長州征伐に呼ばれることなく日々が過ぎて行った。

 だから、呼ばれないって言ったのになぁ。

 屯所内は、士気だけが高くなっていく。

「長州へ行ったら、手柄を立てるぞ」

 とか、

「長州軍を全部打ち取ってやる」

 とか、そう言う言葉が聞こえてくる。

 この人たち、長州に行く間もなく、敵が降伏したと知ったら、この士気はどこに行くのだろう。

 伊東さんの勉強会も盛んになっていた。

「長州は、攘夷をしたと言っているが、あれは攘夷ではない」

 毎日のように、伊東さんはそう言っていた。

 長州の攘夷と言うのは、下関戦争のことを言っているのだと思う。

 攘夷と言うのは、異国の脅威を追い払うことなのだけど、長州は、追い払うために異国の船に攻撃をしたらしい。

 一つの県と国の戦争だから、規模も違う。

 長州はその戦争に負けたけど、我々は攘夷を実行したと言っていた。

 とにかく、今隊内は異様な熱気に包まれていたのだった。

 その熱気で部屋を暖めてくれると、私は非常にありがたいのだけど。


「長州の戦況は変化がないらしいですね」

 山崎さんが歩きながら言った。

 監察の山崎さんと一緒に巡察している。

 一緒に間者として活動したことはあったけど、一緒に巡察するのは初めてかもしれない。

蒼良そらさん、話を聞いていますか?」

「あ、すみません。山崎さんと巡察って珍しいなぁと思っていたもので」

 話によると、山崎さんから土方さんに、事情があって監察の仕事はしばらくできないと言ってきたらしい。

 いったい何があったのだろう。

 本人が何も言わないので、聞かない方がいいのかもしれない。

「あ、でも、たまには一緒に巡察もいいですね」

 聞かない方がいいかもしれないと思いつつ、一緒に巡察するのが珍しいなんて、気にするようなことを言ってしまったので、そう言ってごまかした。

「蒼良さんと巡察は初めてですね。で、話を聞いていなかったようですね」

 す、すみません。

「長州の戦況に変化がないらしいですね」

 山崎さんは、さっき言ったことをもう一回言ってくれた。

「戦況に変化はないですよ。しばらくこのままじゃないのですか?」

「蒼良さんは、なんでそう思うのですか?」

「そりゃ、見ればわかるじゃないですか。長州征伐という言葉をかがげ、藩を集めて出兵したのはいいけど、どの藩も自分の藩がかわいいですからね。自分の藩が傷つくのが嫌なんですよ。それに財政難だから、出来ればお金のかかる戦いはしたくない。だから、さっさと長州を攻めればすぐ終わるのに、そう言う下心があるから、なかなか戦に進展がないのですよ。どこかの藩が攻撃してくれればいいのにと思いながら、長州藩をながめているのですよ」

 私が一気に話すと、山崎さんは驚いていた。

「蒼良さんは、ずいぶんと詳しいですね。私より詳しいかも」

 どうしてそんなに詳しいんだ?と、突っ込まれるかと思ったけど、それはなかった。

 そのかわり、

「今、毎晩伊東さんの勉強会が道場でありますが、蒼良さんも伊東さんの代わりに勉強会が出来ますよ」

 と言われてしまった。

「蒼良さんの勉強会なら、毎日行きますよ」

 山崎さんは優しく笑って言った。

「もしかして、伊東さんの勉強会にも毎日行っていたりしますか?」

 私が聞いたら、

「そんな暇はないです」

 と言っていた。

 ちょっと待て。

 暇がないなら、私の勉強会だって来る暇がないだろう。

 そこを突っ込んでやろうと思っていたら、後ろの方に人の気配がした。

 私が振り向くと、さっと家の塀に隠れた。

 なんだろう?私がそこへ行こうと思い、回れ右をして歩き始めたら、後ろから腕をつかまれて止められた。

 見ると、山崎さんが私を止めていた。

「怪しいものではないです。むしろ、蒼良さんにとっては無害です」

「山崎さん、後ろの人にいる知っているのですか?」

「知っていると言えば知っているが、あまり話したことはないのに……」

 山崎さんは、困った顔をして言った。

 知っているけど、話をあまりしたことがない。

 どういうことだ?

 でも、知人と言う事だよなぁ。

「知っている人なら、呼んできましょうか?」

 こうやって話をしている間に、家の塀からチラチラとたまに顔が見える。

 どうやら女の人らしい。

「いや、ほっといてくれ」

 ほっといていいのか?

 後ろを見ると、山崎さんの用があるみたいで、山崎さんのことを見ている。

「でも……」

 さっきから山崎さんを見ていますよ。

 そう言おうとした。

 しかし、

「いいから、行こう。後ろは気にしなくていい」

 と、山崎さんは言い、私の体を回れ右させて前に押した。

 本当に、気にしなくていいのか?相手は用がありそうな感じなんだけど。


「山崎、いつ監察に戻れそうだ?」

 屯所に戻ると、土方さんが聞いてきた。

「もうちょっと待ってもらえますか?」

 山崎さんがそう言ったら、土方さんは困った顔をした。

「どれぐらい待てばいい。お前に頼みたい仕事があるんだが」

「すみません」

 山崎さんは、理由を言わずに謝っていた。

 いったいなにがあったんだ?

「監察に戻れない理由が何かあるのですか?」

 私が聞いたら、

「たいしたことはないです。何とかなりますから、もう少し待ってください」

 と、山崎さんが言った。

「何か理由があるのだな」

 土方さんが念を押すように聞いた。

「自分で何とかできます」

「何とかできりゃとっくに何とかなってんだろう。理由を聞かせてくれ。ここじゃあなんだから、部屋に来てくれ」

 というわけで、土方さんの部屋で山崎さんの話を聞くことになった。


「女に付きまとわれている?」

 土方さんと声をそろえて聞き返されてしまった。

「はい」

 山崎さんは、困ったような顔をして返事した。

「先日、仕事で商家に潜入捜査した時に、そこにいた女に惚れられてしまったみたいで、その女が私の後をついて歩くようになったんです」

 もしかして……。

「さっき巡察の時に後ろにいた女の人がそうですか?」

 私が聞いたら、山崎さんはうなずいた。

 そうだったのか。

「ちょっと待て。巡察の時にその女が後ろにいたのか?」

 土方さんが山崎さんに聞いた。

「巡察の時だけならいいのですが、他の時もついてくるようになったので」

 他の時と言うと?

「商家の潜入捜査が終わり、別なところへの潜入捜査に行っていたら、しばらく後にその女が現れました。最初は偶然だと思っていたのですが、その後もそれが続いたのでおかしいと思い、女を問い詰めました」

「要するに、お前が潜入捜査をすると、その先に女も現れると言う事だな」

「はい。長州の間者かと思いましたが、どうもそうじゃないみたいで、問い詰めたら……」

 山崎さんがその先を言いにくそうにしていた。

「お前が好きだと言われたんだな」

 土方さんに言われ、山崎さんはうなずいた。

「理由はわかった」

「土方さん、今ので全部わかったのですか?」

「普通はわかるだろ」

 普通はわかるのか?

「私、まだわからないのですが」

「お前、ここまで聞いていたらわかるだろう」

 いや、わからんが……

「山崎に惚れた女がいてだな、そいつが山崎のことを付きまとっているらしいぞ」

 そうだったのか。

「だから、巡察の時も後ろにいたのですね」

「お前、人の部屋に来て勝手に話聞いているなら、1回で理解しねぇと追い出すぞ」

 いや、それは困る。

 でも人の部屋って、ここ、私の部屋でもあるのですが……。

 ま、いいか。

 今その話をしているときじゃない。

「と言う事は、商家の捜査以降、どこかに間者として入り込むと、必ずその女が来るのだな」

「はい」

「だから、監察の仕事は出来ねぇってわけだな。そいつは困ったなぁ」

 土方さんが困った顔していった。

「要するに、相手の女の人に嫌われればいいのですよね」

「それが簡単に出来ねぇから、山崎も困っているんだろう」

「はい。私も、ちゃんと断ったのですが、聞き入れてくれないのです」

 なるほど、ストーカーと言う奴か。

 江戸時代にもいたのだな、ストーカー。

「それなら私が女装をして、山崎さんと付き合っていますって言うか、決定的なものを見せるかした方がいいかもしれないですね」

 沖田さんの時もやったし、大丈夫だろう。

「いや、だめだ」

 土方さんが首を振った。

 なんでだ?

「お前だって、いつまでも男装しているわけにはいかんだろう。女に戻った時にお前が悪者になる。それだけは避けたい」

「私は別にかまいませんよ」

 いつまでもこの時代にいるわけじゃないし。

「いや、俺が許さねぇ。お前が女としてやり直すとき、綺麗な形で戻してやりてぇからな」

「私も、土方さんと同じです。蒼良さんをこういうことに使いたくないです」

 二人がそう言うなら、仕方ない。

 他に方法があるのか?そう言えば、テレビでこんなことやっていたなぁ。

「その女の人に、別な男を惚れされる」

 そのテレビでやっていたことを言ってみた。

 確か、ストーカーをしている女の人に近づいて、惚れさせるのだ。

 そうすると、自然と相手の男性から離れる。

 惚れさせた後は自然な形で離れるようにする。

 でも、この時代はそれは無理かもしれないなぁ。

 そんなことを思っていると、土方さんと山崎さんが驚いた顔で私を見ていた。

 私、何かやったか?

「お前っ!」

 土方さんが突然私にそう言ってきた。

 今度は私なにやったんだっ?

「たまにはいいこと思いつくじゃねぇかっ!」

 なんだ、ほめたのかいっ!お前っ!なんて言うから、怒られるかと思ったぞ。

「そうだ、相手の女に男をやればいい。男ならうちの隊にたくさんいるからな、よりどりみどりだぞ。それで、その男に惚れるように仕向ければいいんだ」

「逆に、その隊士に迷惑がかかると思うのですが」

 山崎さんは心配そうに言った。

「その任務が終わったら、ちょっと旅に出せばどうですか? ほとぼりが冷めたころ帰ってくれば大丈夫ですよ。例えば、温泉旅行とかならきっと喜んでやってくれますよ」

「温泉旅行に行きたいのは、お前だろう」

 ば、ばれたか。

「でも、いい案だ。どうだ、山崎。いつまでも女をほっとくわけにはいかんだろう」

「それでお願いします。私の事なのに、申し訳ないです」

「山崎さんは悪くないですよ。たまたま惚れられた女性がたち悪かっただけです」

 私がそう言ったら、土方さんが私のおでこに手を当ててきた。

「何ですか?」

 私が聞いたら、

「お前、今日はいいことばかり言うから、熱でもあんじゃねぇかと思ってだな……」

 なんだっ!私だってたまにはいいこと言うんだぞ。

 たまにしかないけど……。


 山崎さんに惚れた女性には、もれなくうちの隊士がつくことになった。

 最近入ってきた若い隊士で、モテそうな顔をしていた。

「いいか、最初はだな、少しぐらい強引でもいい。それぐらい迫ってやれ」

 土方さんがモテる秘訣をその隊士に教えていた。

 最初、女である私が女性にモテるには講座をしていたのだけど、それを聞いていた土方さんが、

「それじゃあだめだ」

 と言い、今は講師土方さんになっている。

 女の私って一体……

 そして、その作戦は実行に移されたのだった。


 そして数日がたった。

 すっきりとした山崎さんの顔があった。

「蒼良さん、やっと監察の仕事に戻れそうです」

「よかったですね。と言う事は、例の作戦がうまくいったのですね」

 私が言うと、山崎さんは笑顔でうなずいた。

 それはよかった。

 でも、これで安心したらいけない。

「で、相手になった隊士はどうなりました?」

 相手の女の人は、山崎さんにかなり付きまとっていたから、今度はその隊士に付きまとってしまう可能性がある。

「あれ、蒼良さんは知らないのですか?」

 私は何も知らないが、何かあったのか?


 山崎さんの話によると、例の隊士は土方さんの講座を受け、例の作戦を決行した。

 作戦はものすごくうまくいき、女の人の心の中にその隊士は入って行った。

 そこまでは作戦通りだった。

 しかし、ここからが作戦通りじゃなかった。

 なんと、土方さんの言う通りに口説いていたら、本気でその女の人を好きになってしまったらしい。

 というわけで、新たなるカップル誕生となったのだ。

 作戦通りに行きすぎだろう。

「一件落着ですね」

 私が言うと、山崎さんも笑っていた。

「こんなにうまくいくとは思わなかった」

「相手の女の人の心にその隊士はうまく入ったのでしょう」

「よかった。好きな人がいるからって言ったのに、それすら聞かなかったから、大変だった」

「ええっ! 山崎さん、好きな人がいるのですか?」

 私が聞いたら、山崎さんの顔が赤くなった。

「い、いや、断るため、そう、断るために言ったんだ」

 なんだ、そうだったのか。

「山崎さんが恋しているなら、全力で応援しようと思ったのになぁ」

 私は、近藤さんみたいなことを言ってしまった。

 そんな私の言葉を、困ったような顔をして山崎さんは聞いていたのだった。


 

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