山崎さんのストーカー
行軍録を作って長州征伐に備えていたけど、長州征伐に呼ばれることなく日々が過ぎて行った。
だから、呼ばれないって言ったのになぁ。
屯所内は、士気だけが高くなっていく。
「長州へ行ったら、手柄を立てるぞ」
とか、
「長州軍を全部打ち取ってやる」
とか、そう言う言葉が聞こえてくる。
この人たち、長州に行く間もなく、敵が降伏したと知ったら、この士気はどこに行くのだろう。
伊東さんの勉強会も盛んになっていた。
「長州は、攘夷をしたと言っているが、あれは攘夷ではない」
毎日のように、伊東さんはそう言っていた。
長州の攘夷と言うのは、下関戦争のことを言っているのだと思う。
攘夷と言うのは、異国の脅威を追い払うことなのだけど、長州は、追い払うために異国の船に攻撃をしたらしい。
一つの県と国の戦争だから、規模も違う。
長州はその戦争に負けたけど、我々は攘夷を実行したと言っていた。
とにかく、今隊内は異様な熱気に包まれていたのだった。
その熱気で部屋を暖めてくれると、私は非常にありがたいのだけど。
「長州の戦況は変化がないらしいですね」
山崎さんが歩きながら言った。
監察の山崎さんと一緒に巡察している。
一緒に間者として活動したことはあったけど、一緒に巡察するのは初めてかもしれない。
「蒼良さん、話を聞いていますか?」
「あ、すみません。山崎さんと巡察って珍しいなぁと思っていたもので」
話によると、山崎さんから土方さんに、事情があって監察の仕事はしばらくできないと言ってきたらしい。
いったい何があったのだろう。
本人が何も言わないので、聞かない方がいいのかもしれない。
「あ、でも、たまには一緒に巡察もいいですね」
聞かない方がいいかもしれないと思いつつ、一緒に巡察するのが珍しいなんて、気にするようなことを言ってしまったので、そう言ってごまかした。
「蒼良さんと巡察は初めてですね。で、話を聞いていなかったようですね」
す、すみません。
「長州の戦況に変化がないらしいですね」
山崎さんは、さっき言ったことをもう一回言ってくれた。
「戦況に変化はないですよ。しばらくこのままじゃないのですか?」
「蒼良さんは、なんでそう思うのですか?」
「そりゃ、見ればわかるじゃないですか。長州征伐という言葉をかがげ、藩を集めて出兵したのはいいけど、どの藩も自分の藩がかわいいですからね。自分の藩が傷つくのが嫌なんですよ。それに財政難だから、出来ればお金のかかる戦いはしたくない。だから、さっさと長州を攻めればすぐ終わるのに、そう言う下心があるから、なかなか戦に進展がないのですよ。どこかの藩が攻撃してくれればいいのにと思いながら、長州藩をながめているのですよ」
私が一気に話すと、山崎さんは驚いていた。
「蒼良さんは、ずいぶんと詳しいですね。私より詳しいかも」
どうしてそんなに詳しいんだ?と、突っ込まれるかと思ったけど、それはなかった。
そのかわり、
「今、毎晩伊東さんの勉強会が道場でありますが、蒼良さんも伊東さんの代わりに勉強会が出来ますよ」
と言われてしまった。
「蒼良さんの勉強会なら、毎日行きますよ」
山崎さんは優しく笑って言った。
「もしかして、伊東さんの勉強会にも毎日行っていたりしますか?」
私が聞いたら、
「そんな暇はないです」
と言っていた。
ちょっと待て。
暇がないなら、私の勉強会だって来る暇がないだろう。
そこを突っ込んでやろうと思っていたら、後ろの方に人の気配がした。
私が振り向くと、さっと家の塀に隠れた。
なんだろう?私がそこへ行こうと思い、回れ右をして歩き始めたら、後ろから腕をつかまれて止められた。
見ると、山崎さんが私を止めていた。
「怪しいものではないです。むしろ、蒼良さんにとっては無害です」
「山崎さん、後ろの人にいる知っているのですか?」
「知っていると言えば知っているが、あまり話したことはないのに……」
山崎さんは、困った顔をして言った。
知っているけど、話をあまりしたことがない。
どういうことだ?
でも、知人と言う事だよなぁ。
「知っている人なら、呼んできましょうか?」
こうやって話をしている間に、家の塀からチラチラとたまに顔が見える。
どうやら女の人らしい。
「いや、ほっといてくれ」
ほっといていいのか?
後ろを見ると、山崎さんの用があるみたいで、山崎さんのことを見ている。
「でも……」
さっきから山崎さんを見ていますよ。
そう言おうとした。
しかし、
「いいから、行こう。後ろは気にしなくていい」
と、山崎さんは言い、私の体を回れ右させて前に押した。
本当に、気にしなくていいのか?相手は用がありそうな感じなんだけど。
「山崎、いつ監察に戻れそうだ?」
屯所に戻ると、土方さんが聞いてきた。
「もうちょっと待ってもらえますか?」
山崎さんがそう言ったら、土方さんは困った顔をした。
「どれぐらい待てばいい。お前に頼みたい仕事があるんだが」
「すみません」
山崎さんは、理由を言わずに謝っていた。
いったいなにがあったんだ?
「監察に戻れない理由が何かあるのですか?」
私が聞いたら、
「たいしたことはないです。何とかなりますから、もう少し待ってください」
と、山崎さんが言った。
「何か理由があるのだな」
土方さんが念を押すように聞いた。
「自分で何とかできます」
「何とかできりゃとっくに何とかなってんだろう。理由を聞かせてくれ。ここじゃあなんだから、部屋に来てくれ」
というわけで、土方さんの部屋で山崎さんの話を聞くことになった。
「女に付きまとわれている?」
土方さんと声をそろえて聞き返されてしまった。
「はい」
山崎さんは、困ったような顔をして返事した。
「先日、仕事で商家に潜入捜査した時に、そこにいた女に惚れられてしまったみたいで、その女が私の後をついて歩くようになったんです」
もしかして……。
「さっき巡察の時に後ろにいた女の人がそうですか?」
私が聞いたら、山崎さんはうなずいた。
そうだったのか。
「ちょっと待て。巡察の時にその女が後ろにいたのか?」
土方さんが山崎さんに聞いた。
「巡察の時だけならいいのですが、他の時もついてくるようになったので」
他の時と言うと?
「商家の潜入捜査が終わり、別なところへの潜入捜査に行っていたら、しばらく後にその女が現れました。最初は偶然だと思っていたのですが、その後もそれが続いたのでおかしいと思い、女を問い詰めました」
「要するに、お前が潜入捜査をすると、その先に女も現れると言う事だな」
「はい。長州の間者かと思いましたが、どうもそうじゃないみたいで、問い詰めたら……」
山崎さんがその先を言いにくそうにしていた。
「お前が好きだと言われたんだな」
土方さんに言われ、山崎さんはうなずいた。
「理由はわかった」
「土方さん、今ので全部わかったのですか?」
「普通はわかるだろ」
普通はわかるのか?
「私、まだわからないのですが」
「お前、ここまで聞いていたらわかるだろう」
いや、わからんが……
「山崎に惚れた女がいてだな、そいつが山崎のことを付きまとっているらしいぞ」
そうだったのか。
「だから、巡察の時も後ろにいたのですね」
「お前、人の部屋に来て勝手に話聞いているなら、1回で理解しねぇと追い出すぞ」
いや、それは困る。
でも人の部屋って、ここ、私の部屋でもあるのですが……。
ま、いいか。
今その話をしているときじゃない。
「と言う事は、商家の捜査以降、どこかに間者として入り込むと、必ずその女が来るのだな」
「はい」
「だから、監察の仕事は出来ねぇってわけだな。そいつは困ったなぁ」
土方さんが困った顔していった。
「要するに、相手の女の人に嫌われればいいのですよね」
「それが簡単に出来ねぇから、山崎も困っているんだろう」
「はい。私も、ちゃんと断ったのですが、聞き入れてくれないのです」
なるほど、ストーカーと言う奴か。
江戸時代にもいたのだな、ストーカー。
「それなら私が女装をして、山崎さんと付き合っていますって言うか、決定的なものを見せるかした方がいいかもしれないですね」
沖田さんの時もやったし、大丈夫だろう。
「いや、だめだ」
土方さんが首を振った。
なんでだ?
「お前だって、いつまでも男装しているわけにはいかんだろう。女に戻った時にお前が悪者になる。それだけは避けたい」
「私は別にかまいませんよ」
いつまでもこの時代にいるわけじゃないし。
「いや、俺が許さねぇ。お前が女としてやり直すとき、綺麗な形で戻してやりてぇからな」
「私も、土方さんと同じです。蒼良さんをこういうことに使いたくないです」
二人がそう言うなら、仕方ない。
他に方法があるのか?そう言えば、テレビでこんなことやっていたなぁ。
「その女の人に、別な男を惚れされる」
そのテレビでやっていたことを言ってみた。
確か、ストーカーをしている女の人に近づいて、惚れさせるのだ。
そうすると、自然と相手の男性から離れる。
惚れさせた後は自然な形で離れるようにする。
でも、この時代はそれは無理かもしれないなぁ。
そんなことを思っていると、土方さんと山崎さんが驚いた顔で私を見ていた。
私、何かやったか?
「お前っ!」
土方さんが突然私にそう言ってきた。
今度は私なにやったんだっ?
「たまにはいいこと思いつくじゃねぇかっ!」
なんだ、ほめたのかいっ!お前っ!なんて言うから、怒られるかと思ったぞ。
「そうだ、相手の女に男をやればいい。男ならうちの隊にたくさんいるからな、よりどりみどりだぞ。それで、その男に惚れるように仕向ければいいんだ」
「逆に、その隊士に迷惑がかかると思うのですが」
山崎さんは心配そうに言った。
「その任務が終わったら、ちょっと旅に出せばどうですか? ほとぼりが冷めたころ帰ってくれば大丈夫ですよ。例えば、温泉旅行とかならきっと喜んでやってくれますよ」
「温泉旅行に行きたいのは、お前だろう」
ば、ばれたか。
「でも、いい案だ。どうだ、山崎。いつまでも女をほっとくわけにはいかんだろう」
「それでお願いします。私の事なのに、申し訳ないです」
「山崎さんは悪くないですよ。たまたま惚れられた女性がたち悪かっただけです」
私がそう言ったら、土方さんが私のおでこに手を当ててきた。
「何ですか?」
私が聞いたら、
「お前、今日はいいことばかり言うから、熱でもあんじゃねぇかと思ってだな……」
なんだっ!私だってたまにはいいこと言うんだぞ。
たまにしかないけど……。
山崎さんに惚れた女性には、もれなくうちの隊士がつくことになった。
最近入ってきた若い隊士で、モテそうな顔をしていた。
「いいか、最初はだな、少しぐらい強引でもいい。それぐらい迫ってやれ」
土方さんがモテる秘訣をその隊士に教えていた。
最初、女である私が女性にモテるには講座をしていたのだけど、それを聞いていた土方さんが、
「それじゃあだめだ」
と言い、今は講師土方さんになっている。
女の私って一体……
そして、その作戦は実行に移されたのだった。
そして数日がたった。
すっきりとした山崎さんの顔があった。
「蒼良さん、やっと監察の仕事に戻れそうです」
「よかったですね。と言う事は、例の作戦がうまくいったのですね」
私が言うと、山崎さんは笑顔でうなずいた。
それはよかった。
でも、これで安心したらいけない。
「で、相手になった隊士はどうなりました?」
相手の女の人は、山崎さんにかなり付きまとっていたから、今度はその隊士に付きまとってしまう可能性がある。
「あれ、蒼良さんは知らないのですか?」
私は何も知らないが、何かあったのか?
山崎さんの話によると、例の隊士は土方さんの講座を受け、例の作戦を決行した。
作戦はものすごくうまくいき、女の人の心の中にその隊士は入って行った。
そこまでは作戦通りだった。
しかし、ここからが作戦通りじゃなかった。
なんと、土方さんの言う通りに口説いていたら、本気でその女の人を好きになってしまったらしい。
というわけで、新たなるカップル誕生となったのだ。
作戦通りに行きすぎだろう。
「一件落着ですね」
私が言うと、山崎さんも笑っていた。
「こんなにうまくいくとは思わなかった」
「相手の女の人の心にその隊士はうまく入ったのでしょう」
「よかった。好きな人がいるからって言ったのに、それすら聞かなかったから、大変だった」
「ええっ! 山崎さん、好きな人がいるのですか?」
私が聞いたら、山崎さんの顔が赤くなった。
「い、いや、断るため、そう、断るために言ったんだ」
なんだ、そうだったのか。
「山崎さんが恋しているなら、全力で応援しようと思ったのになぁ」
私は、近藤さんみたいなことを言ってしまった。
そんな私の言葉を、困ったような顔をして山崎さんは聞いていたのだった。