瀬田に出張
12月になった。現代で言うと1月になる。
師走なり、周りが何となくあわただしく感じる今日この頃。
今、隊で話題になっているのは、11月下旬に土方さんが、行軍録というものを発表した。
これは、長州征伐に対応したものと言われている。
幕府対長州は、禁門の変で帝が住んでいるところへ銃を向けたと言う事で出兵して長州を包囲している状態になっていた。
この時期、どの藩も自分の藩のことしか考えていなくて、しかもどの藩も財政難になっていた。
できればお金は使いたくないと言う事で、戦をしたらお金がかかるから、したくないなぁという人たちが長州を包囲していたので、戦に動きが無くなるのも当たり前だろう。
それでも、いつか新選組もその長州征伐に呼ばれるかもしれないと言う事で、出来たのが行軍録になる。
もちろん、そこには私の名前はない。
私は女なので、ばれたときにこういうところに名前があがっていたらとんでもないことになるらしいので、出来る限り、こういうところに名前を残さないようにという、土方さんの配慮だった。
そして、山南さんの名前もなかった。
他にも藤堂さんと永倉さんの名前がない。
藤堂さんは江戸にいるのでないのは仕方ない。
でも、山南さんと永倉さんはなんでだ?
「私はわかるのですが、どうして山南さんの名前がないのですか?」
私は土方さんに聞いてみた。
もしかして、あれだけ派手に雪合戦したのに、まだ仲直りが出来ていないのか?
「ああ、山南さんと新八には、屯所を守ってもらう。全員留守にして、帰ってきたら屯所が無かったってなったら大変だろう。しかるべき人間に留守番をしてもらおうと思って外した」
そうだったのか。
「山南さんと永倉さんは知っているのですか?」
「行軍録を作る前に話をしてある。山南さんには留守はまかせておけと言われた」
それならいいのだけど。
「土方君、ちょっといいか?」
そんな話をしていると、山南さんが部屋に入ってきた。
「留守中の話だが……」
山南さんはそう前置きして難しい話を始めた。
ここにいても仕方ないし、お茶でも入れてこようかな。
私は部屋を出た。
再びお茶をもって部屋に戻ってくると、難しい話は終わったようで、和やかな雰囲気になっていた。
「おう、お茶を持ってきたか。気がきくな」
土方さんはそう言いながらお茶を取った。
「蒼良、長州征伐に行くときは、一緒にここを守ってくれよ」
そう言いながら山南さんもお茶を取る。
「でも、新選組が長州征伐に行くことがあるのですか?」
確か、なかったと思うぞ。
それに西郷 隆盛、あ、今は吉之介か?その人が間に入って、長州は戦わずに降伏するのだ。
だから、この行軍録もはっきり言ってしまうと無駄になってしまうのだ。
「あるに決まっているだろう。いつでも留守番できるように覚悟しておけ」
土方さんにそう言われてしまった。
そんなある日、新選組は大津にある瀬田という所へ出張に行くことになった。
行く人数は50名。
「なんか、お疲れ様旅行みたいですね」
瀬田に行く途中で、土方さんに言った。
「何だ、お疲れ様旅行って」
簡単に言うと、慰安旅行か?
「お前たち、いつも頑張っているから、副長からご褒美に旅行に連れて行ってやる! みたいな」
「ばかやろう、遊びじゃないんだぞ、仕事だ、仕事!」
でも、半数は遊びだと思っているだろう。
永倉さんなんて、
「今夜はとことん飲むぞっ!」
って言ってるもん。
「ところで、瀬田って温泉はあるのですか?」
「お前……」
土方さんに聞いたら、絶句されてしまった。
「遊びじゃねぇって言っているだろうがっ! ちなみに、温泉はねぇぞ」
ち、残念
「温泉があったら入るつもりでいたんじゃねぇだろうな」
はいって言ったら、怒られそうだな。
「は、入りませんよ。前に入っていたら、男湯と女湯が入れ替わって大変なことになったので」
京へ帰る途中で起きたことをチラッと話すと、
「その話、初めて聞いたぞ。どういうことだ」
「えっ、話していませんでしたか?」
「聞いてねぇぞ」
話さなかったか?
「後でじっくりと聞いていやるから、覚悟しとけ」
それはどういう意味なんだろう?変なこと言わない方がよかったってやつか?
土方さんは遊びできたわけじゃないって言っていたけど、夜は宴会になっていた。
これで遊びじゃないってどうなの?完全なる慰安旅行だろう。
「さぁ、飲んだ飲んだ」
そんな声があっちこっちから聞こえてくる。
「蒼良も飲め。今日はわだかまりも全部捨るといい」
伊東さんの弟の鈴木さんがお酌してきた。
「私、飲めないので」
「何だ、つまらないな」
つまらなくて悪かったな。
わだかまりも全部捨てろって言うけど、そんな簡単に捨てれるのなら、とっくに捨ててるわっ!
「蒼良君は、20歳まで飲まないって言っていたから飲まないだろう」
鈴木さんと私の様子を見ていた伊東さんが入ってきた。
「今度の正月には飲めるようになるから、その時が楽しみだ」
伊東さんは、さわやかに笑って言った。
「今日はお茶でも飲むといい」
そう言って、伊東さんは私にお茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
伊東さんからもらったお茶を飲んだ。
伊東さんが自分の空になったおちょこにお酒をそそごうとしていたので、さっきのお茶のお礼にと思い、お酌をした。
「蒼良君も、ありがとう」
伊東さんって、本当にさわやかな人だよなぁ。
でも、このさわやかさにだまされてはいけない。
影で新選組を乗っ取ろうなんて考えている人だ
まったく、今この隊で何人の人間がだまされているんだか。
「蒼良君、今回の行軍録を見たかい?」
「はい、見ましたが」
突然伊東さんは行軍録の話をしてきた。
「君の名前が無かったが、あれはどういうことだ?」
ああ、そのことか。
「私は、屯所を守らなければいけないので、行軍録には名前がないのです」
「君は、それでいいのか?」
全然かまわないが……何かあるのか?
「私だったら、蒼良君は重要な場所に置く」
どこに置くって言うんだいっ!
「例えば、私の場所とか」
伊東さんの場所は確か……
「2番隊ですか?」
行軍録の場所は、2番隊にあたるところにいる。
「そう。蒼良君には、それだけの価値があると思うのだが、土方君にはわかっていないらしい」
土方さんは、ちゃんとわかっている、わかってくれている。
だから、私もこの行軍録には納得している。
わかっていないのは、あんただろう。
「蒼良君、私につくつもりはないのか?」
私につく?
「それ、どういう意味ですか?」
伊東さんが言っている意味がよくわからなかった。
「土方君じゃなく、私と行動を共にするつもりはないか?」
そう言う意味か。
要するに、仲間にならないかと言う事だろう。
「一緒に行動しているじゃないですか、新選組として」
わざとらしくそう言ってやった。
「確かにそうだが、そう言う意味じゃなく、新選組とかそう言う組織を抜きにして、行動を共にしないかと誘っているんだが」
それは嫌だなぁ。
新選組の中にいても嫌なのに。
「私が、新選組を総べるようになったら、蒼良君を重宝するが」
総べるって、本気でいつか新選組を乗っ取るつもりでいるのか?
「総べるって、伊東さんが新選組の局長にでもなるのですか?」
そう言えば、乗っ取るって言っていたもんな。
「いつか、そう言う日が来たらと言う事だが」
「来ませんよ、そう言う日は」
実際にそんな日は来ない。
伊東さんが新選組から分裂してそこで長になるときは来るけど。
「蒼良君、それはどういう意味だ?」
伊東さんは、さわやかな顔をひきつらせて聞いてきた。
「言葉通りですよ。あなたが新選組を総べる日なんて来ませんよ」
これ以上、伊東さんと話をしたくない。
伊東さんが乗っ取りを考えていたことは、私もわかっている。
わかっているけど、腹が立つのだ。
なんでこんな奴をみんな信用しているのだ?
「私はこれで失礼します」
これ以上、ここにいたくない。
私は宴会の席を立ったのだった。
宴会場の外に出ると、廊下にある窓の障子を開け、そこに腰を下ろして月を見ていた土方さんがいた。
「どうした? もうおしまいか?」
お酒を飲んだのだろう。
ちょっと目をとろんとさせてうるませた土方さんが聞いてきた。
「終わっていませんよ」
「なに怒ってんだ?」
「怒っていませんよ」
怒っているのではなく、不機嫌なだけだ。
「土方さんこそ、どうしたのですか?」
なんで宴会を抜け出してここにいるんだ?
「風にあたって、酔いをさましていた。月が綺麗だぞ。お前も見るか?」
月明かりに照らされた土方さん。
それを見ただけでも、月がどんだけ綺麗で輝いているのか想像が出来る。
「寒くないですか?」
私が聞いたら、
「寒くない、ちょうどいいぞ」
と、土方さんが言った。
土方さんがいる窓に近づき、月を見た。
満月で月明かりが周りに降りそそぎ、目に見えるすべての景色が蒼白く輝いて見えて綺麗だった。
「綺麗ですね」
「綺麗だろ」
しばらく二人で月をながめていた。
「そう言えば、伊東さんに誘われましたよ。私と行動を共にしようって。新選組で一緒に行動しているのに変なこと言いますよね」
私が言ったら、月を見ながら、
「そうだな、変なこと言ってるな」
と、土方さんが言った。
再び二人で無言で月を見た。
「言わしておけ」
ポツリと土方さんは言った。
「伊東さんの思い通りにはさせねぇよ。だから言わせておけ」
土方さんの言葉を聞いて、なぜか安心した。
思い通りにならないのはわかっているけど、不安になっていたのだろう。
伊東さんに同調する隊士は増えているし、伊東さんの評判も上がってきている。
でも、土方さんの言葉で私の気持ちも落ち着いた。
「はい、言わせておきます」
きっと大丈夫。
何が大丈夫なんだかわからないけど、そう思った。
次の日、土方さんと近くにある石山寺に行った。
「石山寺って言ったら、源氏物語ですね」
と、私が言ったら、
「お前、字が読めねぇのに、源氏物語なんて知っているのか?」
と、土方さんに言われてしまった。
「今、漫画とかでも読めるじゃないですかっ!」
「えっ、まんが?」
あ、つい口から出てしまった。
もちろん、この時代には漫画なんてものはない。
「あ、本堂に行ってみましょう。眺めがよさそうですよ」
そう言ってごまかした。
本堂は、大きな岩の上に建っている。
それが石山寺という名前の由来になっているらしい。
本堂に行ったら、琵琶湖とかが見えて眺めがよかった。
ここは、たくさんの書物に出ているらしいけど、この眺めを見て納得してしまった。
「いい眺めですね」
「ああ、いい眺めだな」
ここならさぞかしいい俳句も浮かぶだろう。
でもそれを言ったら、絶対にうるさいっ!って言われるから、黙っておこう。
しばらく二人で景色を眺めていた。
「また来たいところだな」
土方さんが景色を見ながらそう言った。
「また来ればいいじゃないですか。ところで、今回の出張は遊びじゃないと言いつつ、ここに来ているのですが、大丈夫なのですか?」
ふと、疑問に思ったので、聞いてみた。
「お前、50人も来ているんだぞ。それだけ来ていれば、数人抜けても仕事はできんだろ」
「えっ、いいのですか?」
「副長が言ってんだから、いいんだ。伊東さんたちに仕事は頼んであるからな」
土方さんは、そう言ってにやりと笑った。
「なんか、それって……」
性格が悪くないか?
「なんか文句あるのか? 攘夷だなんだって毎晩道場でいいこと言っているらしいから、それなりにいい仕事もできるだろう」
それもそうだな
「昨日も俺の片腕を勧誘していたしな。それぐらいしても罰は当たらんだろ」
俺の片腕って……
「私のことですか?」
「字は読めねぇらしいが、一応、俺の片腕だ」
字は読めないって余計だろう。
土方さんの字が読めないだけだ。
でも、もしかして、認めてもらえたってことか?
「ありがとうございます」
「なにがだ?」
「認めてもらったってことですよね」
「確かに、女のくせに、並の隊士以上の働きはしているからな。それなりに認めてるさ」
わーい、やったぁ。
「しかし、お前なんてまだまだだ。あまりほめると調子に乗るからなまだまだだぞっ!」
そ、そうなのか?
そうかもしれないなぁ。
「これからも、しっかりやれ」
そう言って、土方さんは私の頭を軽くポンポンとたたくようになでてくれたのだった。