江戸時代版詐欺事件
江戸にいる藤堂さんから文が届いた。
見てみると、ちゃんと一文字一文字丁寧に書いてあった。
これなら読めるぞ。
しかし、なんか古典の教科書を読んでいるみたいだ。
「なに読んでんだ? お前が何か読んでいるなんて、珍しいな」
土方さんがのぞいてきた。
私が何かを読むってそんなに珍しいのか?
「藤堂さんからの文です」
「読んでやろうか?」
「大丈夫です。ちゃんと読めますから」
「お前っ、俺からの文は読めねぇって言って、近藤さんに見せたのだろう。なんで平助からの文は読めんだっ!」
「土方さんの文字は、ミミズみたいにくねくねしてて読めないのですよ」
「人の文字見てミミズみたいとは、ずいぶん失礼だな。俺の字は読めねぇで平助の字は読めるのか」
「こういうふうに書いてもらえれば読めますよ」
できれば、話し言葉で書いてもらえるともっと嬉しいのだけど。
この時代は、紙に書く言葉の使い方と、話す言葉の使い方がかなり違う。
そんなことを思いながら、藤堂さんの手紙を少しだけ土方さんに見せた。
「まるでガキに宛てた文だな」
ほ、ほっといてくれっ!
藤堂さんの手紙の内容は、剣の修業のこととか日常のことが簡単に書いてあった。
そして、気になることが一つ。
江戸では、年配の人を狙った詐欺がはやっているらしい。
それも、奉公に出した息子に成りすまして文を書く。
その内容が、奉公先でそこのお金に手を付けてしまった。
それがばれそうになっている。
早くお金を返さないと、奉公先から追い出されてしまう。
奉公先でも出世しそうなのに、それに影響が出てしまう。
すぐに返すから、お金を貸してほしい。
という内容で、後は日時と場所が指定してあり、自分の代わりに他の人間に行かすから、その人間に渡してほしい。
というものだった。
息子を案じた親は、その場所にお金を持って行って渡してしまう。
しかし、後日息子に会った時、その息子は覚えがないという。
そこで詐欺に会ったことが発覚するらしい。
京ではそう言う事件があるかわからないけど、注意してほしいと文に書いてあった。
「オレオレ詐欺か?」
思わず口に出してしまった。
江戸時代版、オレオレ詐欺なのかもしれない。
「何だそりゃ」
土方さんが聞いて来たので、藤堂さんの文のことを話した。
「そんな詐欺があるのか。悪人も変なところに頭使うよな」
おっしゃる通り。
「京ではまだないですよね」
「そんな話は聞かねぇな。これからあるかもしれねぇぞ」
そうなのか?
「もしあったら、犯人は生け捕りだな。裏に長州がいるかもしれねぇからな」
そ、そうなのか?
「とにかく、巡察に行ってきます」
私はそう言って部屋を出た。
「そんな話は聞かないな」
斎藤さんに藤堂さんの文のことを話したらそう言われた。
「どの時代にも、人をだます悪い奴っているものなのですね」
「俺は今の時代しか知らないが」
そ、そうだった。
普通の人はそうだよね。
「こ、こういうものは、だいたいどの時代にもあるものなのですよ」
「初めて聞いたな」
普段無表情な斎藤さんは、にやりという感じで笑っていた。
わ、私、何か悪いことを言ったか?
何を言ったのだろう、そう思って歩いていると、
「早う用意せんと、あの子がかわいそうや」
と言う声が聞こえた。
見てみると、年配の女の人が男の人と言い合いしていた。
「だから、早うよこして」
「そんな金あるわけないやろ」
「借りてでも用意せんと」
「店の金を取る奴が悪いんや。お灸すえてやらんとな」
「あの子がかわいそうやろ」
その言い合いの声が大きかったから、注目してしまった。
「ちょっと気になるな。行ってみよう」
斎藤さんと、その言い合いしている人のところに行った。
「奉公に出した次男から文が来てな、奉公先の店のお金に手を出してしもうたらしいんや。それがみんなに知られそうで、もし知られたら、支店を任せてもらえる話がのうなってしまうから、お金を貸してほしいって。そのお金で店のお金を返すって書いてあったんや」
どこかで聞いたことある話だな。
「でも、そんな大金うちにあるわけないやろ。店の金に手を出す方が悪いんやさかい、ほっとけって言うたんやけど、聞かんのや」
そう言った男の人は、この年配の女性の長男だと思う。
「でも、あの子がかわいそうや。お金で解決するんなら、解決してやったらええ」
「それが甘いんや」
ほっとくと、また親子喧嘩をしそうだ。
「まあまあ、落ち着いてください」
私は二人の間に立って、喧嘩を止めた。
「まず、その次男に直接会って聞いたのか?」
斎藤さんが年配の女性に聞いた。
「文が来たから……」
「直接会って話したわけじゃないのだな」
斎藤さんの問いに年配の女性がうなずいた。
「これは何かあるぞ」
斎藤さんが私に言ってきた。
「藤堂さんの文に書いてあった通りのことが起きてますね」
斎藤さんがうなずいた。
「この文は偽物の可能性があります」
私が言うと、
「そんなこと、あるわけないやろ」
と言われてしまった。
信じてもらえない、どうすればいいんだ?
「それに、あんたら壬生狼やろ? 余計信じられんわ」
いまだに壬生狼と言われてしまった。
池田屋とか禁門の変とかで好感度アップしたと思っていたのに。
「ここで言い合いしていても時間が過ぎるだけだ。次男の奉公先を教えてくれ。直接行って確かめてくる。なんなら一緒に来てもかまわないが」
斎藤さんがそう言うと、
「壬生狼は信じられんさかい、一緒に行くわ」
と、言われてしまった。
私たちって、信用がないのか?こんなに京の町を守ることに一生懸命になっているのになぁ。
息子さんの奉公先は、ここから距離があった。
距離があるところじゃないと、直接確認しに行けるもんね。
距離があったから、年配の女性はくたびれるかもと思っていたけど、全然そんな雰囲気はなかった。
この時代の女性は強いのかも。
息子さんの奉公先はとっても大きかった。
なんかの問屋さんらしい。
奉公人を雇うぐらいだから、大きなお店なんだろう。
斎藤さんが、その問屋さんの番頭さんと話をし、息子さんを連れてきてもらった。
「お前っ! お店のお金取ったんか?」
年配の女性は、息子さんを飛びつくようにかけていき、真っ先にそう言った。
息子さんは真面目そうな人だった。
お金を取るような人には見えない。
「なんでうちがとらなあかんのや?」
年配の女性の言葉に首をかしげる息子さん。
やっぱり詐欺事件だったか。
「実は、こういう文が来てだな……」
斎藤さんが文を見せながら今までのことを説明した。
「うちがお金取るわけないやろう。もっと信用してや」
息子さんは、斎藤さんから一通りの話を聞くと、年配の女性にそう言った。
「そやけど、あんたを奉公に出す前のことを考えたら……あ、この子は今では落ちついとるけど、奉公に出す前は悪うてなぁ」
「そんな昔の話せんでもええやん」
親子のやり取りは、なんかほほえましかった。
「それなら、あの文はなんなん? 偽物にしても、なんでうちに来たんやろう」
年配の女の人が言った。
そりゃ、疑問に思うよなぁ。
「この件、新選組に預けてもらえないだろうか?」
斎藤さんが年配の女性にお願いした。
壬生狼と私たちのことを言っていたから、無理なのでは?と思ったけど、
「ここまで連れてきてもろうたし、あんたらがいなかったらだまされとったかもしれんしな。ええよ」
と、あっさりと許可してくれた。
「それと、あんたらのこと壬生狼言うてすまんなぁ。新選組なんやな」
やっとわかってもらえたらしい、よかった。
「よし、屯所に急ぐぞ」
斎藤さんに言われ、親子に挨拶をしてから急いで屯所に帰った。
「平助の文に書いてあった詐欺事件か」
土方さんに今まであったことを斎藤さんと一緒に話をした。
「江戸だけだと思っていたら、京にも来たか」
土方さんがつぶやいていた。
「どうしますか?」
斎藤さんが土方さんに聞く。
「詐欺を捕まえるいい機会だな。この機会を逃すわけにはいかねぇだろう」
そりゃそうだ。
「お金の引き渡しは、今夜になっています」
私が言うと、
「ずいぶんせっかちな奴だな」
と、土方さんが言った。
「今夜、引き渡し場所に待機してとらえるのが一番いいかもしれないです」
斎藤さんがそう言った。
それが一番いいだろう。
「確実に捕縛するために、実際に一人引き渡し場所に行かせるのもいいかもしれねぇな。金の引き渡しが終わるか終らないかの時に一斉に捕縛に出て行けば、確実だろう」
確かに、それもいいかもしれない。
「金の引き渡しは、男より女の方が警戒心が無くなるから、女がいいと思います」
斎藤さんの言う通りだろう。
男性が行くより、女性が行った方が相手も油断するだろう。
しかし……
「そんな危険な場所に行ってくれる女の人なんているのですか?」
そんな怖い現場に行く物好きな女の人なんて、この時代にいるのか?そう思って質問した。
すると、土方さんと斎藤さんは、私の方をジイッと見てきた。
もしかして……
「ここにちょうどいい女がいるだろう」
そう言う土方さん。
その物好きな女って、私かいっ!
「準備はできたか?」
部屋の外から土方さんの声が聞こえた。
「できましたよ」
私がそう言うと、土方さんが部屋に入ってきた。
「着物姿が様になってきたな。最初は浴衣も着れなかったのによ」
それは言わないでください。
「でも、こう何回も女物の着物を着る機会があれば、着方もうまくなってきますよ」
「普通は着物を着るだろうが。着方がわからなかったお前がおかしい」
す、すみません。
「斎藤、準備ができたぞ」
土方さんが斎藤さんを呼んだ。
斎藤さんは、私を見て一瞬驚いていた。
なんか驚くことでもしたか?女装しているぐらいだろう。
「斎藤、蒼良を頼むぞ。絶対に怪我させるなよ」
普段はそんなこと言われないのに、女装しているしているせいか、女の子扱いしてもらっているって言う感じがした。
「お前は絶対刀を抜くな。わかったな」
お金の引き渡し場所に行くまでに何回も斎藤さんに言われた。
刀は、何かあった時のために隠し持っている。
「お前に刀を抜かせるようなことは絶対にさせないから、抜くな。わかったな」
「大丈夫ですよ。いざとなったら戦いますから」
「それがだめだと言っているんだ。言う事を聞け」
わかりました。
引き渡し場所に近づくと、私一人になった。
他の隊士と斎藤さんは、物陰に隠れて見守ってくれていた。
引き渡し場所に着くと、いかにもガラの悪そうな浪人が6人ぐらいいた。
「あれ?ばあさんが来るはずだけどな」
そうだ、あの年配の女性に文が来たんだ。
「お母さんは驚いて倒れてしもうたんや。うちが代わりに持ってきた。これでええやろ?」
一年半以上京にいて覚えた数少ない京言葉で話した。
お金を見せたら、浪人たちは納得したようで、にやりと笑った。
こんなお金、よく用意できたよなぁ。
そんなことを思いながら、浪人の一人にお金を渡す。
お金を渡したら、素早く離れる予定だった。
しかし、お金を渡した浪人に腕をつかまれる。
もしかして、ばれたのか?
「姉ちゃん、綺麗な顔しているなぁ。俺たちの相手もしていけ」
ばれたんじゃないらしい。
紛らわしいじゃないかっ!怒って刀を出そうとした時、
「出すなと言っただろう」
と言って、斎藤さんが刀を浪人に突き付けていた。
それからが早かった。
浪人より隊士の方が多かったので、あっという間に捕縛完了。
「奉行所に送っておけ。長州の浪人でもなさそうだしな」
斎藤さんがそう指示を出した。
確かに、長州のなまりがないから、普通の浪人だろう。
「俺は、こいつを送っていく。行くぞ」
そう言った斎藤さんは、私の手を引っ張って行った。
ずうっと、斎藤さんに手を引かれて歩いていた。
「あれ? 屯所に帰るんじゃないのですか?」
どう考えても、屯所がある方向じゃない。
「たまには、散歩して歩いてもいいだろう」
別にいいけど、斎藤さんでも散歩するときがあるんだなぁ。
「お前」
そう言って、斎藤さんが振り返った。
「何ですか?」
「屯所で着物を着たお前を見た時、驚いた」
そう言えば斎藤さん、ちょっと驚いた顔していたなぁ。
「綺麗になったな」
そう言った斎藤さんの表情は、斎藤さんの顔のところに月が見え、その月明りで影になって見えなかった。
と、突然、何言いだすんだっ!照れるじゃないかっ!
「それが言いたかった」
そう言うと、何事もなかったかのように、斎藤さんは歩き始めた。
私が一人で照れたりしていたのだった。