雪が降って寝込む
11月は、現代で言うと12月にあたる。
12月と言えば、冬だ。
冬と言えば雪だ。
というわけで、今雪が降っている。
「おいっ! 寒いだろうがっ! 雨戸閉めろっ!」
土方さんに怒られてしまった。
夜にしんしんと雪が降っているので、どれぐらい積もったか気になり、ついつい雨戸を開けて確認してしまう。
そして、また数時間すると、気になってしまい、また開けてしまう。
「そんなに雪が気になるのか?」
土方さんに聞かれたので、雨戸を閉めて障子も閉めて部屋に入った。
「明日朝起きたら真っ白なんですよ。楽しみじゃないですか」
「俺も雪は嫌いじゃなから気持ちはわかるが、寒いのが嫌だな」
土方さんは、火鉢にあたりながら言った。
「土方さん」
「なんだ?」
「寒いのを嫌がるのは、おじさんの証拠ですよ」
「な、何だと?」
「若者は、純粋の雪を楽しむのです」
「そりゃ、若者とは言わねぇ、ガキだ」
ガ、ガキだと?
「おじさんに言われたくないですね」
「俺も、ガキに言われたくねぇな」
土方さんとそんな言い合いをしながら夜はふけていったのだった。
朝、真っ先に雨戸を開けた。
見事に積もっていた。
しかも、まだチラチラと降っている。
「雪、積もってますよ」
私が言うと、
「こういうときだけだな、お前が冬に真っ先に雨戸を開けるのは」
と、土方さんに言われたのだった。
今日は、幸いなことに非番だった。
雪で思いっきり遊べるぞ。
何しようかな?雪だるまでも作るか?
みんなが巡察に出た後、私は喜び勇んで玄関から一歩踏み出した。
しかし、踏み出した一歩が悪かったのか、思いっきり滑ってそのまま頭から後ろに倒れてしまった。
頭を強く打ち、しばらく意識が遠くなった。
気を失っていたのは、多分数分だろう。
なぜなら、意識が戻っても外で倒れたままだったから。
雪が水分が多いせいなのか、着物は背中がほとんどぬれていた。
これは着替えないと風邪ひくなぁ。
起きようとして頭を動かしたら、頭がクラクラして痛くて起きれなかった。
脳震盪をおこしたらしい
そして、足も痛くて動かせない。
滑った時にひねったみたいだ。
雪の上にあおむけになっているので、だんだん雪の水分が背中にしみてくる。
しかも冷たい。
これは早く何とかしないと。
「すみませーん、誰かいますか?」
屯所の中に向かって大きな声で言ってみたけど、なんも反応がなかった。
この時間、みんな巡察に出ているか、夜の巡察に出ていた人たちが寝ているかだから、誰も気が付かないのかもしれない。
土方さんとか近藤さんとかは出かけているみたいだし。
私、屯所前で凍死するかも……
「何や、なにやっとんや?」
聞こえてきた八木さんの声が、神様の声に聞こえた。
「あんた、いくら雪が好きやからって、雪の上に寝転ぶなんておかしいやろ」
八木さんが、私のことを上からのぞきこんでいた。
「助けてください」
「なんや、あんたの冗談につきおうている暇はないんよ」
八木さんは、何事もなかったかのように行ってしまった。
これが、冗談に見えるのか?こんなに真剣なのに……。
私の日ごろの行いが悪いのか?でも、雪の中に寝転んで助けてくださいって言う冗談は言ったことないぞ。
誰か、本当に、真面目に、助けてっ!
雪の中から解放されたのは、お昼すぎだったと思う。
それまでずうっと雪の上にあおむけになって寝ていた。
上から降ってくる雪が見える。
普段なら、喜んでいたかもしれないけど、この時は、このまま雪に埋もれるかもと本気で思っていた。
寒いし、冷たいし、ガタガタふるえていたら、斎藤さんが巡察から帰ってきた。
「お前、玄関の出入り口で寝たら邪魔だろう。別なところに行け」
いや、好きでここで寝ているんじゃないから。
「た……助けて……」
寒くて声も出なかった。
「遊んでいるのか?」
いや、遊んでないから。
私が雪の上で寝ていると、冗談に見えたり、遊んで見えたりするのか?
そのうち斎藤さんは、転んだ時にはいていた草履があっちこっちに飛んでいるのを見つけた。
「お前、転んだのか?」
やっと気が付いてくれたのか?
斎藤さんは、かがんで私の顔を見た。
「起きれるか?」
私は首を振った。
斎藤さんは急いで抱き起してくれた。
ちょっとめまいがした。
「いつからそこで寝てた? ずいぶん体が冷たいぞ」
斎藤さんは私を肩に抱え上げ、そのまま部屋に運んでくれた。
た、助かった。
しばらく部屋で横になっていたら、めまいがおさまって来たので、何とか起き上がって着替えた。
しかし、着替えたら力尽きてまた横になった。
「あ、着替えたか。着物がぬれてたから、そのままにしておけないし、俺が着替えさせるしかないと思っていたが」
いや、それはかなり恥ずかしい。
でも、斎藤さんは本気で考えていたみたいで、着物を持ってきていた。
「起きれるか?」
「今、少し起きて着替えたのですが、着替えるのがやっとでした」
「話せるようになったか。俺が見た時は、ふるえていて何話しているんだがわからなかったが。布団しいてやるから、そこで寝ろ」
斎藤さんは手早く布団をしいてくれた。
そして、私が布団に入るのを手伝ってくれた。
「転んで頭を強く打ったのだろ? よくあることだ、寝れば治る。今日は一日寝てろ」
そう言って、掛け布団を私にかけてから、斎藤さんは部屋から出て行った。
「ずうっと外で寝ていたのか? 助けを呼ぶって考えなかったのか?」
夕方になると、土方さんが返ってきた。
「助けを呼んでも誰も出てくれなくて」
「ま、昼間はそうだろうな。しかも、八木さんが通りかかったのに、いたずらと思われたって、災難だな」
八木さんも、ちゃんと見ればいたずらじゃないってわかっただろうに。
もしかして、わざとだったのか?ことあることに
「追い出すえっ!」
と言っていたしなぁ。
「他に具合悪いところはあるか?」
「足をひねったみたいで、痛いのです」
「どれどれ?」
土方さんが布団をめくって足を見てくれた。
「骨には異常がねぇな。いい薬があるから、それを飲め」
いい薬って、なんだ?まさか……
「ミイラとか言わないですよね」
「あれは効かねぇって言っただろう。もっといい薬がある」
そう言って、粉薬とお水を持ってきてくれた。
「本当は、酒と一緒に飲むのがいいんだが、お前は酒が飲めんだろ。水で飲め」
土方さんが持ってきてくれた薬を飲んだ。
「これって、何の薬ですか?」
私は、空になった湯呑を渡しながら聞いた。
「打ち身捻挫に効く薬だ」
まさか……
「石田散薬ですか?」
江戸にいた時、土方さんと一緒に石田散薬をもってお客さんの家を回って歩いた。
その薬か?
「そうだ」
「効くのですか?」
「ばかやろう、効くから売っていたんだろう」
それもそうなんだけど……この時代の薬をむやみに飲んで大丈夫なのか、心配になってしまう。
でも、石田散薬なら大丈夫かも。
これ飲んで死んだって話は聞かないから。
「お前、熱があるんじゃないか?」
熱?そう言われるとなんか体がだるいような感じもする。
土方さんが私の額に手を置いた。
その手が冷たくて気持ちよかった。
「やっぱり、熱が出てるぞ。雪の中で長時間寝てりゃ風邪もひくよな。ゆっくり寝てろ」
そう言って、土方さんは部屋から出て行った。
そのまま寝てしまい、気がついたら朝だった。
「本格的に風邪ひいたな」
土方さんが私の顔をのぞきこんで言った。
「雪は?」
「お前、自分が風邪ひいて寝込んでいるのに、雪が気になるのか? それどころじゃねぇだろうが」
そうなのだけど、雪が溶けたのか降っているのかとっても気になる。
「今日は寝てろ」
そう言って土方さんは、私の額の上にぬれた手拭いをのせて部屋から出て行った。
ずうっとウトウトしていた。
きっと熱のせいなんだろう。
額に冷たい重みを感じて目が覚めた。
見ると沖田さんがいた。
そして、私の額に何か乗っているらしい。
視界の端の方にチラッと何かが見えている。
「あ、起きた」
沖田さんが起きたと言った。
熱のせいか、変なしゃれを考えてしまう。
「蒼良、昨日雪の上で寝てたんだってね」
いや、好きで寝ていたわけじゃないから。
「そんなに雪が好きだったなんて、知らなかったよ」
雪は好きだけど、長時間雪の上で寝るぐらい好きじゃないですから。
「だから、蒼良にお土産持ってきたよ」
お土産?なんだろう?
「見えない?」
沖田さんにそう聞かれたけど、私の視界には沖田さんの顔しかない。
あと、なんか白いものが視界の端の方にあるのだけど、これなんだ?
手でそれを触ろうとした時、
「ああ、触ると崩れちゃうよ。ただでさえ溶けそうなのに」
と、沖田さんが言って、私の手をはらった。
崩れちゃう?何置いたんだ?
「蒼良の額の上に雪を置いたんだよ。この前の冬に蒼良が面白い物を作ってくれたじゃん? それを作って置いてみた」
面白いものって、雪だるまか?
そう言われると、そう見える。
「だから、壊さないでね」
いや、壊すなって……
「人の額の上に置かないでくださいよ」
人の額の上に雪だるまは置かんだろう、普通は。
「ああ、蒼良、触らないで」
沖田さんはそう言っていたけど、額が重たいので、雪だるまを手で持ってどけた。
「あ~あ、せっかく作ったのにな」
雪は冷たくて気持ちよかった。
でも、おでこの上にあるんは嫌だなぁ。
沖田さんは、私の手から雪だるまを取ると、お盆の上に置いた。
お盆があったのか?よく見ると、湯呑までのっている。
「蒼良、風邪によく効く薬があるよ。もらいものなんだけどね」
なんか、すごく嫌な予感がするのですが……
「これなんだけどね」
沖田さんは小瓶を出してきた。
って、それ、私がおみつさんから預かってきたものだから。
「聞いた話によると、異国から来たものみたいで、すごく高価らしいよ」
「それ、ミイラじゃないですか」
「あ、よくわかったね」
だから、それは私が持ってきたものだろうがっ!
「蒼良、飲もう」
それで湯呑とお盆があったのか。
「絶対に嫌です」
「効くらしいよ」
「絶対に効かないですよ」
「それは飲んでみないとわからないじゃん」
いや、効かないから。
効いていたら、現代でも普通に処方されていると思うし。
って言うか、これって、仕返しか?
私が見ていたら、沖田さんはにこっと笑った。
「蒼良は、今後僕に変なもの飲ませようとしないでね」
やっぱり、仕返しだったのか?
「わ、私は沖田さんが心配で……」
「僕も蒼良が心配だから、これ飲む?」
小瓶を出す沖田さん。
「嫌です」
「それなら、約束ね」
沖田さんはにっこりと笑っていた。
もしかして、沖田さんにしてやられたか?
ウトウトして目が覚めると、誰かがいた。
でも、熱があるからまたウトウトして夢の中に入っていった。
そして、だいぶ元気になってきたとき、原田さんがいた。
「蒼良、大丈夫か?」
原田さんは、心配そうな顔をしていた。
「寝たらだいぶよくなってきました」
「それはよかった」
原田さんはそう言いながら、私の近くに座った。
「雪の上で寝てたって本当か?」
その部分だけ噂で流れているのね。
「滑って転んでしまって、動けなくなったのです」
「何だ、俺は、蒼良が雪が好きで、雪の上で寝てたら風邪ひいたって聞いたぞ。だから、みんな雪持ってきたんだろうなぁ」
「えっ、雪?」
そう思ってお盆の方を見ると、雪の塊が置いてあった。
いくら好きだからって……でも嬉しいなぁ。
そう言えば、転んだっきり雪みてないなぁ。
「雪は、どうなっているのですか? 降っていますか? 積もっていますか?」
障子の方を見ると、外は曇りらしいけど、曇りにしては明るく感じるから、雪があるのだろう。
「まだ降っているよ」
「そうですか」
障子の方を見て返事をした。
「見たいのか?」
そんな私を見て、原田さんが聞いてきた。
「見れるのですか?」
「見たいならいいぞ。ただし、少しだけだぞ」
原田さんはそう言うと、私の体を敷布団でくるみ、そのままお姫様抱っこした。
突然のことに驚いて声が出なかった。
そして、そのまま障子に近づき、障子をあけた。
外は、まだ雪が降っていた。
真っ白な世界が広がっていた。
「本当だ、まだ降ってる」
真っ白で、綺麗だった。
「蒼良が早く治せば、この雪をさわれるぞ。早く元気になれ」
そう言った原田さんの顔が近くにあった。
優しい顔をしていた。
じいっと見ていると、目があってしまった。
しばらく無言で見つめ合ってしまった。
「あんたら、見せつけんでもええやろう」
八木さんの声が聞こえてきた。
なんと、庭から八木さんが出てきた。
ここは八木さんの家だから、庭から出てきても別にいいのだけど……
「うちはな、この前の席を壊されたから怒ってんやないで。でも、昼間から見せつけんでも」
いや、怒っているだろう。
それにこれも誤解だ。
「八木さんこそ、昼間っから何考えてんだよ」
私は照れて何も言えなかったけど、原田さんは何事もなかったかのように言った。
「男同士でそんなんやって外見とったら、考えるやろう」
「嫌だな、八木さんこそ、昼間っから」
原田さんは笑いながら言っていた。
「ほどほどにしいや」
そう言いながら、八木さんは去っていった。
何をほどほどになんだろうか?
「蒼良、体が冷えるから、中に入るぞ」
原田さんは、私を優しく布団に寝せてくれた。
「熱はまだ少しあるな。もうちょっと寝た方がいい」
私の額に手のひらをのせて原田さんが言った。
「雪、ありがとうございます」
私がそう言うと、
「早く元気になれよ」
と、原田さんが言ってくれた。
それから、また夢の中に入って行った。
私の熱は数日で下がった。
雪は私が熱がある間降り続き、完治した後はかなりの量積もっていた。
よし、遊ぶぞっ!