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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年11月
146/506

伊東さんの勉強会

 山南さんのことが気になったので、山南さんの部屋に行った。

 行こう行こうと思っていたのだけど、忙しくてなかなか行けなかった。

 やっと時間が出来たのが、今日の夜だった。

「山南さん、いますか?」

 そう言いながら襖を開けると、なぜか沖田さんがいた。

「山南さんなら、道場にいるよ」

 道場?夜稽古でもしているのか?

「山南さんも、夜稽古するなんて、元気ですね」

蒼良そら、稽古じゃないよ、伊東さんの話を聞きに行っているんだよ」

「伊東さんの話?」

 沖田さんの話によると、最近、夜になると隊士を集めて伊東さん主催の勉強会をしているらしい。

 伊東さん主催と言うところがなんかあやしいよな。

「それが結構人気があるみたいだよ」

 沖田さんは興味なさそうに言った。

「沖田さんは行かなかったのですか?」

「僕は、最初言ったけど、あまり興味ないからやめた。眠くなるし」

 眠くなるような話なのか?

「興味あるなら、行ってみたら?」

「興味はないですけど、山南さんが気になるので行ってきます」

「蒼良が行くなら、僕も行こうかな」

 沖田さんが立ち上がった。

 というわけで、一緒に行くことになった。


 道場に行ってみると、ほとんどの隊士がここにいた。

 山南さんは、一番前に座って真剣な顔で話を聞いていた。

 他にも斎藤さんや永倉さんの顔があった。

「蒼良君と沖田君、よく来てくれたね。さ、入った入った」

 伊東さんの弟である鈴木さんに中に入るように言われた。

 一番後ろに座って伊東さんの話を聞くことになった。

「今しなければならないことは、攘夷だ」

 伊東さんは、一番前で力強く話をしていた。

「攘夷って、何ですか?」

 こういう質問をするのは、きっと最近江戸で入って来た隊士なんだろう。

 この時代、攘夷という言葉は浪士の中で流行語大賞に輝くぐらい頻繁に使われる言葉になっている。

「いい質問だ」

 その質問をした隊士を指さして、伊東さんは言った。

「浦和にペルリが来てから日本は異国の脅威にさらされている。このままにしておくと、日本も隣の国である清のように異国に領土を取られてしまう。下手すると日本が無くなるかもしれない」

 いや、それはないから。

 でも、伊東さんの熱弁は続く。

 伊東さんが熱く語るたびに、隊士たちの視線も熱を帯びたようなものになってくる。

「攘夷とは、日本が異国に乗っ取られないように戦うことだ。それが正義だ。諸君、正義のために戦うのは今だっ!」

 伊東さんが拳を上にあげた。

 隊士たちも

「そうだ!」

 と言いながら拳をあげる人もいる。

 山南さんなんか、拍手をしている。

 道場の中は異様な熱気に包まれていた。

 まるで、伊東さんに洗脳されているような感じだ。

 伊東さんの演説は間違っている。

 そのままにしておこうか?そう思ったけど、この洗脳をこのままにしておけないと思った。

「伊東さんの言っていること、間違ってます!」

 私は立ち上がって言った。

 道場の中がシーンと静かになった。

「蒼良君、私の話を聞きに来てくれたのだね、ありがとう」

 伊東さんが両手を広げた動作が、あなたを歓迎しますというような感じがした。

「そんなことを言っているのではないです。あなたの話は間違えています」

「どこが間違えているというんだい?」

 伊東さんの態度は余裕たっぷりで、イライラした。

「まず、正義のために戦うと言いましたよね」

「言った」

「正義って何ですか?」

「正しい行いをすることだろう。まさに我々のことだ」

 伊東さんがそう言うと、そうだ、そうだっ!という声が聞こえた。

「その通りです。正しい行いをすることです。でも、私たちが正義かというとそうではないです」

「ほう、蒼良くんの考えを聞かせてもらおうか」

 伊東さんは、楽しそうな顔をして私を見た。

「異国の人たちから見たら、私たちは正義ではないです。彼らの正義は、多分、日本と交易をすること。あるいは日本を取ることかもしれない」

「蒼良は、異国の人間が正義だと言いたのかい?」

 伊東さんが楽しそうにそう言うと、お前はそれでも日本人かっ!というやじが飛んできた。

「違います。正義は、視点が変われば正義も変わるのです。そんな変わる物のために命をかけて戦うのが間違っていると言いたいのです」

 私が言うと、道場内はシーンとなった。

「自分たちの信じる正義が間違っていることもあります。その間違った正義のために命をかけるのは間違っています」

「蒼良は、攘夷が間違いだと言いたいのか?」

「私は、あなたの考えがこの新選組の思想と違っていると言いたいのです」

 新選組は幕府派。伊東さんは朝廷派だ。

 今はいい。公武合体政策がうまくいっていて、朝廷と幕府は仲がいいから。

 問題はその後だ。

 朝廷も孝明天皇が亡くなるし、幕府も家茂公が亡くなる。

 そして薩摩と長州が手を組み、幕府対朝廷で戦いが始まる。

 伊東さんも、最後には隊を二つにしてしまう人だ。

 この人がここにいると、新選組にとっていいことはない。

「攘夷という点では意見は同じだが」

「同じなのはそれだけです。それ以外はあなたと考えが違うと思います。私はここで失礼します」

 これ以上ここにいたくない、そう思った。

 伊東さんの話を素直に聞けない。

 私は頭を下げて道場を後にした。

「お前、兄貴に失礼だろう」

 鈴木さんが私に向かってきた。

「三郎、手を出すな。蒼良君、ぜひまた来てくれ」

 伊東さんにそう言われた。

 二度と来るもんかっ!


「蒼良すごいね。僕なんて伊東さんの話を聞くたびに眠くなっていたのに、よく聞けたよね」

 なぜか沖田さんも一緒に出てきたらしい。

 って、すごいのは、眠くならなかったことなのか?

「沖田さんは、伊東さんの話を聞いて何も思わなかったのですか?」

「眠いと思った」

 ええっ!それだけかい。

 だから、洗脳されなかったのか?

「沖田さんもすごいと思いますよ」

「そうかな。刀以外はまるっきりだめだからね」

 あははと沖田さんは笑っていた。


「洗脳だと?」

 次の日、昨日の夜に道場であったことを土方さんに話をした。

「はい。伊東さんは新選組を自分の考えで染めようとしているのだと思います」

「お前、今頃わかったのか?」

 ええっ、土方さんは前からわかっていたのか?

「俺は、あいつの周りに間者を放っているからな。何考えているかすぐわかるようになっている」

 そうだったのか。

 そう言えば、のちに御陵衛士に間者としていく斎藤さんの姿もあった。

 永倉さんも間者か?いや、違うな。

 京へ向かうときから伊東さんのことをほめていたもんな。

 山南さんは?あの顔は、完全に洗脳されている顔だった。

「お前は、昨日あいつに食って掛かったらしいな」

 なんでそこまで知ってんだ?間者がそこまで報告しているのか?

「お前の話もなかなか良かったらしいな。聞いてみたかったな」

 土方さんはにやりと笑った。

「からかわないでくださいよ」

「いつもとぼけたことばかりしてんなと思っていたが、ちゃんと考えは持っているようだな」

 それじゃあ、まるでいつもとぼけているみたいじゃないか。

 土方さんは、私の頭をワシャワシャと乱暴になでたのだった。


 今日は沖田さんと巡察だった。

「山南さんは、いつから伊東さんの話を聞き始めたんですか?」

 私はそれが気になったので聞いてみた。

 沖田さんなら、山南さんとも親しいからわかるだろう。

「伊東さんが最初に道場で勉強会を開くって言った時からかな」

「それっていつごろからやっていたのですか?」

「伊東さんが江戸から来て間もなくかな」

 そんな前からやっていたのか。

「山南さんなんて、もう伊東さんに夢中だよ」

 やっぱりそうなのか?

「伊東さんの話はとても勉強になるとか、ほめまくっているよ」

「山南さん、もうそんなに伊東さんに夢中なのですか?」

「夢中って、男女の恋愛みたいだね」

「いや、そう言う意味で言ったんじゃないですよ」

「わかっているよ。山南さんらしくないって言いたいんでしょ」

 何が山南さんらしいのかわからないけど、山南さんが伊東さんに夢中になるのがだめなのだ。

 お師匠様にも山南さんと伊東さんの接触を気を付けろと言われていたから、なおさらだ。

「蒼良がいない間に、山南さんにも色々あったんだよ」

 なにがあったんだ?

 沖田さんは、江戸で永倉さんが話してくれたあの事件の事を話してくれた。

 永倉さんたちが会津藩に近藤さんのことを書面に書いて出したところまで同じだった。

「土方さんは、江戸からの仲間を失うことは避けたかったから、新八さんたちは謹慎ですんだけど、切腹した人間もいたんだよ」

 永倉さんの話だと、葛山さんという人が切腹をしたと聞いた。

「山南さんが、一人だけ切腹じゃなく全員謹慎にすればいいって、土方さんに言ったんだ」

 でも、切腹したと言う事は、土方さんは山南さんの意見を聞かなかったことになる。

「山南さんと土方さんの意見が合わなかったのですね」

 私が言うと、沖田さんがうなずいた。

「俺は総長で局長の次に権力があるはずだが、名前だけのようだなって、僕によく言っていたよ。山南さんはずうっと体調が悪くて奥にこもっていたからね」

 山南さんが体調をこわしている間に、副長である土方さんの方が力が強くなってしまったのだ。

 二人の意見が、同じうちはいい。

 でも違ってしまったら、土方さんの方が今は強いから、隊の中の自分の権力の大きさに山南さんが気が付いてしまうだろう。

 山南さんは、頭がいい人だすぐに気が付くだろう。

「それで山南さんは脱走をしてしまうのかな」

 心の中のつぶやきを口に出してしまった。

「えっ、山南さんが脱走? ありえないよ」

「あ、そうですよね。あはは」

 笑ってごまかした。

「昨日は、蒼良はすごいこと考えているなぁと感心したけど、やっぱり、蒼良は蒼良だね」

 そりゃどういう意味だっ!

 とにかく、今は山南さんだ。

 早く山南さんの話を聞いたほうがいいのかもしれない。


「なんだ蒼良。顔色が悪いぞ」

 巡察から帰ってきて、すぐに山南さんの部屋に行った。

 色々考えていたから、顔色も悪くなっていたのだろう。

「山南さん、伊東さんのこと、どう思っているのですか?」

 前置きなく聞いた。

「なんだ、突然。ああ、昨日の蒼良なかなかだったが、伊東さんの意見も聞かずに反抗するのはどうかと思うぞ。伊東さんは頭のいい人だ。あれでなかなかいいことも言うぞ」

 やっぱり、伊東さんに洗脳されているよ。

 山南さんが伊東さんについたと言う事は、土方さんとも対抗するってことだ。

 それは何としても避けなければ。

 でも、どうやって?

「山南さんは、伊東さんが好きなのですか?」

「好きというか、なかなかいい考えを持っている」

「私は、伊東さんの考えに同調できないです」

 やっぱり、伊東さんの言っていることが全部嘘に聞こえてしまう。

「そんなこと言わず、蒼良も伊東さんの勉強会にもっと積極的に出るといい。総司にもすすめたんだが、あいつも、難しいことはわからないとか言って出ないのだ」

 山南さん、沖田さんにもすすめたんだ。

「おっ、そろそろ時間だな」

 山南さんはそう言うと立ち上がった。

「どこへ行くのですか?」

「道場だ。そろそろ伊東さんの勉強会がある。蒼良も一緒にどうだ?」

「私はいいです」

「そうか。残念だな」

 山南さんはそう言うと、道場へ行ってしまった。

 山南さんがいないのに、部屋にいても仕方ないので、山南さんの部屋を出た。

 部屋の外には沖田さんがいた。

「山南さんの頭の中は、伊東さんでいっぱいだよ」

 沖田さんは悲しそうに言った。

「あの人のどこがそんなにいいんだか、僕には理解できないけどね」

 そう言うと、沖田さんも行ってしまった。

 もう山南さんを止めることは無理なのか?

 でも、土方さんとの溝を埋めればまだ大丈夫かもしれない。

 埋められるのか?私にできるのか?

 やらなければ。

 山南さんを切腹させたくないし、藤堂さんとも約束した。

 私にできることは、最大限にやろう。

 後悔はしたくないから。

 誰もいない山南さんの部屋を見てそう思ったのだった。

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