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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年11月
145/506

お礼参り

「おい、いい加減出てきやがれ」

 土方さんはそう言うけど、寒くて布団から出られない。

 チラッと布団中から外を見ると、なんと、雨戸まで開けてある。

 北風が通り過ぎていくわけだ。

「なんで雨戸まで開けてあるのですか? せめて障子ぐらい閉めてもらえませんか?」

 全部開けてあったら、寒くて着替えられないだろう。

「空気の入れ替えだ。お前がなかなか起きてこれないのは、部屋の空気が汚れているからだろう。こうやって入れ替えしたら目も覚めるだろう?」

 いや、寒くて余計布団から出れませんから。

「いい加減出て来い」

「嫌です」

「お前は夏は暑くても平気な顔をしているが、冬はずいぶんと寒がりになるな」

 だって、この時代の夏の暑さはたいしたことがない。

 でも、冬は寒い。

 きっと地球温暖化現象なんてまだないのだろう。

 そのうえ、暖房器具のないこと。

 エアコンが恋しい。

 せめてストーブでもいいからほしい。

「もういい加減にしろっ!」

 土方さんの怒鳴り声とともに、上にかかっていた布団が無くなった。

 北風が直接体に吹き付けてくる。

「な、何するんですかっ! 寒いじゃないですか」

「いつまでも布団に入っているから寒いんだ。とっとと着替えれば少しは暖かくなるだろう。早く着替えろよ」

 そう言うと、土方さんは部屋から出て行った。

 さ、寒い。

 早く着替えよう。


 朝食を食べ終わったら、

「お前、お礼参りはしたか?」

 と、突然土方さんに言われた。

「お礼参りですか?」

 何かに仕返しに行くのか?仕返しに行くあてがないのだけど。

首途かどで八幡宮だ」

 そこなら、江戸に行く前にお参りした神社だ。

 無事に旅が終わりますようにとお願いし、土方さんからお守りももらったところだ。

「そこがどうかしたのですか?」

「お礼参りだ」

 もしかして、無事に帰ってこれました、ありがとうございます。

 という、そっちの方のお礼参りか?

「お前のことだ、行ってないだろう」

 やっぱりそっちの方らしい。

「忙しくて行っていないです」

 江戸から帰ってきてすぐに隊務についたから、忙しくてそれどころじゃなかった。

「今日は非番だろう、行くぞ。こういうことはちゃんとしとかないとな」

 確かに、ちゃんとしておかないといけないだろう。

「はい、わかりました」

 というわけで、今日は土方さんとお礼参りにくことになった。


「今日は寒くないですか?」

 首途神社に向かう途中で土方さんに聞いた。

「お前が寒がりなんだろう」

 いや、今日はなんかいつもより寒いぞ。

 晴れているけど、北風が冷たい。

 そんな話をしているうちに神社に着いた。

「ところで、お礼参りって何をするのですか?」

「お前、やったことないのか?」

「初めてですね」

「信じられないやつだな」

 そ、そうなのか?確かに、お願いがかなったら、ありがとうございましたというのは大事だと思うけど、実際にお礼をする人は少ないと思うけど。

 そんなことを思っていると、土方さんが手を出してきた。

「何ですか?」

「俺がやったお守りを出せ」

「なんでですか?」

「お願いがかなったから、お守りを奉納するのだ」

 そうなんだ。

 首からぶら下げたお守り袋を出して土方さんに渡した。

「袋はいらない。中身だけでいい」

 土方さんがお守り袋を開けると、モミジが出てきた。

 このモミジは、多摩に行って不思議な夢を見て、その夢で土方さんからもらったモミジだ。

 夢だと思っていたら、目が覚めてもモミジを持っていたので、不思議に思いつつお守り袋に入れて持っていたのだった。

「なんだ、これは」

 モミジを見て、土方さんが言った。

「モミジですよ」

「そりゃ見ればわかるだろう。なんでこれがここに入っているのかと聞いているんだ」

 土方さんに言われたので、不思議な夢の話をした。

「それはいつのことだ?」

「9月の最後の方だったと思います」

「そうか。なるほどな」

 土方さんはしばらく遠い目をして考えていた。

「おい、行く場所がもう一つ増えたぞ。付き合え」

 どこへ行くというのだ?

「とにかくお礼参りを済ませねぇとな」

 土方さんは、お守り袋からお守りを取った。

 袋とモミジは返してきたので、それを首から下げた。

 お守りを持った土方さんは、御礼と書いた袋とお守りを神社へ納めた。

 それから鈴を鳴らしていつも通り普通にお参りをした。

「行くぞ」

 土方さんがそう言ったので、そこから出た。

 ここからいったいどこへ行くというのだ?


 着いたところは、なんと、嵐山だった。

「なんで嵐山何ですか?」

 この季節はすっかり紅葉も終わり、葉がない木がたくさんあるだけだった。

 天龍寺は焼かれたままになっていて、いつもの季節より寂しい嵐山になっていた。

 雪でも降ればまた違うのだろうけど、今日は晴天で雪なんて降りそうにない。

「お前が多摩にいた時、俺はここにいた」

 そうなんだ。で、それがどうかしたのか?

「モミジがな、目の前に落ちてきたから、地面に落ちる前に取った。よくお前がやるだろう、桜の花びらとかで」

 確かに、地面に落ちる前にとったらいいことがあるって、聞いたことがあるから、ついやってしまう。

「そのモミジを持ったまま、ここで空見てたら寝ていた。夢にお前が出てきて、モミジを渡していた」

「なんか、私の夢に似ていますね」

「同じ夢を見ていたと思うが」

 そ、そうなのか?そんなことがあるのか?

「目が覚めたら、手にあったモミジは無くなっていた。その時は風にでも飛ばされたと思ったが、お前の手の中にちゃんとあったのだな」

「そんなことってあるのですか?」

「現にあったんだから、あるのだろう。夢の中のお前は相変わらずとぼけていたぞ」

 相変わらずとぼけていたって、まるでいつもとぼけているような言い方じゃないか。

「でも、今思えば、お前は多摩にいて、俺は嵐山にいた。だから、紅葉が綺麗だと言っても、お前は多摩にいたのだから、知らないわけだよな」

 土方さんは、一人で全部わかったみたいで、一人で楽しそうに笑っていた。

 要するに、多摩で見た夢を土方さんも見ていて、土方さんはその時に嵐山にいたから、

「紅葉を見ていた」

 とか、

「モミジがたくさんある」

 とか言っていたけど、私は多摩にいて、土方さんは多摩のことを言っていると思っていたから、何言っているのだろう?ここにはモミジなんてないだろうなんて思っていたのだ。

 なるほど、私たちは同じ夢を見て会っていたのだ。

「じゃあ、このモミジは……」

「ここで取ったモミジだ」

 嵐山のモミジってことか。

 こんなことって本当にあるのだなぁ。

「多摩には、こんな見事なモミジなんてなかっただろう」

 確かに。

「土方さんは、嵐山の紅葉を楽しんだのですね、うらやましいです」

「お前は見たことなかったか?」

「私が行くときは、時期が早すぎて紅葉していなかったじゃないですか」

「ああ、そうだったな」

 嵐山の紅葉は見事だって聞いたことがある。

 そんな見事な紅葉を、土方さんは誰と見たのだろう?

「一人で来るわけないですよね」

 土方さんはもてるから、女の人と一緒だったのだろうなぁ。

「ここにか? 一人で来たが」

「えっ、本当ですか? 誰か女の人と来たのではないのですか?」

「あの時は、俺が代理局長していたんだぞ。忙しくて女なんて誘う暇もなかった」

「暇があったら、誘っていたのですか?」

 なんでここまで聞かないといけないんだろう。

 なんか気になるから聞いたのだけど。

「誘わねぇよ。ここには落ち着くために来てるんだ。ここに来るとな、季節がちゃんとあるから落ち着くんだ。あの時も、秋らしくなったからちょっと紅葉を見に行こうと思って、一人で出かけてきたんだ。でもな、時間が無くて見たらすぐ帰った」

 そうだったのか。

 季節を感じるためって、さすが俳人という感じだ。

 作る俳句云々は置いておいて。

「こっちもな、お前に聞きたいことがあるが、左之はお前のことを女だと思っているのか? 男だと思っているのか?」

 この前のことを聞いているのだろう。

 原田さんはお見合いの席で私を連れてそこから逃げたのだった。

「女だと思っています」

「いつばれた?」

「あれ? 言ってなかったですか?」

「聞いてないぞ」

 そうだったか?

「確か、男色の武田さんに襲われた時です。あの後、近所の川に行ったら子供が流されていたので助けたのですよ。その時に私も流されてしまって……」

「その時にばれたんだな」

「はい」

 土方さんは、しばらく深刻な顔をしていた。

「ま、左之だから大丈夫だと思うが」

「私もそう思いました」

「お前が言う事じゃねぇだろうがっ!」

 確かに。すみません。

「近藤さんにはばれないようにしろよ。近藤さんにばれたら、俺も何もできないからな」

「わかりました」

 今のところばれていないみたいだし、大丈夫だろう。

「それで、左之のことはどう思ってんだ?」

 それ、聞かれると思っていました。

「私は、惚れたのなんのって考える余裕ないし、原田さんのことをそういうふうに考えたこともないです。でも、いつか原田さんなしでは生きていけなくなるって言う日が来るみたいですけど」

「何だそりゃ」

「原田さんが言っていたので、いつか来るのかなぁって」

「お前、ばかか?」

 い、いきなり何を言い出すんだ?

「そんな日は、お前が左之を好きにならないと来ないだろう。それとも、好きになる可能性があるのか?」

「原田さんのことは好きですけど、そう言う日が来るのかどうかはわからないです。本当にそんな日が来るのですか?」

「そんなことは自分で考えろ」

 そ、そんな。

 でも、突き放すように言った土方さんの顔は、なんか優しかった。

「よし、お守り袋を出せ」

 土方さんが突然そう言って、手を出してきた。

 なんでここでお守り袋なんだ?

 そう思いながらも私は出した。

 それを受け取った土方さんは、また新しいお守りを入れた。

「何のお守りですか?」

「色々だ」

 色々って……

「全部に効き目があるお守りってことですか?」

「ま、そう言うことだ」

 土方さんは、私にお守り袋を返してきた。

 中を見ようとしたら、

「お守りの中は見るもんじゃねぇだろう」

 と言われてしまった。

「今まで通り、首からぶら下げておけ」

 そう言われたので、そのお守りを首からぶら下げた。

 それにしても、いつの間にお守りを買っていたのだ?

 お守りを首からぶら下げた時、白いものが舞い降りてきた。

 上を見ると、青空が広がっているのに、雪が降っていた。

「土方さん、晴れているのに、雪が降っていますよ」

「風花だ。知らんのか?」

「初めて見ました」

 東京ではこんな風景見れない。

 日本海側に雪雲がかかっていて、その時にふっている雪が、たまに風に流されて晴れているのに雪が降るという現象になるらしい。

「風花は冬に季語になっているぞ」

「俳句でも使われるのですね」

 そりゃそうだろう。

 晴れた日に雪が舞う風景は綺麗だ。

「それで、いい俳句は浮かびましたか?」

 私が聞いたら、

「うるさい、ばかやろう」

 と言われてしまった。

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