京に到着
草津宿を出た。
ここからは、大津宿を通過したらもう京に着く。
旅は順調だった。
江戸を出てから2週間ぐらいで着いた。
大津宿を過ぎたあたりでうちの隊の隊士が二人、馬に乗ってやってきた。
「局長、お帰りをお待ちしておりました」
なんで今日帰ってくるってわかったんだ?
「お前たちも、迎えに来てくれたのか。ご苦労」
「副長が、今日あたり着くんじゃないかと言う事で、私たちがお迎えに上がりました」
迎えに来た隊士は、私たちの荷物を馬に乗せてくれた。
そして、馬をひいて一緒に歩いた。
「留守中、何事もなかったか?」
「はい、何事もありませんでした」
近藤さんの問いに、緊張した顔で答える隊士。
京に帰ってきたのだなぁと実感した。
もうすぐ京に入るというとき、遠くの方に見慣れた人影が見えた。
土方さんだ。
土方さんとは久しぶりに会う。
姿が見えたとたんに、最初は話したいことが山ほどあふれ出た。
そして、思った。
ああ、私はこの人に会いたかったんだ。
こんなに離れていたの、初めてだった。
そう思ったら、足が止まらなかった。
「歳っ!」
と、近藤さんが声をかける前に、私は土方さんに向かって走っていた。
そして、近藤さんたちが土方さんの所に着く前に私が着き、走った勢いで思いっきり飛びついてしまった。
「な、なんだ、おまえは」
驚いたのか、そう言った土方さん。
絶対に突き放されてげんこつだなぁと思っていたら、
「よく帰ってきた」
そう言って、私を抱きしめて頭をなでてくれた。
その反応にびっくりしてしまった。
「土方さん、何か悪いもの食べましたか?」
「久しぶりに会ったと思ったら、何だ突然」
「いや、私が思っていたのと反応が違うので」
「突き飛ばしてげんこつかと思ったか?」
なんでわかってんだ?
「俺も、お前に会いたかったよ」
土方さんは、私の耳元に口を近づけてそう言った。
や、やっぱり、何か悪いものでも食べたんじゃないのか?
「近藤さん、お帰り」
土方さんが近藤さんに声をかけた。
私も、土方さんに抱き付いたまま近藤さんを見た。
「遠慮しなくていいぞ。久しぶりの逢瀬だ。邪魔はしないから続けてくれ」
近藤さんは照れながら言った。
私は、慌てて土方さんから離れた。
また誤解をされてしまう。
「こちらが伊東さんか?」
土方さんが伊東さんに目を向けた。
「伊東 甲子太郎です。新選組に入れることになり、嬉しく思っている。よろしく頼む」
伊東さんが軽く頭を下げた。
「副長の土方と申す。詳細は近藤さんからの文で読んでいる。長旅でお疲れだろう。屯所まで案内する」
そんな短いやり取りがあった。
私は、伊東さんのことを早く土方さんに言いたかったけど、黙って後についていった。
「変わっていませんね」
屯所に着き、やっと部屋に入って荷物を置くことが出来た。
部屋が、私が江戸に行った時のままになっていた。
「数カ月で変わるわけねぇだろうが」
「土方さんも変わってないですね」
「劇的に変わればよかったか?」
「いや、変わっていないので嬉しいのです」
「変な奴だな」
そう言って、土方さんは笑っていた。
「尾形です。入っていいですか?」
「おう、入れ」
尾形さんが来たと言う事は、伊東さんについて報告しに来たのだろう。
尾形さんが入ってきて、土方さんの前に座った。
「で、どうだった?」
土方さんが尾形さんに聞いた。
尾形さんは、私たちが聞いたことを話した。
それ以外にも尾形さんは独自で伊東さんのことを調べていたみたいで、私の知らないことも知っていた。
例えば、江戸の道場の事とか、伊東さんの生い立ちとか。
いつの間にそんなことまで調べていたんだ?
「わかった。要注意人物ってことだな」
土方さんは、その一言で終わった。
私はてっきり伊東さんを追い出すために色々な作戦を練るのかと思っていた。
「追い出さないのですか?」
追い出すような感じがしなかったので、聞いてみた。
「これだけじゃ追い出せんだろう」
そうなのか?
「しばらく隊内で泳がしておく。危なくなればいつでも処分できるからな。それに、役に立つこともあるだろう」
役に立つことなんてあるのか?
「いつかの長州間者のようにな」
芹沢さんを斬った時のことを言っているのか?
あの時は、芹沢さんを斬った直後に隊内にいた長州間者も始末した。
そして、芹沢さんを斬った犯人に仕立て上げた。
「そんながっかりした顔するな。お前、伊東さんが嫌いだろう」
「嫌いですね。さわやかなのに、心の中で何考えているかわからない人なんて、特に大っ嫌いです」
大っ嫌いというところを強く言った。
「お前らしいや」
そう言って、土方さんは笑っていた。
なんか、土方さん優しいけど、前もこんなに優しかったか?
荷物を整理した後、沖田さんを探した。
私たちが江戸に行くときは、夏バテで元気なかったけど、今はすっかり元気になったらしい。
この時期にまだ夏バテで倒れているのもおかしいけど。
でも、労咳も発症していないみたいだし、よかった。
早く見つけて、おみつさんから託された薬を飲ませないと。
でも、あの沖田さんがスムーズに飲んでくれるかな。
いざとなったら、夕飯にでも混ぜ込んで飲ませてやる。
そんなことを考えながら探して歩いていると、玄関から沖田さんが現れた。
「蒼良、帰ってきたのだね」
私の顔見て嬉しそうに玄関から上がってきた。
「ただいま帰って来ました」
私が挨拶すると、
「お帰り」
と沖田さんが言ってくれた。
「蒼良がいなくて寂しかったよ。子供たちも、蒼良は? なんて言っていたよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
「ところで、蒼良が持っている小瓶は何?」
おお、この小瓶に気が付いてくれたか。
「沖田さんのお姉さんにお会いして、これを託されました。どんな病気もすぐ治る薬だそうです」
「お姉さんって、おみつ姉さん?」
「そうです」
沖田さんにはお姉さんが二人いるから、どっちから託されたのか聞いたのだろう。
「だから、飲みましょう」
「蒼良、ちょっと待って。僕は病気でも何でもないけど、なんで薬を飲まなければならないんだい?」
そうだ、まだ労咳になっていなかった。
でも、なっていない今だから、飲んだらならないかもしれない。
でも、それをどう説明したらいいんだ?
「沖田さん、夏バテで倒れたじゃないですか。冬になったら冬バテして倒れますよ。その予防に飲んでおきましょう」
「冬バテなんて聞いたことないけど」
そりゃそうだろう。私も聞いたことがない。
「とにかく、おみつさんが高価な薬を弟のためにこうやって持たせてくれたのですよ。その好意を無にしてはいけません」
「おみつ姉さんが持たせてくれたのなら、飲まなければいけないなぁ」
なんか、今日は珍しく言う事を聞いてくれそうだぞ。
「蒼良、なんか言いたそうな顔しているけど」
そんな顔していたか?
「いつもなら飲まないっ! って言うのに、今日は珍しいなぁと思ったもので」
「だって、おみつ姉さんが持たせたものだろ?」
「そうですよ」
「おみつ姉さん、怒ると怖いんだよなぁ」
そ、そうなのか?だから言う事を聞くのか。
沖田さんの決心が変わらないうちにと思い、私は急いで水を持ってきたのだった。
「ずいぶん茶色いね」
小瓶から小さなさじで薬をすくった沖田さん。
「そう言う薬なんですよ」
「なんか、苦そうな匂いがする」
今度は匂いをかぐ沖田さん。
「息止めて飲んじゃえば、味も匂いもしませんよ」
「蒼良は飲まないから簡単にそう言えるんだよ」
そう言いながら、いつまでも薬をながめたりしている沖田さんは、まるで子供みたいだ。
「飲まないと、おみつさん呼んできますよ」
呼ぶと言っても、江戸から呼ぶのか?と、自分で言っといて、自分で突っ込みを入れる。
「それは困る」
沖田さんにとっておみつさんは本当に怖い人らしい。
「わかった、飲むよ」
沖田さんがさじに入っている薬を口に入れた時に土方さんが来た。
「なに飲んでんだ?」
「みいらという薬です。沖田さんのお姉さんから飲ませるようにって頼まれたので」
私がそう説明すると、土方さんは変な顔をした。
沖田さんは急いで水を口に入れていた。
「みいらって何からできてるか知ってるか?」
それを知りたかったのだけど。
「なにからできているのですか?」
「人間だ」
えっ、人間?
そう言い放った土方さんと同じタイミングで、横からブーッという音がした。
沖田さんは飲んだ水と薬を私に向かって吹き出したようで、私の顔はぬれていた。
「沖田さん、わざとですか?」
「わざとじゃないよ、たまたま蒼良にかかったんだよ」
いや、絶対にわざとだろう。
「それにしても、この薬の原料が人間ってどういうこと?」
沖田さんが土方さんに聞いた。
「死んだ人間を乾燥させて、それを削って薬にしたのがみいらという薬だ。万能薬って一時ははやったのだが、まだあったのだな」
みいらって、ミイラか!
「あの、エジプトとかにあるあのミイラですか?」
「えじぷと?」
沖田さんと土方さんに聞き返されてしまった。
「いや、異国にあるものですか?」
そう言えば、これもらった時も異国から来た珍しいものだとかって言ってなかったか?
「蒼良、ひどいや。僕に人間の死体を削ったの飲ませてさ」
私が悪いんかいっ!知らなかっただけだ。
でも、ミイラって名前で気が付くべきだったなぁ。
「じゃあやっぱり、この薬って……」
効くのか効かないのか、恐る恐る土方さんに聞いてみた。
「効かねぇな。試しに、芹沢さんの墓あさって、死体削って飲んでみろ」
絶対に嫌です。
「蒼良ひどいや。効かない薬飲ませてさ」
いや、飲ませようとしたのは私だけど、くれたのはおみつさんだから。
「飲んでないじゃないですか。結局全部吹き出したじゃないですか」
「人間の死体なんて飲めないよ」
そりゃそうなんだけど。
「総司、蒼良もおみつさんから託されて、知らなくて飲ませたんだから、そんなに責めるな」
土方さんがかばってくれた。
「すみません、沖田さん」
「おみつ姉さんに言われたから、仕方ないけどさ」
そう言って沖田さんが笑顔になったので、許してくれたってことだろう。
それにしても、土方さん、妙に優しいなぁ。
「お前、俺の文読んだか? どう思ったか聞かせてほしいんだが」
寝るときに土方さんに言われた。
近藤さんに読んでもらったあの文の事か。
「土方さんも、忙しそうだなぁって思いました」
なんで文の感想なんて聞いてくるんだ?
「それだけか?」
他に何かあるのか?
あっ!そう言えば、あの時近藤さんは最後まで文を読んでくれなかった。
「なんて書いてあったのですか?」
「お前っ、読んだんじゃないのか?」
「土方さんの字が読めなかったので、近藤さんに読んでもらったのですよ」
「読んでもらったって……お前……近藤さんに見せたのか?」
「見せないと、読んでもらえないじゃないですか」
「ば、ばかやろうっ! なんか近藤さんの俺を見る目が変だなぁと思っていたよ。そう言う事か」
「あの……」
「なんだ?」
「近藤さんが途中までしか読んでくれなかったので、続きを教えてもらえませんか?」
「ば、ばかやろうっ! あんなこと口でいえるか」
そ、そうなのか?余計に気になるのだけど。
「お前が読んでなかったとはな」
す、すみません。
「あの、今度は一文字一文字離してわかるように書いてもらえたら読めますから」
「ばかやろう」
そう一言言って、土方さんは布団にもぐりこんでしまった。
文の続きが気になって眠れないのですがっ!
こんな中途半端ありなのか?