お師匠様に遭遇
伊東さんの考えがわかった後も旅は続いた。
逆に、考えがわかってからの旅の方が長い。
他の人たちは、伊東さんの考えに賛同していて、とっても和やかな雰囲気で旅は続いていたけど、私は、とてもじゃないけど和やかな気分になんてなれなかった。
逆に、伊東さんが何かを話すたびに、こいつ、心の中では舌出してんだろうなぁとか、それ、本当の事か?とか、伊東さんの話すべてが信じられなくなった。
藤堂さんは、なんでこんな人を紹介したんだ?しかも、藤堂さんは江戸にいるし。
入れた責任を取りやがれっ!と、江戸にいる藤堂さんにまで八つ当たりしている。
「蒼良から笑顔が消えた」
永倉さんはそんなことを言っていた。
「疲れているのです」
そう言ってごまかしたけど、伊東さんがそばにいる限り、笑顔になんてとてもじゃないけどなれない。
誰かに愚痴りたいけど、そう言うときに限って尾形さんがこちらを見ている。
じゃあ尾形さんに愚痴ろうとすると、何かを感じるのか、さりげなく逃げられてしまう。
愚痴を聞くぐらいしてくれてもいいじゃないかっ!へるもんじゃないし。
というわけで、ここまで悶々(もんもん)としていたのだった。
そして、下諏訪宿に到着した。
前回通った時は、藤堂さんと観光したよなぁ。
今はとてもじゃないけど、観光する気分になれない。
しかも、ここは中山道で唯一温泉がある。
しかし、温泉に入る気力もない。
誰か、私のこの悶々とした気持ちを何とかしてくれっ!
下諏訪宿には少し早めに着いた。
近藤さんたちは温泉に入りに行ったけど、私は行く気もなかった。
どうせ、男装しているから堂々と入れないし。
この悶々とした気持ちを、神様にでも聞いてもらおうか。
そんなことを思いながら、諏訪神社に行くことにした。
前回は、藤堂さんがいた。
今回は、一人だ。
そのせいか、周りの人たちが目につく。
結構たくさん人がいた。
宿場町だから、観光客も多い。
スマホで社殿を記念撮影している人もいる。
スマホか……。
私は、まだガラケーなのに。
ガラケーの方が、電池も持つし、通話料金も安いし、なんて、負け惜しみみたいなことをたくさん思う。
いや、違うだろ。
なんで電気もないこの時代にスマホなんだ?考えるのは、そこだろう。
もしかして、この時代にスマホを発明した人がいたとか。
いや、ありえない。
じゃあなんで、あの人はスマホなんだ?
「今度はわしを撮ってくれ。ここをタッチすればええ。タッチとは、触ることじゃ」
付き人なのか?その人に写メの取り方を教えていた。
やっぱりスマホだよな。
「おっ、蒼良じゃないか」
社殿をバックにポーズをとっていた人が、私を呼んだ。
ん?私の知り合いか?
よく見てみると……
「お、お師匠様っ!」
お師匠様じゃないか。
なるほど、スマホを持っていることも納得できる。
でも、なんで持っているんだ?
私も携帯を持っているけど、役に立たないからずうっと荷物入れに入れっぱなしだ。
「なんで、スマホを持っているのですか? それに、なんでここにいるのですか? それにしても、この付き人みたいな人は誰ですか?」
「蒼良、質問は一つずつにしてくれ」
一つにしたいが、疑問だらけで一気に質問攻めにしてしまった。
「まず、なんでここにいるのですか?」
「ここじゃなんだから、どこか店に入ろう」
なんかもったいぶってないか?
というわけで、お師匠様と甘味処に入った。
付き人みたいな人は、先に宿に帰るようにとお師匠様に言われていた。
「で、何が聞きたいのだ?」
甘味処に入り、お茶をズズッとすすってからお師匠様が言った。
「まず、なんでスマホ持っているのですか?」
「おお、これか。これからはスマホの時代だぞ。蒼良もいつまでもガラケーなんて使ってないで乗り換えるがいい」
乗り換えたいよ、私だって。
「あ、そうか。金がないのか」
ふんっ!私の小遣いだと、スマホの通話料金など払えないから、ガラケーなんだよ。
知っていて聞いたな。
ちょっと待て、そうじゃないだろう。
「乗り換えとかじゃなくて、なんでスマホをここに持っているのですか? 電波があるわけじゃないし、使えないじゃないですか」
「通信だけじゃのうて、カメラ機能は使えるじゃろ。あっちこっち旅行して写真を撮りまくっとる。現代に帰ったら、いい資料になりそうだぞ」
そうか、そういう使い方もあったのか。
「でも、充電ができないじゃないですか」
だから、私も使っていないのだ。
「今はいいものがあるからのう。電池からも充電できる機械があるからな」
もしかして……
「お師匠様、電池をもってきているのですか?」
「当たり前じゃろ」
物を持ってくる暇がどこにあったんだ?
この時代に来た時のことを私は思い出してみた。
私は、お師匠様から背中を押されたから、準備する暇もなく、稽古着でそのまま来ちゃったけど、お師匠様は、その間準備する時間があったのだ。
なるほど、あの時はお師匠様は準備万端でこの時代に来たのだな。
「スマホもな、持っていると便利じゃぞ。電気がないところでは電気代わりになるからな」
「でも、私は充電器が無いので」
「わしのを貸すぞ」
本当か?京に帰ったらさっそく借りに行くぞ。
「あ、スマホとガラケーは、端末が違うから、充電器も違うんだったな」
そ、そうなのか?使えないじゃないかっ!
もういいや、そのことは置いといて……。
「なんでお師匠様はここにいるのですか?」
「下諏訪宿には温泉があるだろう。温泉があるところにはわしがいるんじゃ」
そ、そうなのか。
私を助けに来たんじゃなかったんだね。
期待した私がばかだった。
「もちろん、お前のことも心配じゃ」
そんな取ってつけたように言わなくてもいいですよ。
温泉のことも置いといて……。
「あの付き人みたいな人がいたような感じがしたんですが、誰ですか?」
「付き人じゃ」
それはわかるよ。その付き人はなんだって聞いているんだよっ!
「蒼良、怒っとるじゃろ」
ただでさえ気分が悪いのに、余計気分が悪くなっただけじゃっ!
「わし一人じゃ寂しいし、年寄の一人旅は色々と危険じゃろ」
お師匠様は大丈夫なように見えますが。
「だから、付き人を雇ったんじゃ。この時代の人間で、何も関係ないから心配するな」
いや、心配はしていませんから。
「今度はわしが質問するが、お前はなんでここにいるんじゃ?」
なんでって、あんたが新選組を助けろっ!って言って無理やり新選組に押し込めた結果だろうがっ!
しかし、そんなことをお師匠様に言った日には、後が恐ろしいのと、現代に帰れなくなっても困るので、
「新選組の仕事で江戸に行っていたのです。それで今は京に帰るところです」
「伊東たちを連れてか?」
「お師匠様、知っていたのですか?」
「そのことも気になってたから、ここにいるんじゃ。今までなにがあったか話してみろ。何かあったんじゃろ。お前の顔を見ればすぐわかるぞ」
「お、お師匠様」
なんだ、少しは私のことを気にしてくれたんだ。
お師匠様に言われ、今まであったことを一気に話した。
話したおかげで心が軽くなった。
「そうか、伊東が入ったか」
「阻止することはできませんでした」
「それはええ。歴史を変えることは難しいって言っとるじゃろう」
その通りだ。
何回も経験している。
「でも、阻止したかったです。あんなこと考えてたなんて知ってからなおさらです」
「気持ちはわかるが、今はほっといた方がいい。それより先にやることがあるじゃろ」
なんだろう?
「山南の切腹を阻止することだろう」
あ、忘れてた。
伊東さんのことで頭がいっぱいになっていた。
「阻止できるかわからんが、やるだけのことはやらんとな」
そうだ、藤堂さんとも約束していたのだった。
「とにかく、伊東と山南の接触から注意した方がええじゃろう」
山南さんは、伊東さんを歓迎して、考え方も支持するようになる。
「わかりました。京に帰ったら注意しておきます」
「頼んだぞ」
頼んだぞって……。
「お師匠様は、京に行かないのですか?」
「なんでわしが京に行かなければならんのじゃ?」
なんでって、また私一人でやるのか?
「わしは、温泉巡りしながら江戸に行って藤堂に会ってくる。そっちも心配じゃからな」
「そう言えば、藤堂さんに私たちの時代のことを話していたら、行きたそうでしたよ」
「そうか、そうか」
やっぱりお師匠様は喜んでいた。
「まだ連れて行かぬからな」
そうなのか?そうだよな。まだ連れていけないよな。
今連れて行ったら、自然に消えるようにならないから、タイムマシンがこわれてしまう。
「さて、わしも近藤に挨拶した方がええじゃろ。孫が世話になっとるしな」
お師匠様が立ち上がったので、私も立ち上がった。
そして、一緒に宿に行った。
「天野先生もいらっしゃったのか」
近藤さんにお師匠様を紹介したら、喜んでいた。
「孫がお世話になっとる」
「蒼良は、新選組のために色々働いてもらって助かってる。今回も、伊東さんたちを新選組に入れることに力を尽くしてくれた」
「あれは、藤堂さんがいたからですよ」
私は何もやっていない。
伊東さんの陰謀と、藤堂さんの思いが重なった結果がここにあるだけだ。
「天野先生は、どこに行くところなんだ?」
ここは宿場町なので、ここで会った人たちは、だいたい行くところがある。
「温泉巡りしながら、江戸に行こうと思っとる」
「温泉巡りか。うらやましい」
近藤さんの言う通りだ、のんきに温泉巡りなんて。
「蒼良、せっかく天野先生が一緒なんだから、一緒に時間を過ごすといい。明日にはまた出発だから、ゆっくりはできんないがな」
伊東さんのことを色々聞いてくれて、悶々とした気持ちを取り除いてくれたから、一緒に時間を過ごしてあげようかな。
しかし、実際は一緒に過ごす時間なんてなかった。
別になくてもいいのだけど。
あの後、お師匠様も一緒に入って宴会になった。
そして、夜遅くにお開きになったところだ。
「みなさん、温泉に入りましたか?」
私が聞くと、みんな入ったとのこと。
みんなお酒も入っているし、もう入らないよね。
夜も遅い時間になっているし、他に泊まっている人も入らないよね。
でも一応、みんなが寝静まるまで待っていた。
そして、みんなが寝た後、一人温泉に行った。
ここに着た時は温泉に入りたいなんて思わなかったけど、お師匠様と話をして元気になってから、温泉に入りたくなってしまった。
せっかく温泉に来たのだから、入らないと損だぞ。
温泉の中に入ると、誰もいなかった。
なんてラッキーなんだっ!
心ゆくまで堪能し、湯船につかっていた。
「あれ?こんな時間に誰か入っているのか?」
だ、誰だ?しかも男だったぞ。
私、女湯に入ったよな。
湯気の向こうに見えたのは、なんと、武田さんだった。
武田さん、女湯に入るなんて、とうとう犯罪を犯したな。
って、そんなことのんきに考えている場合じゃないって。
「お、蒼良」
き、来たっ!
ど、どうする?ここで出たらばれるぞ。
幸い、温泉が白く濁っているから、それ以上は見えない。
湯船に入っていれば、とりあえずは安全だろう。
「な、なんで武田さんが?」
「俺も温泉に入りたくなったのさ」
嘘だろっ!絶対に嘘だろっ!
「ちょうど、女湯と男湯の場所が入れ替わるしな。反対側も入ってみたいと思ってな」
私が入っている間に入れ替わったのか?
そ、そんな。
と言う事は、私が入っているところは男湯ってことになる。
入った時は女湯だったのに。
「蒼良と裸の付き合いができるとは思わなかったな」
いや、そんな付き合いしたくないですから。
「蒼良、いるか?」
永倉さんの声が聞こえた。
「あ、いたいた。武田も入って行ったから、蒼良に何かあったら大変だと思って俺も来たぞ」
なんと、永倉さんも入ってきた。
人が増えちゃったよ……。
「俺は何もしないぞ」
「あ、武田もいたか。悪いな、邪魔して。蒼良は大丈夫か?」
大丈夫じゃないから。
しばらく3人で湯船に入っていた。
この人たち、いつになったら出るんだ?
だんだんのぼせてきたのだけど……
「おいお前ら。荷物は無事か?」
突然お師匠様の声が脱衣所からした。
「天野先生、どうしたんだい?」
永倉さんが湯船の中から聞いた。
「今、泥棒が出たらしくて、何人か宿泊客が被害にあっているらしいぞ。お前たちも、荷物確認した方がええぞ」
「そりゃ大変だ」
武田さんのその声で、永倉さんと武田さんが湯船から出た。
「蒼良は、入ってるのか?」
永倉さんが聞いて来た。
「盗られるものがないので」
「のんきな奴だな」
物盗られるより、女だってばれる方がいやだわ。
二人が完全に姿が消えてから、
「蒼良、大丈夫か?」
という、お師匠様の声がした。
「今のうちに出ろ。わしは外で待っとる」
もしかして、今の泥棒もお師匠様が私を助けるためについた嘘なのか?
とにかく、早く出て着替えよう。
急いで出て着替えて外に出た。
外の暖簾は男湯になっていた。
やっぱり入れ替わっていたんだ。
「お前は何やっとるんじゃ」
お師匠様が呆れた顔して立っていた。
「だって、温泉ですよ。入りたいじゃないですか」
「気持ちはわかる。わしも温泉巡りしとるからの」
私だって許されるなら、温泉巡りしたいわっ!
「もうちょっと気を付けろ。わしがいなかったら、お前はどうなっとる?」
ばれてました。
完全に。
「すみません」
私は素直に謝った。
「堪能したか?」
お師匠様に突然聞かれ、何が?と思ってしまった。
「温泉じゃ」
「おかげさまで、堪能しました」
「そりゃよかった」
お師匠様はそう言い残して行ってしまった。
次の日、宿の前でお師匠様と別れた。
別れる前に、
「今度は山南が脱走するあたりに顔を出す」
と言ってくれた。
お師匠様にはたくさん思うこともあるけど、今回は助けてもらったので、不平不満はあるけど、胸にしまっておこう。
お師匠様の江戸へ向かう後姿を見てそう思ったのだった。