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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年10月
139/506

伊東さんの道場

「伊東先生とはいつ会いますか?」

 ある日、藤堂さんが近藤さんに聞いていた。

「あ、そうだったなぁ」

 そうだったなぁって……

「忘れていたんですか?」

 驚いて私も聞いてしまった。

「忙しくてな」

 確かに、近藤さんは忙しかった。

 それに、体も調子悪いみたいで、幕府から紹介されたお医者さん、松本 良順先生に診てもらい、どうもストレスをためて胃をこわしているらしく、胃薬を処方された。

 沖田さんのお姉さんから預かったみいらを飲んでみては?と勧めたのだけど、

「総司の物だろう」

 と、最初に林太郎さんの前で飲んだっきり飲まなかった。

 あれ飲んでも治らないってことは、あの薬が悪いのか?それとも近藤さんの胃が、薬も効かないぐらい悪くなっているのか?

「で、伊東さんは……」

 藤堂さんが戸惑ったような感じで聞いて来た。

 そうだった、伊東さん話をしていたのだった。

「そうだな、善は急げと言うだろう。都合が悪くなければ今夜あたりどうだろうか? それより、長い間待たせてしまってすまないと謝っといてくれ」

「わかりました。蒼良そらも一緒に行こう」

 えっ、私も?できれば、あまり伊東さんに会いたくないのだけどなぁ。

「おお、蒼良も行って来い。伊東さんは教養がある人だと聞いている。蒼良も勉強になるだろう」

 近藤さんに言われて、私も藤堂さんと一緒に伊東さんのところに行くことになった。


 伊東さんの家に行き、近藤さんの言葉を伝えたら、伊東さんは、

「わかった、今夜お伺いする」

 と、笑顔で返した。

「近藤さんが、長く待たせてしまい、すまなかったと言っていました」

 私が言うと、またもさわやかな笑顔で、

「いや、近藤さんも色々と忙しいのだろう。気にしなくてもいい」

 と言っていた。

 このさわやかさが、後日新選組を二つにしてしまうなんて考えられない。

 でも、歴史がそう語っているので、伊東さんがさわやかになればなるほど、伊東さんを信じることが出来なかった。

「それでは今夜、楽しみにしていると伝えてくれ」

 伊東さんはそう言った。

 私たちは、伊東さんの家を後にした。

「蒼良の顔がこわばっていたよ」

 藤堂さんが私の顔を指さして、笑いながら言った。

 そんなにこわばっていたか?

「どうしても、伊東さんを信じることが出来なくて」

「蒼良は、この後なにがあるか知っているから、蒼良の気持ちはわかるよ。でも、伊東さんも悪い人じゃないよ」

 あの人が入ったせいでこれから起こることを考えると、やっぱり悪人に見えてしまう。

 悪い人じゃないのだろうけど、どうしたらいいのだろう。

 そんなことを考えている間にも時間が過ぎていき、あっという間に夜になり、近藤さんが伊東さんに会う時間になった。


 伊東さんが数人連れて近藤さんの家にやってきた。

 私たちも含め、みんなで料亭に移動して、歓迎会のような感じになった。

 近藤さんは、伊東さんを気に入ったみたいで、終始笑顔だった。

「私は、京に行くにあたり、道場を閉めようと思っていて、今片付けの最中なのです」

 伊東さんがそう話し始めた。

 道場を閉めるなんて、伊東さんなりの決心がうかがえる。

「それは、わしらのためによく決断した。わしも道場までは閉められなかったのに、それをしてまでわしらについてきてくれるとは」

 近藤さんは感激をしていた。

「片付けも大変だろう。平助と蒼良。明日から伊東さんの手伝いをしてくれ」

 ええっ、私?いやだなぁ。

「わかりました」

 藤堂さんはそう返事した。

 私はチラッと伊東さんを見た。

 伊東さんはさわやかな笑顔を浮かべていた。

「わかりました」

 近藤さんに言われたから、仕方ない。

 そう思いながら返事をしたのだった。


 次の日、藤堂さんと一緒に伊東さんの道場へ行った。

「よく来てくれた」

 伊東さんのさわやかな笑顔に出迎えられ、道場の片付けの手伝いをすることになった。


 道場の片付けが終わると、奥にある部屋の片づけをした。

「押入れの中も、綺麗に片しちゃった方がいいですよね」

 押入れのふすまを外しながら藤堂さんに聞いた。

「そうだね……あっ!」

 藤堂さんが驚いたような声を出したので振り向くと、藤堂さんが外した襖の前に立っていた。

「どうしたんですか?」

 私が聞くと、

「な、何でもないよ」

 と、藤堂さんが言ったけど、その動作が襖を背中に隠し、何かを見せたくないように見える。

「何か隠してます?」

「い、いや、隠してないよ」

 絶対に隠しているだろう。

「あっ!」

 私が天井を指さすと、素直に藤堂さんは上を見た。

 そのすきに押しのけて隠していたものを見た。

 それは、襖の裏張りに使っている浮世絵だった。

 襖の裏張りとは、襖に穴が開いた時とかに紙を貼って補修するもので、その紙はかわら版と言って現代の新聞のような紙など、あまり必要のないものが使われていた。

 裏に貼るので見えないから、紙はなんでもよかった。

 だから、浮世絵も普通と言えば普通なんだけど、なんで隠したんだ?

 それを見ていると、なんと、藤堂さんはその裏張りをベリッとはがしてしまった。

 か、勝手にはがして大丈夫なのか?

 そんな心配をよそに、その浮世絵を背中で隠す藤堂さん。

「どうしたのですか?」

「蒼良が見るものじゃないよ」

 そう言った藤堂さんの顔はとっても赤かった。

「なんでですか?」

 普通の浮世絵に見えたぞ。

「枕絵だよ」

 藤堂さんの顔はさらに赤くなり、なぜか照れだした。

「枕絵って、何ですか?」

「えっ、知らないの? 知らなければ知らないでいいよ」

 なんだそりゃ。

「気になるじゃないですか」

「蒼良は知らない方がいいって」

 でも、見てしまったぞ。

 ここまで知ったら知る権利があるだろう。

「なにかあったのか?」

 そんなやり取りをしていると、騒ぎを聞きつけて伊東さんがやってきた。

「なに隠しているんだ?」

 伊東さんは、素早く藤堂さんが隠していたものを取り上げた。

「あっ、伊東さん、だめです」

 藤堂さんが止めたけど、伊東さんは私の目の前にそれを置いた。

「なんだ、枕絵か」

 伊東さんがそれを見て行った。

 だから、枕絵って何なんだいっ!

「蒼良、見たらだめだ」

「平助、何言ってんだ。男たるもの、これぐらい見れなくてどうすんだ」

 藤堂さんが止めるのも聞かず、伊東さんは私にその浮世絵を押し付けてきた。

「蒼良、これが枕絵だ」

 伊東さんがそう言って見せてくれたけど、枕絵の意味が分からない私は、だから何だんだ?としか思えなかった。

 すると、藤堂さんが私からその絵を取り上げ、なんと破ってしまった。

 破っちゃったけど、大丈夫なのか?

「先生も、ずいぶん変なものを裏張りに使いますね」

「裏張りだから、何貼ってもいいだろう」

「女性が見たら、どうするのですか」

「そもそもここに女性がいないだろう。平助は変なことを気にするなぁ。裏張り破ったなら、代わりの貼っといてくれ」

「枕絵は貼りませんからね」

 伊東さんが部屋を出る背中に向かって藤堂さんが言ったけど、伊東さんは気にする様子もなく行ってしまった。

 ところで、枕絵ってなんだって、さっきから何回も疑問に思っているんだけど、なんで教えてくれないんだ。

 後で調べてみると、枕絵とは現代で言うとエロ本の一種にあたるらしい。

 だから、藤堂さんがああいう反応をしたのかと、妙な納得をしたのだった。


「ちょっと休憩にしよう」

 伊東さんのその一言で、お茶になった。

 がらんと何もなくなった道場の真ん中でお茶を飲んだ。

 一緒に出された大福もおいしそうだ。

「京に行くにあたり、改名もすることにしたんだ」

 伊東さんが言い出した。

「ああ、伊東 か……ウグウグ」

 大福が詰まったわけじゃない。

 伊東 甲子太郎さんでしょ。そう言おうとしたら、藤堂さんに口を押えられたのだった。

「平助、いきなり蒼良の口を押えてどうした」

 伊東さんがそう質問した。

「蒼良の大福が美味しそうだなぁと思って、口に押し込んでやろうって」

 そりゃ、余計なお世話だっ!

 でも、ウグウグとしか言えなかった。

「蒼良が伊東さんが改名したことを知っていたらおかしいじゃないか」

 耳元で藤堂さんが言った。

 そうだ、まだ公表していなかったけ?藤堂さんだけしか知らないはずだ。

 それを私が知ってたらおかしいのか?藤堂さんから聞いたって言えばいいだけじゃないか。

「ウグウグウグーッ!」

 文句を言いたくても、それしか言えず。

「平助、蒼良も苦しそうだから放してやれ」

 伊東さんのその一言で、私の口は自由になったのだった。

「で、私の改名の話だが、今年は甲子の年だから、京に着いたら、甲子太郎と言う名前にするつもりだ」

 それを知っていたので、あまり驚かなかったら、藤堂さんに突っつかれた。

 驚けってか?

「そうなんですか、すごいですね」

 そう言ったら、藤堂さんの目が、そりゃ驚き方が違うと言う目をしていた。

 何が違うんだ?

「すごいって、何がすごいんだ?」

 伊東さんに聞かれてから気が付いた。

 確かに、驚きかたが違ったかも。

「な、名前ですよ。改名って簡単にできるものじゃないですから」

 そう言ってごまかした。

「兄貴、いるか?」

 道場の玄関から声がした。

 伊東さんが応対に出てその声の主を連れてきた。

 あ、昨日一緒に料亭にいた人だ。

 料亭にいたのは知っているけど、名前はなんだっけ?

「ずいぶん片付いたじゃないか」

 その人は、道場を見回しながら言った。

「この二人が手伝ってくれたから、思っていたより早く片付きそうだ」

 伊東さんがそう言った。

「藤堂さん、あの人、誰ですか?」

 こっそりと藤堂さんに聞いた。

「伊東さんの弟ですよ」

 えっ、弟?確か……

「そうそう、兄貴も改名するなら、私も改名することにした。名前は……」

「鈴木 三樹三郎!」

 私は、指をさして言ってしまった。

 そう、確かそう言う名前だった。

 でも、周りがシーンとなってしまった。

 もしかして、タイミングが悪かったか?しかも、呼び捨てになっているし……

 いまさら、さんってつけたら遅いよな。

「あ、蒼良、もしかして、いつものか?」

 藤堂さんが慌てたようにそう言った。

 いつものってなにさっ!

「いつものってなんだ?」

 鈴木さんが代わりに聞いていた。

「蒼良は、人の名前を当てるのが得意で、それを見せたかったんだよね、蒼良」

 藤堂さんは藤堂さんなりにごまかしてくれているんだ。

「そ、そうなんですよ。それで、ちょっと当ててみたのですが、合っていますか?」

「正解だ。すごい特技だなぁ」

 何とかごまかせたらしい。

 そう、この人は、鈴木 三樹三郎と言って、伊東さんの実の弟になる。

 名字が違うのは、伊東さんが養子に行って名字が変わったから。

 伊東さんも、もともとは鈴木さんだったと言う事になる。

 それにしても、この兄弟のネーミングセンス、どうなの?

 伊東 甲子太郎にしても、鈴木 三樹三郎にしても、伊東 太郎じゃだめなのか?鈴木 三郎じゃだめなのか?

 なんでわざわざ漢字を長くするんだ。

 後日、歴史を習う人たちのために、名前は読みやすく、書きやすく、覚えやすい名前にしてもらいたいものだ。

 

 その後、伊東さんの道場の片づけを鈴木さんも手伝ってくれた。


 それから、江戸を立つ日が決まった。

 近藤さんは、将軍を京によこしてほしいと老中に頼んでいて、その返事を待っていたのだけど、いくら待ってもいい返事は来ないことが分かった。

 これ以上江戸にいても時間だけが過ぎるだけ。

 それなら、京に帰ろうと言う事になったのだった。 

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