再び多摩へ
「よく来たね」
「ささ、上がって、上がって」
「こんなに歓迎してくださるとは、光栄ですな」
近藤さんは嬉しそうに言いながら佐藤さんの家に上がった。
その後について私も上がった。
今日は多摩にきている。
近藤さんの実家もあって、佐藤さんの家や土方さんの実家もある。
江戸に来ていて多摩に行かないってことはないだろう。
近藤さんも早くここに来たかったと思うけど、近藤さんも忙しかった。
やっと空いている日ができ、ここに来ることが出来たのだ。
「勇さんも忙しそうだね」
部屋に上がると、佐藤さんがすわりながら言った。
「老中に会ったりして忙しかったのだ」
近藤さんがちょっと得意げに言った。
そう、近藤さんは将軍をまた京によこしてほしいと言いに老中に会ったらしい。
幕府は金欠状態だから、将軍が京に行くことは無理そう。
「勇さんも、老中に会うまでになったのか。すごい出世だね」
「これも、彦五郎さんが色々お世話してくれたおかげだよ」
「勇さんもおだてるのがうまくなったな」
あははと、二人で笑い出した。
近藤さんもとっても嬉しそうだ。
この後、富沢さんの家にも挨拶に行った。
「やっと勇さんが来たかい」
富沢さんも、近藤さんに会えてうれしそうだった。
「蒼良がこの前ここに来て、近藤さんもそのうち来ますからって言っていたから、いつ来るんだかと待っていたんだ」
「老中に会ったりしていたので、ここに来るのが遅れてしまって。いや、もうしわけない」
謝っているのだけど、ちょっと自慢げに近藤さんは言った。
「えらくなると忙しくなるもんだな」
「そんなに偉くもなってないですよ」
ここでも二人そろってあははと笑っていた。
浪士組でここに出た時は、まさかこんなに出世するとは思わなかったから、嬉しいんだろうなぁ。
富沢さんの家を出て、近藤さんの実家に挨拶に行く途中で、松本 捨助さんに会った。
「おお、捨助か。元気してたか?」
近藤さんが捨助さんに言った。
「近藤さん、俺を新選組に入れてくれ」
この人は、まだあきらめてなかったのか。
捨助さんは、以前新選組に入りたくて、多摩から京まで旅してきたけど、結局近藤さんに反対されて入ることが出来なかった。
「だめだって言っているだろう」
「でも、あきらめきれないのです。入れてください」
今度は言い方がていねいになったけど、やっぱり
「だめだ」
と言われてしまった。
「近藤さん、頼む」
「だめだって言っているだろうが。おい、蒼良。捨助の相手をしてやれ。わしは実家に顔出してくる」
ええっ、私が説得するのか?
捨助さんを見ると、頼むオーラを出して私を見ていた。
「あのですね、新選組の仕事は命がけなのですよ。だから、長男は入れていないのです」
小さな小川が流れていて、芝生が生えて座れるようになっているところに座った。
「蒼良さんは長男じゃないのか?」
「私は次女です」
「えっ、次女?」
違った。
「次男です」
「だから新選組にいられるのだね。俺だって好きで長男に生まれたわけじゃないんだ」
誰だって、生まれる順番を選べないものだ。
「でも、長男で亡くなったら、うちを継ぐ人がいなくなってしまいますよ」
「そんなに危険なのか? 新選組の仕事は」
「ものすごく危険です」
ちょっと大げさに言ってみた。
これぐらい大げさに言わないと、効き目がなさそうだ。
「何なら、池田屋のことお話ししましょうか?」
「話してくれ」
というわけで、池田屋事件のことを話した。
もちろん、危険な部分をちょっと大げさに話した。
「近藤さんたちが4名で、20人ぐらいいる池田屋に突入しました。池田屋は狭いし、刀を振り回せないので、かなり苦戦しましたよ。沖田さんも倒れちゃうし、永倉さんも指を怪我しちゃうし、あ、うちの隊だって3人ぐらい亡くなったと思いますよ」
「そんなに危ないことを?」
「だって、それが仕事ですから。あと、禁門の変にも出ましたよ。これはあっちこっちに行って、大変でした。長州軍を追い詰めたのですが、みんな切腹をした後でした」
「蒼良は、その現場を見たのか?」
「しっかり見ました」
本当は、原田さんに目隠しされて見なかったのだけど。
「それはもう壮絶でしたよ。しばらくご飯食べれなかったです」
「そんなこともあったのか……」
捨助さんは驚いて絶句していた。
「近藤さんは、捨助さんに危ない思いしてもらいたくないから、入隊に反対しているのですよ。それをわかってください」
「もうちょっと剣術を磨いてからにした方がいいかな」
本当にあきらめの悪い人だ。
「悪いことは言いません。あきらめた方がいいですよ」
「わかった。もうちょっと考えてみる。とりあえず、剣術を磨くことにするよ。蒼良さん、色々教えてくれてありがとう」
そう言うと、捨助さんは吹っ切れたような笑顔で去っていった。
まだあきらめてくれないのか?
でも、今すぐ入隊希望はあきらめさせることが出来たから、とりあえずこれでいいのか?
それにしても空が青いなぁ。
もうすっかり秋だなぁ。
私はゴロンとあおむけになって寝て、秋の空を眺めていたのだった。
***
一人で嵐山に来たのは初めてだ。
もうすっかり紅葉に囲まれていた。
あいつと来た時はまだ緑色だったのに、すっかり色が変わっている。
あいつ、いつ帰ってくるつもりなんだろう。
一応、近藤さんが江戸に立つときに、帰りは連れて帰ってきてほしいと頼んだ。
その近藤さんもいつ帰ってくるかわかんねぇときている。
あいつが行ってからどれぐらいたつんだ?
いなくなってから、俺の生活の中にいるあいつの存在がこんなに大きなものになっていると気が付いた。
朝も目が覚めるといつも幸せそうな顔をして寝ていたのに、それがいない。
こんなに寂しいものだとは思わなかったな。
近藤さんに文をたくしたが、あいつ読んだかな。
あれを読んでどう思ったのだろうか。
すぐに聞いてみたいが、あいにくあいつは江戸にいるから聞くことが出来ねぇ。
ああ、早く帰ってくりゃいいのに。
あいつの江戸行きに意地でも反対しておきゃよかった。
紅葉を見て歩いていると、ひらひらと赤いモミジが落ちてきた。
思わず両手でそれを捕まえてしまった。
あいつが、真っ先にやりそうなことをやってしまった。
モミジを捕まえたはいいが、どうしようか。
捕まえたモミジの茎を親指と人差し指でこすると、グルグルと回った。
さて、どうするか。
モミジをグルグルとまわしながら歩いた。
渡月橋はかかっている桂川の川土手に腰かけた。
空を見たら、雲が一つもなかった。
空まで秋か。
ゴロンと寝っ転がって空を見ていた。
***
ふと空を見ていると、信じられない人が私の顔をのぞき込んでいた。
「ひ、土方さん?」
ここは、多摩だよな。
土方さんは京にいるはずなんだけど。
こっそり多摩に帰って来たとか?いや、そりゃないだろう。
近藤さんがいないから、代理局長で忙しいはずだ。
これは夢なのか?妙にリアルなんだけど。
「お前、何寝っ転がってんだ? 暇そうだな」
「いや、暇じゃないですよ」
悪いことをしいる最中に見つかったような感じがした。
慌てて起き上がった。
「土方さんこそ、こんなところで何しているのですか?」
「紅葉を見に来たんだ」
ええっ、ここ、紅葉なんてあったか?
見回してみて、木を数本発見して確かに紅葉しているけど、京から見に来るほどの物でもないと思うけど。
そんな土方さんの手には、モミジがあった。
ここにモミジの木があるのか?
私の目線に気が付いたのか、モミジを持った手を顔の高さにあげた。
「これか?」
「モミジがあるのですね」
「たくさんあるだろう」
ええっ、たくさんあるのか?どう見ても、そんなにたくさんあるように見えないが。
「お前にやる」
土方さんがモミジを出してきた。
「捕まえたはいいが、その後どうするか悩んでた」
えっ、捕まえた?拾ったとかじゃないのか?
モミジも逃げるのか?
「ありがとうございます」
色々疑問があるけど、とりあえず受け取った。
綺麗な赤い色をしたモミジだった。
「もう、こんな色になるぐらい紅葉しているのですね」
「綺麗だぞ。色とりどりで」
そんなに色とりどりしているように見えないけど。
「早く帰って来い。待っている」
土方さんがそう言った時、目が覚めた。
なんだ、やっぱり夢だったんだ。
でも、なぜか手にはモミジがあった。
***
夢を見ていたらしい。
夢にあいつが出ていた。
のんきに寝っ転がっていたな。
こんなにたくさんモミジがあるのに、モミジがあるのですか?ってずいぶんととぼけていたな。
夢だけど、その状況を思い出しただけでおかしくなってしまった。
どうかしてるな、俺。
そう言えば、手にモミジがあったのに無くなっているな。
風にでも飛ばされたか。
ここでのんびりもしてられねぇ。
そろそろ屯所に帰るか。
***
あれは夢だったんだよな。
でも、なんでモミジが?
でも、せっかく土方さんからもらったものだから、大事にとっておこう。
そう言えば、桜の花びらと、昨年の紅葉した葉はまだ持っているのかな?
「蒼良、待たせたな」
近藤さんがやってきた。
「そろそろ帰るぞ」
近藤さんも、せっかく実家に来たのに、忙しくて泊まることも出来ず、今回は日帰りの訪問だった。
「今度はゆっくりできるといいですね」
「そうだな。もうちょっとゆっくりしたかったな。ところで捨助はどうなった?」
「なんか、剣術を磨いてから申し込むそうです」
「あいつもあきらめが悪いな」
確かに。
「蒼良、手にあるのはモミジか?」
近藤さんが、私の手にあるモミジを指さして言った。
「はい、モミジです」
「ここら辺にモミジなんてあったかなぁ」
え、ないのか?
土方さんはいったいどこからモミジを持ってきたんだ?