近藤さんたち江戸に着く
私たちがいつ来るんだろう、いつ来るんだろう?と待っていたら、その日は突然やってきた。
「おいっ! 帰って来たぞ」
嬉しそうな声が玄関から聞こえてきた。
この声は、間違いなく近藤さんだ。
玄関まで行くと、近藤さんの奥さんであるおつねさんが出迎えていた。
「お前らも元気そうだな」
玄関まで来た藤堂さんと私を見て、近藤さんは言った。
「お疲れでしょう。早くおあがりになってください」
おつねさんが、近藤さんたちを家の中に入れた。
私たちも出迎えた。
近藤さんの次に入ってきた人は、武田さんだった。
なんでよりによって武田さんを連れてきたんだ?かなりがっかりした。
次に入ってきたのは、尾形さんという隊士だった。
彼は、新選組が壬生浪士組という名前だった時からいる人だ。
そして最後に入ってきたのは、
「よっ、久しぶりだな」
と、片手をあげて永倉さんが入ってきた。
「お久しぶりです」
「蒼良も元気そうだな。平助はどうだ?」
そう言いながら、藤堂さんのほっぺを引っ張っていた。
「新八さん、痛いですよ」
「よし、元気そうだな」
ほっぺたで元気かどうかわかるのか?
思わず自分のほっぺにふれる私。
「なに、蒼良もやってほしいか?」
「いえ、遠慮します」
「新八さん、遊んでないで早く上がって休んだらどうですか?」
「平助、久々に会ったのに、冷たいなぁ」
そんなことを言いながら、永倉さんは近藤さんたちと奥の部屋へ入って行った。
「お前たちが江戸に行ってからいろんなことがあったんだぞ」
近藤さんの道場で、旅装束から普通の着物に着替えた永倉さんが話し始めた。
永倉さんの話によると、長州兵の捕縛とかは通常通りあったようだ。
しかし、一番驚いたことがあった。
「ええっ! 近藤さんを会津藩に訴えたのですか?」
あまりに驚いて、藤堂さんと声を合わせて聞き返してしまった。
「おうよっ!」
永倉さんは、自慢するように胸をはって返事した。
永倉さんの話によると、原田さんや斎藤さんや島田さんたち合わせて6人ぐらいで、近藤さんを批判する非行5か条の建白書なるものを会津藩に提出したらしい。
「どうしてそんなものを出したのですか?」
「蒼良、そんな物って失礼だろう」
「すみません。で、またなんで?」
「近藤さん、芹沢さんたちが亡くなってから一人局長になっただろ? それに最近は、池田屋の事や禁門の変の活躍で報奨金とか賞状とかもらったわけだよ」
「報奨金が?」
藤堂さんが聞き返していた。
そうだよね。私も知らないことだ。
「ああ、お前らが江戸に立ってからもらったからな。知らなかっただろ?」
知らなかった。
池田屋の報奨金が出ることは知っていたけど。
「で、それと近藤さんがどうつながっていくのですか?」
「蒼良、いいことを聞いてくれた」
いいことだったのか?
「それで、近藤さんは舞い上がったんだか何だか知らんが、天狗になりやがってさ」
「えっ、天狗?」
あの鼻の長い天狗か?
「近藤さん、別に鼻長くなかったですよ」
「いや、蒼良。ちょっと高慢なことを天狗と言うんだよ」
藤堂さんが説明してくれた。
なんだ、そっちの天狗か。って、普通そっちの天狗だよね。
「人の話の腰を折るなよ」
永倉さんに怒られてしまった。
すみません。
「俺たちも最初は我慢していたけど、だんだん我慢も限界になってな。左之とかに相談したら、俺もそうだと言う事になって、同志を募って切腹覚悟の上で会津藩に出したんだ」
ええっ、切腹覚悟って、死ぬ覚悟と同じことだ。
「そんなに我慢できなかったのですか?」
思わず聞いてしまった。
「武士たるもの、上の人間に物申すときは、切腹覚悟は当たり前だろう」
そうなのか?
私なんて、副長である土方さんに普通に文句言っているけど。
「でも、新八さんは切腹しなかったと言う事だね」
藤堂さんが言った。
ここにいるんだもの、切腹していないと言う事だろう。
もしかして……
「もう切腹して、ここにいるのは幽霊とかって、そんなオチはないですよね」
思わず聞いてしまった。
足はあるみたいだし、それはないよね。
「蒼良、何言ってんた。幽霊じゃない、本物の俺だ」
「そうですよね。永倉さんはそんなに簡単に死ぬ人じゃないから」
「それって、褒めてるのか? けなしているのか?」
「ち、ちゃんと褒めているのですよ」
私と永倉さんのやり取りを聞いて、藤堂さんは笑っていた。
「平助も笑いやがって」
永倉さんは、藤堂さんをくすぐり始めた。
「笑いたいなら笑いやがれってんだ」
「し、新八さん、く、くすぐらないでよ」
なんか、話が大幅にそれているが……
「で、その後どうなったのですか?」
私が聞くと、永倉さんは藤堂さんを解放した。
「そうだった。話の途中だったな。会津藩に出したのだが、容保公が間に入ってくれてな。事なきを得たんだが……」
「その後、何かあったの?」
藤堂さんが永倉さんに聞いた。
「一応、容保公が間に入ってくれたから、表向きは何事もなかったかのような感じになったが、近藤さんとの間は今までみたいにならなくなってな。なんか近藤さんの前に壁があるみたいな感じかな」
そりゃそうだろう。
近藤さんにしてみれば、自分が信頼していた江戸からの仲間からの訴えだから、近藤さんなりにショックだったと思う。
「このままじゃ仕事にならないし、他の隊士にも影響が出るってことで、見せしめのために土方さんが俺を謹慎処分にしたんだ。ちなみに俺は6日間の謹慎だが、一緒に建白書を出した葛山が切腹になった」
切腹者を出してしまったんだ。
「土方さんにしてみれば、謹慎させたから大目に見てやってくれってことだったんだろう。でも、俺が首謀者だったから、切腹するのは俺のはずなんだけどな」
「永倉さんは、新選組に必要な人だから、土方さんも失いたくなかったのですよ」
「蒼良、いいこと言うな」
永倉さんは、乱暴に私の頭をなでてきた。
おかげで私の髪の毛はぐしゃぐしゃだ。
「それで、よく近藤さんと一緒に江戸に来れましたね」
藤堂さんが永倉さんに言った。
私も同じことを思っていた。
「土方さんが謹慎処分にしたから、近藤さんも納得したのだろう。あの人も、自分が納得したらもうそれ以上は言ってこないし、何かあるってことはない。普段通りだ。それが近藤さんのいいところでもあるんだがな」
なんだ、全部が嫌になったから、建白書を提出したわけじゃなかったんだ。
切腹覚悟でやったと聞いたから、きっとこのままだと新選組がだめになると思って、注意しようと思ってやったのだろう。
「とにかく、永倉さんが無事に江戸に来てくれてよかったです」
「蒼良にしてみれば、武田が一緒なのが嫌だったんじゃないのか?」
永倉さん、なんで知っているのだろう。
「左之から聞いたよ。あいつ、男色なんだってな。それで蒼良は襲われかけたことがあるって」
「そ、そんなことがあったの?」
藤堂さんは初めて聞いたみたいで、驚いていた。
「原田さんに助けてもらったので、大丈夫ですよ」
「その左之から、くれぐれも蒼良を頼むと言われたよ」
原田さん、ありがとうございます。
「新八さん、私のことは何も言っていなかったのですか?」
「平助のことは、特に何も言ってなかったぞ。ゆっくりして来いってことじゃないのか?」
「そりゃひどいや」
でも、それは本心じゃないと思うと、思った。
永倉さんと話をしていると、奥からおたまちゃんの泣き声がした。
「ちがう、ちちうえ、ちがう」
泣きながらそんな声が聞こえてきた。
「近藤さんの娘が泣いているが、何かあったのか?」
永倉さんが不思議そうに言った。
「蒼良、もしかして……」
藤堂さんが私の方を見ながら言った。
「歌舞伎俳優」
そうだ、おたまちゃんは自分の父親を歌舞伎俳優だと思っているのだ。
前に、歌舞伎俳優の描かれた浮世絵を指さして
「ちちうえ」
と教えてくれたので、間違いない。
「何だ、その歌舞伎俳優って?」
永倉さんが事情を知らないので、教えたら、
「京でいばりくさってるから、娘に顔忘れられんだ。ざまぁ」
と言っていた。
いや、それはどう考えても違うだろう。
おたまちゃんの泣き声も気になるので、みんなでおたまちゃんのところに行ってみた。
私たちが見たものは、
「だから、わしが父上だって」
と、一生懸命自分が父親だとアピールしている近藤さんと、
「ちちうえ、ちがう」
と、例の浮世絵を持って泣いているおたまちゃんがいた。
「おたまが生まれてすぐに江戸をたったから、わしの顔を覚えていないのはわかるが、悲しいぞ」
それは確かに悲しい。
どうすればいいのだろう?
逆に近藤さんが歌舞伎俳優のようになれば、受け入れてもらえるんじゃないのか?
「近藤さん、おたまちゃんはこの浮世絵の人が父親だと思っているみたいなので、近藤さんも、この絵のような顔になってから、お玉ちゃんの目の前で化粧を落として今の顔になれば、納得するかもしれないです」
「おい、蒼良。それは、近藤さんにこんな歌舞伎の化粧をさせるってことか? それは近藤さんに対して失礼だぞ」
武田さんがすごい勢いで言ってきた。
って言うか、前から思っているのだけど、なんで私はあんたに呼び捨てされなければならないんだ?
「いや、それでおたまが納得するのなら、やってみよう。自分の娘に顔を覚えてもらえない父親って辛いぞ」
武田さんは反対したけど、近藤さんは乗り気だった。
「それもいいかもしれないですね。いやー、私も近藤さんと同じ意見ですよ」
反対していたはずの武田さんが、いきなり賛成に回った。
あんたっ!さっき思いっきり反対していただろがっ!
「あいつは近藤さんの顔色ばかりうかがっているからな」
永倉さんが、小さい声で言った。
「蒼良、よろしく頼む」
近藤さんがそう言ってきた。
えっ、私が近藤さんに化粧をするのか?
何とか、浮世絵に似せて近藤さんに化粧をしてみた。
ここまでになると、化粧というより近藤さんの顔に絵を描いている気分になる。
骨格とかごまかせないけど、何とか浮世絵に似せることが出来た。
「いいんじゃないのか?」
永倉さんが近藤さんの顔を見て言った。
「男前になったか?」
近藤さんは、ちょっとおどけた感じで言った。
「そりゃもう、化粧をしてもしなくても男前ですよ」
武田さんは近藤さんの機嫌をよくするために言った。
「おたまちゃんを呼んできますね」
私はおたまちゃんを呼びに行った。
私はおたまちゃんの手を引いて、近藤さんの前に立たせた。
「おたまちゃん、父上ですよ」
私が言うと、近藤さんも
「父上だぞ」
と言った。
おたまちゃんは笑顔で近藤さんを指さした。
「ちちうえ」
「そうだぞ、父上だ」
近藤さんも嬉しそうだ。
「おたまちゃんも納得したようなので、おたまちゃんの見ているところで化粧を落としましょうか?」
「頼む」
近藤さんの化粧が落ちていく状態をおたまちゃんはじいっと見ていた。
化粧を全部落とし終わった近藤さんが、
「父上だぞ、わかるか?」
と、緊張しているような感じで言った。
これで認めてもらわなかったら、別な手を考えるしかないな。
しかし、おたまちゃんもやっとわかったみたいで、指をさして笑顔で
「ちちうえ」
と言った。
「そうだ、父上だぞ」
近藤さんはとっても喜び、おたまちゃんを抱き上げた。
おたまちゃんもキャッキャッと笑っていた。
やっと親子の再会ができた。
「蒼良、さっきは助かった」
あれから近藤さんに部屋に呼ばれた。
「親子の再会が出来てよかったですね」
「ああ、本当に助かった」
「ところで、用があったのではないのですか?」
だから、近藤さんの部屋に呼ばれたと思うのだけど。
「そうだ、そうだ。実は、歳から文を預かっている」
土方さんから?
近藤さんがその文を渡してくれたのだけど、宛名の『蒼良』しか読めなかった。
相変わらず、くねくねした文字を書くんだから。
そう思ってその文を見ていると、
「もしかして、読めないのか?」
と、近藤さんに聞かれた。
「土方さんのようなくねくねした文字は苦手で」
「ならわしが読んでやろう」
近藤さんが土方さんの手紙を読み始めた。
最初は最近の隊の様子などが書いてあった。
永倉さんが言っていたことも書いてあった。
近藤さんもはりきって読んでいたけど、途中で声が止まった。
どうしたのだろうと近藤さんを見てみると、顔が赤くなっていた。
「どうしたのですか?」
「蒼良、ここから先は読めん」
えっ?
「頑張ってお前が字を読めるようにならないといかんな」
そ、そうなのか?どういう内容か知りたいのだけど、無理なのか?
「そうか、てっきり平助とできていると思ったら、やっぱり歳とだったのだな」
ええっ!いったいどういう内容なんだ?余計気になるじゃないか。
「いや、出来てませんよ。そもそも……」
平助さんとのことも誤解ですからと言おうとしたけど、
「照れることはない。わしは蒼良の恋も全力で応援してやるからな。相手が歳ならなおさらだ」
と言って、わははと豪快に笑って去っていった。
文の内容が気になるのだけど、近藤さんが誤解するぐらいだから、他の人に読んでもらうわけにもいかないだろう。
でも、内容がすごく気になるのだけど、土方さん、内容を教えてっ!