多摩へ
近藤さんの道場に来た佐藤さん。
「蒼良、用事はすんだのか?」
道場に着いて私を見るとそう言った。
「用事は、済みました」
用事というのは、伊東さんの勧誘だったので、あっさりと終った。
後は、近藤さんが来てからになりそうだ。
「それなら、ちょうど多摩に帰るところだから、一緒に多摩に行こう」
「えっ、今からですか?」
「みんな蒼良を待ちかねていて、いつ用事が済むんだと、毎回言われているんだ」
それはまた難儀なことで。
「というわけで、行くぞ」
「ちょっと支度する時間をください」
なんか、話が急だなぁと思いつつ、簡単な旅支度をして近藤さんの道場を後にした。
佐藤さんの家は全然変わっていなかった。
京に出てから一年半しかたっていないから、変わっていなくて当たり前なのだけど、なんかほっとした。
私が土方さんと京に出るまで、ここで暮らしていたのだ。
懐かしいなぁ。
「あれ、蒼良?」
家の中から、土方さんのお姉さんであるおとくさんが出てきた。
「お久しぶりです」
私が挨拶すると、おとくさんに両手で顔をはさまれた。
「すっかりりりしくなっちゃって」
それって、ほめ言葉なのか?男だったらほめ言葉なんだろうけど、一応女なので、ちょっと複雑だ。
「今回は、蒼良だけなの?」
「近いうちに勇さんたちが来るらしい」
佐藤さんがそう言った。
「すみません。土方さんがいなくて」
私だけ里帰りみたいなことをして申し訳ないなぁと思って謝ったら、
「ああ、いいのよ。あいつは図体はでかいし、子供みたいなことばかりやってんだから。蒼良が来てくれた方が嬉しいわよ」
と、言ってきた。
でも、本当は土方さんがいなくて寂しそうだった。
「おい、蒼良をいつまで外に立たせておくんだい」
佐藤さんが言うと、
「あら、ごめんなさいね。さ、上がって上がって。ここはあんたの家でもあるんだから」
と、おとくさんが私を中に入れてくれた。
私は、土方さんが使っていた部屋を使うことになった。
一年半前も、この部屋を使ったんだよなぁ。
やっぱり懐かしいなぁ。
この部屋を使っていた時のことを色々思い出していた。
そう言えば、京に行く直前に、土方さんは俳句集をここで作っていたのだよなぁ。
そう思って、文机を手で撫でると何かが挟まっていることに気が付いた。
なんだろう?
くねくねと書いてあるこの文字は、土方さんの文字だろう。
で、なんて書いてあるのだろう?最後の豊玉って書いてあるのだけは何とか読めたので、俳句だろう。
「蒼良、荷物は片付いたかい?」
ちょうど佐藤さんが入ってきた。
よし、佐藤さんに読んでもらおう。
「これが文机に挟まっていたのですが」
その紙を佐藤さんに渡した。
「歳が作っていた俳句だろう」
「なんて書いてあるのですか?」
ワクワクしながら聞いてみた。
「読めないのか?」
「土方さんのくねくねと続いて書いてある文字はどうも苦手で」
「そうか、どれどれ。春の草 五色までは 覚えけり」
そうか、それはよかった。って……
「本当に土方さんの俳句なのですか?」
と、思わず聞いてしまった。
「ここに歳の俳号である豊玉と書いてあるから間違いないだろう」
お正月にも、酔っ払って俳句を書いていたけど、どういう反応をしていいかわからないような俳句だった。
「ちなみに、わしも俳号を持っているよ」
「佐藤さんも俳句をやるのですか? 見せてくださいよ」
「次の機会に見せてあげよう」
次の機会っていつなんだ?
俳句を作っている人は、自分の俳句をあまり見せたがらないものなのか?
「それにしても土方さんは、色の名前を5色しか知らないのですか?」
かなり少ないと思うけど、意味が違うのか?
「人の心配をするより、蒼良は自分の心配をした方がいい」
ん?私の心配?
「文字が読めないってことは、恥ずかしいことだぞ。寺子屋からやり直した方がいいぞ」
そ、そうなのか?
それから、土方さんの実家にも挨拶に行った。
土方さんの実家は、長男の為次郎さんが目が見えないので家を継げず、次男の人が継いだのだけど、病死をしてしまったので、次男の息子さんである作助さんという人が継いでいる。
ちなみにその作助さんは、私より一つだけ年下だ。
この時代、結婚するのも早ければ、家を継ぐのも早くなることがあるのだなぁとつくづく思った。
まだ19歳だけど、嫁に行き遅れているかもって、妙な焦りを感じてしまう。
挨拶に行ったときは、作助さんも為次郎さんもいた。
「お久しぶりです」
そう言って挨拶すると、二人とも喜んで迎えてくれた。
特に為次郎さんは、土方さんと仲が良かったみたいで、色々と京の話を聞かれた。
私が話すたびに、
「歳らしいなぁ」
と笑っていた。
「蒼良さんも、男らしくなりましたね」
作助さんに言われ、やっぱり複雑な気持ちになった。
でも、ここではほめ言葉として頂戴しておこう。
「ありがとうございます。私なんて、まだまだですよ」
しかし、為次郎さんはあれ?というような顔をしていた。
「蒼良は、女だろう?」
な、なんでばれてんだ?
「何言っているのですか。蒼良さんは男ですよ。女みたいな顔していますが、立派な男ですよ」
いや、立派かどうかはわからないけど……
「そうか、わしとしたことが。ずうっと女だと思っていた」
為次郎さんは笑いながらそう言った。
和やかな雰囲気で話は続いた。
「そろそろ失礼させていただきます」
私がそう言って立ち上がると、
「蒼良、ちょっと話がある。わしの部屋まで来てくれ」
と、為次郎さんに言われた。
ちょっと嫌な予感がしたのだった。
「蒼良、わしは目が見えない。しかし、他の人には見えないものが見えると思っている」
この展開は、やっぱり……
「お前は、男だと言っているが、女だな」
やっぱり、ばれてる。
ごまかすか?でも、他の人には見えないものが見えると言っているんだ。
ごまかしもきっと見えてしまうだろう。
「はい、男装しています」
「それは、歳も知っていることだな」
「はい、真っ先にばれました」
「さすがわしの弟だ」
この兄弟は、観察眼がすごいというか、すぐ見破ってしまうというか。
「あの、為次郎さん。このことは内緒でお願いします」
「女であるお前が、りりしくなるぐらいのことをするには、わけがあってのことだろう。そのわけは聞かんし、誰にも言わないでおこう。そのかわり、頼みがある」
頼みって何だろう?
「歳と結婚しろ」
「結婚ですか……ええっ! 結婚?」
あっさりと言うので、普通に聞いてしまったじゃないかっ!な、なんで突然っ!
「そうだ。歳には蒼良みたいな女がぴったりだ」
そ、そうなのか?
「昔、わしの気に行った女がいて、それを歳に勧めたら断られてしまった。一応許嫁にしてあるんだが、昔のことだから、相手も他の人と結婚しただろう」
そんなことがあったのか?
「蒼良も、わしが気に入っているから、会った時から歳と結婚すればいいなと思っていたのだ」
結婚って、こんな簡単に話して済むものなのか?いや、一生の問題なんだから、ここはもっと時間かけようよ。
「私には、まだ早いですよ」
「蒼良は、いくつだ?」
「19歳です」
「行き遅れもいいところだろうが」
そう言われると思っていたよ。
「でも、まだ志を全うしていないので」
自分で言っといて、志って何?と、心の中で自分に突っ込んでいる自分。
ここは、まともなこと言っとかないと、土方さんと結婚することになってしまう。
自分がいないところでこんな話を決められた日には、土方さん、そうとう怒りそうだ。
げんこつ10発は覚悟しなければっ!
「それに、土方さんの意思というものもあると思うので」
「あいつの意思はわしの意思だ。関係ない」
そ、そうなのか?
「なら、その志とやらを全うしてからでもいいから、歳と結婚しろじゃなければ、女だってばらすぞ」
その志がわからないから、全うしたかどうかもわからないし、何とかごまかしたから、土方さんも許してくれるかな?って言うか、許して。
でも、女だってばらすって、卑怯だぞ。
「蒼良が気に入ったから、手放したくないのだ。どんな卑怯な手でも使うぞ」
「わ、わかりました。志を全うしたら、考えます」
「考えますじゃなく、実行しますだ」
断れないのね。
でも、志を全うしなければ大丈夫だから、大丈夫だよね。
これで土方さんが納得しなかったら、私がげんこつ100発落としてやる。
「わかりました、実行します」
「よし、今日から蒼良は歳の許嫁だ」
えっ、それは聞いていない。
「せ、せめて土方さんの許可を取ってからで……」
「何言ってんだ。わしはあいつの兄だから、許可なんていらんのだ」
そうなのか?
「いや、でも、おおやけにするのは、ま、まだ早いと……それに、表向きは男なので」
「ああ、そうだった。蒼良が女の姿になるまで待つか」
た、助かった。
危うく、多摩のここら辺の地方で土方さん結婚説が流れるところだった。
男色説よりたちが悪いものになるところだった。
土方さんの実家から出たら、細い竹が生えているところがあった。
もしかしてこれが有名な、武士になったら、この竹で矢を作ると言って植えた竹なのかな?
植えたはいいけど、今の土方さん矢を作る時間があるのだろうか?
それに、これからの時代は銃なんだろうなぁ。
でも、夢があって植えたんだよね、きっと。
これを植えた時土方さんに会いたくなったのだった。