壬生で花見
京についたものの、やることがなかった。竹刀ですぶりでもしようかな。最近、京に行くのに必死で全然やってなかったもんな。
そう思って、竹刀持って外に出ると、原田さんがなぜかお腹出して寝ていた。
何してるのだろう。
日光浴?昼寝?でも、なぜお腹出して?
近づくと、やっぱりお腹が出ている。
切腹をした跡と言うお腹の傷を出してる。
これがそのあとなんだ。前も見たけど、こんなじっくり見るのは初めてだな。
思わず指でつつつっとなぞってみると、
「わっははは、くすぐったいぞ! 誰だ! 平助か?」
「いや、私、蒼良です」
「えっ、蒼良?」
原田さんは起き上がった。
「いや、つい触りたくなって。すみません」
「別に構わないよ。ただ、相手が蒼良だったのが意外だったな。てっきり平助だと思ってた」
「なんでお腹出して寝ているのですか?」
「ああ、たまには傷を太陽に当ててやらんとな。じくじくと痛くなるときがあるのだよ」
「そんなことがあるのですか?」
でも、この時代ならあるのかな?現代の医療では、手術したあとに太陽に当てている人なんて見たことがない。
っていうか、いないだろう。
「気持ちいいぞ。お前もやるか?」
「いや、遠慮します」
「今日は春らしくて暖かいからな。ついつい気持ちよくて寝てしまった」
その言葉で気がついた。
今は二月だけど、旧暦の二月で現在に置き換えると三月終わりぐらいの時。
そして、その時にやることって。
「花見っ!」
思わず口に出してしまった。
そう、もう桜が咲いているかもしれない。
どうなんだろう?現代と違うから、まだなのかな。
でも咲く時期だよな。
「びっくりしたなぁ、なんだ、突然」
「いや、最近忙しかったので、すっかり忘れてました。花見の季節じゃないですか」
「おお、そう言われてみりゃそうだな」
「京だから、桜の名所はいくつかあるはずですよ」
「でも、今出かけたら土方さんに、遊びに来たんじゃねぇって怒られるぞ」
「そうだった……」
最近、なにやら色々と考え込んでいるし。
清河って人の何が気になるんだろう?私は全然気にならないけどな。
とにかく、花見には行けそうにないな。
「蒼良、そう落ち込むな。今から行こう。花見」
「えっ、怒られますよ」
「名所じゃなくても、桜は見れんだろ。そこらへんに咲いているかもしれない。散歩がてら行ってみよう」
という訳で、散策もかねて近所をぶらぶらすることになった。
この壬生村は、京の中心地からちょっと離れているせいか、京の都にいるという感じがしない。
普通に周りに田んぼや畑があるし、どこかの田舎町のような感じ。
しばらく歩いていると、桜の木があった。
大きな木が一本だけだけど、八分咲きぐらいに咲いていた。
一番桜が綺麗に見える時期かもしれない。
「他の木はまだあまり咲いてないけど、この木はすごいな」
原田さんが、桜を見ながら言った。
確かに、他の木はあまり咲いていないけど、この木は見事に咲いている。
「日当たりがいいとか、色々条件が揃って他の木より早く咲いたのかもしれないですね」
「それにしても立派な木だな」
この木をこの時代に見ていると、桜の木の下に死体が埋まっていて……という都市伝説みたいな話を思い出してしまう。
こんなに大きな木だから、きっと死体の養分をたっぷりすっているに違いない。
「桜の木の下に死体って、本当に埋まっているんですかね?」
そんなことを考えていたせいか、原田さんに変な質問をしてしまった。
「はぁっ? 蒼良、変なこと言うよな」
「だって、桜が桃色なのは、死体の血を吸って染まったとか、よく言いませんか?」
「初めて聞いた」
やっぱり、言わないか。そんなこと。
「でもよ、桜染めって知ってるか?」
桜染め?
「桜で織物を染めるのだが、咲いている桜じゃなくて、花が咲く前の桜の枝を使うって、何かで聞いたことあるぞ。枝なのに、綺麗な桃色に染まるらしいぞ。だから、蒼良の話もあながち嘘じゃないかもしれん。掘ってみるか?」
「いや、掘らなくていいです」
本当に掘って白骨化した人間が出てきたらシャレにならないので。
それに、怖い。
「でも、綺麗だよな。桜」
「そうですね」
しばらくぼーっと桜を見ていた。
たった一本だけだけど、その一本の桜がものすごく綺麗に見える。空気が綺麗だからなのかな?
「来年は、みんなでお花見なんて出来るといいですね」
「そうだな」
その時、花びらが一枚だけヒラヒラと落ちてきた。
私は花びらを取るために、花びらが風で右へ行ったら右へ。
左へ行ったら左へ。
フラフラ動きながら両手で花びらを取ることが出来た。
「わぁ、取れた。原田さん、取れましたよ」
「なんだ、それ取るといいことがあるのか?」
「花びらを散っているときに取ると、幸福が訪れるって、聞いたことがあるので」
「お前、たまに女みたいなこと言うよな」
女だから仕方ない。
両手に包み込むように花びらを持って帰った。
花びらをもって帰ったのはいいけど、どこにしまえばいいのだろう。なんか本があればそこに挟めばいいのだけど。
本なんて一冊もなさそうだしな。
「おい、なにしてる?」
花びらを持って考えていると、土方さんが来た。
「桜の花びらをとったのですが、しまう場所が無くて」
「おお、もう咲いてるのか?」
「はい、近所の桜の木ですが、一本だけ大きくて綺麗に咲いていました」
「そうか、もうそんな季節になっていたか。江戸出たときはまだ肌寒かったけどな」
そんなことを言いながら、土方さんは胸元から句集を出してきた。
「これに挟んどけ」
「あ、豊玉発句集」
「なんで、名前を知っている! さては見たな」
いや、見てません。
でも、本人も知らないと思うけど、新選組ファンの中ではかなり有名な物ですから。
「見てませんよ。でも、見せるために句集にしたんじゃないのですか?」
「うるさいっ!花びらよこせ」
見せるためじゃないらしい。
花びらを渡すと、丁寧に句集に挟み、そろっと閉じてまたしまった。
「ここに挟んでおくからな」
「ありがとうございます。土方さんにも、幸福が来ますよ」
「なんだ、そりゃ」
「桜の花びらを、散っているときにつかむと幸福が訪れるんですよ」
「へぇ、悪い話ではないな」
まんざらでもない。
そんな感じで土方さんは笑っていた。