江戸へGO! 鳥居本宿
江戸に旅立つ日が来た。
屯所ではみんなが見送ってくれた。
土方さんだけは、伏見まで送ってくれた。
「これが手紙だ。表書きに宛名があるから、渡してくれ」
伏見でたくさんの手紙を預かった。
「わかりました」
私はその手紙をしまった。
「気を付けて行って来い」
「行ってきます」
藤堂さんと二人で伏見から歩き始めた。
草津宿というところで、東海道と中山道でわかれる。
ちなみに浪士組で京に入った時は、中山道できた。
今回はどちらから行くのだろう。
藤堂さんは、中山道の方へ行った。
「えっ、中山道なのですか?」
ちょっとがっかりして藤堂さんに聞いた。
「中山道の方が行きやすいと思って」
そうなのか?
「蒼良は、何かあるの?」
中山道だと……
「富士山が見れないじゃないですか」
そうなのだ。富士山が見れないのだ。
その言葉を聞いた藤堂さんは、笑い出した。
「蒼良らしい理由だね」
「だって、せっかくなら富士山みたいじゃないですか」
「確かに、見てみたけど……」
土方さんなら、遊びに行くんじゃねぇっ!と怒鳴られてげんこつものだけど、藤堂さんはそういうことはない。
もしかしたら、東海道で行ってくれるかも?
「でも、東海道だと大きい川があって、その川の全部に橋があるわけじゃないから、お金をかけておぶってもらってわたるか、最悪だと自分で首までぬれて渡ると言う事もあるよ」
そうなのか?それは嫌だなぁ。
「中山道で」
首までぬれてちゃんと渡れればいいけど、流れてしまう場合だってあるはず。
それなら確実な中山道がいい。
富士山は見れないけど、また見れる日も来るよね、多分。
私たちは、中山道で行くことになった。
中山道と言えば、やっぱり浪士組の時のことが色々と思い出される。
藤堂さんと思いで話で花が咲いたのだった。
「そう言えば、草津あたりで山南さんが喧嘩しましたよね」
草津を通った時にそのことを思い出したので、藤堂さんに言ってみた。
「山南さんにしては珍しかったね。京に近づいてきていたし、気持ちが興奮していたのかもしれなかったね」
そうだったのかもしれない。
その山南さんも京に来てから体を壊して寝たり起きたりの生活をしている。
「山南さんとは同門だから、色々心配だよ」
藤堂さんが歩きながら言った。
山南さんは、切腹してしまう。
確か、その時は藤堂さんは江戸にいると思う。
今回江戸に行くけど、この後で近藤さんたちが来る。
近藤さんたちは先に帰ってしまうけど、藤堂さんはしばらく江戸に残ることになる。
その時に切腹してしまうのだ。
藤堂さんが一緒に帰ってくれば、山南さんは同門の藤堂さんがいるから、体が治って隊に復帰しても、みんなとの気温差を感じずに済むかもしれない。
そうなると、脱走もしないかもしれない。
「藤堂さんは、帰りも一緒ですよね」
思わず私は聞いてしまった。
「突然どうしたの?」
藤堂さんは驚いていた。
当たり前だろう。まだ行く途中なのに、帰りのことを言い出したのだから。
「藤堂さんは、帰るときも私たちと一緒に帰って来ますよね」
藤堂さんの顔から笑顔が消えた。
もしかして、江戸に残るつもりだったのか?
「一緒に帰らないのですか?」
「江戸に帰って来た機会に、剣を学びなおそうと思っていたんだ。だから、後から来る近藤さんと一緒には帰れないかもしれない」
「何とか一緒に帰ることはできないのですか?」
「蒼良が私と一緒に江戸に残ってくれたら、一緒に帰れるけど。土方さんから蒼良は近藤さんと一緒に返すようにって言われているからなぁ」
「土方さんは、藤堂さんが帰らないことを知っているのですか?」
「土方さんは副長だから、一応知らせておかないといけないでしょう。知らせておかなければ、脱走と勘違いされてしまう」
「そうなのですか」
土方さんに報告するぐらいだから、藤堂さんの決心も揺るがないものなのだろう。
これ以上は、一緒に帰ろうと言う事は出来ない。
「でも、出来れば早めに帰ってきてくださいね」
それでも、少しでも山南さんが生きているうちに帰ってきてほしくて、そう言った。
「蒼良にそう言われると、なんか嬉しいな」
藤堂さんはなぜか喜んでいたけど、それどころの話じゃないから。
山南さんの命がかかっているのだから。
中山道を歩くと、鳥居本宿という宿場町に着いた。
「今夜はここに泊まろう」
藤堂さんが言った。
「あとどれぐらいで江戸に着きそうですか?」
「蒼良、旅はまだ始まったばかりだよ。江戸まではまだまだかかるよ」
「どれぐらいかかりそうですか?」
「あと12・3日はかかると思うよ」
そうなのか?そう言えば、浪士組で京に来た時も1ケ月近くかかったよな。
「ずいぶんとかかるのですね」
「江戸は遠いから」
ああ、新幹線が恋しい。
宿に荷物を置き、夕食を食べに町に出た。
お店に入って夕食を食べていると、体格のいい男の人二人組が近づいてきた。
刀を2本さしているから、浪士か武士か?
「あんたたちは、どこから来たんだ?」
その二人組が、私たちの横に腰かけてきた。
「京です。京から江戸に行く途中です」
見た感じ、悪い人じゃなさそうだから、私が返事をした。
「そうかい、ちょうどいい。俺たちも江戸に行くんだ」
何がちょうどいいのかわからないけど、そうなんだ。
「さ、ここで会ったのも何かの縁だ。飲んでくれ。俺がおごる」
男の人にお酒を注がれた。
「すみません。私は飲めないので」
「なんだ、つまらんな。そっちの人は飲めるのか?」
藤堂さんが聞かれた。
「はい、たしなむ程度に」
藤堂さんは笑顔で銚子を出してきた。
男の人はそれにお酒を注いだ。
藤堂さんなら、飲みすぎるってことはないだろう。
第一、飲みすぎた藤堂さんを見たことがない。
そう思っていた。
「お前さん、飲みっぷりがいいね。もう一杯どうだい」
藤堂さんがお銚子を空にするたびに、男の人二人組は交互にお酌してくる。
「藤堂さん、大丈夫ですか?」
ペースが早すぎる。
「大丈夫だよ」
最初は笑顔でそう言っていた藤堂さん。
しかし、だんだん顔が赤くなり、呂律もまわらなくなってきた。
「もう無理でしょう。宿に帰りましょう」
私は立ち上がって、お酌をする男の人二人組を止めた。
「明日も江戸に向けて歩かなければならないのですよ。あなたたちもそうですよね?」
「ああ、そうだ。飲ませすぎたか?」
「飲ませすぎですっ!」
「悪いことしたなぁ」
男の人はそう言っていたけど、悪いことしたような感じには全然見えなかった。
「藤堂さん、立てますか?」
うつぶせで倒れこんでいる藤堂さんに聞いた。
しかし、返事がなかった。
これは、背負っていくしかないか?前に原田さんを背負って帰ったこともあるから、何とかなるかな。
「あんた、宿どこだい? 俺たちが連れて帰ってやるよ」
男の人がとてもうれしいことを申し出てくれた。
「本当ですか?」
「ここまで飲ませた俺たちの責任だから、宿までちゃんと送るよ。案内してくれ」
「ありがとうございます」
というわけで、藤堂さんを背負ってもらい、何とか宿に帰り着いたのだった。
「何だ、俺たちと同じ宿じゃないか」
そうなのか?
「奇遇だな。それなら部屋まで送ってやる」
男の人たちの申し出に甘えて、部屋まで藤堂さんを部屋まで運んでもらった。
「今日は悪かったな。また明日な」
男の人たちは、藤堂さんを布団に寝かすと部屋から出て行った。
藤堂さんは、何事もなかったかのように寝ていた。
荷物整理をしたりしていたけど、その間も藤堂さんは寝ていた。
酔いをさますために水かなんか飲ませた方がいいのかな?このままだと、確実に二日酔いだよね。
お水をもらいに行こう。
そう思って部屋を出た。
廊下を歩いていると、さっきの男の人二人組の声が聞こえてきた。
同じ宿だと言っていたから、ここにいるのは当たり前だよね。
この部屋かな?お礼を言った方がいいかな?
部屋の前で考えていると、中から声がした。
「どうするんだ? 小さい方は酒飲んでないから、元気だぞ」
小さい方は、酒飲んでいない?私の事か?
「もう片方は酒飲んで寝ているだろ。俺の本命だからいいだろ?」
俺の本命?どういうことだ?
「何言ってんだ。俺だって本命だったんだぞ」
「俺が酔わせたから、俺がいただく」
「それはないだろ」
「お前は小さい方で我慢しておけ」
「俺も、そっちがいい」
どういうことだ?
どう考えても、男の人二人で藤堂さんの取り合いをしているようにしか見えないのだけど。
どうして藤堂さんの取り合いをしているのだ?
「小さい方が寝た時に行くぞ」
「おう、いつもの夜這いだな」
よ、夜這いって……藤堂さんを男が夜這い……
だ、男色かっ!
さっきから藤堂さんの取り合いをしていたと言う事は、そう言うことなのか。
なんで私じゃないのだ?こう見えても一応女だぞ。男に負けるとは、ショックなんだけど。
でも、そんなこと考えている場合じゃない。
藤堂さんの危機だ。何とかしなくてはっ!
私は急いで部屋に帰った。
とにかく藤堂さんを起こして、宿を変えるか部屋を変えるか何とかしてもらおう。
部屋に帰ったら、藤堂さんはさっきと変わらず寝ていた。
「藤堂さん、起きてくださいっ!」
揺すっていたけど、全然起きる気配はなかった。
「この部屋だ」
部屋の外から男の声がした。
もう来たっ!早すぎるだろうっ!
「藤堂さん、お願いだから起きてください」
藤堂さんの起きる気配はない。
仕方ない。
私は刀を探した。
刀を手にして新選組の名前を出せば何とかなるかな。
土方さんもきっと許してくれるだろう。
刀を手にしようとした時、部屋のふすまが開いた。
それと同時に、布団の上に押し倒された。
遅かったかっ!
しかし、押し倒したのは、男たちではなく、藤堂さんだった。
「な、なんだっ!」
男二人は、藤堂さんに押し倒されている私を見て驚いていた。
「今、取り込み中だから」
そう言った藤堂さんの目はすわっていた。
私たち、取り込み中だったのか?
「し、失礼しましたっ!」
男たちは襖を閉めて部屋を出て行った。
た、助かったのか?
「藤堂さん、大丈夫ですか?」
「蒼良は、私が守るから」
藤堂さんは、私を見下ろしてそう言った。
私の肩を両手で押さえつけていた藤堂さんの顔が突然近づいてきた。
どうしたんだ?よけようにも、肩を押さえつけられているからよけられないし。
そう思っていると、藤堂さんの顔は私の顔の横に落ちてきた。
それと同時に、藤堂さんの体重が私の体にかかってきた。
どうも、私の上に倒れこんだらしい。
お、重いのですが……そう思いながらも、何とか藤堂さんの下から脱出できた。
とにかく、助かった。
藤堂さんの上に布団をかけて私も横になった。
「頭が痛い……」
藤堂さんは、頭を押さえていた。
「飲みすぎですよ」
「お酒をすすめられてつい飲みすぎてしまったらしい。蒼良に悪いことしたね」
「私は、大丈夫ですよ。昨日のこと、覚えていないのですか?」
「昨日、何かあったの?」
どうやら覚えていないらしい。
話した方がいいのか?それとも黙っていた方がいいのか?
そんなことを考えているうちに出発することになった。
出発するときに、宿の玄関で昨日の男の人二人組に会った。
「あんたたちのことは邪魔しないよ。幸せにな」
意味ありげに笑って、藤堂さんの肩をたたいていた。
この人たち、絶対に誤解しているよね。
「蒼良、何かあったのか?」
何回か藤堂さんに聞かれたけど、
「大丈夫ですよ」
と言っておいた。
世の中には、知らないことが幸せなこともあるから。