上から京の町を見る
「よく考えたら、昨年約束していたことが、出来なかったな」
一緒に巡察していた原田さんが突然言い出した。
「何か約束していましたか?」
何の約束をしていたっけ?
「祇園祭を見るって約束していただろう」
そうだ。
昨年、後祭りというものを見て、来年こそは宵山を見ようって約束していたのだった。
「でも、宵山どころじゃなかったですね」
「そうだな」
その、宵山の日に池田屋事件があったので、結局忘れられたままになっていた。
「でも、来年はもう見れないかもしれないぞ」
原田さんが焼け野原を見ながら言った。
「どうしてですか?」
歴史ではどうだったのだろう?祇園祭のことまでは調べてなかったなぁ。
でも、現代もやっているお祭りだから、これでおしまいになってしまうことはないだろう。
「山鉾がほとんど焼けてしまったと聞いたぞ」
そうなのか?
山鉾とは、祇園祭になくてはならないもの。
祭りにおみこしが必要なのと同じことで、祇園祭には山鉾が必要だ。
「でも、中止になるとは聞いていませんよ」
だって、現代もちゃんと行われている。
「山鉾がほとんどないのにできないだろう」
「戦って、様々なものが犠牲になるのですね」
「そうだな」
原田さんと一緒に焼け野原を見渡した。
復興しつつあるけど、ほとんど何もない。
「まさか、こんなになるとは思わなかったな」
「そうですね」
誰も、焼け野原にしようと思って戦をしたわけじゃないだろう。
でも、結果的に焼け野原になってしまった。
「京の町はどれぐらい燃えてしまったのだろう」
原田さんは、悲しそうな顔で言った。
京の町が一目で見てわかるところってどこだろう。
一番高いところは……清水寺か?
「原田さん、清水寺に行って見ますか?」
「ああ、あそこなら一目でわかるな。行って見るか」
「はい、行きましょう」
というわけで、原田さんと清水寺に行くことになった。
「ここはずいぶんと急な坂だな」
産寧坂を上っているときに原田さんが言った。
「原田さん、初めてきますか?」
「巡察で近くまでよく来るんだけどな。ここまでは来たことないな」
「ここを上ると、お産が楽になるらしいですよ」
「それなら、蒼良は真面目に上らないとな。俺はお産しないから別にいいけどな」
原田さんは他人事のように言った。
「でも、私もまだまだ先の話ですよ」
「何言ってんだ。もう19才だろう? 世間の娘たちはもうとっくに嫁に行っている歳だぞ」
そ、そうなのか?現代ではまだまだなんだけど。
「みんな、何歳ぐらいでお嫁に行くのですか?」
「15、6歳か?」
は、早っ!早すぎるだろう。
「だから、蒼良の年になると、子供がいるぞ」
いや、まだ全然そんなこと考えられない。
「私は、まだまだですよ」
「何言ってんだ。お前もそろそろ考えた方がいいぞ。行き遅れている方だからな」
その言葉、ものすごくショックなのですが……。
19才で行き遅れってどうなの?
「なに、心配するな。そん時は俺がもらってやるよ」
原田さんに、ポンッと背中をたたかれた。
それに驚いて、思わずむせてしまった。
「おい、大丈夫か?」
「ゲホゲホ……大丈夫です」
「俺の言ったこと、聞いていたか?」
ん?何か言ったのか?
「大事なことですか?」
「大事といえば大事だが……ま、いいさ。また時期が来たら言うよ」
原田さん、なんだろう?
それを気にしながら坂を上っていると、石につまずいた。
「うわっ!」
思わず悲鳴を上げて前のめりになる私。
それを素早く私のおなかのところに手を入れて支えた原田さん。
「蒼良、こんなところで転んだら、下まで転がり落ちるぞ」
た、確かに。
「ありがとうございます」
お礼を言おうと思って顔を上げると、原田さんの顔が近くてびっくりした。
原田さんの顔って、やっぱりかっこいいな。
もてるだろうなぁ。
「俺の顔に何かついてるか?」
原田さんに言われて、ドキッとした。
「いや、原田さんの顔って、かっこいいなぁって思って」
「な、何言ってんだ、突然」
原田さんは照れながらも、私をちゃんと立たせてくれた。
「原田さん、もてるでしょう?」
「何言ってんだ、全然もてないよ」
「嘘だぁ。島原とか行くと、女性がほっとかないじゃなんじゃないですか?」
「島原か。新八と一緒だから、それはないな」
永倉さんと一緒だと何かあるのか?
「も、もしかしてっ!」
「なんだ?」
「永倉さんとできていると勘違いされているとか……」
「蒼良、それはないから安心しろ」
そうなのか?
「それと、俺を男と引っ付けようとするのはやめてくれ。頼むから、それだけはやめてくれ」
「す、すみません」
原田さんが真剣に言ったので、私もまじめに謝ったのだった。
「すごいなぁ……」
原田さんがつぶやいた。
清水の舞台に着き、そこから京の町を見た。
半分以上、ほとんどが焼け野原になっていた。
「京の町は大丈夫なのか?」
原田さんの表情が絶望的な顔をしていた。
「大丈夫ですよ」
現代の京は、こんな焼け野原だった痕跡もないぐらいりっぱな町になっている。
「蒼良は、何を根拠にそんな自信があるんだ? 俺は、胸張って言えるほど自信ない」
なんて言えばいいのだろう。
斎藤さんと行った甘味処を思い出した。
建物もないところで営業していた。
「京の町の人たちは、そんなに弱くないですよ。絶対に立ち直りますよ。そう信じています」
あの、甘味処の人たちみたいに。
「そうだな、京に住む人間を信じないとだめだな。この風景を見ていると気持ちも暗くなるから、そろそろ行くか」
「そうですね。長居するところじゃないですね」
原田さんと私は、清水の舞台を後にした。
清水寺の近くにある地主神社の前を通ると、女の子たちでにぎわっていた。
「な、なんだ?こりゃ。ずいぶんと賑やかだな」
地主神社といえば、恋の神様だ。
と言う事は、ここにいる女の子たちは……
「恋する乙女たちですよ」
私が言うと、原田さんは驚いた顔をしていた。
「恋する乙女だと?」
「恋をしている女の子たちは、何があっても元気なのですよ」
「そう言うものなのか?」
「そう言うものです。ちょっと中に行って見ますか?」
「行って見るか」
というわけで、地主神社の中に入った。
地主神社の中に入ると、特に二つの石が置いてあるところがにぎわっていた。
「あれはなんだ?」
原田さんがあまりのにぎやかさに驚いて聞いて来た。
「片方の石から目を閉じて片方の石まで着けば恋がかなうのですよ」
「着かなければどうなる?」
「その恋はかなわないと言う事で。要するにそう言う占いですね。人の助言があってたどり着いた場合は、人の助言で恋がかなうと言う事です」
「なるほどな。やってみるか」
「えっ、やるのですか? 原田さん、もしかして恋をしているのですか?」
「蒼良は、俺のさっきの言葉を聞いていなかったのか?」
なんか言ったのか?
「ま、いい。やってみるよ」
原田さんは石の所に行った。
「蒼良、何も言うなよ」
えっ、言ったらいけないのか?
「自分の力でたどり着く」
そう言って原田さんは目を閉じて歩き始めたけど……
あ、そっちじゃなくて……あ、逆ですっ!って言いたかったのを我慢した。
そのせいか知らないけど、原田さんがたどり着くことはなかった。
「俺の恋はかなわないと言う事か?」
原田さんは落ち込んでいた。
「原田さん、これはあくまで占いですから。当たるも八卦、当たらぬも八卦ですよ」
「当たるかもしれないだろ?」
「そりゃそうですが、当たらないかもしれないですよ。悪い結果の占いは、信じない方がいいのです」
「ずいぶん都合のいい解釈だな」
原田さんは笑っていた。
私はいつもこの解釈でいっているけど、確かに、都合がよすぎるな。
でも、信じすぎてもどうかと思うし、これはこれでいいか。
「それなら、お参りでもして、占いの結果がよくなるようにお願いするかな」
「それがいいですよ。そうしましょう」
原田さんと一緒に地主神社をお参りしてその場を去った。
それから屯所に帰る途中、斎藤さんと行った甘味処の前を通った。
その甘味処の横では、家を建設中だった。
「これはお店ですかね? 普通の家ですかね?」
「どうも店っぽいな」
原田さんが、建設中のお店を見上げて言った。
「もしかして、この甘味処かな? ちょっと入って見ましょう」
原田さんと一緒に甘味処に入った。
「横の建設中の建物は、お店ですか?」
私が注文を取りに来たお店の人に聞いた。
「そうなんよ。店を火事で失のうてからも、こうやって建物のないところで商売をしてやっとお店を建てるようになったんよ」
お店の人は、嬉しそうに言った。
「よかったですね。こうやってお店を出していたからですよ」
「いや、あんさんみたいなお客さんがたくさん来てくれたさかい、立てることが出来たんよ。おおきにな」
私たちの力なんて、たいしたものじゃない。
やっぱり、お店の人の頑張りだろう。
原田さんと葛餅を食べて店を出た。
店を出て周りを歩いてみると、甘味処以外にも建設中のところがたくさんあった。
「復興しつつあるってことだな。蒼良の言う通りになるかもな」
原田さんは嬉しそうに言った。
「ちゃんと元に戻りますよ。大丈夫です」
「そうだな。俺もこの状態を見てやっとそう思えるようになった。早く元に戻るといいな」
「それより、もう戦はしてはいけないですよね」
「そうだな。戦は弱いものが一番の被害を受けるからな。戦の大将になった奴なんて、全然被害がない。そんなものだ」
その通りだ。
一番弱い人間が一番被害が大きくなる。
だから、出来ればしてはいけないと思うけど、これから戊辰戦争もある。
どれぐらいの人間が被害にあうのだろう。
「蒼良、顔が暗いぞ。大丈夫か?」
戊辰戦争のことを考えていたら、暗くなってしまった。
「大丈夫です。帰りましょう」
「そうだな。けっこう長居したな」
原田さんと一緒に屯所に帰った。
清水の舞台から見た京の町は、思っていたより被害が大きくてショックだったけど、その中でも復興しようとしてお店を建設中の人もいた。
京の町は必ず元に戻る。
そう信じて、一日も早い復興を祈った。