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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年8月
125/506

摂津高浜村を調査

「急なことだが、摂津の高浜村に調査に入ってほしい」

 土方さんに呼ばれた山崎さんと私は、座ってその言葉を聞いていた。

「本当に急ですね」

「うちの隊からも2名ほど調査に行くが、それだと表立ったことしかわからんだろう。だから、お前らには新選組の名前を出さないで調査してもらいたい」

「何を調査すればいいのですか?」

 山崎さんが土方さんに聞いた。

「長州兵による被害の有無だ」

「それなら別に普通に調べても問題ないと思いますが」

 私が言うと、

「もしかしたら、長州兵をかくまっているかもしれねぇからな」

 と言われた。

 そうなのか?

「それは、村全体でかくまっている可能性があると言う事なのですか?」

 山崎さんが再び聞いた。

「そう言う可能性もあると言う事だ。だから新選組の名前を出さねぇで調査を頼みたい」

「要は間者をしろってことですね」

「そうだ。お前の嫌いな間者だ」

 嫌いなことだってわかっていてそれを頼んでくるんだからたちが悪い。

「やっぱり私は女装ですか?」

「女装って、お前はもともと女だろうが」

 そうだった。

「山崎と夫婦で潜入してほしい」

「わかりました。それが一番怪しまれなくていいと思います。親戚を頼って来たがその親戚がいなかったと言う事にしておきましょうか?」

 山崎さんがさっさと話をまとめる。

「家も空家を用意してあるからちょうどいいだろう。早速だが頼んだぞ」

「わかりました」

 私の意思を聞かずして、話はあっさりとまとまった。

 私の意思はどうなってんだ?


 早速、摂津の高浜村というところに着いた。

 土方さんに言われたとおり、空家が用意してあった。

「今日からしばらくここに住む事になるから、生活できるようにしなくては」

 そう言って山崎さんは雨戸を開けたりし始めた。

「どれぐらい住むことになりそうですか?」

「調査次第ですね」

 どれぐらい調査がかかるのだろう。

 いつも通りに大股で下に置いてあった火鉢のようなものをまたごうとしたら、山崎さんが咳ばらいをした。

蒼良そらさん、女性なのですから。それに今は女性物の着物を着ているのだからなおさら気を付けてください」

 はい、ごもっともです。

 

 私たちが入った空家は、空家になってからそんなに日もたっていないようだ。

 中も思っていたより荒れていない。

 前に住んでいた人はどうしたのだろう。

「あれ? 新しい人でも入ったんか?」

 外から声が聞こえてきた。

 村人かな。

「ここの親戚を頼って来たのですが、いなくなってしまっていて」

 山崎さんがうまく話を持って行く。

「そりゃ大変だったね」

 村人は農家の人みたいで、鎌を持っていた。

「文を出しても届か無いわけですよね」

 山崎さん、話を作るのがうまいな。

「いない家に文を出しても来ないわな」

 村人もあははと笑いながら話をする。

 しばらく山崎さんと話した村人は行ってしまった。

「山崎さん、演技がうまいですね」

「これが仕事ですから」

 そりゃそうなんだけど……。

 家の掃除も一通り終わり、散歩と称して近所を見て歩くことになった。

「あ、あんたらがあの空家に入った人たちなん?」

 村人の女の人が話しかけてきた。

「はい、親戚を頼って来たのですが、いなくなっていて行く当てがないので、しばらく住むことになりました」

 山崎さんは普通に話していた。

「あの家、気を付けた方がええよ」

 な、何かあるのか?こういう言い方をするときは大抵出るの出ないのって話なんだけど。

「な、何かあるのですか?」

 恐る恐る聞いてみた。

「出るんよ、これが」

 女の人は、顔の前に手を垂らした。

 やっぱり、その話だよっ!

「何かな、人の顔のついた火の玉が出るんよ。二魂坊にこんぼうの火ってゆうんやけどな」

 火の玉が出るんかいっ!

「色々言い伝えもあるんだけどな。でも、3月から7月にかけて出るゆう話だから、もう出んかもしれんよ」

 まだ8月も始まったばかりだから、出るかもしれないじゃないかっ!

「蒼良、大丈夫かい?」

 山崎さんが私の顔をのぞきこんできた。

 この手の話は苦手なのよ。

「妻が怖がっているので、その話は次の機会にお願いします。行こう、蒼良」

 山崎さんが私の肩に手をかけてうながされるようにその場を去った。

 そうだ、私、今は山崎さんの妻だった。

 ああでも、それどころじゃない。あの空家は出るのか?

「大丈夫ですよ、心配しなくても。私たちの役目は長州兵がいるかいないかを調べることで、出るか出ないかなんて関係ないです」

 いや、私には大いに関係あるから。

「もしかして、蒼良さんは怖いとか」

「山崎さんは怖くないのですか?」

「別に、怖くないですよ。あんなのはだいたいでたらめが多いものですよ。気にしないのが一番です」

 気にしないようにしようと思っても、気になるのだから仕方ない。

「家に帰って、夕飯の支度でもしましょうか?」

 もうそんな時間なのか?ところで、誰が夕飯の支度をするんだ?やっぱり私か?

「心配そうな顔しなくても大丈夫ですよ。蒼良さんにそこまで望んでませんから。一緒に支度しましょう」

 それはどういう意味だ?私じゃ料理ができないと?

「夕食の支度ぐらいできますよ。さ、帰りましょうっ!」

 料理の一つや二つ、現代にいるときなんか毎日お師匠様の食事を作っていたぞ。

 よし、腕前を見せてやる。


 しかし、現代とこの時代とでは台所に大きな差があった。

 まず、ガスがない。

 屯所で台所を借りた時は佐々山さんがいたので、手伝ってもらってなんとかなったのだけど、一人だとまず何をしていいのかわからなかった。

 火を起こさなければ。どうやって?かまどの前で固まってしまった。

「かまどの前にいるだけだと夕飯はできないですよ」

 山崎さんが笑いながら言った。

 そして手早く火をおこし、米を炊いたり菜っ葉をゆでたりしてくれた。

 ああ、もしかして私、女子失格か?いや、男装している時点で失格かもしれない。

「そんな落ち込むことないですよ。覚悟はしていましたから」

 山崎さんも、妙な覚悟をするなぁ。

「野菜を洗うぐらいならできます」

 私も負けずに行った。

 火を使わないものなら何とかできる。

 野菜を持った時に現れたものは、なんと、奴だった。

「ひいぃぃぃぃっ!」

 野菜を元に戻し、山崎さんに飛びついてしまった。

「どうしたのですか?」

「や、奴がっ!」

「長州兵がいたのですか?」

「いや、奴がっ!」

 私は、野菜を指さして言った。

 山崎さんが野菜をどかすと、奴が山崎さん向かって飛んできた。

「飛んだぁっ!」

 山崎さんに向かって飛んできたのに、私が叫んでしまった。

 山崎さんは冷静に奴を手で捕まえた。

「ごきかぶりですね。野菜をかじるぐらいで害はないですよ」

 この時代の人たちは、ゴキブリを平気で手でつかむのだなぁ。

 変なところに感心していると、山崎さんは外に出てゴキブリを逃がした。

「えっ、逃がしたのですか?」

「えっ、蒼良さんはどうしますか?」

「私だったら……。新聞紙を丸めて、殺虫剤をもって、シューってやって、動かなくなったところをパンパンっと新聞紙でたたきます」

「えっ?」

 私、何か悪いこと言ったか?言ってるな。殺虫剤とかって思いっきり。

「でも、普段だったら見なかったことにします」

「蒼良さんは、ごきかぶりが苦手なのですか?」

「あんなもの、好きな人がいるのですか?」

 いるな。過去に屯所で飼っていた人が確かいたよなぁ。

「蒼良さんといると、楽しいですね」

 山崎さんはそんな私を見て笑っていた。

「笑いごとじゃないですよ。私は必死なんですから」

 そう言ったら、山崎さんは余計に笑い声を大きくしていた。


 夜中に目を覚ましてしまった。

 寝ようと思って目を閉じるけど、目はさえるばかりだった。

 そう言えば、昼間怖い話を聞いたなぁ。

 思い出さないようにしようと思っても、そう言う話に限って思い出してしまう。

 そして、そう言うときに限ってトイレに行きたくなってしまう。

 どうしよう。トイレ、外なんだよね。

 山崎さんをのぞいてみると、ぐっすりと寝ていた。

 やっぱり、私のトイレごときで起こすのは悪いよね。

 ああ、でも、一人は怖いし……このままにしておくわけにもいかない。

 尿意が止まることなく襲ってくる。

 よしっ!行くぞっ!

 覚悟を決めて布団から出た。

 外に出てトイレへ。ここまでは絶好調だぞ。あと少し……。

 その時に私の目の前に火の玉が出た。

「ぎゃああああっ!」

「蒼良さん、どうしたのですかっ!」

 寝ているはずの山崎さんが、刀を手に飛び出してきた。

「出たっ!」

「なにが出たのです?」

「ひ、火の玉」

「なんだって?」

「驚かせるつもりはなかったのですが……」

 私と山崎さんのやり取りを聞いていたのか、男性の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「副長からこの村の捜索を頼まれて、隊から来ました。先にここで調査している隊士がいると聞いていたので、挨拶に来たのですが……」

 えっ?よくよく見てみると、男性は二人いて、一人が提灯を持って立っていた。

 提灯の明かりが火の玉に見えたらしい。

「す、すみませんっ! お騒がせしてしまって」

 私は慌てて謝った。

「いや、こんな遅くに来る方もよくないのですよ。蒼良さんは悪くないですよ」

 山崎さんはしりもちついて倒れていた私を優しく起こしてくれた。

「でも、こんな夜遅くじゃなければここに来れない事情も察してあげてください。騒がせてしまって申し訳ない。今日までのところ長州の兵が潜んでいる雰囲気もないし、被害もない」

 私の代わりに山崎さんが謝り、報告までしてくれた。

「わかりました」

 屯所から来た二人組は帰って行った。

「昼間にあんな話を聞いたせいか、てっきり……」

「蒼良さん、厠に用があったのでは?」

 そうだ、すっかり忘れていた。


「昨日の火の玉の話、いわれがあるのですよ」

 山崎さんと朝食を食べているときに、突然山崎さんが言い出した。

「どういういわれですか?」

「それはですね……」

「ちょっと待ったっ! 怖くないですよね?」

 そう言った私に、

「怖くないですよ」

 と、山崎さんは優しく言った。

 そのいわれというのは、現代で言う大阪府吹田市で言われているもので、昔、二人の仲のいい僧がいて、村人がその僧の仲を裂いてやろうと考え、片方の僧の前では片方が悪口を言っていたと言い、もう片方の僧にも同じことをしたらしい。

 二人の僧の片方は、相手が殺しに来ると考え、片方は仲良くしたいと考える。

 仲良くしたいという僧は片方の僧の近くに行ったが、その僧は殺されると思い、来た僧を刺してしまう。

 刺した僧の誤解が解けた時には、すでに相手の僧の命は亡くなっていた。

 刺した僧も、処刑されることになり、自分たちをだました村人を許さないと叫びながら亡くなったらしく、その日から火の玉が出るようになったらしい。

「悲しい事情があったのですね」

「そう言う事情が分かれば、怖くなくなるでしょう?」

 確かに。

「むしろかわいそうです」

「早く話していれば、昨夜みたいなことはなかったですね」

「いや、あれはあれですよ」

 夜遅かったから、別な誤解をしていただろう。

「起こしてくれればよかったのに」

「山崎さん、ぐっすり寝てましたよ。悪いなぁと思ったので」

「でも、蒼良さんに付き合うぐらいはできますよ」

 山崎さんは優しく言った。

 その優しさに、胸がドキドキしてしまった。

「今日も調査ですよ。片づけたら行きましょう」

「はい」

 そう言うやり取りの後、朝食を片した。


 長州兵が潜んでいるような感じは全くなかった。

 逆に、私たちが来たことの方は噂になっていた。

「あんたら、新婚さんなんやってな」

 新婚さんだったのか?そう言う設定だったのか?

「はい、先月に祝言を上げたので」

 山崎さん、嘘つくのがうまいなぁ。

「やっぱりなぁ。のぞいてみると、仲がええもんな」

 のぞいてみるとって、のぞいてたんかいっ!

「ははは。勝手にのぞかないでくださいよ」 

 山崎さんは笑いながら言い返したけど、注意になっていない。

「新婚さんやもん、興味あるやろう」

 村人がそう言って去るとどっと疲れが出た。

「のぞかれてたのか」

 はぁっとため息交じりで私が言った。

「向こうも興味があるのですよ。見せつけてやりましょう」

 山崎さんはにやりっと笑った。

 どう見せつけようって言うんだ?

 山崎さんは、私を抱き寄せてきた。

 なっ、何をするつもりなんだ?山崎さんの顔がだんだん近づいてくる。

 キスされる?

 どうしよう。うろたえていると、後ろからドドッと何かが崩れ落ちる音がした。

 振り向いてみると、村人の塊が崩れ落ちていた。

 草むらに隠れていたらしい。

「こんなに見られていたら、調査なんてできないですね」

 山崎さんが小さい声で言った。

 なんか、私たちが調査されているみたいだ。


「異常なしだったんだな。ご苦労だった」

 屯所に帰って、異常なしと報告した。

 向こうであった隊士二人組も、同じ報告だったらしい。

「調査らしい調査はできませんでしたが、長州兵が潜んでいたら、村人も囲んでいると思うので、大丈夫でしょう」

「何だ、囲んでいるって」

 土方さんが怪訝そうな顔で聞いて来た。

「好奇心が旺盛な人たちがたくさんいた村でしたよ」

 山崎さんが楽しそうに報告した。

 山崎さんの言う通り、好奇心旺盛な人たちの村だったなぁ。

「土方さんも一度行って見るといいですよ。囲まれますから」

「なんだそりゃ」

 山崎さんと目が合って二人で笑ってしまった。

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