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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年7月
124/506

冷しゃぶ

「副長、ぷりんを買ってきました」

 山崎さんが部屋に入ってきた。

「ご苦労だった」

 本当に頼んだのか?

「これのためにわざわざ大坂まで?」

 思わず聞いてしまった。

「いや、今回は高槻昆陽宿で長州の残党狩りがあったから、そのついでです」

 高槻昆陽宿とは、今で言うと兵庫県伊丹市あたりのことだ。

 大坂からかなり離れているけど……

「やっぱり、高槻昆陽宿がついででプリンが本命とか……」

「ばかやろう」

 土方さんのげんこつが飛んできた。

「隊務が優先に決まってんだろう」

 本当か?

「な、なんだその顔はっ! 疑ってるのか?」

 数日前、ここで斎藤さんと二人で深刻な顔をして、『京ではプリンが手に入らなくなった』って言っていたし、確か、『山崎に頼むか』みたいなことを言っていなかったか?

「高槻昆陽宿では、長州の残兵はいませんでしたが、隠している武器を押収してきました」

 山崎さんが淡々と報告し始めた。

「そうか」

 やっぱり、プリンの方がついでだったのか。

「ご苦労だったな。山崎もぷりんを食べるといい。あ、その前に、斎藤にもひとつ渡してやってくれ。あいつも、京でぷりんが手に入らなくなったと知ってからかなり落ち込んでいるからな」

 それって、落ち込むことなのか?

「わかりました。副長もいただいてください」

 山崎さんはプリンをもって部屋を出て行った。

 土方さんを見ると、美味しそうにプリンを食べていた。

 まさか、ここまでプリンにはまるとは思っていなかったなぁ。

「おい、お前も食え」

「は、はい。遠慮なくいただきます」

「その前に、総司のところにもぷりんを届けてやってくれ」

 沖田さん?巡察中じゃないのか?

「池田屋で倒れて以来、総司は夏負けしたらしい」

 夏負けとは、夏バテの事か?

 沖田さんは、池田屋で倒れた。

 胸に大量の血を付けていたので、てっきり結核になって喀血したのかと思っていたら、大量の血は返り血で、倒れたのは、熱中症になったらしい。

 あの日の室内はかなり暑かったから。

「沖田さんはその日以来、調子が悪いのですか?」

「ああ。だから禁門の変もいなかっただろう」

「いなかったのですか?」

 あの変も、なんかバタバタしていて誰がいて誰がいないかなんてよくわからなかった。

「お前……それぐらい気がつけ」

 はい、すみません。

「とにかくだな、これ食って早く元気になれと言っておいてくれ」

「わかりました」

 私はプリンをもって沖田さんの部屋に行った。


 沖田さんの部屋に行くと、布団は敷いてあったけど、沖田さんはいなかった。

「沖田さん、いますか?」

 周りを見回してもいない。

 どこに行ったのだろう?

 ふと縁側を見ると、ソロリと足音と気配を消して部屋に入ろうとしている沖田さんを見つけた。

「沖田さん、何してるのですか?」

 私が聞いたけど、沖田さんは思いっきり無視した。

 そして、何事もなかったかのように敷いてあった布団にもぐりこんだ。

「あの……」

「なに?」

「具合が悪いのですよね」

「うん、悪いよ」

 布団にもぐっている沖田さんを見ると、さっき縁側から入ってきたのは幻か?と思ってしまう。

 でも、あれも正真正銘の沖田さんだったぞ。

「外に出てましたよね」

「え、そうだった? 記憶がないなぁ」

 嘘つけっ!こういう嘘をつくと言う事は、絶対によからぬことをしている時だ。

「さっき、縁側から入ってきたのは、沖田さんですよね」

「違うよ。蒼良は僕にそっくりな人間を見たんだよ」

 そうか、そうなんだね。って、納得するわけないだろうがっ!

「ここに寝ているのは?」

「僕だよ」

「さっき縁側にいたのは?」

「それも僕」

「やっぱり、沖田さん外に出ていたのですね」

「ばれたか」

 バレバレだから。色々ごまかそうとしていたけど、本当にばれてますから。

「土方さんも近藤さんも、大げさなんだよ。こんなに元気なのに寝てろって、布団まで用意しちゃうんだもん」

 沖田さんは、上半身を起こした。

 白い浴衣が寝巻のはずなのに、思いっきり普段着を着ている。

「沖田さんが心配なのですよ。体は大丈夫なのですか?」

「元気だよ。蒼良は何か用があったんじゃないの?」

 あ、そうだった。

「土方さんに言われて、プリンを持ってきました。これ食べて早く元気になれと言う事です」

「これ、美味しいよね。元気になれって、もともと元気だよ。病人にしているのは土方さんじゃないか」

 そんなことを言いながら、プリンをほおばる沖田さん。

「夏負けだって聞きましたよ」

「この暑さに参ってね。食欲がないんだ。熱いものとかあまり食べたくないな。ぷりんなら口当たりがいいから食べれるけどね」

「大丈夫ですか? まさか……」

「労咳じゃないよ。蒼良はすぐに僕を労咳にしたがるから」

 労咳にしたがるじゃなく、労咳になってしまうから心配しているのだ。

「でも、食べないと労咳になってしまいますよ」

「労咳は、食べないとなる病気じゃないじゃん」

「栄養が足りなくて、なるかもしれないじゃないですか」

「大丈夫だよ」

「とにかく、何か食べて栄養をつけなければ夏負けは治りませんよ」

「秋になれば自然に治るよ。もう7月も終わりだし、もうすぐ秋だよ」

 8月になったからってすぐ涼しくなるものでもないだろう。

「暑い秋だったらどうするのですか?」

「暑いって言ったら、蒼良はこの暑さ平気なの?」

「こんなの、暑いうちに入りませんよ」

 現代の夏の暑さに比べたら、これぐらいの暑さは全然だ。

 ただ、冷房がないのがつらいなぁと思うときはあるけど。

「私の知っている夏は、もっと暑いのです」

「どれぐらい?」

「そうですね。風が熱風で、外に出て日があたるとジリジリと暑いというより痛いですね」

「うわぁ、そんなところ行きたくないな」

 その場所に行かなくても、あと150年ぐらい生きていれば、そう言う時代になりますよ。

「とにかく、栄養のあるものを食べてください。肉がいいですかね、やっぱり」

「ええっ、この前の肉じゃがとかいうやつは熱いからいやだなぁ」

 なら何がいいんだ?肉は熱を通さないと食べられないから、熱い物になると思うのだけど……。

 いや、冷たい物あったぞ。

 熱を通して冷やせばいいんだ。

「冷たい肉なら食べるのですね」

「冷たくておいしければ食べるよ」

 注文が多いなぁ。

「わかりました。冷たくておいしい肉を作ってきますよ」

 そう言って、沖田さんの部屋を後にして台所に行った。


「蒼良、それなんだい?」

 台所から戻ってきた私が手にしている料理を見て、沖田さんが言った。

「冷しゃぶです。冷たいですよ」

「冷たいのはわかるよ。湯気が出ていないから」

「美味しいですよ」

「本当に?」

「いいから食べてくださいよ」

 私は、沖田さんに箸を渡した。

「肉ってあまり好きじゃないんだよね」

 そんなことを言いながら、沖田さんは箸を取って冷しゃぶの肉を一つとって口に入れた。

 最初は目を閉じて息も止めていたみたいだけど、途中からぱっと目が開いた。

「美味しいよ、これ。これなら食べれそう」

 よかった。

「野菜と一緒に食べるとおいしいですよ」

「野菜も一緒に食べろってことだよね」

 好き嫌い言ってないで、ちゃんと食べろっ!

 沖田さんは完食をした。

「美味しかったよ。また作ってよ」

 私、なんか沖田さんの専属料理人になっているような……

「蒼良の肉料理なら食べれるよ。なんで肉料理知ってんの?」

「魚より調理しやすいですよ」

「そうなの? でも、肉って少ないじゃん」

 そうなのか?この時代ならそうかも。

「そんなことより、少しは元気になりましたか?」

 あまり突っ込まれると、返答に困るので、話題を変えた。

「もともと元気なんだけど」

「夏負けって言ってたじゃないですか」

「土方さんが勝手につけた病名だよ」

 そうなのか?

「それより、山南さんのところに行ってみない?」

 そう言えば、山南さんも体を壊して寝込んでいるんだった。


 沖田さんと二人で山南さんの部屋に行くと、山南さんは調子がいいのか、布団の上で上半身起こしていた。

 そしてプリンを食べていた。

 ここにまでプリンは侵食していたのか。

「寝込んでいる間に色々事件があったみたいだな」

 山南さんはそう言った。

 確かに色々事件はあった。

 というわけで、しばらくはその事件の話で盛り上がった。

 池田屋事件や、禁門の変など。

 山南さんは、私たちの話をひたすらうなずいて聞いていた。

「こうやって寝込んでいる間にも、隊内は動いているのだな。復活したら戸惑うかもしれないな」

「山南さんに限ってそれはないよ」

 沖田さんは笑いながら言った。

 けど、隊内に復帰して戸惑ったせいかわからないけど、山南さんは脱走をしてしまう。

 山南さんを脱走させてはいけない。

 こんないい人を切腹させてはいけない。

「戸惑っても、私がフォローするので大丈夫ですっ!」

「えっ、ふぉろー?」

 ん?なんか間違ったことでも言ったか?


「総司に変わったものを食べさせたらしいじゃないか」

 もう土方さんの耳に入ったのか。

「ああ、冷しゃぶです」

「れいしゃぶ?」

「肉を薄く切って、熱いお湯にさらしてからすぐ冷やして食べるのですよ。夏におすすめな料理ですよ」

「美味しいらしいな。今度俺にも作ってくれ」

「高くつきますよ」

「ぷりん5日分で手を打とう」

 いや、プリンはいらないから。

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