京都復興支援
大坂で色々あった次の日には、京に帰ってきた。
禁門の変はこれで落ち着いたものの、どんどん焼けと呼ばれる火事で京の町のほとんどは消失してしまった。
家もなくし、途方に暮れている人たちがたくさんいた。
幕府は救援として米を出したが、それも大した成果にならなかった。
「巡察をするときは、隊服を着なくてもいい」
土方さんがそんなことを言い出した。
「なんでですか? 巡察に必要じゃないですか」
「いつもの巡察なら必要だ。しかし、今の京の町は火事で焼け野原になっている。それは誰のせいだと思ってるんだ?」
「長州軍が逃げる時に火を放ったと聞いたのですが」
「しかし、京の人間はそう思っちゃいねぇ」
「どう思っているのですか?」
「長州を追い詰めるために俺たちが火をつけたと思われている」
そ、そんなっ!
「元々、京の人間は長州の味方をする人間が多いからな。そんな中、隊服着て歩いていたらどうなる?」
恨まれるよね。
恨まれるで済めばいい。屯所に生きて帰ってこれないかも……。
「それに、ここのところ戦闘続きで隊服もボロボロだろう」
そう言われてみると、確かにボロボロだ。
火事のススがついたのか、ところどころ黒いし、誰かの返り血なのか、あまり考えたくない血が変色した茶色っぽいシミも所々にある。
「また新しいものをつくればいいじゃないですか」
隊服を見ながら私が言うと、
「金がねぇだろうがっ! うちの懐事情わかってんだろっ!」
はい、すみませんでした。
「生きて帰って来たいなら、隊服は着ないことだな」
はい、そうします。
ずいぶんと物騒になったものだなぁ。
「見事に何もないですね」
一緒に巡察していた斎藤さんに言った。
斎藤さんも、隊服は着ていなかった。
「ここら辺はすべて燃えたらしいからな。一番の被害者は、京に住む人たちかもしれないな」
戦というものは、一番被害が大きいのは一番弱い人なのだ。
「この戦、成果はあったのですかね」
「長州を追い出すことが出来たから、それなりの成果はあったのだろう」
でも、それだけの事なのに、この犠牲は大きくないか?
しかも、数年後には長州の人たちは強くなって帰ってくる。
「無駄なことをしたと思うな」
落ち込んでいる私を見て、斎藤さんが言った。
「そんなことを思ったら、戦の意味すらなくなるからな」
「どうしてですか?」
「戦の意味がなくなったら、命を亡くした人間の意味もなくなる。無駄死にになってしまうだろう」
「無駄死にって……そこまでは思いません」
「この戦には意味があったんだ。無駄な戦いかもしれないが、意味があった。そう思わなければ、亡くなった人間に申し訳ないだろう」
戦は、ない方が本当はいい。
でも、今回のように避けようがなかった場合、戦になった以上、亡くなる人は必ずいる。
その人たちが無駄死にになるのか、有意義な死になるのか、これからの私たち次第なのだろう。
でも、本当なら、亡くなる人が無い方がいい。
「泣くな」
斎藤さんに言われ、私は自分が泣いていることに気が付いた。
「犠牲が大きすぎます」
「終わったことを言っても仕方ないだろう」
「犠牲が大きい分、私たちがやらなければならないことも大きいのですね」
「そうだ。だからいい加減泣き止め」
斎藤さんに言われ、私は涙をふいた。
泣いている場合じゃないのだ。
「巡察を続けるぞ」
「はい」
再び、焼け野原の京を歩いた。
巡察していると、小さい子が泣いていた。
「おなかすいたよ~」
幕府は米を出したとは言っていたけど、ここまで届かないのか?
「おなかすいたの? これでよければ……」
私はふところに入っていた金平糖をあげようとした。
「やめろっ!」
ふところに入れた手を、斎藤さんが強く握って止めた。
「来いっ!」
そのまま手首を強くつかまれて、小さい子から離れた。
「どうして止めるのですか?」
ようやく手首を解放された時に、私は斎藤さんに言った。
「周りをよく見ろ」
斎藤さんに言われたとおり、周りを見てみると、さっきの小さい子以外にも、たくさんの子供たちが泣いていた。
「ここにいる全員にお前があげようとしたものを与えられるのか?」
そ、それは無理だ。人数が多すぎる。
「一人だけなんて無理だぞ。そんなことをしたら他にも子供が寄ってくるだろう。その子供たちにあげるものが無ければどうなる? 持っている子供から取るしかなくなるだろう。収拾がつかなくなるぞ」
斎藤さんに言われ、金平糖を上げた場合のことを考えた。
きっと取り合いになる。小さな戦が勃発するのだろう。
「それに、お前が持っている物を与えたからって、空腹はまた襲ってくるのだぞ。その時もお前は手を差し出すことが出来るのか?」
できない。その小さい子のそばにずうっといるわけにいかないからだ。
「そっちの方が残酷だぞ」
確かにそうかもしれない。
子供一人に少しだけ与えても意味がないのだ。
与えたとしても、それは私の気持ちが満足するだけで、子供が満足するわけじゃない。
「なんか、考えが甘いですね、私」
自分が自分で情けなくなってしまう。
「知らなかっただけだ。裕福な暮らしをしていたのだろう」
ここに比べると裕福だったかもしれない。
「こういう苦労をしたことがない人間にはわからないものだよ」
「斎藤さんは、こういう苦労をしたことがあるのですか?」
「さあな」
内緒ってやつか?
巡察を続けていると、甘味処があった。
建物はないけど、それ以外は机や椅子もあるし、ちゃんとしていた。
「ここに入って見るか」
斎藤さんが、建物のない甘味処の椅子に座ったので、私も座った。
「斎藤さんは、甘いものが食べれるのですね。知らなかったです」
お酒を好きな人は、甘いものを食べられない人が多いと聞いた。
だから、斎藤さんも甘いものはだめかと思っていた。
「いや、あまり食べれない」
ええっ!
「じゃあ、なんで甘味処なのですか?」
「店がここにあったからだ。ここに店があれば何でも構わなかったんだ」
なんか変な人だな、斎藤さん。
「あ、ところてんがあるから、ところてんなら甘くないですよ」
お品書きを見て斎藤さんに勧めた。
「そうだな、ところてんにしよう。お前は?」
「私は、食べたいものがいっぱいありすぎて……くずきりも捨てがたいし、白玉団子もいいですよね。あんみつもおいしそうだし……
「めんどくさいから、全部食え」
「いや、それば無理ですよ。くずきりにしておきます」
その後、斎藤さんが注文した。
斎藤さんが注文したところてん、三杯酢がかかっている甘くないものかと思っていた。
斎藤さんも同じことを思っていたらしく、そのところてんが来たときは驚いていた。
「黒蜜がかかっていますね……」
「……」
斎藤さんは、無言だった。
そんなに甘いものは苦手なのか?
「あんさんら江戸のもんか? 江戸では三杯酢らしいが、こっちは黒蜜なんや」
そ、そうだったのか。
「斎藤さん、どうしますか? なんなら私が代わりに……」
食べましょうか?と言おうとしたら、ズルズルとすすって食べ始めた。
なんだ、食べれるのか。
でも、黒蜜のところてんもおいしそうだな。
料金を払うとき、少し多めに出した斎藤さん。
「お釣りはいらない。この店の立て直し資金にでもまわしてくれ」
そう言って去って行った。
もしかして、これは斎藤さんなりの復興支援なのか?
「そうだ。この方法が一番いい」
先に去って行った斎藤さんを追いかけていき、さっきの疑問をぶつけてみると、あっさりと返事が返ってきた。
「さっきの店は、焼け野原の中建物もない中でやっていた。そう言う人間は、早く店を立て直したいと思っているから、ああいうところでもできるのだ。それに、俺は施してやろうとは思っていない。店に入ってそれなりの代価を払っただけだ」
「ちょっと多めにですか?」
「そうだ。店に入って金を落とすのが一番いいことだろう」
それもそうだ。
斎藤さんはちゃんと色々考えて行動しているのだなぁと思ってしまった。
その時、リンリンと涼しげな音が聞こえてきた。
「あ、風鈴屋さん」
私が言った先には、風鈴をたくさんつけて車を引っ張っている屋台があった。
「あの人も、この焼野原の中の人間だろう」
「どうしてわかるのですか?」
「火事のせいか、ちょっとまがっている風鈴がある」
斎藤さんに言われてよくみると、何個かいびつに曲がっている風鈴があった。
きっと燃え残った風鈴を売って歩いているのだろう。
「一つ買ってやる。好きなものを選べ」
「えっ、いいのですか?」
「これも支援の一つだろう」
斎藤さんに言われ、風鈴屋さんに近づいた。
一つ一つ見てみると、やっぱりどれもいびつに曲がっている。
少しだけで目立たないものもあれば、ひどく曲がっているのもある。
ここは、どういうものを選んだらいいのだろう?ひどく曲がっている物?少しだけの物?
悩んでいたけど、決めた。
「これにします」
「ずいぶんいびつなものを選んだな」
「でも、音がいいのですよ」
形はいびつなのだけど、選んでいるときに私の耳に飛び込んできた音がすごく良かった。
「ほんまにこれでええの?」
風鈴屋さんも聞いて来た。
「音がよかったのですよ」
私がそう言った時、ちょうど風が吹いてきて、風鈴を鳴らした。
リンリンっと切なくなるような涼しい音色を奏でた。
「確かに、いい音だな。これをもらう」
「おおきに」
斎藤さんがお金を出してくれた。
ここでも少し多めに出してお釣りは受け取らなかった。
こういう復興支援もあるのだなと、改めて思ったのだった。
そしてまたしばらく歩いていると、焼け野原の一角で斎藤さんは立ち尽くしていた。
「な、無くなっている」
斎藤さんは、ショックを受けたかのように立ち尽くしていた。
何がなくなっていたのだ?
屯所に着いたら、土方さんが出てきた。
「焼け野原だっただろう」
「はい。何もありませんでした」
「そうか、やっぱりな」
「土方さん、大変だ」
突然、斎藤さんが言い出した。
何か大変なことがあったっけ?
「なんだ、斎藤」
「ぷりんが売っていたあの甘味処が無くなってました。おそらく焼けたものだと思います」
えっ、それって巡察の報告になるのか?土方さんが、何巡察してんだっ!って怒るかなと思っていたら、
「なんだとっ! あの甘味処が無くなったのか?」
「はい。綺麗さっぱりと焼けてました」
「なんてこった」
それは私が言いたいセリフだ。この二人はいったい……
「京でぷりんが手に入る店はあそこしかなかったのにな。これからどうすりゃいいんだ」
いや、土方さん。プリンが無くても死にませんから。
「恐らく、しばらくは大坂まで行かないと無いかと思う」
斎藤さんも、真面目な顔で報告していた。
「そうか。山崎が大坂に行ったときにでも買ってきてもらうか」
それで山崎さんを使うのもどうかと思うのですが……
「俺も、他にも京でぷりんを売っている店がないか、巡察がてら探してみます」
「わかった。頼んだぞ、斎藤」
深刻な顔で話をしているけど、なんてことはない。
プリンがあるかないかの話をしているだけなんて、誰が思うのだろう。
って言うか、深刻な顔をして話すことなのか?
部屋に帰り、風鈴を飾った。
リンリンっと音が鳴った。
「風鈴か。ずいぶんいびつな風鈴だな」
土方さんが風鈴を見て言った。
「火事で焼け残った風鈴みたいですよ」
「ああ、あの変でか」
「そうです。音が良かったので買いました」
「確かに、いい音がするな」
「あ、ちゃんと夜は外しますから」
「なんでわざわざ外すんだ?」
「音がうるさくて苦情が来ませんか?」
「風鈴の音で苦情が来るのか?」
現代にいたころ、たまにそう言う話を聞いたから。
風鈴公害みたいな。リンリンという音がうるさくて勉強に集中できないとか、何気に近所迷惑になるみたいな話。
「苦情、来ませんか?」
「そんなもので苦情が来たら、虫の声がうるさいって言う苦情も来るだろうな」
「えっ、虫の声で?」
「そんな苦情あるわけねぇだろうが。まったく、そんな苦情いう奴は、風流がわかっていないやつだな」
「土方さんは、風流がわかるのですか?」
「余計なお世話だっ!」
「そうだ、土方さんは、一応俳人でしたよね」
「一応ってなんだ、一応ってっ!」
だって、肝心な俳句を人に見せないんだもん。
「豊玉という俳号だって持っているんだぞ」
「それなら、俳句を見せてくださいよ」
「嫌だ」
絶対に見せてくれないんだもんな、俳句。
現代に帰ったら、本当にネット検索してやる。