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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年7月
120/506

佐久間 象山暗殺

 屯所に帰ると、草履と靴が置いてあった。

 お客さんが来ているらしい。

 それにしても靴なんて珍しいな。

 お茶でも持って行った方がいいかな。

 多分近藤さんの部屋にいるだろう。

 そう思いつつ、お茶をもって近藤さんの部屋に行った。


「慶喜公に呼ばれて意見を述べたが、あいつは、わしの話を聞いているのか聞いていないのか、全然わからん」

 襖を開けると、洋装の50代ぐらいの男性がそう言っていた。

「慶喜公は、長州に対する態度も積極性に欠ける。京を追放された人間が京に入ってきたなら、さっさと討伐するものだろう」

 近藤さんも、興奮気味に言っていた。

「お茶か? 気がきくな」

 土方さんが私に気が付いた。

 お盆に乗ったお茶を土方さんが手際よく配った。

 私が出ようとしたら、

「そこの君」

 と、洋装の人に呼び止められた。

「はい、何でしょうか?」

「せっかく来たのだから、ここにいて話を聞くといい」

 いいのか?そう思って土方さんの顔を見たら、土方さんは黙ってうなずいたので、遠慮なく座った。

「幕府もだな、西洋の砲術の技術を積極的に導入するべきだと思うがな」

 洋装の人が、お茶をすすりながら言った。

「そうなると、刀が要らなくなると言う事ですか? そりゃ困るな」

 近藤さんは、困るなと言いながらも笑顔でそう言った。

「お前はどう思う?」

 突然、洋装の人が私を指さしてきた。

「えっ、私ですか?」

「そうだ、お前だ。話は聞いていただろう」

 突然どう思うかと聞かれても……

「そ、そうですね。西洋の方が日本より文明が進んでいるのは事実ですね。だから、西洋の文明を早く取り入れた方が戦いに勝つと思います」

 現に、薩摩は早くから英国と交流し、最先端の銃を入手したから鳥羽伏見の戦いの時、人数は少なくて不利なのに幕府に勝った。

 それが逆に幕府だったら、幕府がその戦いに勝っていたと思う。

「お前、見かけによらず物事を知っているな」

 洋装の人がジロジロと私を見た。

「ひ、土方さん、この人誰なんですか?」

 周りに聞こえないような声で土方さんに聞いた。

「佐久間 象山先生だ」

 佐久間 象山と言えば、幕末の有名な人ではないかっ!

「すみません、サ……握手してもいいですか?」

 サインをもらおうと思ったけど、この時代にはサインというものがないのかもしれないと思い、右手を差し出して握手してもらうことにした。

「欧米のあいさつを知っているとは」

 えっ、この時代はまだなかったのか?でも、欧米のあいさつと言っているから、入ってきたばかりなのかもしれない。

 象山先生は握手をしてくれた。

「うん、気に行った。こいつをわしにくれ」

 象山先生は握手しながら突然言った。

蒼良そら……」

 近藤さんが何かを言おうとした時、それを遮るように

「だめだ」

 と、土方さんが言った。

「こいつは新選組にとって必要な人物だ。いくら象山先生の申し出でも受けるわけにはいかねぇ」

 土方さんは、私と象山先生の握手している腕をほどいてきた。

「新選組にじゃなく、お前にとって必要なんじゃないのか?」

「なんだと?」

 象山先生と土方先生の雰囲気が怖くなる。

「歳、落ち着け」

 近藤さんが、土方さんの肩をたたきながら言った。

「お前と言い争うつもりはない。もらうことができないなら二日ぐらい貸してくれ。それならいいだろう」

 私は物か?

「蒼良も、二日ぐらい象山先生のところで勉強するといい。それでいいだろう、歳」

 近藤さんが、険悪な雰囲気をいい雰囲気に直すかのように言った。

「二日。必ず二日後には返すと約束してほしい」

「わかった。返すから安心しろ」

 というわけで、私は二日間象山先生にレンタルされることになったのだった。


 象山先生のお屋敷に着くと、ポンッと洋服が投げられた。

「これに着替えて来い」

 洋服を受け取った私は着替えに行った。

 この時代の洋服は、現代と比べると動きにくいけど、着物と比べると動きやすい。

 着替えも楽だ。

 というわけで、あっという間に着替えてきた私を見て、象山先生が驚いていた。

「ずいぶん早いな。大抵の者は、すごい時間をかけて着替えるか、着られないものだが、お前は、洋装することになれているようだな」

 もしかして、もうちょっと時間をかけて着替えた方が良かったのか?こんな意外な事から素性がばれてしまうのか?

「洋装をしたことがあるな」

 象山先生は、鋭い視線を投げかけてきながら言った。

「は、はい」

「それでか」

 な、何がだ?

「普通、玄関に草履とともに洋靴が置いてあれば、驚くなりするはずだが、お前は何事もなかったかのようにお茶を入れてきた」

 あ、あそこでも驚くべきだったのか?

「西洋の文化に接しているな。どこで接した?」

 いや、どこでと言われても……

「留学ではないだろう。留学ならすぐわかるからな」

 この時代、留学はとっても珍しいことなので、留学したらすぐ周りにもわかってしまう。

「しかも、生まれながらにして接しているな。動きも自然だ。お前は何者だ?」

 ど、どうしよう、お師匠様

「お、お師匠様が西洋の文化をよく取り入れていて、それでだと思います」

「天野先生か?」

 なんでそれを?

「近藤が言っていた」

 なんだ、近藤さんから聞いていたのか。

「なら、この時代の者じゃないな」

 な、なんでそれを知っているんだっ!

「天野先生が言っていた。あの人も面白い人だ。色々な話を聞かせてもらったぞ」

 お師匠様、そういうことを簡単に誰かに話していいものなのでしょうか?

「なるほどな。それならああいうことも言えるだろうな。西洋の文化を取り入れてとかな」

 私はどういう反応をすればいいのだ?

「安心しろ。わしは、このことを知ったからって言いふらそうとは思っとらんよ。いいものを見せてやるから、ついて来い」

 象山先生が部屋を出たので、一緒に部屋を出た。


 ついたところは、色々な珍しい物が転がっている部屋だった。

 たぶん、この時代にはないものだ。

 この人は、タイムスリップして現代に来たことがあるのか?

「天野先生にもいったがな、わしは、お前の時代に行ったことはない。お前の時代には、ここにあるものは珍しいものでもないのだろう」

 象山先生は、ガラスでできた飾りを手渡してきた。

 私は普通に受け取った。

「やっぱりな。普通の人間がそれを受け取ると、何でできているんだ? とか驚いて色々聞いてくるものだが、お前は当たり前のように受け取るのだな」

 驚いたほうがよかったのか?

「す、すごいですね」

「いまさら驚いても遅い」

 確かに。

「お前の時代の日本は、どうなっている?」

 これって話していいのか?

 迷っていると、

「別に話さなくてもいい。わしは日本に興味はないからな」

 なら聞くなっ!

「お前の住んでいた日本じゃなく、今から少し先のことを知りたい。幕府はどうなる?」

 これも、話していいのか?しばらく迷っていたけど、象山先生の鋭い視線を受けると、この人に嘘は言えないと思った。

「幕府はなくなります」

「そうか。と言う事は、お前が言っていた西洋の文明を取り入れたのは幕府ではないのだな」

「薩摩です」

「なるほどな。でも、薩摩は幕府派だろう」

「今は幕府派です。でも、坂本 龍馬という人が長州と薩摩を結びつける仲立ちをし、薩長同盟というものができます」

「坂本か。わしの弟子だ」

 そ、そうなのか?

「わかった。わしの言っていることは間違いないと言う事だな。わしは出かけてくるから、ここで好きに過ごせ」

 象山先生はそう言い残すと部屋を出ていった。


 象山先生の部屋には色々なものがあった。

 きっとさまざまなものを考えて発明した人なのだろう。

 佐久間 象山かぁ。どういう人生を送るんだったっけ?

 確か……

「うわぁっ!」

 考え込んでいると、目の前に見知らぬ顔が出てきたので、思わず叫んでしまった。

「象山先生のお弟子さんか?」

 見知らぬ人が私に言った。

「お弟子というか、二日間だけのレンタルできました」

「えっ、れんたる?」

 しまった、カタカナ語だ。

「ああ、象山先生に借りられたのか」

 カタカナ語なのに、この人は理解した。いったい誰なの、この人。

「蘭語を使うと言う事は、あなたも蘭書か何か勉強したのですか?」

 蘭語?確か、西洋の言葉という意味だったと思う。

「は、はい」

 ここでいいえ自然に口から出ましたなんて言った日には、また何を聞かれるかわからない。

 何とかごまかした。

「挨拶が遅れて申し訳ない。私は会津藩の山本 覚馬と申す」

 あ、会津藩?うちと最もかかわりのある藩じゃないか。

「新選組の天野 蒼良です」

「新選組? 新選組にあなたのような方がいたとは知らなかった」

 私も、会津藩にあなたのような方がいたとは知らなかった。

「実は、江戸で象山先生の塾に入り、色々お世話になった事があって、今回、象山先生が京にいらっしゃると聞いて挨拶に来たのだが、留守みたいですね」

 そうだったのか。

「さっき出かけたようなので、留守ですね」

「象山先生は変わっている人だが、色々と博識で勉強になる。二日間だけだと聞いたが、二日間だけでも知識を吸収するといい」

「わかりました。お茶でも入れましょうか?」

「いや、出直してきます」

 山本さんという人は帰っていった。

 彼が帰ってから、象山先生の生涯について思い出してみた。

 確か、暗殺されたのでは?しかも、元治元年7月に……。

 って、今じゃないかっ!

 何とかした方がいいのか?いや、何とかしないといけないだろう。

 自分の知っている人が、殺されると知っていながら黙って見ているのは嫌だ。

 私は、急いで象山先生の屋敷を飛び出した。


 屋敷を飛び出すと、さっき会った山本さんに会った。

「どうしたのですか?」

 顔色を変えて飛び出してきた私にびっくりしたらしい。

「象山先生が、殺されてしまう。何とかしなければ」

「な、なんだって?」

「何だ、二人そろって何をしている?」

 そんなやり取りをしていると、象山先生が返ってきた。

「先生、また派手な格好を。しかも、供を一人もつけていないじゃないですか」

「供を付けるなんてめんどくさいだろう」

「でも、先生は命を狙われる可能性もあるのですから、せめて派手な格好はやめてください」

 山本さんの言う通りだ。

 それでも象山先生は山本さんを相手にしなかった。

「どんな格好をしようと、わしの勝手だ」

 そう言って、屋敷に入って行った。

「天野さん。象山先生は、確かに狙われている。京は治安も悪いし、象山先生は西洋かぶれの人としてあまりいい印象をもたれていない。危険なことがあったら、すぐに私に知らせてほしい」

「わかりました」

 山本さんは、心配そうな顔をして帰って行った。


 レンタル期間の二日間は何事もなく終わった。

 私は無事に新選組に帰ってきた。

「お前の帰りが遅いから、迎えに行こうと思っていたところだ」

 屯所に帰ると、玄関で土方さんに会った。

「帰りが遅いって、まだ朝じゃないですか」

「二日間って言ったんだ。昨日の夜に帰ってきているはずだろう」

 そ、そうなのか?

「約束通り返してきたから、取り返す手間が省けてよかった」

 土方さんは、自分の部屋に帰って行った。

「土方さん、昨日から遅い遅いっ! って、イライラしていたよ」

 土方さんの後に沖田さんが出てきた。

「遅いって、ちゃんと朝に帰ってきたじゃないですか」

「うん、早い方だよね。土方さんはせっかちだからね。でも、それだけが理由でもなさそうなんだけどね」

 他に理由があるのか?

 聞こうとしたけど、意味ありげな笑みを浮かべたまま沖田さんも行ってしまった。

 なんなんだ?あの二人は。


 二日間のレンタルは終わったものの、やっぱり、暗殺されてしまう象山先生が心配で屋敷に顔を出してみようと思った。

 屋敷に近づいた時、血だらけの刀を持った人が私の横を走り去って行った。

 なんだ?そう思って前方を見ると、象山先生が倒れていた。

「天野さんっ! 奴を追ってくれっ!」

 斬られた象山先生を介抱していた山本さんが言った。

 私は急いで追いかけたけど、相手も逃げるのに必死で走るのが速い。

 結局、見失ってしまった。

 それから急いで象山先生のところへ行った。

「大丈夫ですか? 医者に診せましょう」

 私が言うと、血だらけの手を出して象山先生がとめた。

「わしは死ぬのだからいい」

「何を言っているのですかっ! すぐに診せますから」

 山本さんが象山先生を担ごうとした。

「わかっていた。こうなることはわかっていたのだ」

 象山先生はそう言った。 

 もしかして……

「お師匠様がそう言っていたのですか?」

 私が聞くと、象山先生はうなずいた。

「だから、もういい」

 象山先生は静かに目を閉じた。

「先生っ! 象山先生っ!」

 山本さんが一生懸命象山先生の名前を呼び、揺さぶったりしたけど、象山先生は二度と目を覚まさなかった。


「武士として不名誉にあたるらしいぞ」

 土方さんが言った。

 象山先生の死後、佐久間家はなくなった。

 息子さんがいたのだけど、象山先生の死は、無事として不名誉にあたるらしく、息子さんは家を継ぐことが出来なくなった。

「傷が後ろだったからって、後ろから斬る方も不名誉だと思いますよ」

「そう怒るな」

 怒りたくもなるだろう。

「斬った人間が捕まんなきゃしょうがねぇだろう」

 あの時逃がしてしまった。

「それに、象山先生はあまり評判が良くなかったしな」

「評判がよくないからって、殺されていいわけないでしょう」

「だから、俺に怒ったって仕方ねぇだろうがっ!」

 そりゃそうなのだけど。

 そんな言い合いをしていたら、玄関から

「ごめんください」

 という声がした。

 行って見ると、山本さんが私と同じ年ぐらいの男の子を連れて立っていた。

「象山先生の息子さんだ」

 山本さんがそう言った。

「象山先生の敵を討つために新選組にこの子を入れてほしい」

「敵を討つためって、犯人はわかったのか?」

 土方さんが山本さんに聞いた。

 確か犯人は……

「尊王攘夷派だ」

 山本さんが言った。

 尊王攘夷派と言う事は、長州派の人間と言う事だ。

「それなら、敵は俺たちと一緒と言う事だな。わかった。引き受ける」

 土方さんはそう言った。

 象山先生の子供は、三浦 敬之助さんと言った。

 この日から新選組の隊士になった。

 

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