誘拐される?
山崎さんと同じ仕事をしている川島さんという人が、長州の動きを見たらしく、2回ほど報告書を送ってきた。
その場所が嵐山の天龍寺だったから、あ、行ったことある場所だと、驚いた。
そう言えば、元治元年に火事にあって消失したものもある、みたいなことを現代で行ったときに教わったので、きっと禁門の変が関係しているのだなと思った。
どうも、長州藩の陣地になっているらしい。
そんな不穏な動きが続く中、7月をむかえた。
7月は、現代で言うと8月だ。夏本番。
とにかく、毎日暑い日が続いていた。
「暑いな」
汗を拭きながら、原田さんが言った。
「暑いですね。どこかに避暑に行きたいぐらいです」
一カ所ぐらい冷房が効いている施設がないかなと思う今日この頃。
一カ所でいい。そこで1時間でいいから涼みたい。
「おっ、西瓜売りがいるぞ。蒼良、西瓜が食べたくないか?」
「西瓜ですか? いいですね。ちょうど喉も乾いていたし、食べたいです」
「西瓜売りがいるから、ちょっと買ってくるよ」
原田さんが、西瓜を買いに行った。
しかし、原田さんが西瓜売りに近づくと、西瓜売りは、顔色を変えて逃げ出した。
「おい、なんで逃げるんだっ! まてっ!」
逃げるものがいれば、追いかける。
と言う事で、原田さんは西瓜売りを追いかけた。
西瓜売りは、売り物の西瓜を放り投げて慌てて逃げて行ったが、西瓜売りが逃げるようなことを私たちは何かしたのか?
そんなことを思いながら、道に投げられた西瓜を見ていると、原田さんが西瓜売りを捕まえてきた。
「俺の顔見て逃げるとは、何か良くないことでも考えているんだろう?」
原田さんが西瓜売りに言うと、
「そ、そんな、とんでもない。何かの間違いだ」
と、西瓜売りは必死に否定した。
「顔見ただけで逃げるとは、ろくなことしていない証拠だ。とりあえず捕縛して屯所に連れていくから、覚悟しろ」
原田さんは、西瓜売りを縄で縛ると、そのまま屯所に連れて行った。
私は、西瓜を抱えて一緒についていった。
屯所で少し休んでから、ゆっくりもしていられないと思い、再び出るしたくをしていると、
「西瓜食べてから行こう」
という原田さんの声がした。
見てみると、すでに切ってある西瓜を手に持っていた。
「この西瓜って……」
「ああ、さっきの西瓜売りが持っていた西瓜だ。捨てるのもったいないだろう」
それはそうなんだけど……
「食べてもいいのですか?」
証拠にとっておくとか、しなくて大丈夫なのか?
「大丈夫だろう。あいつ、これ投げ捨てて逃げてったし。捨てる方が罰当たりだろう」
それもそうか
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
西瓜は、冷たくはなかったけど、甘くておいしかった。
「ちょうど食べごろだったのですね」
「でも、あの西瓜売りも何をやって逃げたんだろうな」
「こんなおいしい西瓜を捨ててまで逃げるなんて、何をやったのですかね」
「それを今土方さんが調べているよ」
土方さん、お疲れ様です。
美味しい西瓜をいただき、屯所を出た。
原田さんは先に行ってくれと言われたので、一人で出た。
甘味処の前を通った時、見たことある人が入って行ったのが見えた。
その人を京で見かけることはいけないことなので、私も後をつけるように中に入った。
まさか、あの人じゃないよね。でも、似ているんだけど。
中に入ったら、なんと鉢合わせしてしまった。
やっぱり……
「桂 小五郎……」
「その名前は禁句だ。追われている身だからな」
そう言うわりには、余裕がある。
絶対に追われているとは思っていないだろう。
だから、昼間から甘味処になんか入れるのだ。
「あなたを見つけたら、屯所に連れて行かなければならないのですが」
「そんな急がなくてもいいだろう。お茶でも一緒にどうだ? 女隊士」
それ、私も禁句ですから。
「どうだ? 飲むのか飲まないか? 女隊士」
「そ、そんな女隊士って何回も言わないでくださいよ。私にとっても禁句なんですから」
女隊士とうるさいから、桂 小五郎の前にある椅子に座った。
「くずきりなんて、美味しそうだぞ」
「今、西瓜を食べてきたのでお茶だけで結構です。それ食べたら、一緒に屯所に来てくださいね」
「わかった、わかった」
って言いながら、絶対にわかっていないだろう、この人は。
逃げの小五郎だ。絶対に逃げるに違いない。
私たちの前にお茶が置かれた。
「まぁ、これでも飲め」
のんきにお茶なんて飲めるかっ!
そう思ったけど、外は暑いし、水分はとっておいた方がいいだろう。
そう思い、遠慮なくいただいた。
そのお茶はなんか変な味がしたけど、のどが渇いていたので、一気に飲んだ。
「そう急いで飲まなくてもいいだろう」
「ゆっくりしている暇もないのですよ。行きますよ」
「まだくずきりが来ていない」
この人こそ、こんなにのんびりとしていていいのか?
「まだ、長州に来る気はないか?」
のんびりお茶をすすりながら、桂 小五郎が聞いて来た。
「新選組でやらなければならないことがあるので行きません。前から何回も言っているじゃないですか」
いい加減にあきらめてほしいのだけど。
「それなら残念だな」
悲しそうな顔で言う桂 小五郎がゆがんで見えた。
それだけではない。机の上に置かれたお茶や建物の中にあるものまですべてがゆがんで見える。
なんだ?
あまりのゆがみように立っていられなくなった。
下に座り込んだ途端、力が抜けて倒れてしまった。そのうち意識がなくなった。
目が覚めたら、ちゃんと布団の上に寝かされていた。
天井も、見たことがない天井だった。
「ここは……」
どこなんだ?
「目が覚めたか」
天井と一緒に、桂 小五郎の顔が見えた。
「ここは、山崎だ」
山崎?どこだ?
「天王山と言えばわかるか?」
天王山と言えば、長州軍がいる場所だ。
「何で……」
こんなところに?
「お前に悪いがな、どうしてもお前を長州にほしかったから、ちょっと強制的な手段に出させてもらった」
強制的な手段?
「こんな方法はあまり好きではないのだが、仕方ない。ちょっと薬を飲んでもらったよ」
「なっ!」
なんだってっ! 思わず飛び起きたけど、飛び起きたと同時に強烈なめまいが襲ってきた。
天井も畳もすべてがぐるぐる回っている。
「まだ薬は完全に抜けてないみたいだな。動けないうちに長州に近いところに連れていく。そこに行ったら、お前も新選組に帰りたいとは言えなくなる」
そ、そんなっ!
「そんな怖い顔をするな」
にらみつけるしかできない私は、思いっきりにらみつけてやった。
その時に、襖があく音がした。
「なんだ」
襖の外には山崎さんがいるように見えたけど、気のせいか?
「お客様が見えていますが……」
声も山崎さんに似ているような?
「取り込み中だ。帰ってもらえ」
「そう言ったのですが、どうしても知らせたいことがあるとかで」
「後でもいいだろう」
「命に関することでもですか?」
「命に係わること?」
「そのお客様がそう言っていたので。戸口で待たせておりますが」
「仕方ない、ちょっと会ってくる。女隊士、おとなしくしていろ。薬が効いているから、動けないだろうがな」
桂 小五郎は、ニヤッと笑って出て行った。
このまま私は長州に運ばれてしまうのか?
そう思っていると、また天井がグルグル回りだした。
思わず目を閉じた。
背中にずきっと鋭い痛みが走った。
「痛っ!」
思わず声を出した。
「目が覚めましたか?」
その声は……
「山崎さん?」
「危険なことはしないようにと、あれほど言ったじゃないですか。なんで蒼良さんがここにいるのですか」
危険なことは何もしていないと思うけど。
「意識はどうですか?」
そう言われて辺りを見回してみる。
もう景色はグルグルと回らなかった。
さっきよりくっきりと見える。
「魔沸散を飲まされたようですね」
「まふつさん?」
「切るときに痛くないように飲むものですよ」
切るときに飲むもの?
後で調べてみると、この時代の手術するときに麻酔のようなもので、量などを間違えると、命の危険があるらしい。
あいつ、私を殺す気か?
「とにかく、ここは危険です。いつ桂 小五郎が戻ってくるかわからない。急いでください」
山崎さんにせかされ、うつぶせに寝かされていた私は起き上がった。
「あの……何か着物を……」
真っ赤な顔をして、山崎さんが言った。
着物?そう思って自分の体を見ると、さらしをまいているだけの体があった。
「す、すみません。早く目を覚まさせるために、針を打つ必要があったので、上だけ着物を脱がせました」
うつむきながら山崎さんが言った。
さらしをまいているし、裸を見られたわけではない。
「そんなことはいいですよ。とにかく急がないといけないのでしょう? 急ぎましょう」
下はちゃんと袴になっていた。上だけ着物を着て急いで部屋を出た。
外に出ると、自分がいたところは宿だったと言う事がわかった。
宿を出てからしばらく走っていると、
「逃げたぞっ! 待てっ!」
という声とともに、二人の男が追ってきた。
多分、桂 小五郎の下で働いている人間だろう。
しばらく逃げていたけど、あまりにしつこいので、
「仕方ない。ちょっと相手にしてやりますか」
と言う事で、山崎さんが刀をもって後ろを振り返った。
私も一緒に振り返ったけど、勢いよく振り返ったと同時に、めまいが襲ってきた。
「蒼良さんは、まだ薬が完全に抜けていないから、無理しない方がいい」
そう言いながら、あっという間に二人を捕縛した。
「このまま屯所に連れて行ったら、長州の情報が手に入るでしょう」
山崎さんは、二人を縄で縛りつけると笑顔で言った。
山崎さんの言う通り、捕縛した長州人は、色々な情報を話してくれた。
その情報を会津藩に届けた。
「おい、お前はなんで桂 小五郎のところにいたんだ? 魔沸散のような薬を飲まされていたらしいから、お前の意思でいたのではないと言う事はわかるが、なんでお前があそこまでされて連れていかれたのかがどうもわからん」
「私にもわかりませんよ。人の顔を見ると、長州に来いって言うのですよ」
「何だと? 人の顔を見るとって、お前、何回かあったことがあるのか?」
「2回? あれ? 3回か? でも、それぐらいですよ」
「何で言わなかったっ!」
「えっ、言ってなかったですか?」
よくよく考えてみると、確かに言っていなかった。
桂 小五郎にあった後は、必ず長州の人間が捕縛されるから、その処分に忙しくなり、お互い話す暇もなかったし、聞く暇もなかったのだ。
あいつ、わざとそうしていたのか?もしそうなら、相当な奴だな。
私の話を聞いて、土方さんはムスッとした顔のままだった。
そんなに怒っているのか?
「あ、あの……」
恐る恐る声をかけると、バンッと拳で机をたたいた。
その音に思わず驚いてしまった。
そ、そんなに怒っていたのか?
「桂 小五郎めっ! 卑怯な手を使いやがって」
ん? 私ではなく、桂 小五郎に怒っていたのか?
「そんな簡単に大事な奴を渡すものかっ!」
大事な奴? 誰なんだ?
「あの……大事な奴って……」
「いいから、お前はとっとと隊務に戻れっ!」
ものすごい勢いで怒鳴られた。
「はいっ!」
私は逃げるように部屋を出ようとした。
「それと、一人で行動するなっ! わかったか?」
土方さんが、私に背中を向けて言った。
「わかりました」
こんな危ない目にあったんだ。簡単に一人で行動する気にもなれない。
それにしても、大事な奴って、誰なんだ?山崎さんか?