禁門の変近し
「会津藩から、西本願寺周辺に西国浪人が多数潜んでいるらしいから、捜索を頼むと要請があった。これから我々は、西本願寺周辺を捜索する」
近藤さんに言われ、西本願寺周辺へ行くことになった。
西本願寺に着き、周辺を捜査することになった。
「浪人、いないみたいですね」
一緒に捜査をしている藤堂さんに言った。
「蒼良、そんな簡単に見つかることないと思うよ」
「そりゃそうでしょう。西国浪人、怪しいですなんて、名札つけて歩いているわけないじゃないですか」
「いや、誰も、そこまでは言ってないから」
藤堂さんが笑いながら言った。
確かに、名札はないか。
「でも、一人を怪しく思うと、道に歩いている人たちみんな怪しく見えてきますよ」
「蒼良らしいね。まさか、歩いている人みんな捕縛するわけにいかないしね」
そりゃそうだろう。そんなことしたら、せっかく上がった新選組の評判がまた落ちてしまうだろう。
気を付けて周りを見なければ。
そう思ってきょろきょろしていると、前方から何かを売り歩いている人が見えた。
「あれ、何ですかね?」
何を売り歩いているのだろう?そう思いながら指さして聞いてみた。
「あれ? ああ、花火を売っているみたいだよ」
そうだ、夏だし花火の季節だろう。
「ちょっと見てみましょうよ」
「蒼良、一応捜査中だよ」
「じゃあ、花火売りを捜査しましょう」
「それは面白そうだね。そうしよう」
藤堂さんと一緒に、花火売りを捜査することになった。
花火売りの売り物を見てみると、いくつか種類があるのだけど、見たことあるのは一つだけ。
「あ、線香花火」
私の知っている線香花火は2つあって、紙でできているやつと、棒でできていて、先に火薬がついているやつ。
今回見たのは、先に火薬がついているやつだ。
「線香花火?」
藤堂さんは知らないのか?
「牡丹だよ、牡丹」
花火売りの人が言った。
えっ、牡丹?線香花火じゃないのか?どう見ても線香花火に見えるが。
「ああ、牡丹。江戸だと全部千代紙でできているけど、京の牡丹は違うんだね」
牡丹と言う名前を出したら、藤堂さんもわかったみたいで反応があった。
線香花火は牡丹と言うのか?
頭の中を?マークでいっぱいにしていると、
「やっぱり、蒼良は知らなかったりする?」
と、言われてしまった。
線香花火なら知っているが、牡丹は知らない。
「一度やってみるとわかるよ。買って今日の夜にでも早速やってみよう」
藤堂さんは、牡丹と言う花火を数個買った。
「ええっ! 屯所に帰れないのですか?」
土方さんは、今日はここに泊まると、西本願寺で言った。
「当たり前だろう。会津藩から言われた浪人は見つかってねぇしな。ここで帰って万が一何かあったら大変だろうが」
花火、出来ないじゃないかっ!
「そんなに屯所に帰りたかったのか?」
がっかりしている私を見て、土方さんが声をかけてきた。
屯所に帰りたいのではなく、花火をやりたかったのだ。
せっかくの夏だし、まだ夏の夜に花火したことなかったし。
「何もなければ、明日帰れるだろう。そう気を落とすな」
何もなければ……何かあったらまたお泊りということか。
「そう言えば、長州が軍を率いて大坂に到着したぞ」
大坂と言えば、近いじゃないか。
軍を率いてと言う事は……
「戦になるのですか?」
「なるかもしれねぇな。まだお呼びはかかってねぇが、戦があったら、出陣するだろうな」
いよいよ、禁門の変が始まりそうだ。
夜、一応周りを見た。
やっぱり何事もなかった。
西本願寺に戻ってくると、藤堂さんがいた。
「あ、いた」
ん?探していたのか?
「蒼良、せっかくだから、花火をやろう」
藤堂さんが昼間買った花火を出した。
「だ、大丈夫なのですか?」
「そんなに音はしないし、大丈夫だよ」
音がしないのか?かなり大きな音がするものもあるけど。
「明るくなりませんか?」
「そんな、打ち上げ花火じゃないんだから」
私の知っている花火は、カラフルで、音も出て、煙も出るけど、本当に大丈夫なのか?
心配している間にも、藤堂さんは花火に火をつける。
ん?これは……
「はい、蒼良。持って」
火のついた花火を持たされた。
牡丹と言っていたけど、どう見ても、これは私の知っている線香花火だ。
線香花火が牡丹と呼ばれていたらしい。
「この花火、知っていますよ」
知っていたことが嬉しくて藤堂さんに報告したら、
「知らない方がどうかと思うけど」
と言われてしまった。
しばらく、二人で線香花火をしんみりとやっていた。
「でも、やっぱり、花火と言えば、江戸の両国の花火だよな」
藤堂さんが、線香花火を見ながら言った。
両国の花火?
「打ち上げ花火ですよね」
まさか、両国でみんなでしんみり線香花火をやって花火大会じゃないよね。
「どんって打ち上げる花火だよ」
後で調べてみると、現代で言う隅田川の花火大会の前身だったらしい。
「まさか、それも知らないって言わないよね」
失礼なっ!それぐらい知ってる。
「あんさんら、何しとんやっ!」
突然、大きな声が聞こえた。
見ると、西本願寺のお坊さんらしい。その人が、慌てて私たちのところに来た。
「花火するのも結構やけどな、火の始末してもらわんとこまるで。火事でも起こしたら大変や」
「わかりました。火の始末きちんとします」
藤堂さんが礼儀正しくそう言うと、逃げるようにそのお坊さんは去って行った。
「西本願寺の人だよ。私たちがお寺を使うことを快く思っていないみたいだからね」
藤堂さんが、去って行ったお坊さんを見ながら言った。
「快く思っていないって、だって、ここ屯所になるんですよ」
「えっ、ここが屯所?」
しまった、未来の話だ。
「いや、今は屯所のような感じになっていると言う事ですよ」
「そりゃ、一泊だけ借りているんだけどね」
何とかごまかせたらしい。
それにしても、よくこんなところを屯所にしようなんて思ったなぁ。
八木さんの家の方が断然住みやすいわ。
山南さんが反対したのもなんかわかるような感じがする。
「蒼良、片づけよう。火事でも起こしたら大変だ」
藤堂さんに言われ、後片付けをした。
火事でも起こしたら大変だと言われたので、たくさん水をかけておいた。
結局、何も起こらず、平和なまま朝を迎え、屯所に帰った。
屯所に帰ってきた次の日、会津藩から要請があり、竹田街道に出陣した。
竹田街道は、伏見へと続く街道なので、伏見からくる長州軍に対処するために要請されたらしい。
宿は九条河原だったので、やっぱり屯所には帰れなかった。
次の日、長州軍が天王山に布陣した。
天王山と言えば、明智 光秀と豊臣 秀吉が戦った場所だ。
長州軍が移動したことで、隊の中は自然と騒々しくなった。
「長州軍が攻めてくるかもしれないぞ」
永倉さんは、とってもはりきっていた。
禁門の変は、7月だ。今は6月。
ここから一か月ぐらいこのにらみ合い状態が続くのか?
「まだ攻めてこないですよ。この戦い、長くなりそうです」
「蒼良、なんでそんなことがわかるんだ?」
「だって、攻める気があれば、とっくに攻めているじゃないですか。例えば、大坂に入った時に一気に京に来るとか」
「そう言われてみると、そうだよな」
「幕府側もそうですよ。攻める気があればとっくに攻めてますよ。なんでこんなところで足止めされてないといけないのですか」
「それもそうだな。さっさと攻めてやろうか? 俺たちだけで」
いや、そりゃ無理だろう。
「双方、戦の名目でも考えているんだろう」
土方さんがそう言ってきた。
戦の名目?
「戦には名目が必要だ。名目もなくただ攻めるのは、単なる喧嘩だ」
そうなのか?
「どういう名目を探しているんだ?」
永倉さんが土方さんに聞いていた。
「長州軍は、京を攻める名目だ」
「京から追放されたから、それが許せなくて挙兵したじゃだめなのですか?」
私が聞くと、土方さんは静かに首を振った。
「それなら、去年の8月に何とかすべきだろう。今じゃ遅すぎる。帝を長州に連れて行こうとしていたから、幕府にいいように操られている帝をお救いするため。それが一番妥当だろう」
「池田屋のことで、容保公に恨みを抱いている長州人も多数いると聞いたぞ。もしかしたら、容保公暗殺を名目にすることもできるな」
永倉さんが言った。
それで、歴史の授業を思い出した。
「幕府側は、孝明天皇が長州軍を追い払うようにと言ったから、それが名目になりそうですね」
「えっ、そんなこと言ったのか?」
土方さんと永倉さんが声をそろえて言ってきた。
えっ、もしかして、まだそこまで行ってなかったのか?
夜も交代で竹田街道にいた。
いつ長州が攻めてくるかわからない時に、全員が場所を離れるわけにはいかないだろう。
「長州がいつ来るんだろうな」
一緒に夜の竹田街道にいた原田さんが言った。
最近の隊内の話題は、そればかりになっている。
「長くかかりそうですよ」
「新八も、蒼良がそう言っていたと言ってたぞ。にらみ合いなんてしてないで、パッと片してしまいたいな」
こんなに早くからにらみ合いをするとは思わなかった。
「疲れますね。ただ立っているって」
「ははは。土方さんがそれを聞いたら、緊張感がないって怒られるぞ」
だって、ここに来ないってわかっているのに、それを待っているのって、かなり疲れる。
その時、つうっと光るものが通ったような気がした。
「なんか、光るものが通ったのですが」
私がそれが通った方を指さすと、
「あ、蛍だ」
と、原田さんが言った。
よく目を凝らしてみてみると、一匹だけではなく、たくさんフワフワと光が浮かび上がっていた。
この時代、農薬とか無いから水がある田んぼには必ず蛍がいるのだろう。
そう言えば、ここら辺は田んぼだったなぁ。
「すごいっ! たくさんいるのですね」
「田んぼだからな、たくさんいるだろう」
「こんなにたくさん見たのって、初めてです」
「えっ? 田んぼがあるところにはいるだろう?」
そう言うものなのか?
「夜に捕まえて蚊帳の中に入れると、蛍が光って綺麗だぞ」
「それ、楽しそうですね」
「ただ、朝になると、蛍の死骸だらけだけどな」
それは嫌だなぁ。
「だから、捕まえないでこうやって見てるのが一番いい」
原田さんが蛍を見ながら言った。
「そうですね」
「蛍も飛んでいるぐらいだから、近くに長州軍はいないな」
今日も平和に終わりそうだ。
数日後、会津藩も出陣することになり、それに伴い、私たちも九条河原に移動した。
孝明天皇が長州軍入京拒否の勅が出され、一橋 慶喜公が長州退京勧告をだした。
禁門の変が近づいてきているなぁ。そう実感した。