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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年6月
117/506

夏の嵐山

 明保野亭事件で柴さんが切腹した。

 私と年が近かったのと、隊の中で私が一番接する時間が長かったせいなのか、切腹して亡くなったというショックが抜けなかった。

 私がこの事件のことをよく知っていたら、助けることができたかもしれない。

 まさか、池田屋事件のすぐ後にこんな事件が起きるとは思わなかった。

 明らかに私の勉強不足だ。

 後悔しても仕方がないけど、勉強不足だったという口惜しさと、暑さのせいもあり、何もする気がなくなった。

 このままではいけない事はわかっている。

 でも、何もする気になれない。

 何もしていないので、夜寝ることができず、朝方になって眠くなってウトウトしたら夕方になっていたということが多い。

 完全に昼夜逆転生活だ。

 この日も、太陽が昇って明るくなってきたとき、ウトウトとしていたら、土方さんに起こされた。

「出かけるぞ」

 こんな朝早くにどこへ行こうというのだ?

「準備しろ。お前も一緒に来い」

「土方さん一人じゃだめですか? じゃなければ、他の人を連れていくとか」

「お前じゃなければだめだ。早く支度しろ。外で待っている」

 そう言うと、土方さんは部屋から出て行った。

 出かけたくないけど、私じゃなければだめらしいから、行かないと。

 ノロノロと起き、ノロノロと支度した。

 いつもより支度に時間がかかったけど、土方さんは何も言わずに待っていてくれた。

「行くぞ。暑くならないうちに着きたいからな」

 土方さんが歩き出したので、私も追いかけるように歩き始めた。


 着いたところは、嵐山だった。

「嵐山は、京より涼しいと聞いたから来てみたが、確かに涼しいな」

 昼間だと、風もなく蒸し暑い京だけど、嵐山は、川と山があるせいか、風も吹いて涼しく感じた。

「で、用って何ですか?」

 私は、竹林の中を歩きながら言った。

 風が吹くたびに笹がこすれ合うサラサラと言う音が、また涼しさをさそう。

「用か? 涼みに来ただけだ。避暑だな、避暑」

 それなら、土方さん一人で来てもよかったのでは?

 また風が吹いてきた。

 今度は、カラコロと言う乾いたような音が聞こえてきた。

「この音、何の音ですか?」

「竹林に入ればこういう音がするのは当たり前だろう。竹と竹がぶつかるとこういう音がするだろう。知らなかったのか?」

「竹林なんて、入ったことがありませんから」

 その言葉を聞いて、土方さんは驚いていた。

「竹林に入ったことないって、珍しい奴だな。たまにお前がどういうところでどういう生活していたのか、考えたくなる時がある。お前は、俺に会う前どういう生活していたんだ?」

「聞きたいですか?」

 土方さんの方を振り返って聞いてみた。

 土方さんは黙ってうなずいた。

「ここから150年以上先の未来からタイムマシンに乗ってきたのですよ」

 土方さんはしばらく私の顔を見て黙っていた。

「どうせ信じてくれないですよね」

「信じる信じねぇの前に、そんなやけくそで自分のことを言っていいのか? それを信じてくれないって、やけくそで言っていることを信じろって言われて信じられるわけねぇだろうが」

 なんでやけになっていたってわかったのだろう。

 普段の私なら、そんなこと絶対に言わない。

 もう、どうでもいいやと言う思いもあった。

 正直、疲れた。

 隠していることも、一生懸命になっていることも。

「信じなければ、それでいいですよ」

 私がそう言うと、また風が吹いてきた。

 カラコロと言う音が悲しく聞こえてくる。

「この音、なんか悲しい音ですね」

「そうか? 俺は何も感じねぇが」

 しばらく、その音を聞いていた。

「お前、悲しいのか?」

 土方さんが突然言い出した。

 私、悲しいのか?

「俺は何とも思わねぇが、お前が悲しい音だというなら、お前が悲しいということだろう。楽しければ、楽しい音に聞こえるはずだ」

 私、悲しいのかな?

「自分で自分の感情がわからねぇのか?」

 自分の感情?

「今、お前が感じていることだよ」

「何も感じていないのかもしれないです。悲しいも嬉しいも、何も」

「おいっ!」

 土方さんが近くに来て、私の両肩をつかんだ

「しっかりしろ」

「しっかりしていますよ」

「全然しっかりしてねぇだろう。今のお前はな、幽霊みたいな顔しているぞ。表情がまったくねぇ」

「幽霊が取りついているのかもしれないですよ」

 私は土方さんの手を払い、竹林の中を歩き始めた。

 またあの悲しい音が聞こえてくる。

 悲しくて、悲しくて泣きたくなってしまう。

 上の方にある竹の笹を見た。

 笹がぼおっとぼやけて見えた。

「おいっ!」

 土方さんが追い付いてきた。

 私の肩に手をのせ、自分の方に私の体を向けてきた。

「お前、泣いているのか?」

「だって、この音が悲しくって悲しくって」

 私が泣きながらそう言うと、土方さんは手を私の頭にあて、そのまま私の頭を自分の胸に押し付けた。

「泣け。泣けるうちにたくさん泣いておけ」

 土方さんの胸から声がした。

 私は、土方さんの胸で声をあげて思いっきり泣いた。


「こ、ここ、高くないですか?」

 竹林で思いっきり泣いたらすっきりした。

「あれだけ泣けば、腹が減っただろう」

 土方さんに言われて嵐山にある料亭に来たのだけど、どう見ても一般庶民である私が入れるようなところではない。

 絶対に高いだろう、ここっ!

「値段は気にするな」

 いや、気になるから。

 食べた後お金を払うときになって土方さんがいなくなったとか、お金が足りないから逃げようとか、そう言うの嫌ですから。

「で、でも……」

 お金があるのですか?と聞こうとしたら、料理が運ばれてきた。

 その料理も、明らかに高級品だ。

 この時代あまり食べれない高級品の一種、刺身がある。

「大丈夫だから、食え」

 本当に大丈夫なのか?でも、食い気と言う欲望に勝てない。

 それに、久しぶりにおなかもすいている。

「それなら遠慮なく」

 後で、お金が足りないとか何とか言っても、もう戻せないぞ。

 すでに食べ物は胃に入っているからね。

「食欲が出てきたみたいだな」

 モグモグと無言で口を動かして夢中になって食べている私を見て、土方さんは満足そうに言った。

「お金が足りないとか言っても、もう知りませんからね」

「そう言うことが言えるようになってきたか。元気になってきた証拠だな」

 元気なっているのかどうかはわからないけど、料理がおいしい。

 おなかがすいていたせいなのか、料理がおいしいせいなのか、完食した。

 お金を払うとき、ドキドキしながら見ていたけど、土方さんはポンッと気前よく払っていた。

 あんな大金、どこで手に入れたんだ?


 それから、西芳寺というお寺に行った。

 苔寺とも呼ばれていて、庭園に苔が生えていることで有名なお寺だ。

 現代だと有名で、拝観も事前申込みになっている。

 しかし、この時代では由緒あるお寺なんだろうけど、ちょっと荒廃していた。

「苔で滑るなよ」

「土方さんこそ、滑らないでくださいよ」

 お互いそんなことを言い合って歩いていた。

 休憩所のようなところがあったので、そこで休むことにした。

「少しは、気が晴れたようだな」

 確かに。ここに来る前の気持ちとだいぶ違う。

 なんかすっきりしたような感じだ。

「泣きたいときは、我慢しねぇで泣け。柴の葬式の時も、泣かなかっただろう」

 あの時は、悔しくて涙も出なかった。

「お前のことだから、こういうことは納得できねぇって言って、怒りながら泣くだろうなと思っていたが、逆に大人しかったからな」

「悔しいじゃないですか。止められたかもしれないのに、止めれなかった。そして柴さんを死なせてしまった」

「お前のせいじゃねぇだろう」

「でも、私は止めることができたはずです」

「いや、出来ねぇよ。誰にも止めることは出来ねぇんだよ」

「どうしてですか?」

「話が単なる斬り合いから、藩同士のことまで大きくなった。そこまで大きくなったら、誰も止められねぇ。止まられるんは将軍様ぐらいじゃねぇのか」

 そんな先じゃない。

「その前に止めたかったのです」

「その前って、どれぐらい前だ?」

「明保野亭に入った時ぐらいです」

「お前、そりゃ、どうあがいても無理だ」

 どうしてだ?

「過ぎたことを止めようなんて、そんなこと出来るわけねぇだろう。出来るのは振り返ることぐらいだ」

「でも、明保野亭に入った時に……」

「柴を止めればよかったのか? でも、終わったことだろう。終わったことを悩んでいても結果が変わることはねぇ。それより、これから先のことを考えろ。辛い時や悔しい時ほど、先のことを考えろ。振り返らず、前だけ見ろ」

 その通りなのかもしれない。

 私から見ると、歴史をやり直しているわけだけど、それでも知らないことが多い。

 だから、今回みたいなことが今後もあるだろう。

 毎回毎回、今回のように落ち込んでいたら、先にある出来事を察知することができず、また被害が大きくなるかもしれない。

「わかりました。その通りですね。前を見ます」

「そうだ。落ち込んでいる場合はないぞ。俺たちが池田屋に入って、長州派の人間を大勢斬ったから、長州派の人間が不穏な動きをしているらしいぞ。過去の事より、こっちの方が大事だ」

 そうだ。間もなく禁門の変が始まる。

 後ろを振り返っている暇はない。

「土方さん、こんなところでゆっくりしている場合じゃないですよ。早く帰りましょう」

「お前、せっかく避暑に来ているのだから、もうちょっとゆっくりしてもいいだろう」

 そうなのか?そうかもしれない。

 まだ暑い京に帰りたくないな。

「今日一日は休むぞ」

「わかりました」


 夕方に嵐山を出て、夜に屯所に帰ってきた。

「実はな、会津藩から池田屋の恩賞金が入ったんだ」

 屯所について、部屋に入ると、土方さんが突然言い出した。

「だから、あんな高い料亭に入ったのですか?」

「たまにはいいだろう」

 確かに。私も一緒に堪能したし。

「みんなに分けたのだが、お前のはない」

 ええっ!な、なんで?

「恩賞金をお前に渡したら、お前も認められたことになる。しかし、そうなると、女だとばれたときの負担も大きなものになる。下手すると斬首か切腹か」

 そ、そうなのか?

「だから、お前の分はない。恩賞金はないが、俺がお前の好きなものを買ってやる。それでいいだろう」

 いいだろうも何も……

「ほしいものですか?」

「そうだ」

 はっきり言うと、この時代に私のほしい物はない。

 現代に帰れば山ほどありそうなんだけど、この時代にはない物ばかりだ。

「特にないのですが……」

「お前は物欲がない奴だな」

 物欲はあるのだろうけど、この時代で手に入らないものばかりだから仕方ない。

「そうだと思ってだな、着物を買っておいた。着るものならいくらあってもいいだろう」

 いつのまに?

 土方さんが出してきた着物は、女物の着物だった。

 男物だろうと思っていたので、驚いてしまった。

「刀とか言われたらどうしようかと思ったぞ」

「どうして、女物なのですか?」

「そりゃ、お前が女だからに決まってんだろう。今は着れねぇかもしれねぇが、いつか着るときは来るだろう」

 着るときが来るのかな。

「ありがとうございます」

 土方さんにお礼を言った。

 着る時が来るのかわからないけど、女の子扱いしてくれたことがなんか嬉しかった。

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