枡屋喜右衛門
「枡屋を御用改めしねえとな」
土方さんのその一言で、池田屋事件の始まりを予感した。
枡屋と言う商店を捜索すれば、武器などが出て来るはずだ。
もちろん、主人である枡屋さんは屯所に連れられて訊問されるはずだ。
「お前も、一緒に行って来い」
土方さんに言われた。
「わかりました。行ってきます」
屯所の外では、枡屋に行く人たちが数名いた。
その中に武田さんもいた。
げっ、いるよ。何かしてこないよね。
「蒼良、お前も御用改めに行くのか?」
武田さんが、この間の出来事はなかったかのように話しかけてきた。
「はい、行きます」
「そうか。ちゃんと隅々まで捜索するように。せっかく山崎君や島田君が努力して手に入れた物だからな」
あんたが何を偉そうに言うんだ?
ごほんっ!と、咳ばらいが聞こえたので見てみると、山崎さんがいた。
「蒼良さんは、優秀な隊士です。武田君こそ、捜索を頼みます」
山崎さんが武田さんに言うと、武田さんはばつが悪そうな顔をして去って行った。
「あの人は、口ばかりだから困る」
山崎さんは、ため息つきながら言った。
山崎さんがいてくれれば、武田さんに襲われることはなさそうだ。
「御用改めであるっ!」
その掛け声とともに、枡屋に数人で入った。
「お前が、枡屋喜右衛門だな。宮部 鼎蔵がここにいるという情報が入ったので、御用改めさせていただく。隠していることがあれば、今のうちに申し出よ」
武田さんがえらそうに言った。
この人が言うと、本当に偉そうに聞こえるから不思議だ。
武田さんがそう言っている間にも、隊士が数人はいってきて家の中を捜索している。
この屋敷のどこかに大量の武器と、長州の人たちとのやり取りをしていた文が見つかるはずだ。
それにしても、大きな屋敷だ。
探すのにも苦労しそうだ。
もし、この広い屋敷で武器を隠すとしたら……。
隠し扉で隠し部屋を作ってそこに隠すかな。
壁をコンコンとたたいていった。
空っぽのような音がすれば、そこが隠し部屋の扉だろう。
「蒼良、何をのんきなことをやっている。奥を探せっ!」
武田さんが怒鳴るように言ってきた。
のんきなって、失礼なっ!これでもちゃんと探しているんだっ!あんたみたいにやみくもに探せばいいもんでもないだろうがっ!
無視をして再び壁をたたく。
「蒼良っ!」
再び武田さんが怒鳴る。
「武田君、蒼良さんに口を出すのはやめてもらえないか? 蒼良さんは蒼良さんの考えがあってそうしているんだ」
山崎さんが武田さんを止めてくれた。
「壁をたたくだけならだれでもできる」
「そう言ういい方は失礼だろう。蒼良さんは、武田君より隊にいる年月が長い。年齢は武田君より下かもしれないが、隊内では先輩にあたる人だぞ。それ以上失礼があった場合は、副長か局長に報告させてもらう」
「わ、わかったよ。わかったから、副長や局長には言うなよ」
武田さんは奥に入って行った。
「山崎さん、ありがとうございます」
「上の人間にこびへつらうやつは、上の人間の名前を出せばあっさりと引っ込むものなのですよ」
そうなんだ。よく覚えておこう。
そう言うやり取りの後、壁をたたくと、コンコンと今までと違う音が帰ってきた。
多分、この壁の向こうは空洞だ。空洞と言う事は、ここが隠し扉の入り口か?
壁が厚くて頑丈そうだから、思いっきり蹴っ飛ばしてみた。
すると、壁にひびが入って割れた。
割れ目の向こうは思っていた通り空洞だった。
「こ、これは……」
隣にいた山崎さんが驚いていた。
いつの間にこんなに武器を集めていたんだ?そう思うぐらいの大量の武器がそこにはあった。
それと同時に、外を検索していた隊士が、燃えかけの書状を含む大量の書状を持ってきた。
見つかってはいけない書類を燃やそうとしていたのか?
「これは、長州とのやり取りが書いてある書状だ。ここの主人である枡屋は、長州とつながりがあったようだ」
書状を読んだ山崎さんが言った。
かなりの量があったので、頻繁にやり取りをしていたのだろう。
「枡屋を捕縛したぞ。急いで屯所に帰って、報告だ」
武田さんがすでに枡屋さんを捕縛していた。
枡屋さんの訊問が始まった。
「お前が見つけたのか? 俺は武田が見つけたと報告を受けたが」
土方さんが、私に言ってきた。
枡屋さんの屋敷にあった大量の武器のことを言っているのだろう。
「あいつが言っていたのですか?」
山崎さんが私の代わりに聞いてくれた。
「そうだ。俺が見つけたと、胸をはって言っていたぞ」
そ、そうなのか?
「蒼良さんが、壁をたたいて隠し部屋を突き止めたのです。功労者は蒼良さんでしょう」
「お前が見つけたのか?」
土方さんに聞かれてうなずいた。
「なんで黙っていたんだ?」
「今は、枡屋さんのことを調べるのが先決じゃないですか。それに、隠し部屋を見つけたのは、単なる偶然です」
あんなところに隠し部屋があったなんて全然知らなかった。
「そうか。よくやった」
土方さんに頭をなでられた。
「それにしても武田の奴、仲間の手柄を横取りしやがって。ああいうやつは一番嫌な奴だ」
「私も同感です」
土方さんの言葉に同調するように山崎さんが言った。
「土方さん、奴は吐きそうにないぞ」
永倉さんがやってきた。
捕縛された枡屋さんを永倉さんたちが訊問していたらしいけど、全然口を割らないらしい。
「私が行って見ます」
私が出ようとしたら、
「あまりいいものじゃないぞ。苦しくなったらすぐに帰って来い」
と、土方さんに言われた。
確かに、訊問はいいものではないだろう。拷問のようなことをしている可能性もある。
それでも行かねばならないと思った。
歴史通りに進むのなら、枡屋さんはずうっと口を割らないだろう。
そうなると、土方さんが人と思えない拷問をすることになる。
それだけは何としても避けたいと思った。
土方さんにそんなことをさせてはいけない。
訊問されているところに行くと、枡屋さんがつかれたような顔をして柱にくくりつけられていた。
ここまででもかなりの拷問を受けたみたいで、体中打撲の跡のようなあざがあった。
顔も青あざがついている。
「すみませんが、二人で話がしたいので、出てもらますか?」
枡屋さんがいたのが、前川邸の蔵だった。
「蒼良、大丈夫か?」
訊問していた原田さんが驚いた顔をして聞いて来た。
「相手は縄で縛られて動けないのですよ。大丈夫です」
「でも、心配だから見張らせてくれ」
原田さんは、そこから動こうとしなかった。
原田さんなら聞かせても大丈夫だろう。
「わかりました。それなら原田さん以外の人はみんな出てください」
原田さんも、他の人を外に出してくれた。
ようやく蔵には3人だけになった。
「枡屋さん、黙っているつもりですか?」
私が問いかけても、聞こえないような感じですました顔をしていた。
「枡屋さんじゃなく、古高さんと呼んだ方がいいですか? 古高 俊太郎さん」
その名前で呼んだら、驚いた顔をした。
原田さんも驚いていたけど、声に出さず黙って成り行きを見ていた。
「なんでその名前を?」
「あなたが話さなくても、私にはわかるのです。名前が古高 俊太郎さんで、枡屋と言う薪炭商を営むことで、誰にもわからずに武器を集めていたこと。そして、天皇を中心とした攘夷を行うことを望んでいること。それを実現するためにあらゆることを考えていること」
「そこまで知っているのなら、それを報告すればいいだろう」
「私じゃなく、あなたの自白がなければ動けないのです」
私が一生懸命言っても、それはお前の考えだろう?と言うことになってしまう。
なんとしても、彼の自白がほしいのだ。
「私は、話すつもりはない。私の師である梅田 雲浜先生も、安政の大獄で捕まったが、口を割らなかった。どんな拷問にも屈しなかった」
「だから、あなたも話してくれないのですか?」
「私は、天皇を中心とした攘夷が行われるのなら、喜んで犠牲になろう」
だめだ。口が堅すぎる。
私の知っていることを自白したと言って報告するのも一つの手かもしれない。
でも、それをして大丈夫なのか?と言う不安もある。
ここまでくれば、池田屋事件は間違いなく起こるだろう。
土方さんに拷問をさせないためにも、自白したと言って報告した方がいいかもしれない。
「わかりました。私の言ったことを、全部自白したことにして報告します」
「蒼良、本気で言っているのか?」
驚いた原田さんが言った。
「原田さんさえ黙ってもらえれば、大丈夫です。お願いします」
「それは、確かな情報なのか?」
「確かです」
「どこで手に入れた情報なんだ?」
「そ、それは……」
言えなかった。
言えないだろう。未来で本を見たりして知ったなんて。
「蒼良、どこで手に入れたんだ? まさか、危険なことをしたんじゃないだろうな?」
「いや、それはないです。お、お師匠様から仕入れました」
困った時のお師匠様だ。
「天野先生は、どこでそれを仕入れてきた?」
そ、そこまで聞かれるのか?
「情報元がわからなければ、いくら蒼良の話でも信用するわけにはいかない。もし、その情報が間違っていた場合、他の隊士にも支障が出る可能性もある。蒼良なら、わかってくれるな」
わかりすぎるぐらいにわかる。
危険なものであればあるほど、その情報は重要だ。
下手な情報で動いたら、命を落としかねない。
「おい、何してる?」
土方さんがやってきた。
手には五寸釘とろうそくを持っている。
間に合わなかったか。
「土方さんこそ、そんなもの持ってどうしたんだ?」
原田さんがのんきに質問している。
「お前ら、外に出ろ。訊問は俺がやる」
「もしかして、訊問にそれを使うのか?」
原田さんは五寸釘とろうそくを見ながら言った。
「ここまでしても吐かねぇんだ。仕方ねぇだろう。あまりいい仕事じゃねぇから、お前らは外に出ろ。俺が一人でやる」
やっぱり、土方さんは拷問するために来た。
「だ、大丈夫ですか?」
恐る恐る土方さんに聞いた。
「なに、心配いらねぇよ。奴を殺しはしない。そこら辺はうまくやるさ。早く出ろ」
私は、原田さんに連れられて外に出た。
私たちが外に出るのと同時に、古高さんの叫び声が聞こえた。
土方さんに、これだけはやらせたくなかったな。
夕方になり、古高さんが自白したと大騒ぎになった。
今夜池田屋で会合が行われると聞いた近藤さんは、会津藩に出動要請を出した。
新選組だけでも大丈夫そうな感じがしたけど、夏バテやら夏風邪をひいた隊士が多く、動ける隊士が30人ほどしかいなかった。
「土方さん、大丈夫ですか?」
土方さんは、疲れた顔をしていた。
「大丈夫だ。言ったとおり殺さなかっただろう?」
古高さんのことを心配しているのではなく、土方さんを心配しているのに。
「土方さん」
私が呼んだら、
「なんだ?」
と振り返ったので、最後のだ?の言葉の口を開けた時に金平糖を土方さんの口の中に入れた。
「なんだ? 何を入れた?」
「金平糖ですよ。こういう疲れ方をしたときは、甘いのを取るといいのですよ」
土方さんに拷問をさせてしまった。
でも、終わったことを考え込んでも始まらない。
土方さんの疲れが少しでも取れれば。そう思って、金平糖を買って用意しておいた。
「お前にしては、気がきくな」
「いつも気がきいていると言ってくださいよ」
「ばかやろう」
そう言った土方さんは、疲れたように笑っていた。
「実はな、あいつは最後まで自白しなかったよ」
えっ、そうなのか?
「それならなぜ会合が池田屋でやるなんてわかったのですか?」
「山崎が、枡屋の家を再び捜査し、何通かの書状を見つけてきた。それでわかった」
そうだったのか。
私も、あの時自白したことにして報告すればよかったのかもしれない。
「このことは誰にも言うなよ。隊士を動かすために、ちょっと誇張して話すからな」
「わかりました」
もう終わったことなのだ。
すでに池田屋に向けてすべての物が動き始めている。
もう止めることはできない。突き進むのみ。