男色流行
家茂公が大坂の港から船に乗って江戸に帰るのを見送った。
それから私たちもようやく京に帰ることができた。
京に帰ると、京都見回組の人数が足りないから、新選組から何人か貸してほしいという要請が会津藩を通じてあった。
返事はどうしたのかわからないけど、普段と同じ毎日が流れていたので、断ったのかな?
さて、巡察に行かなくちゃと思い、支度をしていた。
今日一緒に巡察する人は、武田さんと言う人だ。
副長助勤で、のちに5番組隊長になる。
近藤さんにひっついて口がうまいから気に入られていると、他の隊士からの評判はあまりよくない人だけど、私には全く関係ないことなので、あまり気にしていない。
「天野君、そろそろ行くかい?」
武田さんに声をかけられた。
「はい。行きましょう」
「その前に、今日は久しぶりに晴れて暑いから、ちょっとお茶でも飲んでから行かないか?」
確かに。今まで雨が多かったけど、今日は晴れて蒸し暑い。
そろそろ梅雨が明けて本格的な夏が来るのかもしれない。
でも、なんでその前にお茶なのだ?
「武田さんは、京の夏は初めてですか?」
「私は冬に隊に入ったから、京の夏は初めてだな。ちょっと晴れただけでこんなに暑いとは」
やっぱり、京の夏は暑いものなのかもしれない。
それなら、巡察前にちょっとお茶でもってなるのかな?一応熱中症対策にもなるしね。
「ちょうど団子もあるから、どうだい?」
おおっ!団子だ。しかもみたらし団子だよ。
「じゃぁ、遠慮なくいただきます」
団子目当てに武田さんのいる部屋に入った。
みんな巡察に出ているのか、誰もいなかった。
「お団子食べたら、巡察に行きましょう」
私はそう言ってお団子をもらおうとした時、
「天野君」
と、突然武田さんに呼ばれた。
「何ですか?」
団子をとろうとした手を引っ込めて、武田さんを見ると、武田さんの手が私の両肩に乗っかってきた。
「天野君は、藤堂君とできているって、本当かい?」
ああっ!またもや忘れていた。近藤さんの誤解をとくことを。なんか、いつも忘れているなぁ。
「いや、それは全くの誤解です」
「それは本当か?」
「本当です」
「よかった」
どさくさに紛れて武田さんに抱きしめられてしまった。
「武田さん、離してもらえますか?」
こんなところを他の人に見られた日には、また噂になってしまう。
「いや、離さない。藤堂君とできてないとわかったんだ。こんな嬉しいことはない」
「離してもらわないと、お団子が食べれないのですが」
私の視界には、お団子がすっかり入っている。
お団子が目の前にあるのに食べれないなんて。
「そんなものは、いつでも食べれる」
そ、そんなっ!私は今食べたいのだ。
「武田さん、本当にそろそろ離してもらえませんか?」
それどころか、武田さんに押し倒されてしまった。
勢いよく押し倒されたので、後頭部にズンッと言う重いような痛みが走る。
「天野君、いや、蒼良と呼ばせてくれ」
そう言わなくても、もう呼んでるじゃないか。
「私は、蒼良が好きだ」
ええっ!女だってばれたのか?武田さんとはあまり話したことがないぞ。
あまり接点がない人にばれてしまう私の男装って、大丈夫なのか?
「他の人間は、男が男を好きになるなんてって、軽蔑するかもしれない」
ん?男が男を好きになる?どうやらばれていないらしい。
「でも、私は、蒼良のことが頭から離れない。好きなんだっ!」
武田さんは、私が起き上がらないように、両肩を押さえつけてきた。
いや、この状況は、大丈夫じゃないっ!
「武田さんっ! 私の意思は? 私の気持ちを聞いていないじゃないですかっ!」
「いまさら何を言うんだ?」
「私は、武田さんをそういうふうに見ることはできないです。だから、離してください」
「いや、離さない。蒼良を振り向かせる。必ず私のことを好きになるだろう」
いや、絶対にならないから。
「蒼良、好きだ」
武田さんの顔が近づいてきた。
これが私のファーストキスになるの?それは嫌だ。
「やめてくださいっ!」
そう言っても、聞いてくれそうにない。
もう駄目かな?とあきらめかけた時、私と武田さんの間に槍が入ってきた。
えっ、槍?
「それ以上蒼良に手を出すと、無事じゃすまないぞ」
声のした方を見たら、原田さんが槍を出していた。
「手を出すなんて、嫌だな。からかって遊んでいただけだ」
武田さんは、慌てたように私から離れた。
「なんだ、何があったんだ?」
騒ぎが奥までとどいたみたいで、土方さんも来た。
「武田が蒼良に迫ってたんだ」
原田さんが説明すると、
「迫っていたって、嫌だなぁ。からかっただけだ」
と、武田さんが慌てて言った。
「武田、お前今日は巡察だろう? ここで何してんだ?」
「いや、だから、蒼良とお茶を飲んでから行こうと思って……」
「お茶飲んでる暇はないだろう。今すぐ行けっ!」
土方さんが怒鳴ると、
「はいっ!」
と、飛び出すように武田さんは出ていった。
「あ、私も巡察……」
行かないと。そう思って立とうとしたけど、足が震えて立てなかった。
「もしかして、ばれたのか?」
土方さんが、小さい声で私に聞いて来た。
「大丈夫です」
「土方さん、男色だよ、男色」
原田さんは槍をしまいながら言った。
えっ、男色?
「今、隊ではやっているんだよ、男色」
とんでもないものがはやっているな。
「蒼良は綺麗な顔しているから、狙われなければいいがと思っていたが、狙われたか」
原田さんが、心配そうな顔で私を見た。
「ここまで来るとは、かなりはやっているのか?」
土方さんが原田さんに聞いた。
「禁則に、男色禁止って付け加えた方がいいかもしれないぞ」
そんなことできるのか?
「左之、そんなことした日には、他の奴らに笑われるぞ」
確かに。現代に帰った時にそんな禁則があったということがわかった日には、もう歴史評論家の人たちとか騒ぎそうだもんね。
「男色は禁則じゃねぇから罰することもできない。お前が気を付けるしかない」
口ではそう言いつつ、土方さんは私の頭を優しくなでていた。
「怪我とかしてないな?」
「大丈夫です」
「お前は、今日は巡察に行かなくていい。武田とも顔合わせたくねぇだろう」
確かに、顔合わせたくないわ。
「屯所で休んでろ。これからは、団子とかにつられるなよ」
な、なんでわかったんだ?
「ああ、ここに団子があるからな。おっ、これ、意外とうまいぞ。蒼良も食べるか?」
原田さんが団子を食べながら聞いて来た。
団子につられたけど、今は食べる気が失せていた。
「少しは気が晴れたか?」
原田さんと川を見ながら座っていた。
あれから、気晴らしになるかもしれないからと言うことで、屯所の近くの川まで連れていかれた。
今日は暑いから、水辺は涼しいし、ちょっと気が晴れたら足まで水につかって量を求めるもいいだろうということだった。
川で遊んでいる子供たちを遠目で見ながら、ぼんやりとすわっていた。
「はい、ありがとうございます。それにしても、男色がはやっているって、知りませんでした」
最近大坂から帰ってきたばかりで、そんなこと全然知らなかった。
「近藤さんが頭抱えていたよ。それが原因で脱走する隊士が多いから」
「そこまで……」
「男所帯だから、そう言うこともあるだろうけどな」
そ、そうなのか?
「もしかしたら、俺も男色かもしれないぞ」
原田さんが冗談っぽく言った。
「原田さんはそう言う人には見えませんよ。ちゃんと普通の女性と恋をして結婚しそうな人に見えます」
原田さんもかっこいいし、島原の女性だけでなく、普通の女性からももてている。
「わからないぞ。俺も男色かもしれないって、悩んだこともあるからな」
原田さんが?信じられない。
「相手は誰なんですか?」
「それは、内緒だ。安心しろ。俺は武田みたいに襲ったりしないから」
そう言われても、どういう反応すればいいのだ?原田さんの好きな相手の人、良かったね。と言うぐらいしか思えないのだけど。
その時、川の近くが騒々しくなった。
「何かあったみたいですよ」
「行って見よう」
原田さんと私は、川の近くまで行った。
「お春ちゃんが流されたんやっ!」
数人の子供たちが川の方を見て泣いたりわめいたりしている。
子供が川に流されたのか?最近梅雨で雨続きだから、川の水も増量している。
流れもそれなりに速い。
しかし、川の流れを見ていると、大きな竹のようなものがまがって川に入っていて、そこにつかまっている女の子がいた。
早く助けないとっ!
私は夢中で川に飛び込んだ。
「蒼良っ! 危ないから戻って来いっ!」
原田さんの声が聞こえた。
大丈夫。こう見えても泳ぎは得意なんですよ。
そう言いたかったけど、集中力が切れると川に流されそうだったので、女の子を目指して必死に泳いだ。
川は、思っている以上に流れが速かった。
女の子のところにたどり着いたけど、一緒に流されそうになった。
女の子をしっかりと抱きしめ、竹を伝って岸の方へ行った。
原田さんが手を出していたので、女の子を渡した。
それで安心したのか、一瞬のすきで私は川に流されてしまった。
「蒼良っ!」
原田さんの声が聞こえた。
ああ、私、流されちゃってるよ。
そんなことを思っていると、息苦しくなり、だんだん意識も遠くなっていった。
目が覚めた。
子供たち数人と原田さんがのぞきこんでいた。
「あ、目さました」
「よかった」
子供たちはそう言って喜んでいた。
起き上がろうとしたけど、体に力が入らなかった。
「もう少し、横になっていた方がいい。お前たちはもう家に帰れ」
原田さんが子供たちに声かけると、子供たちは
「はーい」
と言って、方々に帰って行った。
少ししてから原田さんが話し出した。
「水をたくさん飲んでいたから、少し着物をゆるめて水を出したから」
「あ、ありがとうごさいます」
今度こそ起きれそうだと思い、体を起こしてみると、上半身だけ起こすことができた。
まだ足まで力が入らなかった。
「蒼良、お前、女だったのか?」
えっ?
「着物をゆるめた時に、さらしがまいてあったから。さらしはとらなかったから、心配するな」
さらしで胸を押さえていたけど、ゆるめられてそれを見られたらさすがに女だとばれてしまう。
「すみません。これには深い深い事情がありまして……」
そう言った時、原田さんが人差し指を出してきて、私の口に当てた。
「言わなくていい。お前が女であればそれでいい」
そうなのか?わけがわからないでいると、突然抱きしめられた。
「蒼良が、女でよかった」
それって、いいことなのか?
「俺は、男色じゃなかったんだな」
原田さんはどう考えても男色には見えないけど。
「よかった、よかった」
なんだかわからないけど、よかったのか?
なんとか立ち上がって歩けるまで回復したので、屯所まで帰ることになった。
女であることを誰にも言わないでくれと原田さんにお願いしたら、理由は聞かずに
「わかった、誰にも言わないから安心しろ」
と言ってくれた。
「それにしても、武田に襲われなくてよかったな。襲われて女だとわかったらどうなるかわからんぞ」
「いや、武田さんは男色だから、案外、女だったのかっ!ってがっかりするかもしれないですよ」
「ははは。奴ならあり得るかもな。でも、蒼良。本当にこれから気を付けろよ」
はい、団子につられないように気を付けます。
「あの団子はうまかったなぁ」
そう言えば、原田さんお団子食べていたな。
「美味しかったですか? 私も食べたかったです」
「そう言えるようになったら、大丈夫だな。今度一緒に食べに行くか?」
「はい、喜んで」
私の返事を聞いた原田さんは、なんだかうれしそうだった。