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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年5月
108/506

刀の見立て

 まだ大坂にいる。

 家茂公は慶喜公に連れられて、大坂にある砲台とかを見て回っているとか。

 私たちは特にやることはなく、暇で暇で何とかなってしまいそうだ。

 外は雨が降っているし、雨が降っていてやることがないことは、ものすごく嫌なことだな。

 そんなことを思ってゴロゴロしていると、出かけそうな斎藤さんが目に入った。

「斎藤さん、どこかに行くのですか?」

「お前……犬みたいだな」

 何を根拠に?

「人が出かけるときにそうやって飛び出してくるところが」

 暇で暇でたまらないのだから、仕方ないじゃないか。

「ところで、お前は刀の手入れをしているか?」

 えっ、手入れ?何を突然……。

「刀の手入れって、必要なことなのですか?」

 私がそう言ったら、斎藤さんはあきれた表情をした。

 えっ、私、何か悪いことでも言ったか?


「何もしないでよくさびなかったな」

 斎藤さんが、私の刀にポンポンと打ち粉をかけた。

 その前は、刀を柄から抜いた。

 初めて見る光景に驚いてしまった。

「そこまで手入れをしないといけないものなのですか?」

「いざと言うときに使えなくなるぞ。柄までとらなくてもいいから、打ち粉ぐらいは打っとけ」

「そう言えば、土方さんもたまにしています」

「土方さんは、いい刀を使っているからな」

 そうだ、聞いたことがある。確か、

兼好かねよしとか?」

兼定かねさだだ」

 違ったか。

 兼好ってどこから出てきたんだ?よく考えたら、古典の授業で習った徒然草を書いた人だった。

 土方さんが持っている刀は、和泉守兼定いずみのもりかねさだと言うものだった。

 刀のことはよくわからないけど、使いやすいらしい。

「よし、これでいいだろう」

 斎藤さんから渡された私の刀は、ものすごく綺麗に光っていた。

「切った後、血はふかないとさびるからと思っていましたが、それだけじゃだめなのですね」

「武士になるなら、刀も手入れできないとなれないぞ」

 おっしゃる通り、刀は武士の命だから。

「で、斎藤さん、どこかに行きかけてなかったですか?」

「せっかく大坂に来たのだから、いい刀が入ってないか見てこようと思っていたのだ」

 大坂は、船便が発達しているので、日本各地から色々なものが来る、

 きっと刀もあるかもしれない。

「面白そうですね。私も一緒に行っていいですか?」

「つまらんぞ。刀の手入れもできないやつが、刀を見に行ってもな」

 いや、ここで何もせずにゴロゴロしているよりは全然楽しいと思うのですが。

「ま、いい。ついて来い」

「ありがとうございます」

 斎藤さんと出掛けようとした時、土方さんに声をかけられた。

「出かけるのか?」

「土方さんも一緒に行きますか?」

「俺はいい。出かけるなら、前に鴻池家で食べたやつ、なんって言ったかな?」

 鴻池さんは、ボッディングとか言ってたっけ?

「プリンですか?」

「そう、それ買ってきてくれ」

「売っているでしょうか?」

「鴻池さんのところにあったんだから、そこらへんで売っているだろう。買って来い」

 土方さんは、プリンが相当気に入ったらしい。


 いくつか並んでいる刀の前で、真剣な顔をしてみている斎藤さん。

 たまに鞘から刀を出して、刃の部分をじぃっと見ている。

 それで何がわかるのかわからないけど、横にいる私もつられてみてしまう。

「お目が高いね。これは助包すけかねだよ」

「どういう刀なのですか?」

 私が聞くと、刀を売っている人は得意げに

「因州池田家で使われている刀だ」

 う~ん。それってすごいのか?

 因州がどこなのかもわからず、そこの池田さんと言う人もどういう人かわからない。

「偽物だろう」

 斎藤さんは一言そう言った。

「何言ってんだい、本物だよ」

「いや、偽物だ。本物は、板目に杢交もくまじりだ。これは全然なっていない」

 板目に杢交じり?全然わからないわ

「行くぞ」

 斎藤さんに言われて、その店を後にした。

「あの、板目に杢交じりって何ですか?」

 気になったので聞いてみた。

「お前に言ってもわからんと思うがな」

 その通りだと、私も思ったりする。

「刃の部分を見ると、木の板目に似た模様があるものがある。それに年輪のような模様が混じっているのが、板目に杢交じりだ。助包の特徴だ」

 わかったような、わからないような……。

「とにかく、すごい刀なのですね」

 私が言うと、ふっと斎藤さんが笑った。

「確かに、すごい刀だ。お前に説明するのに、その一言でちょうどいいだろう」

 もしかして、ばかにされているのか?

「それにしても、さっきのお店の人もひどいですね。偽物を売ろうとしていたのですか?」

「刀の偽物はよくあることだ。買う方がよく見極めて買わなければならないのだ」

 そうなのか?私だったら即偽物を買わされていただろう。


「これは、虎徹だよ。本物だ」

 別な店で、別な刀を再び見る斎藤さん。

 虎徹って、確か、近藤さんが使っていたとされる刀じゃないのか?

「偽物にしてはよくできてるな」

 斎藤さんがそう言って、刀を鞘に納めた。

 えっ、偽物なのか?全然区別がつかない。

「本物だよ」

 お店の人も、偽物と言うわけにもいかず、一生懸命本物だと言っていた。

「わかった、これをもらおう」

 えっ、斎藤さん、偽物なのに買うのか?

 斎藤さんは、偽物だから安くしろと言い、かなり安くまけてもらい、その刀を手にした。

「なんで偽物なのに買ったのですか?」

 それがとっても不思議だったので、聞いてみた。

「偽物にしてはいい出来だからと言っただろう」

「でも、偽物ですよ」

「虎徹は、偽物が多い。その中でも、これはいい方だと思う。俺が使うにはちょうどいいだろう」

「斎藤さんは強いから、遠慮せずにもっといい刀を使えばいいじゃないですか。偽物じゃなくて、本物とか」

「いい刀を使ったから、強くなるわけでもないしな。俺にはここらへんで充分だよ」

 何が充分なんだかよくわからなかったけど、斎藤さんが良ければそれでいいのだろう。

 雨足も強くなってきたし、京屋に戻ろうというときに、あることに気が付いた。

 土方さんにプリンを頼まれていたことを忘れていた。


 大坂の町中の甘味処と呼ばれているところを探し回ったけど、プリンは売っていなかった。

 鴻池さんは、どこで手に入れたんだ?直接外国人と交渉したのか?

「鴻池家に行って、聞いたほうが早いんじゃないか?」

 斎藤さんに言われて気が付いた。そうだ、聞いたほうが早いわ。

 そして鴻池家に行った。

「旦那はんなら、今出かけておらんよ」

 番頭さんにそう言われてしまった。

 そうだよね。鴻池さんも暇じゃないんだもん、いないよね。

「ことづけがあるなら、引き受けるけど」

 ことづけなんて、そんなものはない。

「この前、ここでボッディング?とかいうものをいただいて、それがどこで売っているか聞こうと思ってきたのですが」

 番頭さんは知らないだろうと思っていたら、意外なことに知っていた。

「それなら、うちの近くの甘味処にあるで」

 そうだったのかっ!

「ありがとうございます」

 お礼を言って早速買いに行った。


「いくらなんでも、買いすぎじゃないのか?」

 斎藤さんにもプリンを半分持ってもらった。

「みんなで食べればいいのですよ。美味しいですよ」

「俺は、こういうものはあまり好かない」

「そう言いながらも、虜になりますから」

 現に土方さんが虜になっているし。

 あ、でも、冷蔵庫と言うものがないから、どうやって保存しよう?やっぱり買いすぎたか?

「斎藤さん、一つと言わず、たくさん食べてください」

「そんなに食えん。やっぱり買いすぎただろう」

「はい。保存できないですよね。いっぺんに食べないと、腐っちゃうかも」

 プリンって、確か生ものだよね。

 返すわけにもいかないし、とにかく、食べるしかないな。


 京屋に戻ると、近藤さんがいた。

「おっ、刀を買ってきたか」

 抱え込んでいるプリンの山より斎藤さんの持っている刀が気になったらしい。

「いい刀があったので、買ってきました」

 斎藤さんが、刀を見せながら言った。

「どれ、見せてみろ」

 近藤さんが斎藤さんから刀をとると、鞘から抜いて刃の部分を見た。

「これは、いい刀だな、虎徹か?」

「はい、偽物ですが」

 斎藤さんが返事をした。

「これが偽物? 本物だろう。よくできてるぞ」

 本物なのか?なんだかよくわからなくなってきた。

「偽物なので、安く売ってもらえたと思うのですが」

 確かに。最初言っていた値段よりかなり値を引いてくれた。

「いや、これは本物だ。斎藤君が偽物だと思うのなら、俺に譲ってくれ。なんなら、俺の刀と交換でもいいぞ」

 えっ、いいのか?そんなことをしても。

「わかりました。いいですよ」

 斎藤さんは、近藤さんと刀を交換した。

 えっ、本当にいいのか?

 近藤さんが上機嫌で去った後、

「いいのですか?」

 と、斎藤さんに聞いてみた。

「いいもなにも、本人は本物と思っているのだから、仕方ない」

「やっぱり、あの虎徹は偽物なのですか?」

「偽物だろう。じゃなければ、あんなにまけないだろう」

 確かに。

「でも、刀屋さんも、偽物だと思っていて、実は本物だったとか、そういうことはないのですか?」

「一番いいのは、本人が本物だと思って使うことだろう。俺の中ではあの刀は偽物の虎徹だが、近藤さんの中では本物の虎徹になっている。それでいいだろう」

 信じるものは救われるなんて言葉もあるから、これでいいのかな?でも、本当にいいのか?

「おい、プリンは買ってきたか?」

 奥から土方さんが出てきた。

「はい、買ってきました。鴻池さんの近所にありましたよ」

「なんだ、意外と近くにあったな。それにしてもずいぶん買ってきたな」

「みんなで食べればいいじゃないですか。それに、私も食べたいのですよ」

「それなら、みんなに配って来い。これは、斎藤が食え」

 土方さんはプリンを一つとって、斎藤さんに渡した。

 斎藤さんは、いらないと言おうとしたらしいけど、断るタイミングを外したらしい。

「いいか、これは箸で食うんじゃない。さじで食うんだ」

 土方さんは、斎藤さんに説明していた。

「私は、プリン配ってきますね」

「ああ、頼んだぞ」

 私は、大量のプリンをもって、みんなに配って歩いた。


「おい、プリンはまだあるか?」

 みんなに配っても、まだプリンはあまっていた。

 保存もできないし、どうしようと思っていたら、斎藤さんがやってきた。

「ありますよ。どうぞ」

 私は、一つプリンを渡した。

「意外とうまかった」

 斎藤さんはプリンをもって行った。

 やっぱり、虜になったらしい。

「天野さん、私にもプリンをもう一つ」

 甘党の島田さんもやってきた。ちなみに島田さんは、さっきも一つ持って行ったばかりだ。

「食べるのが早いですね」

「いや、美味しくて、つい食べてしまって」

「たくさんあるので、食べてください」

 島田さんにもプリンを渡した。

「おい、まだ余ってるか?」

 土方さんもやってきた。

「ありますよ。はい、どうぞ」

 大量に買ってきたけど、あっという間になくなりそうだ。

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