プリン
土方さんの言っていた通り、家茂公が江戸に帰ることになった。
私たちは、いつも通り大坂までの道中を警護することになった。
「ところで、近藤さんが幕府に出した書面って、どうなったのですか?」
数日前にいつまでもこんなことばかりさせていたら、新選組を解散させるぞっ!って、脅しの書面を出したのだけど。
「さぁな」
と言う返事だった。
どうやら、なかったことになったのか、そのまま無視されたのか。
これで新選組が解散したなんて話を聞いたことがないので、こういうことになるんじゃないかなぁとは思っていたけど、やっぱりなぁ。
今回は、家茂公も数日大坂に滞在するので、それに合わせて私たちも大坂に滞在することになった。
家茂公は、大坂の港をみたりするらしいけど、私たちは特に何も言われていないので、そのまま大坂待機なのだろう。
家茂公の警護にしても、大坂と京に行き来するときだけの警護で、近藤さんとかにしてみれば、もっと近くで色々警護したいのだろうなぁ。
そんな近藤さんが気の毒に思い、いつも大坂に来ると滞在する京屋について荷物をおろしたら、思わずため息をついてしまった。
「はぁ。世の中うまくいかないものですね」
「何言ってんだ。ため息ついている暇なんかないぞ」
土方さんに言われたけど、なんかあったか?
「大坂に着いたら、鴻池家に挨拶に行かないとな。なぜかあそこの主人がお前を気に入っているから、お前も一緒に来い」
「わかりました」
鴻池さんは、新選組のスポンサーの一人。
なぜか私のことを気に入ってもらい、この時代の珍しいと言われている物を出してきてくれる。
しかし、この時代の珍しいものは、現代から見ると全然珍しいものではないので、当然私が知っている物が出てくる。
私が知っている反応をするものだから、いつか私の知らないものを出してやろうと思っているみたいで、最近は本当に色々なものが出てくる。
逆にこの時代の普通のものを出され方がわからないかもしれないけどなぁ。
さて、今日は何が出てくるのか楽しみだ。
鴻池家につき、奥に案内されてご主人が出てきた。
そして、ご主人と一緒に出てきたものは……
「プリン?」
そう、プリンのようなものが出てきた。
プリン独特の黄色のような肌色のようなあの色。プルプルとゆれるようにふるえるあの感じ。
しかも、カラメルソースまでかかっている。
これをプリンと言わずしてなんという?
「ポッディング言うんや。蒼良はんまた知っとったんか?」
ボッディングと言うらしい。
「はい。茶碗蒸しみたいな感じで作るのですよね」
確か、お菓子つくりの本を見た時にそんなようなことを書いてあったような。
作ったことはないのだけど。
「そうや、そうや。なんや、やっぱり知っとったんか?」
鴻池さんは残念そうな顔をした。
私は、この時代に思いがけないもの、しかも、食べたいと思っていたお菓子の一つを思いがけず食べることができて嬉しかった。
「これは、醤油がかかっているから、このまま食べていいんだよな」
土方さんが言った。えっ、醤油?
「これ、醤油だろう?」
「いや、カラメルソースです」
確かに、色は醤油だけど……
「豆腐じゃないのか?」
私と鴻池さんの会話を聞いていたのか?
「プリン……ボッディングと言うものです」
「なんだ、いつもの珍しいやつか。いつも変な味の物ばかりなんだよな」
鴻池さんに聞こえない声で、土方さんがブツブツと言っていた。
「箸で食べるんじゃないのか?」
プリンに添えてあったさじ、現代で言うとスプーンを手にして土方さんが言った。
「箸だと、柔らかすぎて崩れてしまいますよ。かなり食べにくいです」
「そうや。それはさじで食べるのが一番や」
土方さんは、不服そうな顔をしてプリンを一口入れた。
その時、土方さんの動作が止まった。
やっぱり口に合わないのか?
「うまいじゃないかっ!」
美味しかったらしい。
「うちもな、これ初めて食べた時はうまいっ! 思うたわ。日本にも昔からあったらしいで」
そうなのか?知らなかった。
調べてみると、似たようなものは平安時代にあったらしく、織田 信長や伊達 政宗などの食べたらしい。
ちなみに、鴻池さんが出してきたプリンは、16世紀ごろイギリスの船乗りの非常食としてできたらしい。
なんでも、あまった食材を卵液と一緒に蒸したら出来たとか。
それからどういうふうになって、ここにあるプリンになったのかわからないけど、鴻池さんのところで食べたプリンは、現代とそんなに変わりなく美味しかった。
「鴻池さん、これ、どこで売ってるんだ?」
土方さんは相当気に入ったらしい。
「最近になって、色々なところで売るようになったさかい、そのうち京でも手に入ると思うで」
そうなんだ。やっぱり美味しいもん。
京にプリンが来ることを楽しみに待っていることにしよう。
プリンも食べ終わり、色々話していると、鴻池さんが突然言い出した。
「そう言えば、だいぶ前にあんさんらに西洋車だしたやろ?」
西洋車?自転車のことか?
「あれ、つかっとらんのやったら、一度返してもらえんか? 港に来ている異国の人間が使いたいらしいんや」
そう言えば、あの自転車、どこに置いたっけ?
「多分、京屋においてあると思うから、持ってくる」
土方さんがそう言った。
土方さんが置いてある場所を知っているんなら安心だ。
しかし、鴻池家からの帰り道に
「お前、あのへんてこな乗り物、どこにしまってある?」
と、聞かれてしまった。
「えっ、土方さんがしまってある場所を知っているんじゃないのですか?」
「そんなもの、知るか」
「ええっ! 鴻池さんに持ってくるなんて言ったから、てっきり知っていると思っていましたよ」
「お前、鴻池さんからもらったのに、あんな変なもの乗れなかったから放り投げときました。なんて、言えるか?」
それは言えないけど……。
「でも、乗れなかったのは、土方さんですから」
「うるさいっ! 一応乗れるようになっただろうがっ!」
確かに、練習して乗れるようになったのだ。
しかし、練習もしていない斎藤さんがすぐ乗れたので、それが気に入らなかったのか、そのまま放置していたらどこかに無くなっていたのだ。
多分、京屋さんがしまってくれたのだろうと思うのだけど。
京屋に帰って自転車のありかを聞いたら、
「ああ、あれなら人にあげたわ」
ええっ!
「誰ですか?」
「堺屋はんや」
堺屋と言ったら……何だ?
「堺屋だったら、この近くだ。行って見よう」
土方さんに言われて、堺屋さんに行くことになった。
「京屋も人にやることはないだろう」
堺屋さんに行く途中で、土方さんが言った。
「誰も乗れないものを表に置かれたら、邪魔にもなるでしょう」
「言っているだろうがっ! 俺は乗れたぞ」
「斎藤さんも乗れましたけどね」
「お前っ! それを言うなっ!」
ちなみに私も乗れましたが。
「それにしても、あんなものをもらった堺屋も堺屋だ。何に使うんだ?」
「それは、堺屋さんに聞いてみないとわからないですね」
あの形だと、自分が乗る以外は使えないと思うのだけど。
「おい、着いたぞ」
土方さんに言われてみてみると……
「土方さん、ずいぶん大きくないですか?」
そう、京屋さんと同じ船宿と言うことらしいけど、京屋さんと比べてもかなり大きい。
「ここら辺では一番大きな船宿らしい」
そうなんだ。
「行くぞ」
土方さんは驚くこともなく、普通に堺屋さんの中に入って行った。
「ああ、あれなら大津屋はんにあげたわ」
ええっ!まさにたらいまわし。
「あんなもん、何に使うんや?」
「その何に使うかわからん物を、あんたは持って帰ったのだろう」
土方さんも、このたらいまわし状態にイライラしているようだ。
「ここらへんで見ん珍しい物やさかい、もろうたんや。京屋はんもどう処分してええかわからんで困っとったで」
「土方さん、最初に放置した私たちがいけないのですよ」
「だからってな、人の物をあっちこっちと勝手に移動するのもどうかと思うぞ」
「京屋さんも、私たちが放置したから、捨てたと思ったのでしょう」
「だからってな、人の許可なく移動するのも……」
「あんさんら、あれの使い方わかるんか?」
「おい、人が話してるんだろうがっ!」
「わからないで持って行ったのですか?」
「おいっ! お前まで俺の話を無視するなっ!」
「面白そうなものやなと思うたさかい」
「俺が話している途中だったろうがっ!」
「で、何ですか? 土方さん」
脇で俺の話云々とうるさかったので、話をふった。
「おい、突然俺に言われてもだな……」
話す内容を忘れてしまったらしい。
「わかりました。大津屋さんですね。行って見ましょう、土方さん」
土方さんは、大津屋さんの方向に歩き始めた。
大津屋さんは、堺屋さんより小さい船宿だった。
ちなみに、京屋さんよりも小さかった。
堺屋さんが一番大きくて、京屋さんも決して小さくない船宿なんだなと言うことがわかった。
「ああ、あれなら……」
またどこかにやったとか言うんじゃないでしょうね。
「使い物にならんさかい、物置にしまってあるで」
どうやらここにあったらしい。
「物置からもってってええさかい」
もってってええって……
「俺たちに探せというのか?」
土方さんが驚いたような感じで聞いた。
「うちら忙しいんや。勝手にものあさってええさかい、持ってってや」
どうやら、探せと言っているらしい。
「おい、俺たちを誰かわかって言っているのか?」
「土方さん、ここは大人しく探しましょう」
「俺たちはな、家茂公を警護してきた新選組だっ!」
土方さんは胸を張って言ったけど、
「ああ、京屋はんのとこの。で、それがどないしたん?」
大津屋さんには効果が全然なかった。
一応、大坂で力士相手に暴れたりしたのだけど、知らないらしい。
土方さんは、ガクッと落ち込んでいた。
「さ、早く探しましょう」
そんな土方さんの袖を引っ張って、大津屋さんの物置へと向かったのだった。
「俺たちは、思っているほど名が売れてないんだな」
物置をあさりながら土方さんが言った。
「京だったらみんな知っていると思いますけど、大坂はあまり来ないですし」
「でも、京が近いから知っていてもいいだろう。やっぱり、京の治安維持のために働いている場合じゃないのかもしれねぇな」
「土方さん、大丈夫ですよ。来月あたりになると有名になりますよ」
確か、池田屋事件は来月だ。
「お前、何を根拠にそう言うんだ?」
「来月にですね、大きな事件があるのですよ。それでかなり有名になりますよ」
「お前は占い師かっ!」
「せめて、預言者ぐらいに言ってくださいよ」
「よげんしゃ?」
「未来に起こることを予知する人ですよ」
「占い師と変わりねぇじゃないか。そんなこと言ってないで、早く探せ。まったく、大津屋の野郎、どこに仕舞い込んだ」
土方さんが落ち込んでいたのでなぐさめる意味で池田屋のことを言ったけど、言わない方がよかったかな。
占い師になっちゃったし。
そんなことを思いながら探していると、車輪らしきものが出てきたので、そこらへんをあさると、自転車が姿を現した。
「ありましたよ」
土方さんに報告し、二人で自転車を表に出した。
「あさった物置、片さなければ」
私が物置に戻ろうとしたら、
「勝手にあされと言ったんだ。かたせとは言われてない」
それは確かにそうだけど。
「でも、泥棒が入ったかのようになってますよ」
「人のうちのことだ、知らん」
もしかしたら、私たちのことを知らなかったから、大津屋さんのことが気に入らなくてそう言っているのかもしれない。
それならそれでいいか。確かに、かたせとは言われていない。
他人を自分の家の物置に入れるのが悪いんだということで。
「それにしても、これをどうやって鴻池家にもっていけばいいんだ? 引っ張って歩くのも邪魔だしな」
一番いいのは私が乗って行けばいいんだろうけど、私だけが乗って行って土方さんを置いていくわけにはいかないし。
「二人で乗るわけにはいかないしな」
ん?二人乗り?車輪のところに棒のようなものが出ているから、そこに足をのせれば二人乗りできるかも。
と言うわけで、そのことを土方さんに話し、さっそく実践してみた。
「おい、フラフラするな。まっすぐ行け」
「そう言われても、土方さんが動くからフラフラするのですよ。バランスよく立ってくださいよ」
「ばらんす?」
「左右の足に平等に体重をかけてください、土方さんが安定してくれないと、こげませんよ」
「なんか難しいな。こうか?」
土方さんが立ちなおしたらバランスがよくなったのか、まっすぐ自転車を進めることができた。
「速いな。あっという間に鴻池家に着きそうだ。それにしても、この乗り物は人に乗せてもらうと風が気持ちいいな」
「町の人たちもみんな見てますよ」
「んなもん気にするな。見たい奴は勝手に見ればいいんだ」
二人乗りで登場した私たちを見て、鴻池さんは驚いていた。
鴻池さんに自転車を返し、歩いて京屋さんに帰った。
「あの乗り物だったら、あっという間に着くだろうな」
「土方さん、乗れないから嫌がっていたじゃないですか」
「ああいう乗り方なら文句ねぇ」
「誰が運転するのですか?」
「そんなもん、お前しかいねぇだろうが」
一瞬、土方さんを後ろに乗せて、京の町を自転車で走り回っている自分の姿を想像してしまった。
鴻池さんに返してよかった。