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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年5月
106/506

紫陽花

 先月、京都見廻組が結成された。

 私たちと同じ京の治安維持のために結成された組だ。

 違うところは、新選組は、身分関係なく武術に優れ、禁則に耐えられれば誰でもウェルカム!状態だけど、見廻組は、いいところの家の子供たちで結成されている。

 しかも、幕臣だ。

 近藤さんは、それが面白くなかったのかわからないけど、幕府に進退を伺う書面を出した。

 その内容は、簡単に言うと、京の治安維持のために来たのではなく、忠節をつくし国から受けた恩に報いるために来ている。これを尽忠報国じんちゅうほうこくと言うのだけど。

 要するに、ここにいるのは、国のためにいるということかな。

 家茂公のためにいるとも言うけど。

 しかし、家茂公が2回も京に来ているのに、私たちは何も活躍できていない。

 このままだと迷惑をかけることになりかねないので、新選組を解散させるか、自分たちを国に返してほしいというものだった。

 新選組を解散させるって、ずいぶん思い切ったことを……。

「脅しだ、脅し」

 土方さんがそう言った。

「それはわかっていますよ」

 だって、こんなことで新選組は解散しないし。

「でも、なんでこんな書面を幕府に出したのですか?」

「脅しはわかっても、肝心なことはわかっていないのか?」

 肝心なことなのか?

「俺たちは、京の治安維持のために江戸から出てきたわけじゃねぇだろう」

「えっ、そうだったのですか? 何か目的があったのですか?」

 土方さんは、私の話を聞いていっぺんにつかれたような顔をした。

「お前……。目的を忘れたのか?」

 私の目的は、新選組を助けることだけど、土方さんの目的は……

「なんでしたっけ?」

「ばかやろう! 攘夷だろうがっ!攘夷っ!」

 ああ、そうだ、そうだ。

 攘夷と言えば、長州や薩摩を思い浮かべるけど、この時代のほとんどの人たちは攘夷を夢見ていた。

 外国の脅威を打ち払って、自分たちの国を建てること。

 それを中心になって行ってほしいなぁと思っている人が、違うから敵対することになるのだけど。

 確かに、浪士組の結成の時に攘夷を断行するって言っていたような……。

「攘夷、出来てませんね」

「だからあせってんだろうがっ!」

 それで、近藤さんは幕府に書面を書いたんだ。

「家茂公が2回京に来ても、俺たちは大坂から京の警備だけで、他のことは攘夷どころか、何にもしとらん」

 確かに。

「その家茂公も、近々江戸に帰るらしいぞ」

 えっ、そうなのか?

「見廻組も結成された事だし、新選組は、ますます用無しになっていくな」

「そんなことはないと思いますよ」

 歴史に、見廻組ができたから、新選組はいりませんと言うことはなかった。

「そう言うお前の根拠がわからん」

 そう言われても、今はそこまでしか言えないのだから仕方ない。

「巡察に行ってきます」

「ああ、行って来い。いつまでこんなことしてればいいんだか」

 悩んでいる土方さんを残して、私は巡察にでた。


「確かに、いつまで治安維持で人を斬ればいいのかって、思うときはあるね」

 今日は藤堂さんと巡察だ。

 近藤さんの書面の話で盛り上がった。

「人は……この先も斬ると思いますよ」

 この先色々なことがあるから。

「そうか。そう簡単に京の治安が良くなるわけないもんなぁ」

 藤堂さんは、ちょっと落胆したような感じで言った。

「やっぱり、人は斬りたくないですよね」

 私が聞くと、

「当たり前だよ」

 と、いつも一番最初に飛び込んでいく人の言葉とは思えない言葉が返ってきた。

「斬らなければ斬られる。中途半端なことはしたくない。だから斬るけど、斬るたびに嫌な思いをする」

「人を斬って、いい思いする人なんていないですよ」

「蒼良は、どう思って斬っているの?」

「割りきってます。仕方ないじゃないですか。斬らないと自分が斬られるし。藤堂さんも、割りきった方がいいですよ。割りきらないと、やってられないですよ」

「蒼良らしい考え方だね」

 藤堂さんは優しく笑いながら言った。

 そんな話をしていると、前方がとってもにぎやかなことに気が付いた。

「なんだろう」

 なんであんなに人だかりができているんだ?こういう時は、だいたい喧嘩とかだろう。

「仲裁に入った方がいいかもね」

 藤堂さんはそう言うと、人だかりに向かって走って行った。

 私も後をついていった。


 人だかりの中にいたのは、浪士らしき人間が数人いた。

 しかも、もう斬り合っていた。ずいぶん短気な人たちだ。

 こういう人たちがいるから、京の治安もなかなか良くならないし、攘夷をするためにいるはずの私たちが、治安維持のために警察のような仕事をすることになるのだ。

「新選組です。刀を収めてください」

 刀を出しながら藤堂さんが言った。

 それでも、まだ刀を収めないので、藤堂さんと私で、刀を持てないように小手を打って回った。

 それでなんとか騒ぎは収拾した。

 しかし、捕縛しようとした時、

「ちょっと待て。俺たちは会津だ」

 ん?会津?会津と言えば、私たちの上司の藩じゃないかっ!

「会津藩の方ですか?」

 藤堂さんが聞いたら、会津なまりなのか、東北弁のような言葉でうんうんとうなずいていた。

「なまりがあるから、間違いないですね」

 私が言うと、藤堂さんもうなずいた。

「さて、どうしたものか。会津藩士を捕縛するわけにもいかないし」

 藤堂さんの言う通りだ。さて、どうしたらいいのか。

 結局、相手の浪士だけを捕縛し、会津藩士は、そのまま逃した。

「ありがとう。助かった」

 そう言われた。

「そう思うのでしたら、少しでも京の治安維持に協力してくださいね」

 私が言ったら、

「わかった、わかった」

 と、軽く言われた。

「そう言えば、京都に見廻組が結成されましたが、まさか、それも会津藩が預かるとか、そういうことはないですよね」

 藤堂さんが、そんなことを聞いた。そう言う話があるのか?

「安心しろ。わが藩は、新選組を預かるだけで手いっぱいだ。これ以上暴れ者を預かるわけにはいかないからな」

 そうか、それはよかった。

 なぜかお互い、はははと、乾いた笑いを交わして別れた。

 別れた後に気が付いた。

 ん?暴れ者?

「あいつ、暴れ者って言ってませんでしたか?」

「言っていたよ」

 だから、あんな乾いた笑いで……

「暴れ者を押さえるために暴れ者になっているのに、なんであんな言われ方をされないといけないんだ?ああ、腹が立つっ!」

 あまりにイライラしたので、目の前にあった石を思いっきり蹴った。

 すると、目の前に寝そべっている犬がいて、その犬に直撃をしたのだった。

 まるで漫画のようだ。

「蒼良、逃げた方がいいと思うよ」

「そうらしいですね」

 お昼寝を邪魔された犬は、とっても怒っていた。

 リードなんてものはないので、もちろんつないでいない。つないでいないので、怒って追いかけてきた。

 私たちは、必死になって逃げたのだった。


 そして次の日。

 天気は梅雨らしい曇り空だった。

 昨日は何とか逃げ切れたけど、なんか散々な一日だったなぁ。

 喧嘩中の浪士を捕まえたら、片方は会津藩士だし、暴れ者って言われるし。って言うか、あんたも暴れてたんだからね。って、言い返せばよかったなぁ。

 はぁ。天気も悪いし、出るのはため息ばかりだ。

「蒼良、元気なさそうだね」

 屯所で何にもやることがないままゴロゴロとしていたら、藤堂さんが顔を出してきた。

「お天気も悪いですからね。こういう時は、ゴロゴロするのが一番ですよ」

「蒼良、ちょっと出かけないか?」

 藤堂さんがそう言ってきた。

「出かける? 天気悪いですよ」

「でも、雨は降っていないよ。ちょっと出かけよう。蒼良を案内したいところがあるんだ」

 案内したいところ?どこだろう。

 それが気になったので、出かけることになった。

 藤堂さんが傘を持ってきた。

「雨、降りそうですか?」

 降るなら私も傘もっていかないと。

「これが最後の一本だったよ」

 えっ、みんな傘を持って出たのか?今日は雨が降るのか?こんな時に無性に天気予報が恋しくなる。


 藤堂さんに連れてこられたのは、詩仙堂と呼ばれているところだった。

 銀閣寺の方に行ったので、そっちだと思っていたら、違っていた。

 こんなところに、こんな建物があったのか。

「蒼良は、京に詳しいって聞いたけど、ここは?」

 詳しいって言われても、修学旅行知識ぐらいだ。

「ここは、初めてです」

 だから、こういうところがあるなんてことも知らなかった。

 詩仙堂は、正確には凹凸窠おうとつかと言って、でこぼこした土地に建てた住居と言う意味があり、徳川 家康の家臣だった石川 丈山じょうざんと言う人が作った山荘で、自身の隠居後に住んでいたらしい。

 またその人が、庭園つくりの名手だったせいなのか、庭もものすごく凝っていて、四季折々の花などが楽しめるらしい。

 当然、今は梅雨なので、紫陽花が見ごろを迎えていて、青色や紫っぽい紫陽花が咲き誇っていた。

「綺麗ですね。こんな素敵なところ、どうやって見つけたのですか?」

 藤堂さんに聞くと、ちょっと照れくさそうに、

「巡察の時に」

 と言った。

 みんな、巡察で色々なものを探してくるなぁ。

 源さんも、おいしい料亭とか見つけてたし。

「ここに来ると、心が落ち着くなぁと思って。たまに立ち寄ったりしてるんだよ」

 そうなんだ。確かに、この庭を見ていると、落ち着くかも。

 紫陽花をながめていると、しとしとと霧雨が降ってきた。

 藤堂さんが傘をさして、私も傘の中に入れてくれた。

「ところで、蒼良は、紫陽花の色がどうして違うのかとか、考えたことがある?」

「それは、土が酸性なら青っぽくなって、アルカリ性なら赤っぽくなるからですよ」

「えっ、あるかり?」

 まだこの言葉はなかったか?そうか、カタカナ語だ。

「土ですよ、土。土の成分が違うと、色が変わるらしいですよ」

「でも、同じ土なのに、隣同士の紫陽花の色が違うのはどうしてだろうね」

 そんな難しい質問されても……。

 後でわかったことなのだけど、紫陽花の種類などによっても色の変化は違うし、咲いた時期によっても、最初は青かった花も、だんだん赤くなったりするのだとか。

 さすが、別名七変化だ。

 

 霧雨と言っても、ぼそぼそと降ってきて濡れる霧雨だったので、途中にあった軒下で雨宿りをした。

 その時に、藤堂さんの左側半分がぬれていた。

「どうして自分で持ってきた傘なのにぬれているのですか」

 私は、手拭いで藤堂さんの左側をふいた。

「蒼良がぬれたらいけないと思って」

「でも、藤堂さんが持ってきた傘なのだから、藤堂さんがぬれたら持ってきた意味がないじゃないですか」

「蒼良がぬれなければいいよ」

 藤堂さんは優しく言った。

「少しは気が晴れたかい?」

 私が手拭いをしまった時に、藤堂さんに聞かれた。

「気?」

「うん、気。昨日、なんかイライラしている感じだったし、今日見たら、なんだか憂鬱そうだったから」

「それで、紫陽花を見に連れてきてくれたのですか?」

「そう。少しは気晴らしになればいいなぁと思って」

 そうだったんだ。

「ありがとうございます。紫陽花、すごく綺麗でよかったです。意外な名所も発見できたし」

 現代に戻ったら、どうなっているか早速行って見てみたい。

「それはよかった」

 藤堂さんは満足そうだった。

「なんか、すみません。私のイライラにつき合わせちゃって」

 昨日は、私のせいで一緒に犬に追いかけられた藤堂さん。

 そのあと謝ったら、笑って、

「たまには犬に追いかけられるのも面白いね」

 と言ってくれた。

「蒼良は、そういうこと気にしなくていいよ。私は蒼良と一緒にいるだけで楽しいのだから」

 そう言われると照れてしまう。

「ちょうど小降りになってきたから、今のうちに帰ろう」

 藤堂さんに言われ、軒下を出た。

「今度はちゃんと傘に入ってくださいね」

 と言ったのにもかかわらず、屯所についたら、藤堂さんの左側はさらにぬれていた。

「ちゃんと入ってくださって言ったのに。風邪ひきますよ」

 私は再び手拭いで藤堂さんの左側をふいた。

「その時は、蒼良に看病してもらうから」

 笑顔でそう言われてしまった。


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