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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年4月
105/506

労咳の症状

「最近、体調が悪くて、僕には京の気候があってないのかな」

 一緒に巡察していた沖田さんがポツリとつぶやいた。

「体調が悪いって、いつからですかっ!」

 沖田さんから体調が悪いなんて言葉を聞くと、色々と思い当ることがたくさんありすぎるから、口調が強くなってしまう。

蒼良そら、そんなに興奮しなくても」

「いや、興奮していないです。非常に心配しているのです」

「心配することないよ。こんな時期だし体調も悪くなるんじゃないの。山南さんなんて、ずうっと寝込んでいるし」

 山南さんは普通に具合が悪くて寝込んでいるだけだと思う。

 けど、沖田さんの場合は山南さんと全く別物だ。

 確かに、気候もあまりよくない。

 梅雨に入る前なのか、最近は曇りの日が多くなってきた。

 いつから梅雨に入るとか、どこが梅雨に入ったとか、そういうことを教えてくれる親切な人はこの時代にいない。

 でも、時期的に現代に直すと6月になるので、もう梅雨入りしてもいいころだろう。

「で、いつから具合が悪いのですか?」

 再び沖田さんに問う。

「いつからって、気がついたらかな」

「熱はありますか? 熱」

 私は、手を沖田さんのおでこに当てた。

 高くはないけど、芯の方がぼぉっと温かいような感じがする。あったとしても、微熱だろう。

「少しありますね」

「これぐらい、熱のうちに入らないよ」

「いや、入りますっ!」

 特に、沖田さんの場合。

「蒼良が大げさなんだよ」

「おおげさじゃないですっ!」

 沖田さんの体がものすごく心配なだけです。

「そもそも、沖田さんは好き嫌いが多いから熱が出るんですよ」

「いや、それはあまり関係ないと思うけど」

「おおありですっ! 食べ物から栄養が取れないから栄養不足になるのですよ」

 せめて、労咳に勝つ体力をつけてほしい。

「えいよう?」

「そう、栄養ですっ! 食べ物からとるのですよ。わかりますか?」

「わかった、わかった」

 絶対にわかっていないだろう。

 目の前にお店があり、そこが自然と目に入った。

「例えば、肉とか魚とか食べるといい栄養が取れますよ」

 そのお店に並べてある肉が目に入ったのだ。

「肉? あれは生臭くていやだな」

「誰も、牛の胆を食べろとは言っていませんよ。言っちゃなんですが、あれはとてもじゃないけど、食べ物ではないです」

「あ、蒼良もそう思うでしょ」

「でも、あそこにある肉は、牛の胆じゃないから大丈夫ですよ」

 色的に見て、牛肉だろう。

「でも、肉は肉じゃないか。僕は駄目だな」

 沖田さんは肉を拒否していたけど、それを無視して私は肉を買った。

 ちょうど、牡丹ちゃんの件で入った収入があったから。

 しかし、この時代の肉は高い。現代のように簡単に手に入るものではないので、仕方ないけど、でも高い。

 それでも、沖田さんの病気がこれで少しでも発病が遅れるなら、安いものだ。

「蒼良、肉買ってどうするの?」

「私が、沖田さんが食べやすいように料理しますよ。絶対に食べてくださいね」

「嫌だと言ったら?」

「大丈夫です。無理にでも食べてもらいますから」

 食べてもらわないと困るのよ。

「蒼良から殺気が見えるけど」

「気のせいです。そうと決まったら、沖田さんは屯所で休んでください。私はこれを料理しますから」

「なんで?」

「熱があるからですっ!」

「だから、これは熱のうちに……」

「十分入ります。いいですか? 休んでくださいね。休まないと……」

「蒼良の殺気が……」

 気のせいですよ、気のせい。


 さて、肉を使って何を作ろうか。

 屯所の台所を借りて、肉を目の前に悩んでいた。

 カレーライスとか栄養がありそうだけど、スパイスがないと思うし、そうなると、作れるものがかなり少なくなる。

 スパイスを使わず、今ある調味料でできるもの。

 ゴソゴソと台所をあさっていると、ジャガイモが出てきた。

 よし、これを作ろう。これならできるだろう。

 ジャガイモの皮をむいたりしていると、台所の主、佐々山さんが来た。

「蒼良さん、変わったものを作っていますね。作り方教えてください」

「喜んで」

 それから台所は料理教室化した。

 出来たものを二人で味見した。

 うん、なかなか良くできた。

 これで沖田さんが食べなかった時には……

「蒼良さん、なんか殺気がありますが」

 気のせいですよ、気のせい。


「沖田さん、入りますよ」

 部屋のふすまを開けると、布団を敷いて寝ているだろうと思っていた沖田さんが、布団も敷いた形跡がなく、消えていた。

「沖田さんっ! どこに消えたのですかっ!」

「ここにいるけど」

 なぜか私の後ろから声がしたので振り向くと、沖田さんと土方さんがいた。

「なんで寝ていないのですかっ! しかも、勝手にウロウロしているし」

「なんだ総司、具合が悪いのか?」

「蒼良が大げさなだけですよ」

「熱があるのですよ、熱」

「こんなの熱のうちに入らないよ。蒼良も大げさなんだから」

「どれどれ」

 土方さんの手が沖田さんのおでこに置かれた。

「確かに少し熱いが、熱のうちに入らんだろう」

「でしょう? 蒼良が大げさなんだよ」

「沖田さんの場合は、少し大げさぐらいでちょうどいいのですっ!」

「おい、落ち着け。ところで、お前が持っているものはなんだ?」

 土方さんに言われて気が付いた。そうだ。肉を使った料理を持ってきたのだった。

「肉じゃがです」

「にくじゃが?」

 二人に声をそろえて聞き返されてしまった。

 えっ、この時代、まだなかったのか?

 実は、なかったらしい。

 肉じゃがが日本にできたのが明治ごろらしい。だからもうちょっと後のことなのだ。

 海軍から広まったということなので、栄養があることは間違いないだろう。

「なんかおいしそうだな」

 土方さんがジャガイモを一つつまんだ。

「あ、うまい」

「でしょう? 栄養もありますよ。さ、沖田さんも」

「でも、肉があるんでしょ。いやだなぁ」

「肉が入っているのか?」

「これが肉ですよ」

 土方さんに聞かれたので、肉を指さした。

「どれ」

 土方さんが肉をつまんだ。って言うか、沖田さんに作ったのに、なんで土方さんが食べているんだ?

「肉は生臭いと思っていたが、こうなるとうまいものだな」

 どれもう一つと言わんばかりにつまもうとしたので、手をピシッとはたいてやった。

「お前、何するんだっ!」

「沖田さんに作ってきたのですよ」

「なんで総司に?」

「熱があるのは、好き嫌いが多いから、少しは滋養のあるものを食べさせないとと思ったので」

「だから、蒼良は大げさなんだよ」

「おおげさじゃないですっ!」

「わかった、わかった。総司食えっ!」

「ええっ! 土方さんまでそんなことを言うのですか?」

「確かに、総司は好き嫌いが多いからな。それに、こいつがうるさいから食え」

 そんなにうるさいか?でも、土方さんが味方に付いたのは、心強い。

「特に、これを食った方がいいぞ」

 土方さんは肉を指さした。

「土方さんもそう思いますよね。と言うわけなので、食べてください。ちゃんと食べやすくしたのですから」

「わかったよ。仕方ないなぁ」

「息止めて飲みこめば味はわからんから、大丈夫だ」

「ひ、土方さん、何言ってるんですかっ! ちゃんと味わって食べてくださいよ。せっかく作ったのですよ」

「わかった、わかった。味わって食え」

 沖田さんが恐る恐る肉を箸で持ち上げた。

 そんな恐る恐る持ち上げ根くても……。そんなに嫌いなのか?

 沖田さんが目をつぶって肉を口に押し込んだ。きっと息も止めていると思う。

 でも、しばらくすると、沖田さんは恐る恐る目を開けた。

「美味しいかも、これ」

 そう言うと、もぐもぐと口を動かし始めた。

「お前、意外とおいしい物を作るな」

 土方さんも、再び肉じゃがをつまみだした。

「意外とって何ですか、意外とって」

「いや、こんな美味しいもの作ることができるんだ。いい嫁になるぞ」

「土方さん、おだてても何も出ませんよ」

 いやだわ、もう。なんてやっていたら、肉じゃがを食べていた沖田さんが怪訝そうな顔をした。

「沖田さん、どうしました? まずいですか?」

「いや、これは美味しいよ。だけど……」

「だけど、なんだ?」

「蒼良は、嫁にはなれませんよ、土方さん」

 あ、そうだった。私、男だった。

 土方さんもそれに気が付いたみたいで、あっ!と言う顔をした。

「嫁じゃなく、婿だ、婿。いい婿になれるぞ」

 なんだそりゃ。


 次の日、昨日のお礼と言って沖田さんに呼ばれて一緒に行ったのが、三十三間堂だった。

 ちなみに肉じゃがは、土方さんと沖田さんの二人で完食した。

「また作ってよ。これなら肉も食べれそうだよ」

 と言う、うれしいセリフも付いた。

「で、なんで三十三間堂なのですか?」

 たくさんの千手観音像を見ながら沖田さんに聞いた。

「たくさんの観音様がいるから。自分の近くにいる人に似ている顔があるって言うから、探すのが楽しくなったんだ」

 そうなんだ。ずいぶんと奥が深いというか……。

「あれなんか、近藤さんに似ていると思うけど」

 似ているかなぁ。

「あれは、土方さんかな」

「土方さんが観音様に似ているわけないですよ」

「ああ、鬼副長だもんね」

 沖田さんとクスクスと笑ってしまった。

「ところで、体調はどうですか?」

「蒼良のおかげで治ったよ」

 沖田さんはそう言ったけど、おでこを触ってみると、昨日と同じだった。

「まだ熱がありますよ」

「だから、これは熱のうちに入らないよ」

 労咳……結核の症状の一つに微熱が長い間続くとあったような気がする。

 後は……

「寝汗がすごくないですか?」

「寝汗? 梅雨に入る前なのか、最近蒸し暑いよね」

 いや、梅雨に入る前なのか、むしろ梅雨寒と呼ばれるような、ちょっとこの時期にしては肌寒いかなと思うぐらいだ。

「寝汗、かくのですね」

「だって、暑いから。いやだなぁ。蒼良の顔が怖いよ」

 だって、結核の症状が二つも出てるじゃん。

 まだ4月なのに……。

 いや、もう4月も下旬なのだ。

 池田屋事件が6月だから、あと1ケ月ちょっとしかない。症状が出てもおかしくないのかもしれない。

 沖田さんの病気、止められないのか?色々気を使ったりしたけど、やっぱりだめなのか?

 芹沢さんの暗殺を止めようと必死になったけど、歴史と言う大きな流れに逆らうことが出来ず、結局暗殺されてしまった。まるであの時のような感じを今味わっている。

 どんなにもがいても、だめなのか?沖田さんは、やっぱり病に苦しんでしまうのか?

「蒼良どうしたの? 何泣いているんだい?」

 えっ、泣いてる?沖田さんに言われるまで気が付かなかった。

「ほら、とりあえず泣き止みなよ。蒼良は本当に泣き虫だな」

 沖田さんが、手拭いで私の涙を拭いてくれた。

「そう言えば、前にここに来た時も泣いていたよね」

 そう言えば、そうだったような気がする。

「大丈夫だよ。僕は労咳にならないから」

 えっ?

「ほら、蒼良の言っている症状が、労咳の症状と似ているから。僕が労咳になると思っているんだろう? そんな病気にならないから大丈夫だよ。これはただの風邪だよ」

 そんな病気になってしまうから、心配しているのだ。

「それに、僕には蒼良がくれたお守りがあるからね。大丈夫だよ。だから、もう泣き止んで」

 沖田さんが、自分の胸からぶら下げているお守りを出してきた。

 神頼みをしてもらったお守り。それで労咳が治れば何も心配しない。

「ああ、まったく。どうすれば泣き止むんだ? 男のくせに泣き虫なんだから」

 沖田さんがそう言うと、私を抱きしめてきた。

 自然と、私の顔は沖田さんの胸に。

 あまりに突然のことで、涙も止まってしまった。

「男同士で抱き合うのもどうかなと思ったけど、蒼良に対して不思議と男を感じないんだよね」

 そ、それは困る。男装している意味がないじゃないかっ!

「わ、私は男です」

 思わず、沖田さんを押しのけた。

「そうだよね。見ればわかるよ。あ、泣き止んでる。とりあえず良かった」

 驚いて、涙も止まったのですよ。

「僕は、大丈夫だから」

 そう言った沖田さんの顔が、いつもより引き締まって見えた。

 そうだ、何悲観していたんだ、私。

 まだ血を吐いたわけじゃない。死んだわけでもない。

 生きているんだ。

 生きていれば、なんでもできるし、してあげられる。

 あきらめるのはまだ早い。

 とにかく、沖田さんの病気が発症しないように、出来る限りのことをやろう。

 後悔したくないから。

「わかりました。心配させてすみませんでした。とりあえず、また肉じゃが作るので、食べてくださいね」

 とりあえず、滋養のあるものを食べさせよう。

 この時代なら肉だろう。

 でも、肉は高いし、あまり手に入らないんだよなぁ。

 って、弱気になっている場合じゃない。何が何でも食べさせよう。

「昨日みたいなのだったらいいけど、毎日はちょっとなぁ」

「私も、毎日は肉用意できませんよ。でも、また作った時に食べてくださいね」

「わかったよ」

 そうと決まったら、また近いうちに肉を用意しなくては。

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