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幕末へ タイムスリップ  作者: 英 亜莉子
元治元年4月
101/506

富沢さんとの別れ

 先日、私たちの上司である松平 容保かたもり公が京都守護職に復職した。

 誰が京都守護職になろうと、私たちの仕事は特に変わりがなかった。


 そんなある日のこと。

「ええっ、富沢さんが江戸に帰るのですか?」

 土方さんから、2月から京に来ていて色々お世話になった富沢さんが江戸に帰ることになったことを聞いた。

「富沢さんだって、江戸でやることがあるんだ。いつまでも京にいられないだろう」

 それはそうだけど……。

「寂しいですね」

「そりゃ、俺も寂しいさ」

 江戸に帰る富沢さんに何かできることがないか考えた。

 富沢さんはお金持ちなので、お金で買えるものはいいものを持っているだろう。

 それなら、お金で買えないものがいいかな。

 でも、お金で買えないものって、なんだ?貴重な経験とか?

 そんなときに思い付いたのが、現代で学校で友達とかが何かあるとみんなで色紙に寄せ書きしたこと。

 よし、それで行こう。

 大きめの半紙の真ん中に、富沢さんの似顔絵を描いて、その周りに一言ずつかけるようにした。


「富沢さんに一言か?」

 永倉さんと原田さんに持って言ったら、永倉さんに言われた。

「一言って言われてもなぁ。俺たちはあまり付き合いなかったからな」

 原田さんがそう言った。えっ、そうなのか?

「よく飲みに行っていたのは、総司とか源さんとかだったな。俺も連れて行ってもらいたかったな。結構いいところに連れて行ってもらっていたらしいぞ」

「永倉さん、私も行ったことありますよ。お座敷遊びを教えてもらいました」

「えっ、蒼良そらがお座敷遊び?」

 原田さんが驚いていた。

「はい、楽しかったですよ」

「うらやましな。よしっ、俺の一言は決まった」

 永倉さんが、さらさらと筆で書いていった。

「今度京にきたら、俺もいいお座敷に連れて行ってくださいっと」

「新八、そりゃ図々しいだろう」

「蒼良も行ったんだぞ。俺だって行ってお座敷遊びがしたい」

「それなら俺も」

 今度は原田さんがさらさらと筆で書いていった。

「京じゃなくても、江戸でも構いません。連れて行ってください。待ってます」

「左之の方が図々しいじゃないか」

「京だけでなく、江戸に帰ってからも行きたいだろう? 俺は、江戸の方がいいな」

 いや、二人とも図々しさは同じだと思うのですが……

「蒼良、こんな感じでいいか?」

 原田さんに聞かれた。

 本当は、また京に遊びに来てくださいとか、次に会えるまで元気にいてくださいとか、そういう感じなことを書いてほしかったのだけど……

 墨で書いてあるし、消して書き直すことができない。

「いいと思います」

 そうとしか言えなかった。

「何やってんだ?」

 そんなことをしていると、近藤さんが通りかかった。

「あ、近藤さん、いいところに来てくれました」

「なんだ?」

「富沢さんにあげる寄せ書きを作っているのですが、富沢さんに一言書いてもらえますか?」

「寄せ書き?」

 この時代にはなかったのか?

 でも、先に書き込んでいた永倉さんと原田さんの書いたものを見てわかったのか、近藤さんは筆をもって書き始めた。

 その文字は、とっても大きかった。

 どれぐらいかと言うと、寄せ書きを書く半紙のの四分の一ぐらいの大きさだ。

 そんなに大きく書くと、他の人が描けなくなってしまうのですが。

 でも、大きな文字で書いたわりに、漢字一文字で終わっていた。

「誠?」

「そうだ、誠だ。新選組の旗にも書いてあるし、いいだろう?」

 いや、誰も、新選組の旗を書けとは言ってませんから。

 近藤さんから富沢さんへの一言がよかったのですが……。

 でも、これも今までと同様に墨で書いてあるので、消すことはできない。

「い、いいと思いますよ」

 どんな寄せ書きができてしまうのだろう。

 先がとっても不安になってしまった。


「なんだ、こりゃ。連判状か?」

 土方さんのところに持って行ったら、そう言われてしまった。

「連判状って何ですか?」

「お前のことだから、知らないと思ったよ」

 連判状とは、意見や志などが同じ人たちが団結して何かをする時に名前の寄せ書きをしたものらしい。

 有名なもので、百姓一揆の時に誰がリーダーかわからないように、わざと丸い形に名前を書いていったというものがある。

「そんな、物騒なものじゃないですよ」

「ならなんだ?」

「旅立つ富沢さんに向けて一言みんなから書いてもらって、それを富沢さんにあげようかなと思って、書いてもらっているのです」

「ずいぶん面倒なことしているな」

 面倒なことではない、気持ちだ、気持ち。

「それなら、土方さんはなしでいいですか?」

「局長が書いているのに、副長が書かないわけにはいかないだろう」

 そういうものでもないですよ。

 土方さんは、筆をもって書き始めた。

「土方さん、そんなことをここに書かなくてもいいじゃないですか」

「でも、ここに書いてもいいだろうが」

「そうですけど……」

 土方さんが書いた言葉は、これからも新選組の支援をお願いする。支援の量は多ければ多いほどいい。と言うような内容だった。

「ここでお金のことを書かなくても」

「別に、何を書いたらだめだとか、決まりはないだろう」

 先に書き込んでいた、永倉さんと原田さんと近藤さんの文字を見ると、確かに、決まりがない。

「血判はいるか?」

「えっ、けっぱん?」

「指を少し切って、印鑑のように指紋をつけるものだ」

「そんなものいりませんよ」

 なんでそんなに物騒なものになるんだ?


「富沢さんに一言ねぇ」

 今度は沖田さんと藤堂さんに持って行った。

 今度はどんなことを書かれるやら。

 あまりにひどくなったら、贈るのをやめた方がいいかもしれないな。

「私は、これで」

 書き終わった藤堂さんの文章を見ると、京では大変お世話になりました。江戸までの道中、色々あると思いますが、無事に帰宅できることを祈っております。みたいなことを書いてあった。

「藤堂さん、感動しました」

「いや、これで感動されても……」

「初めて一言らしい一言をいただけたような気がします」

「確かにねぇ。みんな勝手なことばかり書いてるし」

 沖田さんが他の人の分を見ながら言った。

「そうなのですよ。お二人がだめだったらもうやめようと思っていたので、助かりました」

「でも蒼良、僕はまだ書いてないけど」

 そうだった。

「僕が平助みたいに書かなかったら、どうするの?」

 ええっ!そんなことあるのか?

「総司、意地悪しないで、ちゃんと書いてあげなよ。蒼良がかわいそうだよ」

 藤堂さんが私の方を見ると、頭をなでてきた。

「平助は、ずいぶん蒼良をかわいがっているね」

「そりゃ、かわいいからかわいがっているのだよ」

 藤堂さんは私の方を見ながら優しく笑う。

 どうしよう。またドキドキしてしまう。

「蒼良も顔が赤いよ」

 沖田さんに言われ、慌ててほっぺを両手でおさえる。

「なんて、冗談だよ」

 冗談にならんわっ!

 そんなやり取りしつつも、沖田さんもちゃんとまともなことを書いてくれた。

「お二人ともありがとうございます。本当に助かりました」

「でも、富沢さんが帰っちゃうなんて、寂しいね」

 沖田さんが寂しそうに言った。

「江戸から来たのだから、いつか江戸に帰るとは思っていたけど、一緒に過ごした日々があっという間だったなぁ」

 藤堂さんは、色々思い出しているのか遠い目をしていった。

「本当に、寂しくなりますよね」

「今度はいつ会えるかな」

 沖田さんがつぶやいた。

 それは、未来から来た私にもわからないことだった。


 山南さんや源さんにも書いてもらおうと思い、二人のところに行った。

 山南さんは、他の人の書き込みを見て、

「みんな自由に色々書いてるな」

 と、笑いながらちゃんとしたことを書いてくれた。

 源さんは、

「歳の奴、ずいぶん露骨に書いてるじゃないか。少し遠慮気味に書くものだぞ」

 と、土方さんの書き込みを気にしながらも、普通に書いてくれた。

 最後に私からの一言を書いて、寄せ書きは完了した。


「さ、みんな遠慮しないで飲め。今日はわしの送別会だ」

 富沢さんがみんなに言った。

 富沢さんのことを知っている何人かで、富沢さんの送別会をすることになった。

 富沢さんの送別会なのに、なぜか富沢さんのおごりと言う、お金持ちはやっぱり違う。

 送別会なので、富沢さんに寄せ書きを渡すことにした。

「おっ、例の連判状か?」

 土方さんが寄せ書きを見ながら言った。

「あれは、連判状だったのか?」

 近藤さんも驚きながら言った。

「そんな物騒なものじゃないですよ」

 私は慌てて否定した。

「お金で買えないものがいいだろうと思って、みんなから富沢さんに一言書いてもらいました。受け取ってください」

 私がそう言いながら寄せ書きを出した。

「蒼良は面白いことを考えたな。ありがたくいただくよ。どれどれ」

「あ、あの。ここで見ない方がいいと思いますよ」

 本当に色々書いてあるから。

「おい、歳。おまえ、ずいぶんなことを書いてあるじゃないか。よし、たくさん支援してやるから、覚えてろっ!」

 えっ、富沢さん、そんなに簡単にたくさん金をやるぞ宣言してしまっていいのですか?やっぱり、金持ちは違うのか?

「ほら、書いてよかったじゃないか」

 土方さんは私の方を見ていった。

「でも、歳のは露骨すぎるぞ」

 源さんが土方さんに注意していた。

「勇の場合は、わしに一言じゃなく、自分の好きな文字だろう」

「あはは。新選組の旗にも書かれているし、いいだろうと思ったのだが」

「蒼良。これは確かにお金はかかってないけど、お金で買えないいいものだな。記念にとっておく。ありがとな」

 富沢さんが、私の方を見ながら言った。

「富沢さんにそう言われると嬉しいです。最初、みなさん自由に書いちゃうものだから、どういうものができるか不安でしたよ」

 私がそう言うと、みんな笑っていた。

「自由人が多いのだな」

 富沢さんは、笑いすぎてなのか、別れが悲しかったのかわからないけど、涙目になっていた。

「富沢さん、明日は俺と源さんと蒼良が途中まで送るから」

 土方さんが言った。

 私は、一緒にお見送りができるのが嬉しかった。


 次の日、土方さんが8月18日の政変の時に使った鉢金と言う、鉢巻のおでこにあたる部分に鉄が入っている物と今までつけていた日記を出してきて、それとは別に手紙を書いていた。

 どうするのだろう?と思っていたら、富沢さんを伏見まで送っていき、いよいよお別れと言うときに出してきた。

「これを、義兄さんに頼む」

 多摩にいた時にお世話になった佐藤 彦五郎さんにだと思う。

「死んでから渡すものは何もないからな」

 土方さんは、そうつぶやきながら渡した。

「わかった。渡しておく」

 富沢さんは、それを大事なもののように受け取った。

「富沢さん、道中気を付けて」

 源さんが声をかけると、

「源さんも、歳の監視をしっかり頼んだぞ」

 と、富沢さんが土方さんの方を見ながら言った。

「俺は、監視されるようなことはしてねぇ」

「しっかりと監視していると、彦五郎さんに伝えてくれ」

 源さんは、土方さんの方を見て、にやりと笑った。

「蒼良、次に会うときは、どんなにたくましくなっているか、楽しみだ。また会おう」

 富沢さんが、私の両肩に両手をのせて言った。

「今度会える日を楽しみにしています」

「お前、永遠の別れじゃないんだから、泣くなよ」

 土方さんに言われてしまった。

 もう、別れが寂しくて、すっかり泣いていたのだった。

「だって、寂しいじゃないですか」

「また会えるから」

 富沢さんにも慰められてしまった。

 一通り話が終わると、

「さらばだ」

 富沢さんは一言そう言って、江戸の方向へ旅立っていった。

 私たちは、富沢さんが見えなくなるまでずうっと見ていた。

 私は泣いていたので、富沢さんの姿が涙でゆがんで見えた。

「行っちまったな」

 姿が見えなくなると、土方さんが言った。

「俺たちも行こう。ほら、蒼良もいつまでも泣いてないで、気持ちを切り替えないといかん」

 源さんにポンポンと背中をたたかれた。

「そうですね。いつまでも泣いているわけにはいかないですね」

「そうだぞ。まだ仕事が山ほどあるからな。帰ったら覚悟しておけ」

 土方さんにもいわれた。

 私は、涙を拭いて顔を上げた。

「わかりました。屯所に帰りましょう」

 富沢さんにはきっとまた会える。

 いつ会えるかは私にもわからない。

 けど、その時は、今よりすべてがいい方向に行っているといい。

 そうなるように頑張らなければ。

 私たちも、屯所に向けて歩き始めたのだった。

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