金策の理由
4月になった。現代で言うと5月の中旬ぐらい。一番気候がいい時だ。
「なんだって? 殺されたって?」
他の隊士の人が、土方さんに報告しに来ていた。
西国地方の藩の調査のため、新選組から岡山に間者を送っていた。
それがばれたのかどうかは知らないけど、その間者が殺されたらしい。
殺されただけなら、運が悪かったのかなで済まされるのだけど、今回は首をさらされたらしい。
首だけをさらすなんて、この時代の人はよくそんなことをするよなぁ。
見る方も見る方だわ。
その後、この間者を殺したという人たちが4名自首してきたので、おとがめなしと言うことになった。
首までさらされたということは、やっぱり、ばれたということか?
間者なんて、なるもんじゃないなぁ。
「間者が殺されたから、新しい人物を送った方がいいな」
土方さんが、チラッと私を見た。
「私は行きませんよ。第一、一番間者に合わない人間ですから」
「お前の場合は、間者になりたくないのだろう」
「だって、ばれただけで殺されてしまうのですよ。私なんて、絶対にばれますから。無理です」
「岡山藩に温泉があったかな?」
「温泉があっても行きませんよ」
温泉があればどこにでも行くと思っているのか?
「冗談だ。間者が潜入してばれたところに再び間者を送るほどばかなことはないだろう」
そうなのか?とにかく、岡山行きはなくなったらしい。っていうか、元から無かったのか?
「蒼良に間者なんて、絶対に向いてないだろう」
「永倉さんも、そう思いますよね」
今日は、永倉さんと巡察中だ。
さっきの話を永倉さんとしていた。
「ばかがつくほど正直者だし、何かあるとすぐ顔に出るし、これぐらい間者に向いてないのも珍しいよな」
それってほめているのでしょうか?
「変な顔するなよ。一応、ほめてんだぜ」
一応、ほめているのか。一応と言う言葉が気になるのですが。
「あはは。蒼良は顔に出るから面白いよな」
遊ばれてたのか?
「おっ、あそこの店に顔を出しておこう。大きな店だからな。どこかの浪士が押し借りに来ているかもしれんぞ」
永倉さんが、目の前にある大きな店を指さした。
「そうですね。入るだけでも押し借り予防になりますからね。行ってみましょう」
隊服を着て入るところを他の人に見られると、あそこの店は、新選組が巡察に来ているということで、押し借りに入りにくくなるらしい。
永倉さんと目の前の大きな店の暖簾をくぐった。
中に入ると、お店の人が目配せしてきた。
なんだろう?
私たち以外には、浪人らしき人が数人いるだけだ。
お店の人の視線に気が付いたのか、その浪人たちが私たちの姿を見ると、ダッシュで逃げていった。
「もしかして、押し借りですか?」
私がお店の人に聞いている間に、永倉さんはその浪人たちを追いかけていった。
お店の人がうなずくのを確認してから、私も永倉さんの後を追いかけた。
「待てっ! 俺の顔見て逃げるとは、悪いことしている証拠だ」
永倉さんが追いかけながらそう言った。
永倉さんの言う通りだ。
「追いかけてくるから逃げているんだっ!」
追いかけられている浪人が言った。
「お前が逃げるから追いかけてるんだろうがっ!」
「追いかけるから、逃げてんだっ!」
この会話、永遠に続きそうなのですが。
そのうち永倉さんが追い付いて、浪人を捕まえた。
「これ以上逃げると、こいつを処分するぞ」
永倉さんが息を切らしながら刀を浪人に向けた。
すると、他の浪人たちも逃げるのをやめた。
そして、捕まえてみて驚いた。なんと、うちの隊士だったのだ。
まさに、盗人をとらえてみればわが子なりとは、こういうことを言うのだなぁと思ってしまった。
あ、わが子は5人もいないか。でも、この時代なら、5人兄弟って普通にあるかもしれない。
「お前ら、揃いも揃って何やってんだ?」
逃げられないように、5人を縄で縛った。
その5人を前に永倉さんが説教をしていたのだった。
「勝手に金策をしてはいけないって、禁則があったの忘れてたか?」
5人は一斉にぶんぶんと首を横に振った。
と言うことは、知っていてやったと言うことか?
「なぜ知っていて金策なんてしたのですか? 禁則を破ったら切腹ですよ」
私が言うと、隊士の一人が、
「それだけは、勘弁してください」
と言ってきた。
「永倉先生と天野先生が黙っていてくれれば、丸く収まるのです」
天野先生なんて言われて、ちょっと嬉しくなってしまった。
「黙っていれば済む話じゃないだろうっ!」
永倉さんの声で目が覚めた。
嬉しがっている場合じゃなかった。
「5人で金策をするってことは、相当なわけがあったのだろう? よし、わけだけ聞いてやる」
永倉さんがそう言うと、捕縛された隊士の一人が話し始めた。
「こいつの親が病気なんです」
こいつと言われた隊士は、言わなくていいと話をしている隊士を止めたけど、止められた隊士はそんなことお構いなしで話し続けた。
「薬を買って送ってやりたくても、先立つものがなければ、何もできないじゃないですか」
先立つものとはお金のこと。
新選組に賃金はない。そう、今日の治安を守るのも、将軍様を護衛するのも、ボランティアなのだ。
たまに、報奨金と言うものが出るのだけど、隊士を食べさせるだけで精いっぱい状態で、報奨金が賃金になるということは、この時期の新選組にはなかった。
もうちょっとすれば、賃金も出るぐらいになるのだろうけど……
「新選組に入れば、食べるのに苦労しないと言われて入ったけど、お金が全然入らないとは思わなかった」
他の隊士がつぶやくようにそう言った。
確かに、食べるものは苦労しない。
ちゃんと食事は食べれる。ただ、賃金が出ないのだ。
「郷に住む両親にいい暮らしをさせてやれると思ったのに」
口々に、捕縛された隊士たちがつぶやく。
「わかった、わかった」
永倉さんがそれを制する。
「要するに、郷に金を送りたいから押し借りをしたのか?」
「俺たちは、まだ我慢できる。でも、こいつは……」
永倉さんの問いに、こいつはと言われた隊士の方を見ながら一人が答えた。
「何か理由があるのですか?」
「さっきも言っただろう。親が病気で薬を買って送りたくても送れないって!」
私が聞いても、こいつは……と言われた隊士は黙って下を向き、他の隊士が答えている状態だった。
「まず、本人の口から聞きたいです。本当ですか?」
私は、直接本人に聞いた。
「みんなの言う通りです。みんな優しい奴らだから、持って来た金を集めてくれたけど、全然足りなくて……」
やっと本人から話を聞けた。
「それで、押し借りをしたというわけだな」
みんなが一斉にうなずいた。
「まず、押し借りをする前に、なんで俺に言わなかった? 俺だって話があれば金は出した」
永倉さんが言うと、みんなしょぼんとうなだれていた。
「押し借りは、これが初めてですか?」
私が聞いたら一斉にうなずいたので、これが初めてなのだろう。
初めて入った店で、たまたま私たちに見つかったということは……
「もしかして、未遂だったとか?」
聞いたら一斉にうなずいた。
「永倉さん、押し借りはまだしていなかったみたいですし、今回は事情も事情なので、おとがめなしじゃだめですか?」
「だめだ」
永倉さんは、一言そう言った。
「蒼良、未遂でも、押し借りしようとしていたのだ。押し借りは禁則に触れる。俺たちだけで処理することはできない」
やっぱり、切腹なのか?押し借りの理由も、遊ぶ金ほしさにとかではなく、純粋な理由で、しかも、未遂なのに。
「山南さんに話をして、判断してもらおうと思っている」
えっ、土方さんじゃなくて、山南さん?
山南さんは、京の空気が合わないのか、具合が悪くなったりよくなったりしている。
芹沢さんのお葬式あたりから寝たり起きたりの繰り返しで、ほとんど隊務をしていないと思う。
でも、たまに近藤さんが山南さんのところに来て相談しているから、総長の仕事はきちんとしているのだろう。
「何だ、永倉君が来てくれるなんて、珍しいな。しかも、みたらし団子を持ってくるとは、ますます珍しい」
山南さんは、部屋に最初に入った永倉さんを見てそう言ったけど、私の姿を見ると、
「なんだ、蒼良も一緒だったのか。それなら納得だ」
と、なぜか納得していた。
「ひどいな、山南さん。俺だって山南さんの顔見に来たいけどよ、忙しくて顔出せないんだよ」
「でも、蒼良とかは、忙しくても顔出してくれるぞ」
山南さんの話が面白いので、たまに顔を出しているのだ。
そういう時は、沖田さんや藤堂さんも一緒だ。
山南さんにお土産を持ってくるのだけど、ほとんど沖田さんと藤堂さんでいただいてしまうという状態だ。
「今日は山南さんも食べれそうですね、みたらし団子」
「いや、俺は一つもらって、あとはみんなで食べるといい」
そんなことを言ったものだから、永倉さんがほとんどいただいてしまった。
「で、永倉君が来るとは、なんか用があるんだろう?」
山南さん、鋭い。
永倉さんがさっき合ったことを話した。
「なるほど、そういうわけか。さては、土方君だと切腹だっ!と言われるから、俺のところに来たな」
そうなのか?
「だってよ、あいつらもかわいそうだろう。押し借りの理由も理由だし、しかも未遂なんだぜ。それで切腹はないだろう。山南さんなら、切腹以外の事を考えてくれるかなと思ったんだ。ほら、山南さんは総長だし」
確かに、組織で言えば、土方さんより上の地位にある。
「永倉さん、頭いいですね。私、そこまで考え付きませんでした」
「蒼良の頭の中は、土方さんしかいないからな」
「いや、それはないですよ。ちゃんと山南さんも永倉さんもいますよ」
他の隊士の人だって、ちゃんと頭の中に入っているのに、山南さんと永倉さんは顔を見合わせて笑っていた。
その笑いは、信じてないな。
「で、どうなんだ? 土方君との仲は」
山南さんは笑いながら聞いて来た。
「いや、別に、普通ですが……」
なんでそんなことを聞くんだ?
「失恋したのに、普通でいられるところがまたすごいよな。土方さん、嵐山で女連れて歩いていたのに」
永倉さんが私の頭をつんつんと突っつきながら言った。
いや、それ、私ですから。って、失恋って、誰がしたんだ?
「でも、近藤さんから蒼良は平助に心変わりしたらしいって聞いたぞ」
山南さんがそう言うと、永倉さんが驚いていた。
しまったっ!いつも忘れているけど、誤解をとくのを忘れていた。
「えっ、そうなのか? 蒼良も気が多いな。でも、また男か?」
「いや、それは違いますよ」
「蒼良、否定することはない。男色と言うものはなかなか治らないらしいからな」
えっ、そうなのか?って言うか、私は女なので男色ではないのですが……でも、否定をすることもできない……
「近藤さんがあいつらの恋を応援するって言っていたから、それは禁則にならないらしい。大丈夫だぞ」
山南さんに慰められた。何が大丈夫なんだか。
色々話をしたけど、押し借り隊士の件は、山南さんから近藤さんに話して、穏便に対処してもらうことになった。
次の日。
押し借り隊士たちが縛られている前に近藤さんが来た。
「お前たちが、例の押し借りをした奴らだな」
押し借り隊士たちは、いよいよ切腹だと思ったみたいで、みんな落ち込んでいた。
「押し借りは、禁則になっている。本当ならお前たちは切腹だ。でも、未遂だと聞いた。しかし、禁則に触れることをしたということは、もう取り消せない」
近藤さんの話を聞いていた私は、やっぱり、切腹なのかなと思った。
「お前たちを許すと、他の隊士たちに示しがつかなくなる。しかしだ。理由も理由だから、お前たちを隊から追放することになった。郷に帰るなり好きにするといい」
隣で近藤さんの話を聞いていた永倉さんもほっとしたらしく、少し笑顔が見えていた。
近藤さんは、5人を縛っていた縄を自ら解いた。
「お前たちの今日までの働きの分だ。今日までご苦労だったな」
近藤さんは、一人一人にお金を渡していた。
「お前たちは、隊から追放処分になった。したがって、速やかに京から去ること。もしまた京でお前たちの姿を見ることがあったら、その時は容赦しないからな」
近藤さんがそう言うと、みんな、
「ありがとうございました」
と言って泣きながら頭を下げていた。
5人は旅支度を整え次第、屯所から去っていった。
「まったく、近藤さんも甘いよな」
そう言いながらも、土方さんはまんざらでもない様子だった。
土方さんはそんなことを言っているけど、近藤さんから話を聞いてお金を用意したのは土方さんだった。
「土方さんだって、人のことは言えないと思いますよ」
「俺はな、近藤さんが隊でいい人で人気があればそれでいいんだ」
確かに、今回のことは、表向きには近藤さんがお金を用意したように見える。
「でも、それだと土方さんが損をしませんか?」
「なんで俺が損するんだ? 近藤さんがいい人になるんだったら、俺は悪人になってもいいぐらいだ」
そうなのか?
「だから、今回はこれでいいんだ」
土方さんは自分で納得していた。
土方さんがそう言うなら、今回はこれでいいのかもしれない。